パブリック・スペースを見に行く 2

SHIBUYA──迷宮ターミナルの歴史といま、そして未来

浅子佳英(建築家、タカバンスタジオ) ゲスト:田村圭介(昭和女子大学准教授、一級建築士)

非常事態宣言発令後のスクランブル交差点(2020年4月22日11時撮影)

非常事態宣言発令後のスクランブル交差点(2020年4月22日11時撮影)
提供=昭和女子大学田村研究室

渋谷駅の謎

浅子佳英

「パブリック・スペースを見に行く」の第2回となる今回は、田村圭介さんと昨今の再開発で大きく変貌している渋谷についてお話ししたいと思います。本来このコラムは毎回ゲストとともに、実際にまちあるきしてお話を伺う企画なのですが、全国的な外出自粛の状況下のため、急遽、オンラインでの対談となりました。そもそも渋谷自体が話の尽きないテーマですが、ポストコロナの都市やライフスタイルを考えるにあたっても、渋谷は非常に興味深い題材だと思います。過去・現在・未来の渋谷について考えながら、同時にこれからの都市やくらしについても議論を交わしたいと思います。

田村さんのご著書『迷い迷って渋谷駅──日本一の「迷宮ターミナル」の謎を解く』(光文社、2013)によると、渋谷はかつての渋谷川と宇田川が合流してY字になる場所に位置し、それらの川をまたぐようにして鉄道が敷設され、渋谷駅がつくられました。しかし地形の複雑さのため、渋谷駅は通過式、頭端(とうたん)式、並行型、交差型の4パターンのプラットホームの構造が入れ子状絡み合う複雑な構造を持つようになった。一見すると複雑すぎて、人や電車が流れやすい構造には見えません。にもかかわらず、渋谷駅は大きく発達し、今や250万人もの乗降客数をさばいている。もし、毎日250万人が利用する駅を一から設計せよ、と言われても、非常に難しい課題であることに間違いありません。迷い迷って渋谷駅のなかで田村さんは、このような渋谷駅の謎を、外観はとりあえず無視しながらつくり続けられ、つねに内的な需要を満たしつつ、パッチワーク的につぎはぎされながら成立していったことを明らかにしていく。まるで、欲望や機能によって増殖していった塊のようで、その読み解き自体が非常に興味深い。そこで最初の質問なのですが、この複雑な形状であるにもかかわらず、渋谷駅が毎日250万人の乗降を可能にしている一番のポイントは、どこにあるでしょうか。

浅子佳英氏

浅子佳英氏

田村圭介

昨年、「山手線 全駅構内模型プロジェクト」と題し、全29駅の模型をつくって各駅のプラットホーム数とさばいている人数の比率を出してみました。近代的な考え方では、プラットホーム数が多ければ多いほど、さばける乗降者数も正比例して増えるはずです。ところが、非常に面白いことに、渋谷駅は他駅に比べてプラットホーム数が少ないのに、さばいている人数が多いんです。

浅子

たしかに渋谷駅は極端にプラットホーム数が少ないですね。東横線の地上プラットホームがなくなったことに加え、これから山手線と埼京線が合体すれば、さらに数が減ることになります。

田村圭介氏

田村圭介氏

田村

例えば、池袋、東京、新宿、品川などの駅はヨーロッパと同様、たくさんのプラットホームを並行に並べることで乗降者をさばいています。いわば、ツリー型の空間構造になっている。しかし渋谷駅は地形の都合上、それができなかった。そのため交差型のホームを斜めの動線がつなぐ、セミラチス型の空間構造になっているんです。つまり、乗降者のプラットホーム間の移動の仕方が変化したことで、少ないプラットホームでもあれだけの人数をさばくことが可能になったのではないかと考えています。

浅子

なるほど! 渋谷駅はセミラチスだと! それは直感的な感覚とも近い。そしてまさに計画がなく場当たり的に対応した結果としてそれを実現していると。

『迷い迷って渋谷駅』

『迷い迷って渋谷駅』(光文社、2013)

田村

こうした渋谷駅のセミラチス型構造は、今後のターミナル空間のつくり方のヒントになるかもしれません。しかし渋谷駅は、意図的にこのような形に行き着いたのではなく、部分ごとに最適解をつくっていった結果、いつの間にか特徴的な全体をもった空間構造になったのだと思います。

