パブリック・スペースを創造する 2

歩行者のための都市を可能にするもの

山崎満広(都市計画、経済開発コンサルタント) 聞き手:浅子佳英(建築家、タカバンスタジオ)

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左:浅子佳英氏 右:山崎満広氏

左:浅子佳英氏 右:山崎満広氏

車要らずの都市・東京

浅子

「パブリック・スペースのゆくえ」では先月、都市戦術家の泉山塁威さんと一緒に東京の町を見て歩きました(「パブリック・スペースを見に行く 1」)。このときに見たのは森ビルが再開発を行なった虎ノ門エリアと、豊島区が街路、公園を整備した池袋エリアで、実際に歩いた印象でもデベロッパーの再開発は力が入っていると感じました。ある程度はショッピングモール的な空間にならざるをえない部分もあるとはいえ、店舗以外にも回遊したりすこし腰を落ち着けられる場所をつくり出しています。山崎さんの目から、東京のデベロッパーの再開発はどのように映りますか。

山崎

六本木ヒルズや虎ノ門ヒルズ、東京ミッドタウンなどの大規模再開発は国外の計画者目線で見てもすごいと思いますよ。規模の面でも賃料の面でも、あるいはコンテンツやテナントを見てもとても高いクラスをターゲットにしていることがわかります。他方で、都心だからこそできるハイスペックな開発では、往々にして生活感が損なわれてしまうのも事実です。高級な物件が既存の都市空間のど真ん中に現れたことで、かえって商業欲が際立つようにも感じられました。スペックの高さは街のためというよりも、賃料のためにあるのかなと思えてしまう。もしポートランド市民に同じ敷地面積が与えられたら、低層の建物を分散させ、庶民派が集まりやすい空気をつくろうとすると思います。高級なものは奥のほうに置いて、雑多な感じをつくり出そうとするのではないでしょうか。自分のような庶民派が六本木や虎ノ門に行くと、僕の居場所はどこ?となってしまうのが正直なところです。

浅子

たしかに現在の都心部の都市開発はあまりサステイナブルではない印象を受けます。というのも、商業の分野は今過渡期を迎えていて、ECの消費割合が今後さらに高まれば、このままだと相当数の店舗が街から消えてしまう。近い将来、新たな戦略が必要になるでしょうね。

山崎

そうですね。サステイナブルと言うときに環境面での持続可能性はさまざまな技術が登場していますが、社会的な持続性はまだまだ議論の余地がありそうです。例えば、ひと昔前に団地やニュータウンの建設がいたるところで行なわれましたが、まさに今、こうしたものが高齢化や空洞化といった社会的な課題を抱えています。若い入居者を呼び込むためにリノベーションが行なわれていますが、はじめから多様性を考慮したデザインであれば、今のような事態を招いていなかったかもしれません。それを私たちの世代がレッスンとして学んでおかなければ、今後新たな再開発が立ち上がっても2050年ごろには同じ問題を繰り返すことになるのではないでしょうか。

浅子

今の再開発が高級志向一辺倒になっているとの指摘がありましたが、予算規模に応じた段階的な再開発ができるとおもしろいかもしれないと思いました。一度にすべてをつくってしまうのではなく、半分ほど完成した段階でオープンして、あとはまだ空き地のままになっているような。高級なものを提供しようとすると、どうしてもパッケージ全体の完成度が求められてしまう。

山崎

意外に思われるかもしれませんが、開発途上のまばらな状況はアメリカの地方都市ではよくある風景なんですよ。工業団地の建設予定地でゲートはつくったものの、建物は1-2棟しか立っていないなんてことはザラです。そして500エーカーほどの土地を持て余した結果、ショッピングモールやマンションが建つこともめずらしくありません。それは社会の流れなのでしかたないことでもありますが、むしろ、流れにまかせて計画が変更されることで、工場もそういうものの恩恵を受けることができ、結果的に理にかなったものになっていく。その点で、東京の再開発は理にかなったものになっているかどうか……。

浅子

今は東京都内にお住まいだそうですが、実際に暮らしてみた印象はいかがでしょう。

山崎

2歩も3歩も引いてみれば、これほど住みやすい都市もないなと思います。安全で清潔で、車がなくても生活できてとても便利です。アメリカにいたときは、PDCに勤めていた5年間をのぞけば、ずっと自動車に乗る生活でした。テキサス州にいた8年と、PDCを辞めてコンサルティングの仕事に就いた2年半は車が必要だったのです。とくにコンサルタントは行動範囲が広がるうえ、クライアントとともに移動する機会も増えるので車がどうしても欠かせなかった。PDC時代は海外出張以外、ダウンタウンのオフィスとの往復なので徒歩か公共交通で事足りていたのです。東京も公共交通が充実しており、車を持たなくても十分生活が成り立ちます。他方で僕の出身地の水戸は地方都市の多分に漏れず、車がないと生活できない環境です。僕はこれまで東京に住んだ経験がないので、今は移住者としてどこまでサステイナブルに生きられるのかテストしている段階と言えるかもしれません。

東京にもっとサードプレイスを!

