TOKYO STATION × LIXIL

東京駅丸の内駅舎復原にみる「タイルの原点」

まずは赤土を100t確保

原料の赤土を採取した知多半島の採土場

化粧煉瓦の復原の過程についてみていきます。復原部分の化粧煉瓦はRC造の躯体に張られるため、45mm厚の化粧煉瓦については再現することはせず、15mm厚の化粧煉瓦の再現が求められました。
最大の問題は色の再現でした。東京駅の既存の化粧煉瓦は明るい赤色をしています。これは原料の赤土の色をそのまま反映したもので、当時の記録から原料の赤土は、知多半島産という可能性が高いとみられています。ただし、赤土は天然原料であることから、採掘場所や採掘時期によって成分に違いが生じ、焼成した化粧煉瓦の色味の差が生じることが予想されました。 そのため、見本品で採用が決まったとしても、本生産の時に同じ色合いを再現することは難しいのです。そこで、LIXILでは見本品の制作に先立ち、本生産用の赤土を100t確保しました。

厳しく求められた色の再現性

その後、復原工事の計画は着々と進みましたが色を正確に再現するという課題は残されていました。それは、焼成温度が大きく異なるためです。竣工当時の焼成温度は1000?1100℃。一方、現在の製法の焼成温度は1250℃程度です。原料の赤土が当時の原料に近かったとしても、今の窯では焼成温度が高いために、東京駅で使用された化粧煉瓦よりも濃い赤色になってしまうのです。また、現代のタイル生産の主流であるトンネル窯は、365日24時間動かし続けるのが基本です。特注タイルを焼いている期間だけ温度を変えるということは製造の仕組みからも難しいのです。
しかも、タイルの発注書には、外壁をいくつかのエリアに分けた上で、それぞれに求める化粧煉瓦の色味の差が数値で示されていました。こうした大がかりな復原工事であっても、復原タイルなどは目視による色合わせが一般的です。数値によって厳密に指示されることは異例なことです。

3階部分の煉瓦ディテール
既存の建物に使用されていた
45mm厚の化粧煉瓦

小ロットかつ低温で焼成する

このように明るい赤色を表現しながら、さらに色味の差を意図的にコントロールする手法についてプロジェクトでは検討していくことになります。その結果、原料の調合を工夫した上で、通常より低温で製造することが不可欠だということがはっきりしてきました。
そこで、小ロット生産に長けた、乾式製法の設備をもつ提携会社に協力を依頼しました。それがアカイタイルです。LIXILの打診に対して、「窯を止めるゴールデンウィークか正月なら温度を下げて窯を動かすことができるかもしれない」というのがアカイタイルの答えでした。LIXILが同社に白羽の矢を立てたのはもう1つ理由があります。大型の実験炉を導入していたのです。通常のタイル工場にあるのは、電気を熱源とする小型の実験炉ですが、同社が導入した実験炉は、実際の窯と同じLPG熱源を用いた本格的なもので、実際の製造ラインで再現性の高い見本品づくりができるのです。

色味の差を意図的に再現する

色味の差を確認するためのモックアップ

低温で焼成するといっても、吸水率を1?3%の範疇で納めるなど、現在のタイルの品質を確保することを考えると1200℃程度が下限となります。1200℃程度の焼成温度で既存の化粧煉瓦と同じ色を出すためには、顔料を混入して色調を調整する必要があります。そこで、LIXILとアカイタイルは焼成する条件と原料の調合を少しずつ変えながら、試作を繰り返しました。試験した条件は50を超え、1つの条件の試作で約100枚のタイルを焼くことになりました。こうして粘り強く実験を行ううちに、適正な調合が見えてきたのです。
こうした実験により、最終的には、3種類の条件で微妙に色調の異なるタイルを制作し、各色を適切な比率で混ぜ、各エリアに要求された色味の差を再現するという方法が生み出されたのです。

エッジのピン角をいかに出すか

もう1つの課題が「ピン角」にすることでした。既存の化粧タイルに合わせたシャープで鋭いエッジが求められたのです。一般的なタイルのエッジは、すべてRがとられています。それは、生産効率を高めるためです。ピン角にすると製造の過程で欠けやすいために歩留まりが下がってしまうのです。 大規模な復原工事とはいえ予算は限られており、ある程度の歩留まりは確保する必要があります。そこで、LIXILはオリジナルの金型をつくることでピン角の再現を工夫しました。こうした工夫をしても、なおコーナー役物などはエッジ部分の欠けやすさを完全には防げませんでした。そこで、崩れたエッジ部分には原料を少量ずつ手作業で添加し、エッジのかたちを補正する方法が考案され、やっとピン角の化粧煉瓦が実現できたのです。

復元された赤煉瓦の「ピン角」
一部に手作業を交えて生産されたコーナー役物のエッジ
丸の内駅舎の目地部詳細

こうした試行錯誤の結果、LIXILは2009年3月にモックアップ制作にこぎ着けました。さらに、ゴールデンウィークなどの窯を停止する時期に本窯で試験を行い、実際に化粧煉瓦を製造する窯で温度安定性などを確認しました。こうした緻密な確認作業ののち、LIXILは2010年に化粧煉瓦の製造に取りかかりました。製造期間は2週間でした。これまでかけてきた膨大な期間から比べるとあっけないほど短い時間でした。

「覆輪目地」を再現する

こうして復元された化粧煉瓦は、それを積んだ目地にも特徴があります。通常の目地はフラットに押さえて納めますが、丸の内駅舎の目地はふくらんでおり、化粧煉瓦表面と同じ高さになっています。これは、「覆輪目地」と呼ばれるもので、断面はかまぼこ型をしています。目地山同士が取り合うT字部分などが特に難しく、非常に手間の掛かる仕事ですが、建物の雰囲気に柔らかさを与えるため、辰野金吾が好んだディテールです。この覆輪目地の技術は、化粧煉瓦工法の衰退とともに採用されることもなくなり、現状ではほぼ継承されていません。そこで、今回この目地を再現するに当たって、老職人への聞き取りを踏まえ、目地を押さえるコテを復原するところからはじめたほどです。こうした苦労の結果、既存の煉瓦壁の表情を復原することができたのです。

高耐候かつ時を刻む素材

このように、このプロジェクトは土・水・火と対話し、素材の力を引き出すことではじめて可能になりました。そうした意味では「やきものの原点」であり、一つひとつの製品に設計者やユーザーの想いを込めていくものづくりの原点ともいえるプロジェクトでした。
煉瓦やタイルという素材は、その高い耐候性や、東京大空襲にも焼け残った耐火性から、建物を長持ちさせます。そして、時間の経過を美しく刻んでいく素材でもあります。東京駅丸の内駅舎の化粧煉瓦は、次の100年に向けてゆっくりと時を刻んでいくはずです。

株式会社アカイタイル 赤井祐仁氏
株式会社LIXIL 後藤泰男氏

基礎データ

施 主 東日本旅客鉄道株式会社
設 計 東日本旅客鉄道株式会社 東京工事事務所・東京電気システム開発工事事務所
東京駅丸の内駅舎保存・復原設計共同企業体 (株式会社ジェイアール東日本建築設計事務所・ジェイアール東日本コンサルタンツ株式会社)
施 工 東京駅丸の内駅舎保存・復原工事共同企業体 (鹿島・清水・鉄建 建設共同企業体)
所在地 東京都千代田区丸の内1-9-1
竣 工 2012年10月
商品情報 FC-11/109×60.6×15(mm)/特注
外装壁タイル FC-11/227×60.6(mm)/特注