INTERVIEW 035 | SATIS
中庭を囲む小さなホテル
建築家:浅子佳英/PRINT&BUILD|建主:コプラムハウス株式会社
トイレ及び洗面側からリビングを見る。中庭から続く床タイルの色がキーカラーとなっている。
この建物は、江古田駅からすぐ近くにある店舗付き住宅の住居部分の2階を、PRINT&BUILDの浅子佳英さんがリノベーションしたものです。もともとは、1階に入っていたパン屋さんのご家族と従業員の住居として使われていましたが、今回、一棟貸しの宿泊施設へとリノベーションしました。
新しいオーナーは不動産事業を主業とされており、同時に新宿や中野エリアを中心に、こうした一棟貸しの宿泊施設などを展開しているとのことでした。
中庭を囲む家
この建物は、京都駅ビルや梅田スカイビルなどで知られる建築家の原広司さんの設計で、1972年に建てられたものです。宿泊施設は、中庭を囲むような配置になっており、今回のリノベーションでは、もともとの設計を生かしながら、新たなジオメトリーを取り入れて設計が行われました。
この家は図面からも読み取れますが、敷地の形状から生まれた二つの異なる角度があります。その二つの角度が交わる場所が、現在のリビングになっています。
中庭の内外をつなぐ床タイルは原さん設計当時のまま生かしている。
もともとは二つの住居に分かれていた空間を一つにまとめ、大きなリビングをつくりました。その空間をできるだけ広く見せるため、天井は既存の仕上げを取り払い、構造を現したそうです。
リビングのバルコニー側の窓は、排煙の関係から大きな開口を設けています。それ以外の窓は、もともと付いていたものをできるだけそのまま利用しています。
キッチンからリビングを見る
元の天井を剥がして空間を大きくした。鉄骨で柱梁を作り、その上に小屋組を木造で作っている
天井を剥がして見えてきた昔の構造体
今回の宿泊施設はこの建物の2階
宿泊施設としての「非日常」
各部屋は決して大きな空間ではありません。そのため、ベッドを造作家具としてつくることで、部屋をできるだけ広く見せる工夫をしています。
浅子さんによれば、宿泊者にとってベッドは特別な印象を残す重要な要素だといいます。
この施設は、最大11名まで宿泊でき、4名・4名・2名・1名の構成の4部屋になっています。4つの部屋にはそれぞれ異なるタイプの空間が用意されています。
各部屋の細部にわたり、スイッチやコンセントについても工夫されています。
宿泊施設は日常とは違う体験をする場所です。そのため、一般的な住宅で使われるようなスイッチをそのまま使うのではなく、できるだけ空間に馴染むよう、埋め込み式のスイッチなどを採用しています。
細かな部分まで、「宿泊する人が普段とは違う空間に来た」と感じられるような配慮がされています。
4人部屋。タイルの見切り材が特徴的
和室の4人部屋、枠周りは元ののまま、素材は空間にあわせ刷新
2人部屋
一人部屋ですが、オンライン会議などで使用することを想定しデスクも設置されている
やりすぎない
施設内のサインも、自分たちでデザインしたそうです。非常にわかりやすく、それでいて空間の雰囲気を損なわない、とても素敵なものになっています。
宿泊者が集うリビングの壁には特殊な塗装が施されています。リビングは宿泊者が最も長い時間を過ごす場所なので、できるだけ快適な空間にしたいと考えたそうです。
巾木についても、あえて積層材の小口を見せています。他のディテールとの統一感を持たせながら、素材そのものが持つ表情を見せる工夫がされています。
浅子さんは、「やりすぎると、きれいだけれど普通になってしまう」と話します。言い換えれば、それは「寸止め」ともいえる感覚なのかもしれません。デザインをやりすぎず、しかし普通にもならない。その絶妙なバランスを意識しながら設計しているそうです。
例えば、ベッドルームのタイルのコーナー部分では、特別な役物を使わず、平らなタイルを使っています。そしてコーナー部分には見切りを入れるという方法を採用しています。
細部にはこだわる一方で、できるだけ特殊な加工や特注品を多く使わない。そのようなポリシーが、この建築全体に一貫しているように感じました。
部屋の収容人数がわかるように、サインはすべて自分たちで作った
少し変わったテーブル
施設のなかでも印象的なのが、リビングに置かれたテーブルです。
最大で10人が座れるように考えられていますが、テーブルは一般的な長方形ではありません。その形に合わせて脚の位置も少しずれており、結果として非常に個性的で、魅力的な家具になっています。
