INTERVIEW 012 | SATIS

つづき間という日本的空間を考える

設計:藤原徹平/フジワラテッペイアーキテクツラボ | 建主:Kさま

外観

建物は、擁壁が造成済みの三角形の敷地に建てられている。ガレージの上にデッキをつくり外部空間を効率良く作り出している。木造ではつくりにくい水平連続窓を、藤原さん考案の「ポリライン」という構造によって実現。手前に張り出しているのは、階段室。

建築家の藤原徹平さんが設計を手がけた鎌倉の二階堂の家は、鎌倉駅から1キロほどの距離にあり、裏には神社の森が迫る、自然豊かな場所です。すでに造成されていた小さな分譲地の一番端の変形した使いにくい土地の上に建っていました。建主のご主人は、サーフィンや釣りを趣味としていて、この鎌倉に住むことはかねてからの夢であったそうで、今では仕事前に自転車に乗って海に行くのが日課になっているそうです。
家の設計については、何人かの建築家に相談したそうですが、藤原さんの提案とその模型を初めて見た時、「この人にお任せしたい」と直感したそうです。藤原さんの打ち出した明快かつシンプルで力強いコンセプトに惹かれたようです。
藤原さんは、この家を設計するにあたって、4つの実験を行ったと言います。

藤原さん

8畳のつづき間を語る藤原さん。日本人には心地よく感じる大きさがあるという。

実験1:「ポリライン」という構造

この建物は、まず平面的に2間(3.6m)×2間の部屋を3つ繋げ、それをさらに2層に積み上げてできています。一層を2つの層で構成することによって、非常に頑強で、理論的にも、一層の水平面の連続窓を限りなく大きくつくることが可能になり、従来の木造建築では実現することのできなかった「大開口」を具現化しています。以前、このコラムで紹介した藤原さんの設計による浜松の「内と外の家」(INTERVIEW SATIS 002)でも、この実験は行われていて、今回の家では、よりコンパクトにしながらその考え方を進化させています。さらに新たなチャレンジは、「SE工法」というジョイント金物を使った構造と一般の在来継ぎ手を組み合わせていることです。SE工法は、接合部分が強くなりすぎること、さらにコストが高くなることなどの課題がありましたが、そこに在来継ぎ手を組み込むことによって、柔らかさをもった強さを実現させ、さらに、施工作業が合理化されることなどによるコストダウンの方法を実現させたのです。加えて、特筆すべきことは、これら二つの異なる構造をひとつの工場で加工するために、それぞれのデータを共有できる新たな仕組みづくりにもチャレンジしたことです。
この「共有の仕組み」について、藤原さんはもともと「パーツ化の未来」という構想を持っていました。家の部材をパーツ化して組み立てていく時、いくつかの生産の拠点の違う構造をひとつの施工チームで施工していかなければならず、マネージメントが複雑でかつコストも高くなるところがネックでしたが、今回の取り組みは、それを解決する糸口を掴むきっかけにもなったようです。
建築というのは計算上成り立っても、多少は揺れたりするものですが、実際に組み上がった構造を体験してみて、そうした感じはまったくなく、「想定した以上に、強さと柔らかさがうまく噛み合った」と藤原さんは言います。在来の木造建築の良さである、力がかかった時に自然に起きるめり込み感と金物工法の硬さが合わさり、構造的な安定感を確保できたのかもしれません。
SE工法特有のオーバースペック感を減らし、よりローコストで一般に馴染みのよい在来工法とのハイブリッドは、施工に関わる職人たちにも好評だったそうです。

写真で見える梁は2間グリッドのSE構法と900ミリピッチで配置された梁、サッシの上端にある壁の内部の梁は一般構法で作られている。

写真で見える梁は2間グリッドのSE構法と900ミリピッチで配置された梁、サッシの上端にある壁の内部の梁は一般構法で作られている。

1階

1階(クリックで拡大)

2階

2階(クリックで拡大)

