旧前田家本邸洋館 × LIXIL

時を超える極上の美意識

芦澤忠(LIXIL)

LIXILものづくり工房 芦澤忠による解説
復原タイルが繋ぐ未来への遺産

これまでLIXILものづくり工房では、文化財に使用されるタイルの復原に数多く携わってきました。釉薬発色試験、素地発色試験のテストピースやレシピなどの経験と技術記録の蓄積が、本タイル復原にも活かすことができたと考えています。旧前田家本邸洋館の保存整備工事において、経年変化による劣化で破損したタイルの復原をLIXILが担当したのは次の部分です。

A)外壁スクラッチタイル
B)洋館と和館を繋ぐ渡り廊下の床タイル
C)屋上北面および南面床タイル

タイルの復原にあたっては、オリジナルタイルを元に検証を実施しました。製品としての性能を確保するため、強度・吸水・形状を考慮して慎重に製作しています。目視調査、3次元スキャニング調査、化学分析が主な検証方法です。
すべての部分で3?4回の見本品を提出して、施主、設計、施工業者、タイル店との協議を重ねながら復原を進めました。試験を重ねた結果を報告し、方向性をすり合わせつつ検討いただいたことで、より良いタイルの復原が叶いました。

A)外壁スクラッチタイル —陰影を身にまとう

北面外観
南面外観
2階ベランダ部分
東面外観
東面外観
東面 屋上部分近景
外壁ディテール。晴天時、光沢とスクラッチの溝が生み出す陰影が特徴的
曇天時のディテールは、色のばらつきが映えてまろやかな印象
西面外観 自然光が面状の繊細な凹凸を美しく描き出す
コーナー部ディテール。オリジナルタイルと今回の復原タイルが並ぶ

スクラッチタイルは細い溝の模様がある無釉のタイルで、原料に含まれる酸化鉄の発色による赤褐色から黄褐色のタイルです。日本では、関東大震災の復興事業が終了した昭和初期より用いられるようになりました。当時は煉瓦積からタイル張りに変わる過度期で、官庁や大学、金融機関などによく採用されてきました。旧前田家本邸洋館外観のスクラッチタイルに関しては、オリジナルタイルを検証した結果、以下のことがわかりました。

【オリジナルタイルの特長】

1)長手幅は227mm、幅76mm、厚さ21.5mm、スクラッチ本数は24本。湿式製法の押出し成形で生産されたと推定されること
2)釉薬は使用していない(無釉焼き締め)であること
3)オリジナルタイルの成分は同一だが、焼成温度が異なり、大きな色幅があること
4)スクラッチの幅と間隔は同一のスクラッチ治具を使用していること

色合いの異なるオリジナルタイルを分析調査すると成分はほぼ同一ですが、焼成温度にわずかな相違があることがわかりました。これは同じ窯の中でも異なった位置で焼成されたものか、窯そのものが異なっているかの2通りの可能性が考えられました。
これらの特徴を踏まえてタイルの機能を確保するため、強度、吸水、形状の安定を考慮しつつ外観を合わせ、色合いを近づけることを重視しました。
具体的には以下のような方法を用いています。

1) 寸法設定はオリジナルタイルを実測した平均値を参考に、当時一般的であった尺貫法に換算して計画寸法を設定する
2) 成形は湿式押出し成形を用い、押出し方向は長手幅(227mm)を進行方向で、短手幅寸法で切断し成形する
3) 3次元スキャニング断面測定の結果をもとにスクラッチ治具を製作。その治具を用いてスクラッチ加工する
4) 焼成は1200℃以上。煮沸吸水率(※4)を5.0%以下。タイル裏面の裏あし形状はあり足とし、裏あし高さを1.5mm?3.5mmとする
5) コーナー役物は全て一体成形品とし、タイル同士を成形後に一体化する生接着の手法で成形。そのうち、3面生接着のBOX役物も1点、製作する
6) オリジナルの特長の1つである、ワラビ(スクラッチ面状のささくれ)の大きさを再現する

■当時のタイル

表面
裏面

■復原タイル 側面には補修年月「2018.9」と、製造元「LIXIL」を刻印)

表面
裏面
スクラッチタイル溝加工の作業
スクラッチタイル役物成形の様子。手作業で行われる

発色に関しては、経年変化した汚れも含む 現状に合わせるように汚し等のエイジング加工試験を実施しました。エイジング加工とは、オリジナルタイルの経年変化した状況と復原タイルとの雰囲気を合わせるために敢えて汚しや表面を荒らしたりすることで、具体的には以下のような方法が取られます。