浅子

逆に東京の悪い面はどんなところでしょう。

山崎

街を歩いていると、みんな公共空間での警戒心が強いと感じます。ほとんどの人が、目が合っても反応を示さない。逆にポートランドがフレンドリーすぎる面もあるのかもしれませんが、東京の人たちはもうすこしガードを下げてもいいように思います。

浅子

同感です。僕は、その原因のひとつは通勤電車ではないかと思っているんですよ。満員の車両に詰め込まれて押し黙る空気感が、街の人たちに滲みついてしまっているんじゃないか。ポートランドでいいなと思ったのは人々の服装が多様で無茶苦茶だったことです。電車に乗っても、顔中がタトゥーやピアスだらけの人がいるかと思えば、ビシッとスーツを着込んだ人もホームレスのような人もいる。そういういろんなクラスターがバランスよく混ざり合っているのがポートランドのよさだと感じました。

山崎

ポートランドはスタンダードがない代わりに、僕が都内の再開発の建物で感じる場違い感もない。イベントなどでドレスコードが決まっている場合は、「ビジネスカジュアルのイベントです」というように事前に知らせてくれるのが普通です。それに比べると日本は暗黙の了解になっていることが多く、当惑することがあります。例えば、公共の空間でもプラットホームでの電車待ちやエスカレーターの列の並び方は、規律正しすぎるのがかえってこわい。それを顔色ひとつ変えずにできているのは驚異的です。

浅子

今、暗黙の了解と仰いましたが、たしかに「何となくこれくらいの基準でやりましょう」的な曖昧さがかえってハードルを上げているように感じることもありますね。きちんとルールを明示するか、さもなくばそれをわかっていない人も許容してほしい。公共空間において適度な寛容さが乏しいように思います。

山崎

寛容さと言えば、東京に足りないと感じるのはサードプレイスです。ちょっとした仕事をするのにも気軽に入れる場所があまりにも少ない。コワーキングスペースはほとんど有料でしょう。僕はポートランドで、PDCを辞めてからジバにスペースをもらえるまでのあいだも働く場所に不自由しなかったんですよ。なぜなら大学のキャンパスや図書館が街の中にたくさんあったから。それらはだいたいWi-Fiが使えて外の眺めもいい。必要に応じてミーティングルームも借りられるし、気分転換したいときは近くのカフェで一息つくこともできたんです。ところが東京では、ジバのスタッフと朝、スカイプしようとカフェに入っても、静まり返っていて通話もはばかられる。そうすると、一旦外に出て建物の外階段に座りながら交信しなくてはなりません。こうしたことが起こるにつけ、いろんな目的に応えられるゆるい場所が少なすぎると感じます。図書館も書架と閲覧室しかなく、気兼ねなく原稿を書いたりチャットしたりすることができません。図書館は本来、新しいアイデアを生むためのアーカイブのはずでしょう。書庫が必要なだけなら倉庫で十分なはず。いろんなアイデアを集めてイノベーションが起こるのを期待するほどのポテンシャルがあるようには思えないのです。

ポートランドの隣町、ビーバートンにある山崎氏行きつけの図書館

ポートランドの隣町、ビーバートンにある山崎氏行きつけの図書館。地元の木材を使った環境建築にはオープンな空間がそこここにあり、誰でも自由に勉強や作業ができる。ティーンネイジャー向けの部屋や気軽に話せる部屋など多様な空間が設けられている
写真=山崎満広

ポートランドの中心部の川向こうにある人気のカフェCoava Coffee(コアバ・コーヒー)

ポートランド中心部の川向こうにある人気のカフェCoava Coffee(コアバ・コーヒー)。早朝6時から開いていてゆったりとした店内はまるで地域コミュニティのラウンジのよう。仕事に行く前に立ち寄る人もいれば、一日中本を読んだり、人と話をしたりする人もいる自由な空間
写真=山崎満広

都市の未来像を描くために

浅子

山崎さんの2冊目の著書『ポートランド・メイカーズ──クリエイティブコミュニティのつくり方』(学芸出版社、2017)に、スタートアップ支援組織PIE(Portland Incubator Experiment)のゼネラルマネージャーを務めるリック・タロジーさんへのインタビューが収録されています。僕はそのなかで、次のような発言が印象的でした。

