三田ガーデンヒルズPARK MANSION×LIXIL
タイルの再利用と復原で
「旧簡易保険局庁舎」の意匠を継承

外観(写真:Akira Ito)
旧逓信省簡易保険局庁舎跡地に誕生した三田ガーデンヒルズは、かつての建物の正面意匠を一部継承するなど、新築でありながらレガシーを引き継いでいるところに大きな挑戦がある。歴史的建築物のタイルを生かし取りして再利用し、さらに復原も行った。オリジナル材料を含みながら、ここには100年前の空気感が遺されている。
中層マンションならではの
良質な住環境をめざす

ホシノアーキテクツ代表 星野裕明氏
1929年に竣工した旧逓信省簡易保険局庁舎は、近代日本建築をリードしてきた建築家グループである、逓信省営繕課による設計。古典主義からモダニズムへの移行期の建築であり、アールデコやセセッションの影響が色濃く表れていた。近年はかんぽ生命保険東京サービスセンターとして運用されていたが、2020年解体され、跡地に三井不動産と三菱地所の共同開発による集合住宅、三田ガーデンヒルズが誕生した。
星野──この敷地には高さ制限がありタワーマンションは建てられません。中層の良質な住空間を生み出すプロジェクトとして始まりました。実は13、14階程度の中層集合住宅はありそうでないもので、著名な事例は限られています。都内では広尾ガーデンヒルズなどが近い規模です。決して多くはない事例数ですが、どれも外部環境の豊かさは不可欠で、このプロジェクトでも計画の核となっています。中層ですが千戸以上のボリュームが求められました。全戸が良質な環境を享受できるよう外部に面するようにすると、外壁長さを最大に取らねばなりません。必然的に最大限中庭を開き周囲に容積を振り分ける配棟計画がとられ、中庭を緑豊かな環境とするイメージが共有されていきました。
しかし、なんといってもこのプロジェクトの特徴は、歴史建築の跡地利用ということです。簡易保険局は100年近くもここにあって、通りの風景を構成し、人々の記憶に刻まれてきました。道路をはさんで向かい側には、かつての三井家の迎賓館、現在三井グループの綱町三井倶楽部が位置している歴史的な通りの一画です。そこで簡易保険局の正面入口部分に配棟を計画したのが、PARK MANSION棟でした。簡易保険局の躯体そのものは、プログラムも求められる機能も全く違うため新規建物に利用することはできませんが、綱町三井倶楽部の向かい側にあるこのPARK MANSION棟で、外壁の意匠を遺そうという考えが出されたのは自然なことでした。土地のレジェンドを遺していく。これもまた良質な住環境のひとつなのです。

三田ガーデンヒルズ配置図/敷地周囲に東西南北の4つの主棟が配置され、中央の中庭を囲んでいる(提供:大成建設)

三田ガーデンヒルズ全景/手前が正面エントランス(写真:Akira Ito)
中央入口部にレジェンドを組み込む

大成建設設計本部 先端デザイン部 部長 渡邉智介氏
渡邉──旧簡易保険局は4階建て。正面中央に4本の柱のある主階段室を中心にシンメトリーなファサードで構成されています。外壁仕上げ材はタイル張り。部分的に石材とテラコッタ装飾などが使われています。このファサードの何をどれほど遺すのか。一から検討が始まりました。
星野──旧簡易保険局のファサード意匠は、車寄せと中央入口の塔状外観にそのデザイン的な中心がありました。主要部分に石材が使われ、テラコッタのエンブレムで装飾されています。また入口扉には意匠ガラスが施され、風除室からエントランスホール、吹抜といった主動線のシーケンスには床壁天井にいたるまで、高度なデザインが施されており、そこにこの建物の意匠の核があります。エントランスホール吹抜には石材仕上げの階段と、天井にステンドグラスがヴォールト状に張られていました。検討の結果、このような高度な意匠が集中している旧簡易保険局の中央入口部分の外観と内観の意匠を継承していくという方針がとられました。躯体が残せるわけではありませんが、仕上げ材を剥離、ストックして新しい建物に極力再利用する計画が立てられました。

旧簡易保険局正面ファサード(出典:『建築雑誌』昭和4年8月号)

旧簡易保険局1階平面図(出典:『建築雑誌』昭和4年8月号)

旧簡易保険局エントランスホール吹抜(写真:岩﨑和雄)
渡邉──新しい建物は地上14階ありますが、既存建物は4階建てです。既存建物中央入口部分の意匠を、新たな建物でも同じくメインエントランスとして残す場合、レジデンス全体のボリュームから中央正面をえぐり、低層に抑えるというボリューム構成になります。一般的にレジデンスの中央エントランス部は一番容積が載るところ。その容積と引き替えに歴史を継承することは大きな事業主の英断でした。結果的には高さ制限の緩和を受けながら、敷地周囲の住棟へと容積をふりわけ、中央正面のボリュームを抑えて中庭を空けることに成功しました。