プラットホームが交差する渋谷駅(2016年開催の「土木」展に出展された100分の1スケールの模型)

プラットホームが交差する渋谷駅(2016年開催の「土木」展に出展された100分の1スケールの模型)
提供=昭和女子大学田村研究室

田園都市に可能性がある

浅子

渋谷に直結する話ではありませんが、先日、コミュニティデザイナーの山崎亮さんとお話をした際、田園都市とエベネザー・ハワードの話になりました(「ポストコロナの社会で未来像はいかに描けるか」)。ハワードは、ロンドンのすぐそばの田園に、都市と同等の機能を持つ職住近接の町をたくさんつくろうとした。しかし田園「都市」は、日本では田園「郊外」となり、ハワードの構想とはまったく異なるものが大量に生まれることになる。結局、ただの住宅地がたくさんつくられてしまい、それが現在のような人口集中や、通勤の満員電車や住宅地の高齢化といった問題を招きました。

そもそも、日本に田園都市の構想を輸入したのは、東急の創業者である五島慶太ではなく、阪急電鉄の創業者の小林一三ですよね。小林は、梅田から宝塚へ鉄道を敷設し、その沿線の都市や住宅地、遊休地の開発も同時に行うことで電鉄利用をより促進するという独自の開発モデルをつくり上げた。五島はこの手法を受け継ぎ、東京で展開しました。こうした鉄道に依存する開発によって、戦後日本は急速に発展したのですが、人口の減少しつつある現代においては、このモデルは適用が難しく、次世代のモデルを考えなければならないのではないか、と思っています。渋谷はまさにターミナル駅なわけですが、こうした問題について、田村さんはどのようにお考えですか。

田村

ハワードの田園都市構想については、私も最近気になっていました。というのは、1カ月前までの日本では、都市一極集中の解消と分散が叫ばれていたものの、実行に移すまでの必然性はありませんでした。しかし、今回の新型コロナウイルス(以下、COVID-19)の感染拡大をきっかけに、こうした状況下においては、一極集中の状態で経済活動を行うことはできないということがはっきりしたからです。過去を振り返れば、約100年前の関東大震災(1923)後、都市で災禍を経験した人々は下町から郊外に移り住みましたが、今回もそれに似た現象が起きるように思います。もしかしたら、ハワードが構想した本物の田園都市、つまり郊外にある自立した街をつくろうという動きが、今後出てくるかもしれません。そこでは、超高層ビルは建たない、つまりこれまでとは異なる経済原理で営まれ、自立した、都心に依存しないまちができてくるように思います。

浅子

たしかにそうかもしれません。うちの近所だと東急田園都市線、東急大井町線の二子玉川は、まさにそのような場所を目指しているんでしょうね。5年ほど前には、楽天が本社を二子玉川に移しました。オフィスとタワーマンションとショッピングモールがセットになっていて、職住遊が近接している。近くには川があって、河川敷ではほどよくソーシャルディスタンスも確保できる。タワーを基本にしているので田村さんがイメージしているものとは違うかもしれませんが、今後はこうしたまちが増えるのかもしれません。

二子玉川駅(写真左)と2015年開業の二子玉川ライズ

二子玉川駅(写真左端)と2015年開業の二子玉川ライズ

東急と西武

浅子

この10年で、渋谷はさまざまな欲望を受け止めるカオティックな都市から、より広い層にも受け入れらもう少し大衆に受ける都市へと変化したと思います。僕が90年代に初めて渋谷に来たときには“チーマー”もまだいたし、夜になったら改造車が並んでいてとにかく怖いイメージだった。駅自体もカオスで、とくに銀座線が空中に突き刺さる東急デパートは劇場にデパート、屋上遊園地まで、さまざまなものがミックスされた状態自体がおもしろかった。

田村

磯崎新さんの言葉を借りれば、建築家のアントニオ・サンテリアが、「新都市」(1914)で構想した立体交差都市が世界で初めて実現したのが西館(かつての東急会館)でした。こうしたことができたのも、やはり五島慶太の破天荒な想像力とそれを強引に実現させてしまう行動力によるし、彼のやったことがベースになって、現在の渋谷ができていると言っても過言ではないでしょう。

駅、百貨店、劇場が積層する西館の断面図

駅、百貨店、劇場が積層する西館の断面図
出典=『社会科見学パノラマ図鑑』(平凡社、1958)

