海外トイレ取材 5

インフラから考えるトイレ──ケニヤ、ナイバシャ/カロベイエイ

浅子佳英(建築家、タカバンスタジオ)

カロベイエイ

そして2018年、グリーントイレシステムはカロベイエイの難民キャンプに導入されることとなった。ちょうど訪問した時期は工事のまっただなかであり、その様子を見学させてもらった。

カロベイエイはカクマの難民キャンプからは30kmほど離れた場所に2016年から建設中の新しい難民キャンプである。いや、正式名称はKALOBEYEI SETTLEMENTなのでキャンプではなく、カロベイエイ居住サイトと言ったほうが正しいだろう。カクマの難民キャンプが18万人となり、満員になったためにつくられた。

そもそも難民キャンプはキャンプという名が示すように、一時的に暮らすために用意された場所だったはずである。しかしながらカクマのキャンプサイトはその発生が1992年とすでに25年以上経っており、もはや、一時避難場所とは言えない。一時避難所としてつくられた場所は住居が中心で、その中に生産や商業や余暇の場所が基本的には含まれておらず、永続的に住むとなるとどうしても当初の計画とは齟齬がおこる。その反省も踏まえ、カロベイエイでは名称も変え、継続的に暮らせる居住区とすることが目指されているとのことだった。

カロベイエイに向かう道中、カクマのキャンプ地も訪問したが、各住居はかなり手を加えられており年季が感じられる。さらに、メインの道路に面した住宅では道路側を店舗として利用していることも多く、まるで商店街のようになっている。また、いくつかの住宅は現地の住宅のように日干し煉瓦を積んで土で固めてつくられており、それが難民キャンプなのかどうかは建物だけを見るとまったくわからなくなっているものさえあった。

カクマの難民キャンプ。道路の周辺は店舗に改装されている

カクマの難民キャンプ。道路の周辺は店舗に改装されている
以下、写真はすべて筆者撮影

燃料である薪を求めて人々が集まってきている

燃料である薪を求めて人々が集まってきている

2つの住戸を連結して大きな住居に改造している。このタイプはよく見かけた

2つの住戸を連結して大きな住居に改造している。このタイプはよく見かけた

日干し煉瓦の上に土を塗り固めてつくられた住居

日干し煉瓦の上に土を塗り固めてつくられた住居。雨期には近くの河が氾濫することもあるので足元は少し持ち上げられている

住宅内観

住宅内観。内部は間仕切り壁によって2つに分割されている

カロベイエイのグリーントイレシステムの処理場そのものは基礎工事が終わり、ようやく部分的に壁が立ち上がりはじめた状態だったのでまだなんとも言えないが、難民キャンプのような場所にはとても適ったシステムだろう。とくに水が貴重で、肥料も高価な場所でうまくシステムとして回れば、かなりの汎用性があるように思われる。

処理施設の基礎

処理施設の基礎。このコンクリートの基礎にコンテナを載せる

トイレブースの壁はコンクリートブロック

トイレブースの壁はコンクリートブロック。壁の途中から飛び出ているバンドのようなものが鉄筋の代わりに用いられている

カロベイエイに建設中のほかの住居。複数の住宅で中庭を取り囲むかたちになっている

カロベイエイに建設中のほかの住居。複数の住宅で中庭を取り囲むかたちになっている

また、カロベイエイはちょうど坂茂氏による3つの難民キャンプ用の住宅のプロトタイプができたばかりだったので、こちらも見学させてもらった。

坂茂氏による3つの難民キャンプ用の住宅

坂茂氏による3つの難民キャンプ用の住宅。手前から順に、Type A(紙管)、Type B(木と日干し煉瓦)、Type C(圧縮土ブロック)

Type Aは紙管で、いままで坂氏が実践してきた紙管構造に現地の工法を取り入れたもの。Type Bは木と日干し煉瓦のハイブリッドで、前もって組み立てられた木のフレームのあいだに現地で日干し煉瓦を詰めていくというもの。Type CはISSB(Interlocking Stabilized Soil Block)と呼ばれる、敷地近くの土に少量のセメントを混ぜて押し固めてつくったブロックを積んでつくられたもので、ブロックの形状は互いにかみ合うユニークな形状をしている。どれも換気と採光用の突き出し窓が付き、さらに妻側の壁の上部は開放できるようになっていて、現地で施工できる簡単な構造ながら、居住性を向上させるための巧みな工夫がなされていた。