三田ガーデンヒルズPARK MANSION棟 正面入口部/中央部分は旧簡易保険局のファサード意匠を継承している

大成建設設計本部 先端デザイン部
伝統・保存設計室 室長 杉江夏呼氏
杉江──再利用できる材料や仕上げ材は解体前に取り外して、まずは一時保存する工程が組まれました。中央入口部分の解体は最後に残し、外壁タイル、石材をすべて生かし取りしました。また、エントランスホール吹抜階段手すり笠木の石材、天井のステンドグラスも既存躯体から取り外し、ストックしました。ただしストックしたタイルはすべて再利用できるわけではありません。生かし取りの工程で割れや欠けが生じます。一般的にタイルが再利用できる割合は10%に満たないと言われています。意匠を継承するのは中央入口部分に限定していますが、それでも生かし取りできたタイルだけでは足りません。新たな建築にはオリジナルタイルの再利用の他に、今回新たに製作した復原タイルも使用されています。

三田ガーデンヒルズPARK MANSION棟 入口/旧簡易保険局の意匠が継承されている


歴史の空気感を継承する
現代のクラフトマンシップ
渡邉──文化財の保存、利活用の場面では、オリジナル要素つまりオーセンティシティを遺すことが主目的であるのに対し、このプロジェクトはレジデンスの新築です。歴史的要素を継承しても、品質は新築同等でなければなりません。経年劣化し耐久性の不明なものは使用できません。そういった性質のプロジェクトの中で、意匠・材料の保存再生をすることは大きな挑戦です。しかし文化財の保存事業とは違って、オーセンティシティを優先した改修ではなく、いわば歴史の空気感を再生するという事業であると考えています。
星野──そうした主旨から、一部は復原タイルを使用しました。文化財保存の場合は、オリジナルと復原の違いが明確にわかるように計画しますが、ここはレジデンスですから逆に違いがわからないようにします。タイルの復原は、色の調整がもっとも困難でした。オリジナルの外壁タイルはほぼ100年前の技術で製造されており、色にバラつきがありました。現在は高度な管理技術で均一性を求めて製造されますが、昔はそのような管理技術はなく、求められてもいませんでした。オリジナルタイルは1枚ずつ色が違いますが、それもまたデザイン表現のひとつであり、バラつきが許容されていたのです。この歴史的なタイルと復原タイルの色調を馴染ませることが大きな課題でした。

正面ファサード/外壁中央の2本の柱に生かし取りタイルが再利用され、それ以外の部分に復原タイルが使用されている

大成建設設計本部 設計第4部 室長 團塚紀祐氏
團塚──リノベーション建築では、既存部位を再利用しつつ、ある部分は新しいデザインで仕上げるハイブリッドが一般的です。しかしこのレジデンスのエントランスエリアが目指しているのは歴史的な空間性です。そのため現在の技術で歴史的意匠を新築することになります。それはもはや現在におけるクラフトマンシップの再現ともいえるでしょう。昔の手仕事によるムラやバラつきから生まれるディテールを、現代の技術で実現するわけです。
星野──復原だけではありません。新築ですから、既存建物には存在しない部位もあるわけで、しかしその部位も周囲のデザインコードに合わせた意匠を施します。たとえばエントランスホールの格天井。これは既存にはないのですが、周囲のスタイルに合わせて新たにデザインしました。また床の石張りパターンも既存には存在していませんでしたが、新たにパターンを創作しました。ただ既存建築の随所に用いられていた図柄を引用することで、空間の質を変えずに連続させています。説明がないと、新旧の区別はつかないでしょう。オールドクラフト・アンド・ニューテックというコンセプトに基づき、この建物のデザイン密度は非常に高いものになっています。




内観デザインでは既存建物の意匠パターンをスタディし、新たなパターンに発展させた/既存建物のエントランス扉、その意匠をスタディして発展させた新しいパターンと、そのパターンを応用した新たな扉、壁面、床面



杉江──ファサードの仕上げには、タイルの他に石材も使われていました。1階ポーチ部分、笠木、時計まわりなどの要所には万成石(まんなりいし)が使われています。桜色の花崗岩です。一般部には白色系の花崗岩、稲田石が使われていました。石材の生かし取りはタイルよりもさらに時間がかかり、10人で作業しても1日に6個程度しか取れませんでした。しかし8割ほどが再利用でき、不足分は新たな同種の石材が追加されています。




左から大成建設の團塚紀佑氏(設計第4部 室長)、渡邉智介氏(先端デザイン部 部長)、杉江夏呼氏(伝統・保存設計室 室長)、ホシノアーキテクツ代表の星野裕明氏
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公開日:2026年09月30日