浅子

五島慶太はすさまじいですよね。そもそも、河川の上には建築は建てられないはずですが、渋谷ではなぜか堂々と建っている。猪瀬直樹の『土地の神話──東急王国の誕生』(小学館、1992)によれば、当初は宮益橋幅員拡張工事からはじまったそうです。その後、バスの折り返し場をつくり、その利用者のための屋根をつくり、さらにどうせならと屋根の上に食堂や売店をつくり……というように既成事実を積み重ね、気がついたら鉄筋コンクリートのデパートが建っていた。

五島慶太の話になったので、そのライバルについても触れようと思いますが、一時の渋谷においては、西武の開発の方が優勢だったように思います。百貨店に加え、渋谷パルコと公園通り、ロフトがあって。渋谷の文化を築いたのは、東急以上に西武でしたよね。それがいつの間にか東急の勢力の方が強くなった。

田村

僕たちが学生だった90年代前半は、西武の方がおもしろかったですね。しかし、やはり鉄道駅の有無が大きかったのでしょう。東急は鉄道があるから必死に、そしてしたたかに渋谷を開発しているけど、西武は渋谷に駅を持たなかった。だから、西武が力を入れるのは池袋になる、というのは順当すぎますかね。

浅子

しかし最近、僕は池袋がおもしろいと思っているんですよ。渋谷は開発されすぎて、デベロッパーの匂いがするというか、若いクリエイターが入りにくくなっているように思います。それに比べると池袋はまだ牧歌的というか、カオティックな部分が残っていて変わった雑居ビルも多い。新しい文化が出てくるには、そういう混沌とした場所が必要ではないか。今後、クリエイターが出てくるのは池袋かなと思っています。

田村

たしかに池袋は夜に歩くのが恐いというか、外国の都市を歩いているように感じるときがあります。渋谷のまちはセンター街さえもはや安全・安心で、バブル期にあったような緊張感がないんですよね。それが今の池袋にはある。さらに池袋には、2019年11月に新しく「東京建物 Brillia HALL(豊島区立芸術文化劇場)」ができましたよね。こうした勢いに、西武がうまく乗っかってくれるといいですよね。

渋谷のカオティックさは失われるのか

田村

そもそも、渋谷のまちに勢いがなくなってしまったのは、渋谷がポストモダン的というか、再帰的なためかもしれません。かつてのよいところ──そのときはよくなかったものもある──を美化して、もう一度渋谷のアイデンティティに据えようとしても、見た目は同じでも時代のコンテクストが異なるので結果、借りもの感がぬぐえないですよね。当時の渋谷の文化は、そのときの社会や文化、規律みたいなものにある種対抗しながら生まれてきたのだから、現状のゆるゆるとした渋谷でそれを再び持ち上げてみても、まったく別物に見えてしまうんです。

宮下公園を再開発しよう、というのも、考え方自体は再帰的な感じがします。しかし、先日外から見た感じではおもしろいような気がしました。というのは、今までの渋谷の開発というのは、東西軸の谷を埋めたいという必要性の発想で立体化されていった面があるからです。しかし宮下公園は、谷ではない南北軸の渋谷川に沿っており、立体化する必然性がないのに、東西軸に発展した谷埋めの渋谷の立体空間を90°回転させて渋谷川沿いにあえて立体的なものをつくろうとしているんですよね。そういう点には、再帰的空間づくりのひとつの可能性があるかもしれない、と思いました。

浅子

新しいパルコもまさにそんな感じですよね。かつてのパルコを、かつての渋谷をもう一度という。僕はどちらかといえば、静的な建物よりもそういう立体的・動的なものに魅力を感じるんです。それこそ田村さんが、青木淳さんの言葉をもじって、渋谷駅を「超動線体」と言っていましたが、そういうカオティックで迷路的な空間の方が僕は好きだし、チャンスがあればそういうものをつくりたいと思っています。

だから、ソーシャルディスタンスに過敏になるあまり、たくさんの人が行き交い流れる場所や建築が敬遠され、不要になっていく未来はあまり考えたくない。もちろん、コロナ禍にあって人が集まることが危険なのは事実だけど、やっぱり人と人が離れていてはできないこともたくさんありますよね。今はカオティックな空間が「三密」だからと敬遠されるし、人間同士の距離をとることばかりに目がいっているけれど、逆に今後は、人と人との距離が近いことの効果や、リアル空間の力、実際に会うことの強さみたいなものが見直されていくように思います。

