INTERVIEW 031 | SATIS

PADLLERS COFEEオーナー松島さんの想い
細部にこだわる、街に人を呼ぶ

設計/リノベーション:松島大介|建主:松島大介(自邸 + ゲストルーム)

リビングダイニングには、松島さん好みの置き物や小物が溢れている。パドラーズコーヒー代表 松島大介さん

リビングダイニングには、松島さん好みの置き物や小物が溢れている。パドラーズコーヒー代表 松島大介さん

コーヒー屋を始める

松島さんは、現在39歳、10年前に人の集まる場所を作りたいと幡ヶ谷の商店街の中にコーヒー屋を始めました。新宿から二駅ですが下町の雰囲気も残っている街です。PADDLERS COFFEEは今では多くの人が集まる人気のコーヒー店です。東日本大震災を機に、そこでの活動を通して、人が集うこと、話すことの大切さを感じたそうです。アメリカのスケボーカルチャーに憧れ10代の頃からポートランドに住み続けた松島さん。雨の多い町で、雨が降ると人がコーヒー屋に集まるのを経験し、自分もそうした場所を作りたいと思ったと言います。店は最初は自分たちでDIYをしながら、内装や家具はプロに入ってもらい作り上げました。コーヒーはバリスタの友人でもある加藤健宏さん(共同代表)。松島さんはホールを担当します。カフェとはいえ、コートをかけたり、席を案内したり、話し相手になったりと、レストランのようなフルサービスのコーヒー屋です。

街に人を呼ぶ

ホスピタリティ溢れるこの店にはコーヒー好きのさまざまな人が集まるようになりました。木工、ガラス、陶芸などのアーティストや職人、飲食や地元の方など職種はさまざま、また場所も遠方からも訪れます。そうしているうちに、お客さんからこの街の空き家物件などの情報が集まるようになって、この街を楽しくしたいという想いから、知り合いにも情報を共有するようになりました。それはビジネスではなく、ただ情報を拡散していくだけで、設計やリノベーションを紹介するわけでもありません。この10年で10箇所ほどの知り合いの店舗ができたそうです。"人の集まる場をつくり、シェアしていく"ことをコンセプトにコーヒー屋をスタートしましたが、いつしか人の集まる街を作る、というようになって行きました。そうした活動のもとに、今度は宿泊もできる場所も作りたいと今回のプロジェクトになったのです。遊びに来ても泊まる場所がないというこの街に、賃貸の家を借りて自分やカフェで知り合ったアーティストや職人達が集って、改修が行われました。カフェで知り合った人々がそれぞれの表現したいことやりたいことを結集して作られたのです。

外観
築約50年の木造住宅リノベーション。外観はグレージュ系の色に刷新。玄関のドアノブには松島さんならではのひと工夫が施されている

1階 平面図

1階 平面図(クリックで拡大)

2階 平面図

2階 平面図(クリックで拡大)

玄関横、中廊下と2階に上がる階段、壁にはニッチがある

玄関横、中廊下と2階に上がる階段、壁にはニッチがある

玄関から入った中廊下

玄関から入った中廊下

天井ペンダントやテービルなど全てオリジナル。畳は和紙で作った畳。

天井ペンダントはオリジナルでテーブルはニューヨークのAkron Street。壁と天井には佐賀県の名尾手すき和紙が貼られている。

家具を見るのが好き

松島さんは昔からヴィンテージ家具を見るのが好きだったそうです。今では照明やドアノブなどを徳島県のウッドワーカーの小石宗右氏と製作するようにもなり、TOO WOODという木にまつわるプロダクト製作や、ルースタジオというリノベーションに携わる事業もはじめ、時々オリジナル品の個展も行って販売もしています。この家の改修にもそうした彼のプロダクトが使われています。またこのプロジェクトで作られた新たな作品もあります。それらの多くを主張しない控えめなデザインですが、今までみたことのないようなものばかりです。ありそうで見たこともないものや、一般的に存在感を消すような部分をあえて個性を出したりもします。今回のプロジェクトに参加した人は全員カフェで知り合いになった職人やアーティストたちだそうです。参加する人はいつしか松島さんの考えやスタイルに共鳴し、同時に自分の作品や技術の追求も兼ねてこの改修プロジェクトに参加しているのです。まるでオーケストラのようにたくさんの人の個性が集まり、そして不思議に調和されています。細かな収まりへの要求は、リノベーションという古い建物の精度では相当難しいのですが、職人達の技術でカバーしていました。古いものが好きという松島さんには、リノベーションは最高のキャンパスだったのでしょう。ここにはルールはなく、いろいろなものがそれぞれの感性で集まって、それでいながら調和しているのです。彼らの作品である照明やドアノブ、ニッチなど、オリジナルなプロダクトがこの家の個性を輝かしていました。この家は、まさにTOO WOODとルースタジオのショールームのような場所でもあるのです。