都市成長境界線を設けることも、フリーウェイの代わりに公園をつくることも、40年前は相当クレイジーなアイデアだったはずです。/でも今、僕たちはそういう決断をしているとは思えません。多様性やホームレスの問題、ヘルスケア、教育など、複雑で大きな問題がたくさんあります。だから、僕たちも今、一歩踏みだして街の将来に役立つ決断をすべきなのです。僕たち自身のためではなく、20年後、30年後の人々のためになるような決断をね。
──『ポートランド・メイカーズ──クリエイティブコミュニティのつくり方』202-203ページ

ポートランドは今、とても成功しているように見えますが、再開発エリアも次第に少なくなるなかで、そろそろ次の将来像を描く時期に差し掛かっているのではないかと思います。都市の50年後──ポートランドであれ、東京であれ──を考えるとき、これからどのようなビジョンが求められると思いますか。

山崎

東京で言うならば、そのビジョンを誰のために誰がつくるのか、オリンピック・パラリンピックはそれを考え直すいい機会だと思うんです。ブランドのための多様性や持続可能性ならもう要らないでしょう。まずはその都市に長く住み続けたい人が、自分の子や孫の世代のために今困っていることや将来困りそうなことを整理してリスト化すること。そのなかにある長期的な課題とそうじゃないものを分別し、AからBという一辺倒な解決策ではなく、AからC、AからXへと飛躍できるアイデアの実現可能性を探る作業が重要だと思うんですよ。そして、それに優先順位をつけてビジョンとして掲げる。これは戦略計画を練るうえで基礎的なスキームですが、そういう作業をきちんとやることが今の日本に必要なように思います。

浅子

じつは僕自身が以前よりも将来のことを考えるようになったのは、自分の子どもの将来を考えるようになったからなんですね。50年後に自分がこの世を去った後も、子どもの世代は生き続けます。彼ら彼女らが大人になったときのために、どのような将来像を用意しておけばいいと思いますか。あるいは、どのような主体が中心的な役割を果たすでしょう。

山崎

優れたプロダクトを生み出せるデザイナーは、問題を先取りして解決に導くことができます。そして、こうした人たちは問題解決を望んでいる人たちを洞察する力がある。子どもたちの世代が将来に対して感じている希望や不安に思いをめぐらせることはとても大切で、それをもとに今、大人たちが将来を考えてあげることが大切だと思うんです。このとき、まだ顕在化していない課題を先取りできるクリエイティビティが重要になります。未来のことを考えるのはデザインというより、夢を描く作業に近いのですが、その作業の重要性をわかっている人がビジョンを引っ張っていかないといけない気がします。

浅子

具体的に言うと?

山崎

あくまで直観ですが、その作業を実際に行なうのは少数のグループでよいようにも思います。ポートランドで長期的な都市計画を立案するときのポイントは、人口の数%にでも意見を聞くところです。東京の人口は約930万人と言われていますが、例えば、その1%の10万人弱からネットなどで意見を抽出したとしますよね。その結果をAIを使ってデータ化し、複数のテーマに分別したら、テーマの重要性に応じてビジョンを描いていく──、それが可能なクリエイティブで多様なグループがいるといい。少なくとも1%には意見を聞くことが重要で、とくにマイノリティの声には耳を傾けるべきです。なぜなら、住みづらさを最も感じているのは彼ら彼女らだからです。


もうひとつ付け加えると、将来像を描くときに文化を重視することも忘れてはなりません。日本は小国なので、この先、経済や政治では大国に押されてしまうかもしれません。しかし、文化やアートはその国や地域にしかない強みになります。日本だからこそできる得意分野を伸ばして、外側からの圧力にも負けないように文化を「濃く」しておかなければならないと思うんです。

道空間×予防医療

山崎

将来像の話になったのでひとつ例を挙げたいと思います。今、3冊目の本を準備中なのですが、そのなかで都市デザイナーのジェローム・アンターライナー氏にインタビューする機会がありました。彼はアメリカで最も成功した都市再生事例と言われるポートランドのパール地区で、最初に計画図面の線を引いた人物でもあります。そのアンターライナーがアメリカ最大手の病院が運営する研究グループともに、未来の道空間のためのリサーチをしています。それによれば、アメリカの街では道がオープンスペースの7割を占めている。そして、これらはすべて通り過ぎるためにある、つまり単一用途の空間です。にもかかわらず、道幅の6割は車道が占有し、その両側に歩行者のためのスペースがたった2割ずつ割り振られている。