浅子さんによれば、アルヴァロ・シザの建築などにも見られるように、長方形ではない家具における脚の付け方には独特の面白さがあるそうです。
テーブルの脚は、単純に角に配置されているわけではなく、少し外側にはみ出すように配置されています。また、それに合わせてベンチも伸ばされています。
ただし、奇をてらって変わったものをつくろうとしたわけではありません。
もともと存在していた建物のジオメトリーに合わせ、さらに使いやすさを考えていった結果、少し変わった形の家具になったのだそうです。
機能的に考えた結果として、自然に独自性が生まれているところが面白いと感じました。
テーブルの脚をあえてずらして座る人の邪魔にならないように
美しい建築より、売れる建築を
中庭には、ベンチと存在感のある大きな植木鉢が2つ並び、緑を愉しむための心やすらぐアクセントとなっています。
空間づくりにおいては、見た目のインパクトも大切だと考えているそうです。
浅子さんは長年、商業建築にも携わってきた経験から、「美しい建築が、必ずしも売れる建築とは限らない」と話します。
以前、あるブランドの新店舗を設計した際に学んだことの一つが、「全部見せない方がいい」ということだったそうです。
すっきりと整理されたデザインは写真写りが良い。しかし、それだけでは必ずしも売上にはつながらない。
作品として美しいものをつくるよりも、売れるものをつくりたい。
今回の宿泊施設でいえば、「泊まってみたい」と思わせる空間をつくりたいということなのだと思います。
色使いについても同様です。
建築家の作品には、単色や白を基調とした空間が多く見られます。一方、この建築では、赤、緑、黄色などの強い色を使いながら、訪れる人が楽しめる空間をつくっています。
それは単に派手にするということではなく、「泊まりたい」「ここで過ごしてみたい」と思わせることにつながっているのかもしれません。
シンプルで抽象的な空間ではなく、豊かな色彩を使い、少しラグジュアリーなひとときを体験をしてもらう。
そこには、作品としての建築ではなく、人に選ばれる建築をつくろうとする浅子さんの姿勢が表れているように感じました。
オーナーの話
宿泊施設のビジネスを始め、これまでの実績では年間の稼働率は80〜90%程度と高く、連泊の利用が多いこともあり、清掃費などの経費も比較的抑えられているそうです。
また、年々8月の稼働率が下がっているのだそうです。その原因の一つとして「日本の夏の猛暑」が考えられていて、気候変動の影響がこうした宿泊施設の稼働率にまで及んでいる現状には、改めて深く考えさせられます。
そうした背景もあり、猛暑の時期を避け、売上が安定し始める9月からのオープンを目指して、この計画が進められたそうです。
コプラムハウス株式会社 小國泰成さん
赤い壁のトイレ
天井からの下がり壁とドアの色を塗り分けている
トイレ室内(サティスSタイプ/ピュアホワイト)
トイレやシャワールームエリアの洗面空間
浅子さんは、LIXILとの長年の共同研究を通じ「トイレは、ジェンダー問題や混雑緩和への取り組みなど、社会の問題が凝縮された場所である」と言います。この宿泊施設では水まわりを独立させ、単なる設備を超えた「宿泊体験を彩る特別な空間」としてデザインされています。
それを象徴するのが、水まわり全体を包むえんじ色の壁です。もともとの床タイルに合わせた深みのある赤壁は、原さんへのオマージュであると同時に、汚れを目立ちにくくし、ピュアホワイトのトイレを美しく際立たせています。
また、宿泊体験の満足度を大きく左右する「清掃性」にも配慮。省スペースな空間に合わせて、コンパクトで手入れもしやすいサティスSタイプを選定しました。
非日常を味わう宿泊施設の中で、トイレもまた機能性とデザイン性を兼ね備えた、大切な空間の一部となっています。
パブリック・スペースのゆくえ
パブリック・トイレ×パブリック・キッチンのゆくえ
浅子 佳英(あさこ よしひで)
1972年神戸市生まれ。建築家、編集者。建築設計事務所、インテリアデザイン事務所を経て、2007年タカバンスタジオ設立。2010年東浩紀と共にコンテクチュアズ(現・ゲンロン)設立、2012年退社。2021年出版機能を追加し
PRINT AND
BUILD創立。おもな作品=「Gray」(2015)、「八戸市新美術館」(2021西澤徹夫、森純平との共同設計)「ニュウマン高輪(North・South)」(2025
シナトとの共同設計)ほか。共著=『TOKYOインテリアツアー』(LIXIL出版、2016)ほか。
このコラムの関連キーワード
公開日:2026年09月29日