小物すべてにこだわりがある。中にはオリジナルのものも。

小物すべてにこだわりがある。中にはオリジナルのものも。

ブラインドを作った職人のこだわりを話す

ブラインドを作った職人のこだわりを話す

2階個室1クローゼットとして使用

2階個室1クローゼットとして使用

細部にこだわる

今回の取材では、大きなテーブルでコーヒを飲みながらこのプロジェクトの説明が始まりました。彼のアメリカ時代、放浪時代、そして東日本大震災での活動経験、コーヒー屋を始めた動機、この街への思い。どれもが自然の成り行きで、しかし一貫して人の集まる場所を作りたいという彼の思いがよく伝わってきました。自然体でありながら、その奥には強い想いがあるようです。また同時に彼のこだわりというのも垣間見ました。雑然と置くのでなく、それぞれのものに強い思い入れがあるのです。すべてのものがこだわって置かれて整理されています。2階に置かれた衣服の数はコレクターとも呼べる衣類がきちんと整理されて収納されていました。照明のスイッチはアメリカ製の調光付き、安いけれどもそこには美意識へのこだわりがあります。家電製品についても白ではなくグレーを選んでいます。このグレーの色の解像度はとても深く、さまざまなグレーを追求しています。トイレの色もグレーです。畳のヘリはグレーがかったブラウンです。グレージュカラーは今回のリノベーションのテーマカラーになっています。

お気に入りのコントローラー付きスイッチアメリカ製

お気に入りのコントローラー付きスイッチアメリカ製

階段の手すり

階段の手すり

照明器具やニッチ、手洗いなど木で加工している

照明器具やニッチ、手洗いなど木で加工している

2階トイレ前の手洗い

2階トイレ前の手洗い

キッチン扉の取手は製作している

キッチン扉の取手は製作している

トイレは1対1の個人の空間

トイレは特別な場所だと言います。飲食の空間の中でトイレは究極の個人の空間、絵を飾ったりしながら快適に過ごせるように工夫したいと言います。そのこだわりがこの家でも作られています。1階の広々とした水まわりはグレージュ系の柔らかなトーンで、床も壁もタイルが敷かれています。洗面もタイルで作っています。ここのトイレの色も迷わずにノーブルグレーを選んだそうです。水まわりの空間は落ち着きがあり気持ちよいことが暮らしを豊かにすることだとも感じます。オリジナルのペーパーホルダーやドアノブなどもこのトイレ空間をもてなすために大切な要素となっているようです。
2階のトイレは少し遊び心を出して、この家だけのオリジナルの色の便器をオーダーしました。床材の色に合わせたアースカラーの便器は、松島さんも気に入っているそう。便器は陶器だからこそ色が遊べる、家具と同じようにトイレ空間もこだわって楽しんでいるようだ。また、この家には海外からの友人やお客さまが多いので、英語表記のスマートリモコンは日本らしくコンパクトで欠かせない存在だそう。

1階のトイレ。 サティスX /ノーブルグレー

洗面はタイルで製作

1階トイレ詳細図

1階トイレ詳細図(クリックで拡大)

2階トイレ。サティス Sタイプ/特注カラー(機能部オフホワイト)
左のニッチにはカセットテープとプレーヤーでトイレ時間を楽しむ要素にも。

木製のトイレットペーパーホルダー

木製のトイレットペーパーホルダーとスマートリモコン

普通のドアノブに付け足している

普通のドアノブに付け足している

2階トイレ詳細図

2階トイレ詳細図(クリックで拡大)

コーヒー店の紹介

大きな桜の樹のあるテラスに広がるお店。客席数も多く、たくさんの人が来ていました。外では多くの人が待っていて、人気店の様子が伺えます。それにはコーヒーが美味しいのはもちろんですが、ここが居心地のいい場所であることの証明でもあるようです。松島さんの言っている人の集まる場所を作りたい、12年かけてそのコンセプトを実現させている場所を見たような気がしました。

PADDLERS COFFEEの風景

PADDLERS COFFEEの風景

テラス席の風景

PADDLERS COFFEE
東京都渋谷区西原2丁目26-5
営業時間/午前7時30分~午後4時
定休日/水曜
https://paddlerscoffee.com/

取材・文: 土谷貞雄
photo: 森崎健一
(2025年2月27日松島邸にて)

松島大介

松島大介(まつしま だいすけ)
PADDLERS COFFEE代表。1985年、東京生まれ。高校・大学時代をポートランドで過ごし、2015年に『PADDLERS COFFEE』を加藤健宏氏と共に開業。2021年から中野区のカフェ『LOU』とタイ東北部のレストラン『ORANGUTAN』も経営。2023年にリノベーション事業『LOU STUDIO』も始動するほか、徳島県の木工作家・小石宗介氏と共同でウッドプロダクトのブラント『TOO WOOD』を設立。

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公開日:2025年03月27日