ピンチや失敗は新展開の種!

「なんとかせにゃあクロニクル 伊奈製陶100年の挑戦」展

『コンフォルト』2024 December No.200

LIXILの水まわり・タイル事業の前身企業、伊奈製陶(INAX)の設立100年を振り返る展覧会が、愛知県常滑市・INAXライブミュージアムで開催中だ。(会期2025年3月25日まで)大きく変化する時代の中で、陶業の幅を広げ、社会貢献につなげてきた挑戦のスピリットを伝えている。

資料から見えた親子の会話

LIXILの水まわり・タイル事業を担っているINAXブランド。伊奈製陶株式会社として設立されたのは1924年(大正13)である。「六古窯の一つに数えられる常滑のやきものの歴史と伊奈製陶は、設立前から深くつながっています。今回は江戸時代の初代・長三(ちょうざ)まで遡って、ものづくりの歩みを紹介し、地域とともに発展した歴史を展示します」と、INAXライブミュージアムの主任学芸員・後藤泰男さん。

展示は二つのパートを設け、前半は江戸・明治から昭和戦前まで、後半は戦後から高度経済成長を経てINAXでのものづくりまでの歴史を展観している。年表や時代を映し出す製品、映像が並び、観る人によって呼び起こされる記憶もさまざま。

展覧会の軸は「なんとかせにゃあ」というキーワードだ。江戸時代から繊細な茶器をつくる陶工の家系だった伊奈家は、明治の近代化で視野を広げた伊奈初之烝が、陶芸から陶業へと転換を図り、土管、タイル製造を開始。長男・長太郎とともに技術や経営上の課題解決、従業員の労働環境の改善などに力を注ぎ、伊奈製陶株式会社を設立する。学芸員・髙橋麻希さんは企画にあたり、過去の周年史や書籍資料をスタッフとともに読み込んだ。「初之烝・長太郎親子は常に成功していたわけではありませんでした。失敗したり、経営危機に陥ったり。そのたびに親子は『なんとかせにゃあ』と知恵を絞り、解決に向けて挑戦、努力したことが資料のあちこちから見えてきたんです」。展示資料は100点を超える。60年代からの社内報550冊余を10人のスタッフが手分けして読んでいくと、初めて見る製品や、開発者の苦労話がどんどん出てきた。実物が保存されていないことも多く、まさに東奔西走して収集したそうだ。

伊奈家の人々

前列右は伊奈初之烝。その後ろは長男・長太郎(のちの6代目長三郎)。1918年(大正7)長太郎の婚礼の日に撮影。初之烝56歳、長太郎28歳。ともに常滑に生まれ育ち、親子で陶業の時代を切り開く。6年後の1924年には伊奈製陶株式会社を設立した。

陶芸から陶業へ。「家外小便所」と土管

江戸時代後期から始まった常滑の土管製造に1902年(明治35)に参入。長太郎は大正時代アメリカの技術を取り入れた塩釉の高品質な土管(写真)を製造するも、市場に受け入れられず苦戦。1928年(昭和3)に東京市役所からの大量発注を受け、その後事業が伸びる。(*)

伊奈初之烝が考案した陶製の公衆トイレ「家外小便所」。1888年(明治21)に特許登録された。高さ155㎝。伊奈製陶の衛生陶器製造の原点だ。(★)

陶工から始まった伊奈製陶

展覧会場。戦後から高度経済成長期に、伊奈製陶、INAXとして手掛けていった水まわり、タイルなど、レアな実物が並ぶ。(*)

六古窯の一つ常滑で1766年(明和3)初代・伊奈長三郎(銘・長三)が茶器製造販売を始めた。歴代がつくった茶器。(*)

学芸員が熱く推すポイントはここ!

1915(大正4)伊奈式運搬車

従業員が手作業で土管を運搬する様子を長太郎が見て、初之烝に「おとっつぁま、なんとかせにゃあ」と言い、作業が楽になる運搬車を発案した。土管をすくうと、人を重労働から救うをかけて「救い車」と呼ばれた。特許を取ったが誰でも使えるよう公開した。(★)

1918(大正7)帝国ホテルの煉瓦、テラコッタ

フランク・ロイド・ライトが設計した帝国ホテル2代目本館で使う黄色の「スダレ煉瓦」を製造するため、常滑にホテル直営の「帝国ホテル煉瓦製作所」を設立。技術顧問に初之烝・長太郎親子が就任。生産終了後、設備や職人を匿名組合伊奈製陶所で引き受けた。(*)

1940(昭和15)ラスモザイク

厚さ1.3㎜の12㎜角モザイクタイルをメッシュにあらかじめ貼り、壁紙のように施工ができるようにしたもの。展示された鹿の絵柄はラスモザイクで描かれ、個人宅の玄関に80年以上飾られていた貴重品。幅177×高さ170.5㎝。(*)

1967(昭和42)サニタリイナ61

足踏みボタンでオンオフ。ノズルが出入りし、温水でおしりを洗う。スイス製の福祉用温水洗浄便器「クロス・オ・マット61」をモデルに開発。ノズルの角度設計には多くの社員が協力した。(*)

国産初のシャワートイレ。(★)

1972(昭和47)中銀カプセルタワービルのユニットバス

会場中庭に展示中

黒川紀章が設計。6畳ほどのカプセル住宅に空調、照明、家具、AVなどが納まる。(*)

すべて特注品という状況に積極的に協力したことから、ユニットバスは伊奈製陶に発注された。(*)

1974(昭和49)カスカディーナ

節水消音式トイレ。オイルショックをきっかけに省資源、省エネへの関心が高まる中で、節水型の便器をいち早く手掛けた。スウェーデン、イホー社と技術提携し、洗浄に12~15ℓ必要だった水を5ℓに低減した。(*)

1975(昭和50)メノリーナ

大理石柄のFRP浴槽。70年代には消費者ニーズに応じて、高付加価値の浴槽を開発。大理石柄を印刷したガラス繊維シートに、樹脂を塗りつけて仕上げるハンドレイアップで、製品ごとに絵柄が異なる。(*)

1990(平成2)オートマージュ

世界初の自己発電式自動水栓。外部電源なしで、吐水による水流エネルギーを利用して発電し、蓄電。その電力でセンサーが働き、手をかざすと水が出る。(*)

2001(平成13)SATIS

日本の狭いトイレ空間にゆとりをもたらすため、一般的なトイレの全長が760㎜の時代に、サティスは635㎜で奥行き世界最小(当時)を実現。コンパクトでスタイリッシュなデザインはグッドデザイン金賞を受賞した。(★)

挑戦するスピリット「なんとかせにゃあ」は、展覧会で取り上げた時代を超えて、現在にも受け継がれている。次ページから紹介しよう。

髙橋麻希 Maki Takahashi

INAXライブミュージアム学芸員

後藤泰男 Yasuo Goto

INAXライブミュージアム主任学芸員