建設が進む宮下公園の再開発(2020年5月9日14時撮影)

建設が進む宮下公園の再開発(2020年5月9日14時撮影)
提供=昭和女子大学田村研究室

ポストコロナのライフスタイル

浅子

しかし、渋谷について話をしようとしても、どうしてもこの状況下ではCOVID-19の話に変わっていってしまいますね。

多くの建築家が、ポストコロナの都市や建築、暮らしについて言及しています。例えば、先日ZOOMで藤村龍至さんと話したのですが、彼はこれから郊外を見直そうという機運が高まるんじゃないか、と言っていました。先ほどの田園都市の話のように、郊外が働く場所になるという可能性は大いにあるでしょう。高齢化やスプロールの問題もあって、オフィスビルを建てるのではなく、空き家をそのままオフィスにしてしまおう、というかたちなら実現する可能性があるかもしれません。現在の法律では、住居専用地域にオフィスを構えるのはたいへんだけど、法改正とセットでそういう動きが起これば、可能性はより高まるかもしれない。

田村

僕は先ほど「郊外には超高層が建たない」と言いましたが、ポストコロナの状況を鑑みれば、ますますそうなるだろうと思います。というのも、大企業ほど真っ先にテレワークが推進・実行される。その結果、オフィスは従来ほどの床面積を必要としなくなるし、超高層ビルにオフィスを構える必要がなくなる。だから、今後郊外にオフィス機能が移ったとしても、そこに超高層ビルは建たないように思います。こうなってくると、むしろ現在の超高層ビルの賃料や不動産価値の算定方法の方が、がらりと変わるかもしれませんね。

浅子

満員電車は切に解決してほしいなぁ。あとこれはコロナ禍の前から考えていた交通のアイデアなのですが、出張に行くときって新幹線の移動時間よりも、その前後の家から新幹線駅までの時間や着いた先のタクシーや在来線での移動時間のほうがトータルでは長くないですか? だからカプセルで移動するといいと思うんですよ。つまり、カプセルホテルのユニットが家にあって、そこで寝ていると自動運転車が迎えに来てくれて新幹線駅まで運び、そのまま新幹線に積み込んでくれる。着いた先では今度はまた自動運転車に詰め込んで目的地まで運んでくれる。これならずっと寝ていられるし(笑)、ウイルスに接触する心配もない。

しかし、リモートワークがさらに普及すれば、おのずと満員電車も解消されるし、オフィスもゆったりする。毎朝9時に出社する必要もなくなって、それぞれがもっとゆったりと働けるように変われれば幸せなんですけどね。果たしてそんな夢みたいな話なのか……。

田村

先日、大学の授業で学生たちに「現在の新型コロナ禍の状況をどう思うか」というアンケートをとったんです。ほとんどの学生は「悲しい、さびしい、早く以前の世界に戻ってほしい」と回答しましたが、なかには面白い意見もありました。「今の日本のサラリーマンはロボットのように見える。今回のことがあって、初めて人間らしい生活ができているのでとても良いではないか」と書いてあって、とても驚きました。それが若い人たちの感覚なのだとしたら、今後はますますそういう方向にシフトしていくでしょうね。

浅子

なるほどその感覚にはとても共感できますね。例えば、僕の妻はこれまで毎日9時から18時まで勤務先に赴いて働いていましたが、リモートワークになってからは、1日中家にいて仕事をしています。娘も休校中のため、家でオンライン授業を受けています。午前中はそれぞれ仕事・勉強でパソコンに向かっているけれど、お昼になると、僕や僕の事務所のスタッフも集まって、みんなで昼食を食べるようになった。こうしたことは今までなかったし、毎日がとても楽しい。社会がこれで十分回るのならば、こういう生活の方が人間的でよいのではないか、とさえ思うようになりました。

田村

COVID-19に順応することで見えてきた、新しいライフスタイルですよね。僕はオールドスクールな気質なので大学に出てきてしまうんですが、若い人のなかには自分の家で済むならそれでいいんじゃないか、という感性の人もいるようです。システムが一気にがらっと変わることはないかもしれませんが、今回のこの状況は、後の社会や仕事の仕方、ライフスタイルに確実に影響を与えますね。

