海外のパブリック・スペースから 3

タイ、バンコク──パブリック・キッチンとしての移動式屋台とその生態系を探る

下寺孝典(屋台研究家、TAIYA)

東南アジアの路上へ

都市の路上は豊かさが最も見えてくる風景ではないだろうか。

そのような考えに至ったのは、2017年、当時筆者が修士1年の夏に東南アジア諸国を1カ月間バックパックで旅した経験がきっかけである。

熱帯、亜熱帯気候の東南アジアでは、屋外と屋内の中間領域で生活の多くが営まれている。なかでも移動式の屋台は、仮設的かつ流動的に街や場所を使うことができ、飲食店や野菜・果物の販売などの場、あるいは人々のコミュニケーションの場として重要な役割を担っている。こうした「屋台の生態系」をめぐる人々の様相が都市空間にどのように展開し、何によって成り立っているのかを考えるため、屋台工場での参与観察も踏まえて、タイ、バンコクにおける事例をいくつか紹介したい。

東南アジアの路上風景 以下、写真はすべて筆者撮影

東南アジアの路上風景
以下、写真はすべて筆者撮影

パブリック・キッチンとしての移動式屋台

バンコクでは、アパートやあまり裕福でない一軒家では、現在も台所がない家が多い。そのためキッチンで自炊するという習慣はあまりなく、3食とも屋台の料理を袋に入れて家に持ち帰ったり、その場で食事をしたりする。このような背景もあって、街中には屋台が至るところに点在し、日常生活におけるキッチンとしての役割を担っている。

現代に暮らす私たちのほとんどは、家の中にリビングとキッチンを兼ね備えている。バンコクでは屋台がキッチンであり、食事を介して人が集まる路上はダイニングやリビングのような場と言えるかもしれない。

バンコク、街路での調理風景

バンコク、街路での調理風景

こうした屋台のメリットは、朝、昼、晩と必要な時間帯に、必要な場所に出て行くことで、柔軟かつ流動的に街や場所を使えることだ。筆者は、屋台は都市に動的な巷(ちまた)を作り出すことができる大切な要素だと考えている。

バンコクにおける移動式屋台の種類は、カーゴ型、リヤカー型、ワゴン型、カーゴバイク型、モーターバイク型、横付けモーターバイク型、バンコク型などに分けられる。特に最近多いのが、自転車やオートバイで牽引するタイプだった。

ほかの種類は東南アジア各地で見られたが、バンコク型は半円型のアイコン的な屋根が特徴的で、形態や素材に共通点があり、バンコク以外で見られなかった特有な屋台であるので、筆者はバンコク式屋台と名付け着目した。このバンコク式屋台はどこで製造され、出回っているのだろうかと疑問を持ち始めた。

移動式屋台の種類

移動式屋台の種類

バンコク式屋台

バンコク式屋台

屋台の生態系として

前節では屋台が都市空間でどう使われているかを紹介したが、加えて、屋台を作る人やメインテナンスする人たちも含めた連関を「屋台の生態系」と名付け、参与観察や調査を行なった。

この調査から、バンコクおよび東南アジアの都市空間で多く見られる屋台に共通し、関係する要素として「作る」「売る」「使う」「整備する」の4つの役割があることがわかった。

(1)「作る」
屋台を製造する工場。工場は主に郊外にある。大量生産される既製品のほか、カスタマイズして生産される特注の屋台がある。価格は既製品で1〜1万5,000円、特注で3〜5万円程度。

(2)「売る」
屋台の販売や使用しなくなった屋台の買取をする店。店は主に郊外にある。価格は中古で7,000円〜1万円程度。

(3)「使う」
屋台を使用する人。都市空間を自在に使い、巷を作っている要素のひとつ。

(4)「整備する」
屋台の整備をする店。購入した屋台を鉄工所やバイク屋でカスタマイズしたり、パンク修理屋や道路の交差点の傍によく見られる空気入れ屋などでメインテナンスする。屋台が都市で稼働するためには欠かせない存在である。

都市の見え方

都市の見え方

屋台は、近所の資材屋で購入した資材を屋台製造工場で加工し、組み立てられる。工場には、大量生産された既製品屋台を扱うところや、オーダーメイドを扱うところもある。

購入した屋台は、近所の鉄工場やバイク屋で利用者の思い通りにカスタマイズできる。また、交差点の傍によく見られる空気入れ屋やパンク修理屋もメインテナンスの場となっている。

屋台を使わなくなった場合の買取店も存在し、また中古販売店で安く手に入れることができるようだ。こういった製造だけでなくカスタマイズやメインテナンスを担う場が至るところにあり、パブリック・キッチンを支えるインフラとして機能している。