二階堂の家_構造模型

二階堂の家_構造模型

実験2: 8畳のつづき間

「日本の住宅には、日本人が心地良く感じる大きさとして、8畳という空間の単位がある」と藤原さんは言います。「昔から、この8畳という大きさが好まれた。この単位を重ねて、必要な時には、大きく使うのが、日本の家の空間構造だった。ただし、大きく使っても、この空間の構造は保持しながら広がっていく」とも言います。今回の二階堂の家では、あえて襖のような仕切りは設けてはいないのですが、空間を意識できるように、柱を建てたり、中央に8畳の大きさの吹き抜けをつくったりしました。結果的に、キッチンのある8畳は食事をするダイニングキッチンの空間となり、吹き抜けを設けたつづきの8畳は、リビングとして使う、人がくつろぐ場所になっています。「この2つの空間が混じり合うことが現代的なテーマでもある」と藤原さんは言います。
16畳のワンルームをつくるのと、8畳間を2つつくるのとでは意味が違います。ワンルームでは、藤原さんが言うところの「暮らしの場面のまとまり」が崩れてしまうのです。実際にホームパーティなどが開かれた時にこの家の使い方を見てみると、人はなんとなくこの8畳の単位で動いていて、会話もその空間ごとにされているーそのような光景を目にしたことから、この仮説の有効性を感じているとのことでした。

手前が8畳のリビング、奥が8畳のダイニングキッチン、上部にはリビングの半分が吹き抜けになっている。吹き抜けは中庭に見立てている。

手前が8畳のリビング、奥が8畳のダイニングキッチン、上部にはリビングの半分が吹き抜けになっている。吹き抜けは中庭に見立てている。

リビング側から多目的な玄関を見る。

リビング側から多目的な玄関を見る。ここに柱をおくことで、8畳の空間単位を意識できるようになっている。階段室を支える構造としても重要な柱。

実験3: パントリーをつくる

「8畳間を成立させるためには、パントリーは絶対必要だと思う」と藤原さんは言います。かつては独立していたキッチンが8畳間のダイニング空間に入るともともと廊下や家の外にあった水場などが、おのずとそこに付随してきます。雑然としやすい水場の空間を居心地良くするにためは、ものをかくしておけるパントリーのような空間を設ける必要があるのです。オープンなダイニングキッチンは、現代においては多くの人の理想とする空間になっているので、それを前提に考える必要があります。現代のキッチンには、「“交流”という要素が求められている」ことも新たな特徴だと付け加えていました。

ダイニングキッチンは現代の暮らしでは一般化している。美しく保つためにはパントリーが必要。左奥がパントリー、勝手口も備えている。

ダイニングキッチンは現代の暮らしでは一般化している。美しく保つためにはパントリーが必要。左奥がパントリー、勝手口も備えている。

パントリーにはお気に入りの食器が整然と並んでいる。奥のガラス扉が勝手口になっている。

パントリーにはお気に入りの食器が整然と並んでいる。奥のガラス扉が勝手口になっている。

実験4:「他人が入る」こと

家の中に「他人が入る」ことは、これからの暮らしには重要だと考えています。キッチンにおいても、家の住人でない人が使う場合もあります。人によっては、料理の苦手な人が料理上手な人を招いて食事を作ってもらうという話も聞きます。また高齢になった時、誰かの助けが必要な場合もあります。その意味でも使いやすい、ものが分かりやすい、そういう配置や機能が求められます。先のパントリーは、そのためにも有効です。ほかにも、勝手口や縁側のようにいくつもの出入り口があるということも考慮する必要があるでしょう。もちろんオープンでつづき間ということ自体も、他人が料理を手伝ったりしやすくなるという環境をつくることになります。

以上4つの実験は、この二階堂の家への実験でした。藤原さんは、住宅を考える時、「作品としてではなく、暮らしの場としての提案を考えたい」と言います。大きな空間やフォトジェニックな風景は毎日の暮らしにはあまり必要がありません。今回の8畳間という大きさは、日本人のDNAに刻まれた扱いやすい空間の単位なのです。日本の文化を間取りや空間の構造から考え日々の暮らしのプログラムにどう合わせていくのか、そのあたりが「実験」とあえて言う所以なのでしょう。

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公開日:2019年09月30日