・既存の汚れた色合いと合うように、釉薬で汚れを表現する
・無釉の物などは、墨などを塗るなどして汚れをつける
・釉薬の光沢を落とすため、サンドブラスト加工などをする

エイジング加工は、復原タイルとオリジナルタイルを並べて施工する際、見た目の差が目立つことが懸念される場合にご提案することがあり、オリジナルタイルとの見た目の差を少なくすることができるメリットがあります。
今回の復原にあたっては、オリジナルタイルと復原タイルのなじみがよく、後々自然に溶け込んでいくであろうという判断により、最終的に復原品はエイジング加工は行わないことになりました。

見本張り確認と検品作業風景

B)洋館と和館を繋ぐ渡り廊下の床タイル —モダンな空間の再生

旧前田家本邸は、社交の場と家族の生活の場であった洋館と、茶室が設えられ外賓のための和館から構成されており、両館は渡り廊下で行き来できるようになっています。
この渡り廊下の床タイルの復原にあたっては、建設当時の味わいのある色むらをいかに再現するかが重要でした。
オリジナルタイル(112mm×112mm)から布目を読み取ると、同一の布目のプレス成形を用いたことが明らかになったため、復原タイルも原料を板状に成形してから金型で再度プレスする湿式リプレス成形にて生産しました。
オリジナルタイルから目標色として2色を選定いただき、白系の素地に化粧土(※1)を施し、さらに釉薬を2層または3層のディッピング施釉(※2)(釉薬に沈ませて施釉(※3)施釉する)にて色調を再現しています。

洋館渡り廊下部分、洋館から和館に向かう 左右共
タイルのディテール
当時のタイル
復原タイル
ディッピング施釉の様子
当時のタイル
復原タイル

C)屋上北面および南面床タイル —醸し出される豊かな表情

北面の床タイル(197mm×197mm)の復原にあたっては、オリジナルタイルを3次元スキャニングで読み取り、布目と凹凸の調整をしつつ型を製作し、湿式リプレスにて成形しています。目標色として黄系と茶系の2色を選定いただき、検証すると、釉薬の流れた跡を読み取ることができました。ディッピング施釉により、釉薬の流れを再現することにしましたが、施釉量の増減で発色が大きく変化するため、施釉量の管理には細心の配慮が必要でした。今回復原した床タイルは、1200℃以上の酸化焼成でおこない、素地の緻密さ、気孔の多さの目安となる煮沸吸水率を5.0%以下としています。

自然な色調が再現された外床
施工された復原タイル

屋上南面床タイル(155mm×155mm)は、オリジナルタイルから目標色3色を選定いただき、復原を行いました。布目を読み取るとすべて同一の布目でプレス成形品であることが判明したためこのタイルも湿式リプレス成形を採用しています。
また、色幅があるタイルを正確に復原するために、目標色ごとに、複数の釉薬を重ね付け、ねらいの色合いを生み出す試験を繰り返しました。この床タイルもディッピング施釉を採用し、釉薬が流れる表情も再現しました。
また、これらの床タイルにも、スクラッチタイル同様、補修年月「2018.9」と、製造元「LIXIL」の刻印をしています。

大きな色幅のオリジナルを再現した復原タイルがオリジナルタイルと調和する
ディテールアップ

重要文化財である本物件の復原に携わり、タイルの表情の豊かさや、深み、味わいなどのタイルの持つ奥深さを再確認できたことは、私どもタイル製造にかかわる者にとり、この上なく光栄な経験でした。この経験を糧として、より一層表情豊かなタイルを生み出すことを更なる目標にしたいと思います。
(LIXILものづくり工房 芦澤忠)

【用語解説】

(※1)化粧土/形成に使われた土とは異なる質と色の化粧掛用の土のこと

(※2)ディッピング施釉/釉薬の水分量や粘性を調整して均一な厚さで施釉できるようにする(別称、漬け掛け、どぶ漬け)

(※3)施釉/やきものに釉薬を施すこと。刷毛塗りや漬け掛け、コンプレッサーで霧掛けなどがある

(※4)煮沸吸収率/タイル吸水率の測定方法のこと。吸収率については“JISA1509‐3陶磁器質タイル試験方法”に準拠し、製作した試験体を煮沸法により測定