INTERVIEW 017 | SATIS

地上4.5mの家

設計:増田慎吾+大坪克亘|建主:Nさま

外観:前面道路から

外観、前面道路から見る。

持ち上げられた家

細い駅からの小道を通り抜けると、敷地から見慣れない高さで持ち上げられた2階建ての家が突如として現れました。その光景は3階建てというよりも、2階建ての家を持ち上げたという方が適切で、隣の敷地との間も、道路との間も、そしてその奥の家の風景もそのまま目に飛び込んでくるのです。全体のデザインはこの持ち上げるための鉄骨とその上の住宅部分が見た目にも完全に分節されていて、鉄骨のむき出しの柱で支えられています。しかもその家は2.6×11.9mという狭小な細長い箱です。その箱が持ち上げられているのです。さらにその高さが4.5mと普通の住宅の1階よりも高く2階よりも低いという設定が見る人のスケール感を壊して、そこが何もない空間として映るのかもしれません。塀で視線を隠すのが一般の住宅だとしたら、まったく隠さない、隠すべき部分がない住宅です。トンネルのように両側に壁があるわけでもなく無造作に隣の家や奥の家の外壁も飛び出しています。今まで人目に触れないような場所であったため、いきなりそれまで着飾っていた洋服を脱ぎ去ったような感覚も覚えます。
しかし、そこにしばらく居ると、この場所の気持ち良さが伝わってきます。あきらかに自分の敷地の上ではあるものの、まるで路上にいるような感覚にさえなります。誰もがもっている子供の頃に家の前の庭で遊んだような感覚です。そこから見える風景はデザインされたものではなく街の風景そのものなのです。

駅への小道からの風景

駅への小道からの風景

家へのアプローチ

家へのアプローチ

階段を上がって玄関へ、向かいの家の風景がそのまま見える

階段を上がって玄関へ、隣り合う家の風景がそのまま見える

階段を上がって玄関へ、隣り合う家の風景がそのまま見える

家の間取り

建物の真ん中には階段があり、それを挟んで手前と奥とでデザインの仕方も違っています。玄関には細長いバーカウンターのようなテーブルがあり、その周辺が靴や洋服の収納になっています。家の外と内を単に空間としてだけでなく行為としてもそこを切り替える場所にしているそうです。通常部屋で行うような行為もここで済ませてしまいます。すべての服はこの一箇所に格納しているのです。細長い空間なのですが、仕上げもディテールもこの階段を挟んで異なっています。そのためなのか、奥への広がりというより、上部の2階部分とのつながりを感じます。2階は主寝室になっています。その階段を過ぎるとキッチン、そしてリビングとなります。幅2.6mという極小の幅のためにすべての家具が細かく細工されています。インテリアデザインの仕事をしている建主が自ら細かくキッチン収納の寸法を決められたそうです。また下の写真のようなダイニングテーブルや、収納スペースに隠れている引き出し式のテーブルなど、この制約が故に生まれた工夫と言えそうです。決して狭いという感覚にはなりません。またリビングの奥には窓との間が吹き抜けになっていて、空間は上へと伸びていきます。先の中央の階段と同じようにこうした仕掛けが、水平方向に視線を引っ張らずに、上へ上へと見る人に意識させていきます。この吹き抜けにかけられたカーテンは上の階から一枚の素材になっていて、ここでも上下の空間のつながりを意識させられます。2階は子供室兼客室になっています。

玄関、手前から入る。玄関を入ると、長い収納カウンターがありそこで身支度をする。

玄関、手前から入る。玄関を入ると、長い収納カウンターがありそこで身支度をする。カウンターには手洗器があり、帰宅して直ぐ手洗い、うがいができます。

キッチンとダイニング。テーブルもオリジナルのデザイン。

キッチンとダイニング。テーブルもオリジナルのデザイン。

リビング。奥の窓の前は上部へつながっている。

リビング。奥の窓は上部へつながっている。

2階主寝室

2階主寝室

2階子供室。右側が道路に面する窓。

2階子供室兼客室。右側が道路に面する窓。

あらゆる場所が有効に使われている。インテリアを仕事にする建主による設計。

あらゆる場所が有効に使われている。

1階

1階(クリックで拡大)