屋台製造工場での実体験

屋台がどのように製造され、かつどのような生活やコミュニティがあるのか疑問を持ち、2週間現地の屋台製造工場で屋台製造の技術やノウハウを学ぶために修行した。バンコク西部に位置するノーンケーム区の市街地にある、従業員8人(男性5人、女性3人)の小さな工場である。

高架下の構造を活かした半屋外空間

屋台製造工場

高架下の構造を活かした半屋外空間

屋台製造工場のスケッチ

工場の仕事は朝9:00頃から始まる。8:30頃になるとバイクに乗った社員が続々と現われる。仕事は火起こしから始まるようだ。周囲に落ちていた木材を集めてきて七輪で火を起こしていく。ひと段落つけば、工場の掃除に入る。掃除は前日の作業後にしないため、金属類やジュースの空き缶などのゴミが床やテーブルに散乱している。

掃除を軽く済ませ、工場の中で飼っている6匹ほどの闘鶏の世話に向かう。闘鶏は合法の国民的ギャンブルとして親しまれている。タイでは全国各地で月に何度か闘鶏大会が開かれ、熱い声援と札束が飛び交っている。そのためわが子のように愛情を込めて世話を行なう。

いよいよ屋台の製作作業に入る。屋台は平面の基本仕様が1,200mm×700mmから1,800mm×900mmまでマチマチで、工業規格材料の鋼材(Lアングル、フラットバー、丸パイプ)と0.3mmのアルミニウム板を組み合わせて、簡単なスキルとハンドツールによって作られている。屋台の見栄えは多少粗さもあるがそれがまた味わい深い。

日本や先進国のデザインと施工方法は精密であり、ジョイント部などの特殊パーツがいくつも存在するが、ここでは材料や部品などあるものを組み合わせて作るところが面白い。

屋台の製作スピードは3日に1台できればいいペースで、給料は基本歩合制であり、製作する屋台の数に比例する。

屋台製作の現場

屋台製作の現場

筆者が作った屋台

筆者が作った屋台

昼になると近所の屋台へ昼飯を食べにいく。工場周辺には、fried rice(炒飯)やタイラーメンやパッタイなどの麺類、焼き鳥、惣菜を扱うさまざまな屋台がある。

午後の作業は13:00から始まる。16:00になると、改造したモーターバイク型屋台に乗ったジュース売りのおばちゃんが毎日現われる。これが16:00の休憩時間の合図だ。ジュースを飲みながら柱に吊るしたハンモックでくつろいで20分ほど休憩する。17:00になると仕事を終える。屋台が完成していなくても作業を終え、残りの作業は翌日に持ち越しとなる。

仕事を終えると、彼らは工場の中庭で闘鶏の練習を始める。小屋の中に黒いゴムマットを円形に囲み、簡易的な闘鶏コロシアムを作る。自慢の鶏たちを入れ、闘いの始まりだ。そして日の入りとともに彼らは帰宅していく。

ジュース売りのおばちゃん

ジュース売りのおばちゃん

屋台製造工場での修行で興味深かったのが、屋台は自らがカスタマイズして使えるよう余白を残したシンプルな設計であることだった。

屋台も建築同様、その土地の風土や文化に合わせて生まれた素形とも言えるプロトタイプがあり、バンコクでは筆者が命名したバンコク式屋台こそが素形と言えるだろう。バンコク式屋台は、ユーザーによって随時カスタマイズ、メインテナンスされ、発展的な形状を実現するが、それを可能としているのは、街の至るところにある鉄工所やバイク屋などの小さなインフラなのである。パブリック・キッチンを担う屋台が都市に動的な巷を生み出しては流動していく。その流動的で仮設的な巷を支えているインフラを含めた「屋台の生態系」に着目しながら、今後もバンコクをはじめアジア各国、世界の屋台を調査し、修行を続けていきたいと思っている。

下寺孝典(しもでら・たかのり)

1994年生まれ。屋台研究家、TAIYA代表。2019年京都造形芸術大学大学院修士課程卒業。在学中はドットアーキテクツ主宰、京都造形芸術大学教授、家成俊勝氏に師事。2019年5月からフリーランスデザイナー、作家活動を始める。東南アジア諸国を旅し、屋台の研究と製作を伴った実践的活動を行なっている。主な作品に《SALA屋台》(2019)、《回帰する巷と移動する屋台ピット》(2019)、《伏見マール》(2018)、《森の斜面小屋》(2016)ほか。

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公開日:2019年09月26日