この道空間を見直してパブリック・ライフをよくするための空間に変えようというのが彼らの提案です。では、いい道とはどのようなものか。アンターライナー氏曰く、段差や障害物がなく、いつもクリーンであること。そして豊かな街路樹やカフェがあり、歩行者優先の空間であると言います。街を歩き、身体を動かしながらおしゃべりすることは人間の創造性を倍にする力があると彼は主張していて、そのためには、道路を公園のようにおしゃれにして、いい雰囲気で食事も楽しめるような場所にすることだと。


この提案の根本にあるのは治療する医療から予防医療への転換です。道がきれいになった結果、みんなが歩くようになると身体は健康になるし、医療費を含めた経済的なリターンも大きい。これまでの道は歩きづらく、空気も汚れていたうえ、自動車交通に依存するあまり、運動不足にともなう健康被害も無視できないものになっていました。自動車から自転車に乗り換えると、1人あたり年間20万円ほどの恩恵を受けられるというのが、彼らの試算結果です。

浅子

道空間の再生に医療の視点が入るのがとても興味深いですね。たしかに今後、都市空間のなかで自動車専用道路の比重が下がることを考えると、絵空事ではない、現実味のある提案のように感じられます。既存の道路空間を変えることが前提になっているのでしょうか。

山崎

そうです。自動運転の車が普及すると、道幅いっぱいにアスファルトを敷く必要はなくなりますよね。タイヤの幅程度に最小限の舗装を残しておけば、あとは芝生でもいい。排気ガスがなくなれば、花壇を設けたり、野菜を栽培することもできます。この提案のポイントは、これからの公共空間のデザインは人間の感覚を重視しようと主張しているところです。車の走行音が小さくなれば、街のサウンドスケープもデザインの領域になります。同じように視角的、嗅覚的なデザインも求められるでしょう。

浅子

なるほど。聞けば聞くほどすばらしいアイデアですね。目から鱗が落ちる思いです。これからはこの方面に大きくシフトする予感がする。

山崎

一言で言うと健康を目標にしたまちづくりですよね。予防する=心配事が減ることによって、将来的な全体像が描きやすくなるメリットもあります。アンターライナーたちは具体的な空間のイメージを提案しているのですが、それもけっして大げさなものではありません。歩行者に対してどのようなアメニティが必要かと言えば、自転車で走れたり、ちょっと座れるロビー的な空間であったり、買い物ができたり。既存の都市空間の延長上に、気持ちのいい空間が滲み出ているといったイメージです。そうした空間にときどき自動運転の車が通りがかる。


例えば「森林浴の空間」というコンセプトのもとでは、道空間の樹木を増やすことで、街のなかで深呼吸できるほどの緑が生まれるイメージが描かれます。あるいは「運動のための空間」にするなら、道空間をテンポラリーなフィットネス・スペースにしてもいい。公共空間の一部を、使用料を払って一定期間だけ自由に使えるようになると、不動産をもっと効率的に活用できるようになります。「商業と文化」をテーマにした場合、道路上に博物館やギャラリーの機能も付加できる。街の入口にこうしたものがあれば、地域の特色をアピールしたり、アートイベントを開催することも可能です。もちろん、自動車には貨物のように生活に欠かせない役割もありますが、物流機能のためだけに道路を敷くのであれば、地下を利用すればいいわけです。その分、地上階の固定資産を有効活用できるわけですから。

ジェローム・アンターライナー氏らが提案する次世代道空間のイメージ

ジェローム・アンターライナー氏らが提案する次世代道空間のイメージ
図=HOK

浅子

道路を変えることで街に及ぼすインパクトの大きさがこの提案から窺われます。建物単体のデザインで何かしようとするよりもはるかに効果大きい。しかし、予防医療にシフトすることは既存の医療のビジネスモデルからの転換も意味しますよね。医療機関にとってこの研究のメリットはどのようなところにあるのでしょうか。

山崎

アンターライナー氏が共同しているのは世界中から優秀な医師が集まり、研究施設も充実した病院なんです。そのような環境で治療しても人がいずれ死ぬことは免れえません。最先端の人材と医療機器が揃う組織だからこそ、その事実を受け入れ、本当に人類の役に立つ医療へと転換する必要性が感じられたのかもしれません。


加えて、日本ではあまり実感されないことですが、アメリカの医療制度が抱えている問題も大きいように思います。医療保険料や治療費がとにかく高い。アメリカで暮らしていたとき、家族4人で医療保険料として月に17万円ほどの出費がありました。さらに病院にかかるときには一度に数千円を請求されるので、家計への負担が大きいのです。万が一、一家の働き手がケガや病気などで仕事を続けられなくなった場合、途端に生活が困窮する現状がある。日本は税金が高い分、福祉が充実していますが、アメリカで予防医療への転換が意味をもつのは、こうした社会的な背景に負うところも大きいでしょう。