2階

2階(クリックで拡大)

3階

3階(クリックで拡大)

断面図

断面図(クリックで拡大)

「姿勢」というキーワード

彼ら二人が意識しているキーワードの中に「姿勢」という言葉があります。彼らの建築を理解するにはこのキーワードがとても重要に思えるのです。それは設計への向き合い方とも捉えることができますが、彼らは設計の様々な段階で本当にその設計が必要なことなのかを問い直しているとい言います。設計とは様々なクライアントからの要望や敷地の条件や予算などを考えながらも、そもそもそのオーダーをクリアするために、今行っている設計が本当に必要なのかを考えるというのです。この建物においてもはじめは1階に大きな空間をつくっていこうとしたとも。きっと様々な段階でこの「姿勢」に立ち戻り、最終的に1階部分を、何もしないという選択に行き着いたのでしょう。しかしそのことが、どこかの時点で最良のアプローチだという答えを見つけたのに違いありません。こうした設計途中での原点に戻るような行為を姿勢というのかもしれません。

取材風景:大坪さん

取材中の大坪さん

開くことと閉じること

この問いは彼らのみならず、多くの建築家のテーマです。そもそも建築には壁があり、天井があり、囲まれたものであるならば、それを開いていくというのはどこかに矛盾があるのです。どこまで開いても、やはり建築は閉じたものであるのです。この難しい問題に対して、彼らは始めから開いたものをどう閉じるかということを考えるそうです。この1階の何もない空間は、そうしたアプローチの一つの回答なのかもしれません。
それに対して住居部分の街との関係は少し違っています。2階3階には一体で作られた大きな窓があります。
「部屋の価値を決めているのは、窓の外の風景ではないかと思う。」そう大坪さんは言います。外の風景を見る、または感じるための窓とはいかにあるべきかを考え抜くそうです。必ずしも窓枠を消して絵のように外の景色を切り取るのが答えではないのです。また景色は見るだけでなく感じていくものでもあります。日常の暮らしではカーテンも必要です。また窓内には洗濯物が見えることもあります。そうした日常の暮らしの中でどんな窓が必要なのか、その家の価値を生み出していくのかが重要なのです。窓の枠を消していくのか、または見せていくのか、開きながらも視線をさえぎること、閉じていてもそこに透明感を生み出していくこと、そこには様々な選択と思考があったようです。この建物のカーテンのレールも見える場所についていますが、あえて見せることを意識したのです。そしてそのカーテンのドレープの上部をフラットにして、下に行く程広がるようにしているのも、彼らの細やかな気の配り方の表れです。それにより、下の部屋で見た時にはドレープで遠くがゆらぎ、上の階から見た時にはより透明に景色が見えるようにしたのです。通常はカーテンをしたままで外を見ることが多いのですから、そうした状態を想定してこの大きな窓はできているのです。

カーテンのドレープの上部レール部分はフラットに、下に行くほど広がってヒダが深くなる。

カーテンのドレープの上部レール部分はフラットに、下に行くほど広がってヒダが深くなる。

屋上

小さな屋上からの景色はとても特徴的です。というのも家の前の道路を挟んで商業地域と住宅専用地域とが分かれているので、この屋上から見る景色の一方はビルを見上げるようになり、反対側は住宅の屋根を見るかたちになります。屋根をこんなにまじかに見る経験もあまりないものですが、その不思議な風景も東京の少し都心から離れたこの下町には似合うような気がしました。この屋上に登ってビールやワインを飲むこともあるそうです。天気のいい日にはお茶や食べ物をもって、のんびり過ごすというのも素敵な時間を過ごせそうです。1階の空間が街そのものだとすると、この屋上は見たことのないような、しかしどこか想像できるようなこの街の風景です。

屋上、2階だての家の屋根が連なっている

屋上、2階建ての家の屋根が連なっている

空間に意識を向けすぎてはいけない

こうとも言います。空間に意識を向けすぎると、つくりたかった意思ばかりが伝わりつまらなくなる。むしろ空間を支えているモノに目を向けるのだと。このあたりの作品性への批判も彼らの特徴とも言えます。

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公開日:2020年03月25日