Type Aの妻側の壁

Type Aの妻側の壁

Type Aのジョイント部分には木が差し込まれている

Type Aのジョイント部分には木が差し込まれている

Type Cの突き出し窓

Type Cの突き出し窓

妻側の壁も開いて換気できるようになっている

妻側の壁も開いて換気できるようになっている

どれも屋根は波板。これは標準的な難民キャンプの住宅で使用されている。ただ、それらの壁はほとんどターポリン(屋外用のテント素材)でできているので、坂氏のプロトタイプは標準タイプに比べ、あらゆる意味で向上しているといえるだろう。現地で聞いた話では、カクマのキャンプサイトの各住宅は、壁に使うターポリン、屋根に使う波板、フレームに使う木材などの材料のみが支給され、住人が自らの手で建てるのが基本とのことだった。坂氏の住宅も現地の人が自ら建てることを目標にしているようなので、これらの与件に則っている。より快適であるだけでなく、テントを建てるよりも高度な技術を要するこれらの住宅をつくることは、彼ら自身の能力を上げることにもつながるだろう。うまくいけば、未来にはもっと複雑なものをつくる人々が現われるかもしれない。その意味でも非常に興味深いプロジェクトである。坂氏のサイトによると、この後「大規模な建設のフェーズに移ることが計画されて」いるとのことなので、今後も注目したい。

インフラとパブリック

今回のケニア取材を通して改めて考えさせられたのは、インフラについてであった。東京に住んでいるとなかなかその存在は意識に上がってこない。公衆トイレにせよ、この連載で取り上げているコンビニなどの商業施設にせよ、広義のパブリック・スペースは、日本では当然ながらなにかしらのインフラの上に成り立っている。そのインフラそのものがない場合、そこから整備しなければならず、われわれがふだん使用している手法がほとんど使い物にならなくなり、まるで言語そのものが通じないような状況に陥ってしまう。しかしながら、インフラがないということは、パブリックの成り立ちを根本から改めて考えることのできるチャンスでもある。

グリーントイレシステムがおもしろいのは、プロダクトのデザインだけではなく、昨今の潮流である取り組みのデザインに加え、インフラのデザインや経済のデザインなどを串刺しにするプロジェクトであるところだろう。分野はまったく違うが、最貧国のひとつであるバングラデシュで携帯電話を爆発的に普及させたグラミンフォンのような側面がある。携帯電話もまさにインフラそのものだからである。その意味では経済的なデザインこそが重要なのかもしれない。もちろん、それこそが最も困難ではあるのだが……。

そして、日本においてもインフラの問題は人ごとではない。経済学者・根本祐二氏の『朽ちるインフラ──忍び寄るもうひとつの危機』(日本経済新聞出版社、2011)が指摘したように、1964年の前東京オリンピックで整備されたインフラや建築物は大規模な修繕の時期を迎えている。その際にたんに元に戻すだけでなく、いまは意識にすら上がってこないインフラも含め根本から改めて考える機会となるなら、それは新たな希望とさえ言えるかもしれない。少なくともグリーントイレシステムが日本で普及するならどうなるだろうかと夢想するだけでも新たな建築や都市を考えるきっかけを与えてくれる。その意味で、いきなり大上段にパブリックからでもトイレ単体からでもなく、あくまでパブリック・トイレから考えることは、新たなパブリックやインフラを考えることにつながっていくだろう。

卵のような地元のトゥルカナ族の住戸

卵のような物体は地元のトゥルカナ族の住戸

浅子佳英(あさこ・よしひで)

1972年生まれ。建築家、デザイナー。2010年東浩紀とともにコンテクスチュアズ設立、2012年退社。作品=《gray》(2015)、「八戸市新美術館設計案」(共同設計=西澤徹夫)ほか。共著=『TOKYOインテリアツアー』(LIXIL出版、2016)、『B面がA面にかわるとき[増補版]』(鹿島出版会、2016)ほか。

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公開日:2018年07月30日