政治の舞台になった近衛文麿の旧邸宅
伊東忠太設計の「荻外荘(てきがいそう)」が復原
人の手が、敷瓦の表情をいきいきさせる
一筋縄ではいかない割付けを納める
「豊島区移築時に玄関土間で転用されていた敷瓦を生かし取りするため、竹中工務店が共同開発した『モルトール®』という既存タイル再利用技術を既存敷瓦に採用しました」と現場代理人の望月智さん。これは付着したモルタルを薬剤で溶かしてタイルを傷つけずに剥がすというもの。おかげで剥がすのはうまくいったが、次は割付けに苦労した。「実際に組み終えた応接室の内法寸法を実測しましたが、既存の敷瓦サイズ(164mm×164mm)で割り付けると目地幅が非常に狭くなりました。既存の敷瓦を新規敷瓦の間にランダムに割り付けるため、LIXILさんと大きさの違いがわからない程度に新規敷瓦サイズを数ミリ単位で微調整し、目地幅をきれいに見せることに成功しました。非常に繊細な割り付けでしたので、敷瓦施工を担当したマルニシテグラさんには感謝しています」。

<敷瓦の生かし取り>
移築後に玄関土間に転用されていた敷瓦をモルタルごと取り外す。写真提供:竹中工務店
上左/龍文の敷瓦を3Dスキャンし、石膏型をつくるための原形を製作する。
下左/3Dスキャンデータから彫り出した原形。
上右/復原設計の柳澤礼子さんが原形を見て、修正指示を入れた。
下右/指示を見てエッジなどを手彫りで修正し、めりはりをつけた原形。この原形で石膏型を製作した。
エッジを際立たせ、伊東忠太の龍らしく

LIXILやきもの工房 芦澤忠さん
敷瓦復原に当たったLIXILやきもの工房の芦澤忠さんは「私たちにも課題がありました」と言う。3Dスキャンで龍文を復原する石膏原形を製作し、試作した敷瓦を確認した柳澤さんから、ディテールがぼやけていると指摘されたのだ。
芦澤さんは説明する。「龍文の敷瓦はもともと型に粘土を押し付けて作られたもの。粘土で型押して成形したモノは型側のエッジのシャープさが少し甘くなります。なので、当時の龍文敷瓦を3Dスキャンして型を製作したのですが、経年で擦り減っていた状況も重なり、シャープさが出ていなかった。文化財の復原のため、我々の判断で勝手に調整ができないこともあって、柳沢さんの鋭い気づきは勉強になりました」。柳澤さんは、手描きで細かい修正を入れた。
地元・常滑で育んだネットワークで、技術を高め合う
芦澤さんは「柳澤さんの指示の陰影や線の意味を汲み取り、石膏型を製作する型屋さんとコミュニケーションをとりながら、型屋さんが手彫りで、原形に少しずつ修正を加えていきました」。再度型をつくり、型押し成形、試験焼成して柳澤さんが確認するという工程を数回踏んだ。
芦澤さんが型屋さんと呼ぶ協力会社のマエダモールドは、やきもの工房の長年のパートナーだ。「私たちの地元の常滑で伊奈製陶の時代から、互いに知恵を出し合って成長してきたんです。陶器の型からタイルの型にも事業を拡げ、現在はスキャニング技術を事業化しています。腕のいい職人さんもいて、今回のような手仕事を頼める大切な存在です」。陶業の町でさまざまな技術に特化した会社とネットワークがあり、プロジェクトによって最適なチームを組めることも、やきもの工房の強みだという。
左/オリジナルの成形方法と同じ手法。石膏型に素地を押し付け、龍文を写し取る。
中/脱型して表面を整える。
右/龍文がくっきりと浮き上がる。
魅力を放つ敷瓦の金属光沢、色むらを新たに表現
既存の敷瓦は、無釉で焼き締めたものと推定された。「昭和初期の窯の振れ幅のある焼成環境でつくられているので、色のばらつきが大きく、一部に金属光沢の風合いを帯びています。一枚ごとに色むらもあります」と芦澤さん。
こうした味わい深さが敷瓦の復原には求められ、やきもの工房で、これらを表現する手法にチャレンジした。「とくに今回、釉薬を掛けずに、無釉で金属光沢を表現するのは難しいところでした」。素地は、外装タイルの素地にベンガラを練り込んだ赤味の強いもの。その上に加飾するのに、釉薬は使っていない。
取り外したオリジナルの敷瓦の龍文(上)と、無地の各20枚について、色を分析してグラフにプロットし、ばらつき具合の範囲の指標とする(下)。これらの範囲内の色で、復原する敷瓦をつくった。無地の平瓦も同じ。

<復原した龍文の敷瓦>
色のばらつきを表現するために、多くのサンプルをつくり、3色が採用された。無地の敷瓦も3色。
一枚一枚に、違う色と表情がある敷瓦
「化粧土と呼んでいますが、素地の粘土を水でどろどろに溶かして、窯業用の顔料などを加え、色を調整したものを素地に掛けて焼成しています」。極めて薄く、土を吹き付けるイメージかもしれない。化粧土で表現した色のバリエーションから、柳澤さん、杉並区に敷瓦の色数を3色まで絞り込んでもらい、さらに一枚一枚に手作業で化粧土のむら掛けを施したという。
「エッジやコーナーとか、掛ける部分をばらつかせ、一面掛けたり、二面掛けたり、ランダムな掛け方をしています。それも手作業なので均一にはならない。その効果で、龍文と無地の3色の敷瓦が自然にばらついて見えるようになっています」。
LIXILやきもの工房のもつポテンシャルは、プロジェクトの度にさまざまなかたちで発揮されている。芦澤さんの話を聴くと、応接室の敷瓦の眺めがさらに楽しいものになりそうだ。

上左/乾式プレス製法で、雷文と地色の3色のモザイクタイルもやきもの工房で製作した。
上右/目地幅2mmで枠にセットし、紙張りを施し、確実な施工に。
下/古写真では厳密な意匠は確認できず、同時代のモザイクタイルのデザインなどから推定復原された。
誰でも親しめる荻外荘公園
今後の荻外荘について杉並区都市整備部の星野剛志さんは、「10年をかけて、いろいろな人たちの協力で復原されました。文化財として大切にすると同時に、多くの方々にどんどん見てもらう。街歩きのついでに立ち寄ってもらう。地域の人たちと一緒に長く活用していくことを目指しています。公園にあるので入りやすいと思いますよ」と語る。日本の歴史を感じ、建築を感じる空間。邸内に備えられたタブレットでバーチャルな映像を楽しむだけで、あっという間に時間が過ぎてしまう。隣接した喫茶室でお茶とお菓子も楽しめ、散歩がてら半日出かけるのにはちょうどいい場所である。よみがえった荻外荘は私たちに新鮮な体験をもたらしてくれる。
東京都杉並区荻窪2-43-36
2024年12月より公開開始
利用時間:9:00〜17:00(最終入園〜16:30)
休業日:水曜日と年末年始(変更あり。最新情報はWEBサイトでご確認ください)
観覧券:一般300円、小・中学生150円ほか。団体割引もあり。
YouTube杉並区公式チャンネルでLIXILやきもの工房での敷瓦復原の様子をご紹介いただいています。
https://www.youtube.com/watch?v=ajUWgtbEQk4
https://livingculture.lixil.com/ilm/facility/ceramicslab/
愛知県常滑市奥栄町1-130 INAXライブミュージアム内
取材/建築資料研究社 文/清水潤 撮影/梶原敏英(復原工程および特記をのぞく) 編集/豊永郁代
このコラムの関連キーワード
公開日:2025年03月25日