浅子

そのために道路を変えるという発想には、思わず膝を打ちました。道路空間の利用方法についてはこれまでさまざまなアイデアが出されましたが、実装するための理論的な裏付けを欠いていたような気がします。地方都市にとっても処方箋になる考え方ですね。

山崎

日本の道路事情を見ていると、市民の側が道路をつくることの重みを認識していない印象も受けます。道路の幅や利用方法にしても、国交省の基準だからとか、警察が止めるからといった理屈がまかり通ってしまう。そもそもそれは私たちに与えられた選択なんですよ。何十年も残るものだからこそ、そもそも誰のための道路か立ち止まって考える必要があると思うのです。

歩行者のための道づくりへ──ティリカム・クロッシング

山崎

道空間に関連しますが、ポートランド市内で2015年に、ウィラメット川に新しい橋が完成したのはご存じですか? ダウンタウン南端のサウスウォーターフロントに架けられたもので、かつてこの地に住んでいた原住民の言葉「Tilikum(人々の)」をとって「ティリカム・クロッシング」と名づけられました。この橋が優れているのは、一般自動車が通れない決まりになっているところです。橋の中央を2種類のライトレール(「マックス」と「ストリートカー」)とバス、緊急車両のみが走れて、その両側が歩行者や自転車のための道になっています。じつは、これは単に自動車を排除するだけでなく、計画的にもとても理にかなっているんですよ。というのも、一般自動車を通れるようにするには、ダウンタウンの橋と道路が接続する部分にインターチェンジをつくらなければならないからです。インターチェンジは単一用途のうえ、人が近寄れないので不動産の無駄と考えられています。

浅子

新しい橋の存在は知りませんでした。これまたポートランドらしい取り組みですね。計画の主体となった組織はどこですか?

山崎

中心となったのはトライメットですが、もちろん事前に市民から募った意見も反映されています。もともと新しい電車の路線を敷設する計画があり、そのルートを協議するなかで実現したものです。

浅子

まさに都心湾岸部の交通はタワーマンションの急増により現在パンクしていて、これからも新たな交通が見込まれているようですが、「ティリカム・クロッシング」の公共交通+歩道+自転車道のパッケージから学べることは多いと思います。
そして、本日はポートランドでの実践から始まって、最後はジェローム・アンターライナーさんの話で見事に未来のパブリック・スペースにまで議論を持っていくことができました。じつは、パブリック・スペースをテーマにしたときから、道路が本丸だという予感はあったのですが、なかなか具体的なビジョンまでは描くことができませんでした。本日は、その答えのひとつが見えたような気がするのでとても興奮しています。そもそも、日本のパブリック・スペースを考えるとき、広場は西欧的な産物であり、日本には根付かない、日本のパブリック・スペースは道路にこそ宿っているという議論は昔からあります。だからこそ、道路を車から取り戻し、人のためのパブリック・スペースにしてしまおうというアイデアは日本でこそ華開く可能性もあると思うんですね。


次はぜひ、具体的な仕事でご一緒させてください。本日は貴重な機会をいただき本当にありがとうございました。

(ティリカム・クロッシング)

ティリカム・クロッシング
出典=Wikimedia Commons

山崎満広(やまざき・みつひろ)

1975年生まれ。都市計画、経済開発コンサルタント。高校卒業後、1995年に渡米し、南ミシシッピ大学で国際関係学と経済開発を専攻。このあいだ、ユカタン大学に留学の後、修士号取得。2012年よりポートランド市開発局(PDC)勤務。2017年独立。持続可能な社会の実現を目指し、民学産官を繋ぎ、国や文化の枠を超え、さまざまな問題解決戦略に従事。著書に『ポートランド──世界で一番住みたい街をつくる』(学芸出版社、2016)、『ポートランド・メイカーズ──クリエイティブコミュニティのつくり方 』(学芸出版社、2017)。

浅子佳英(あさこ・よしひで)

1972年生まれ。建築家、デザイナー。2010年東浩紀とともにコンテクスチュアズ設立、2012年退社。作品=《gray》(2015)、「八戸市新美術館設計案」(共同設計=西澤徹夫)ほか。共著=『TOKYOインテリアツアー』(LIXIL出版、2016)、『B面がA面にかわるとき[増補版]』(鹿島出版会、2016)ほか。

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公開日:2019年11月27日

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