浅子

思い起こせば、3月の時点ではまだオリンピックを開催する計画だったんですよね。それに向けて各地で再開発を進め、スタジアムも完成したのに、結局延期になってしまった。そもそも、僕は東日本大震災の被災地や福島が復興を遂げていないなかで、オリンピックを開催すること自体に疑問がありました。これらの問題を置き去りにして再開発に奔走した挙句、もし仮に来年の開催が見送られることになるとすれば、あまりにも皮肉な結果ですね。

とにかく今は逆にCOVID-19が一刻も早く終息し、祝福ムードでオリンピックが開催できるのを望むばかりです。景気が極端に悪くなるとあらゆる場所への影響が大きいですから。ただ、たとえ日本が終息したとしても、参加が望めない国が出てくる可能性もあるのでこればっかりはなんとも言えませんが。

だからこそ、ポストコロナの世界では、せめて働き方の自由度が増したり、もっと人間らしいライフスタイルが送れたりと、多くの人にとって喜ばしい変化があるといいなと思っています。そもそも、リモートワークみたいなワークスタイルはかなり昔から提唱されていましたよね。ただ、働き方そのものを決断する年齢層の高い経営者などにとっては敷居が高く、いわば彼らが障壁になり進まなかったという経緯がある。それがCOVID-19という、高齢層にリスクの高いウイルスのおかげで、リモートワーク化を阻んでいた世代が否応なしに移行せざるをえなくなったというのは、なかなかシニカルな状況だなと。

収束後、最も変化する可能性があるのは大学や教育

浅子

田村さんから大学の話が出たので、もう少しお聞きしますが、大学は、休講措置に続いてオンライン授業の開始、学生たちのケアや学費問題など、言うまでもなく多大な影響を受けていると思います。田村さんが大学で新たに取り組んでいることや、体験したことがあれば教えてください。

田村

僕が勤めている昭和女子大学では、ZOOMを使って「新入生歓迎フェスタ」をやることになりました。要するに、各クラブやサークルが、新入生の勧誘のために活動を発表するイベントです。例年は講堂で行っていたため、今年は延期になっていました。COVID-19が終息し、イベントができるようになったら開催しようということになっていましたが、リモートであっても今やる方が学生たちにとってよいのではないか、と大学に提案して、オンライン上で開催することになったんです。

授業と同様、クラブ活動も休止になっています。しかし、それでも大学がこうした機会をしかけていけば、学生たちもオンラインならどのようなプレゼンができるかと、グループLINEやZOOMを使って話し合う時間ができるし、その発表を見た新入生の間でも大学や学生同士のつながりが生まれるんじゃないか、と考えたんです。

浅子

それは画期的ですね。学生たちの精神状態もよくなるでしょう。引きこもりつつも社会につながれてしまう、というこの状況は、やはり今までになかったものですよね。ITの本質を垣間見たように感じました。

それにしても、非常事態宣言からひと月も絶たないなかで、すごいですね。

田村

すでに感じているのは、これからは大学においてもインターネット環境がかなり強化されていくということです。先日、教員間で情報交換しておもしろかった発見は、オンラインだと授業中に寝る学生がいないことなんです。原因はわかりませんが、おそらくZOOMの効果と思われます。ZOOMは民主主義空間をつくるというか、教授も学生も全員がモニター上でフラットになるんですよね。全員が均一に画面に並ぶと、見る・見られるの関係がとても強まるので、緊張が高まって寝られないのではないかと思います。教室のような物理的な空間では、距離にヒエラルキーが生まれて隠れられる場所ができてしまいますが、ZOOMでは空間に粗密がないから隠れられないんですよね。それに、彼女たちはモニターに慣れている世代だから、画面を見続けることがまったく苦にならないのかもしれません。

また、ある教員の話によれば、授業後の確認テストの点数が、全体的に例年より上がっているそうなんです。これにもとても驚きました。集中力が高まった結果なのかもしれません。こうなると、現在の外出自粛状態が解除されたとしても、ZOOMでの授業は高い教育効果を生む方法として認識され、引き続き採用される可能性があります。そうなると、ゆくゆくは大学の教室数も従来ほど必要なくなって減らそう、という動きが起こるなんてこともあるかもしれません。

浅子

予備校もビデオ講義の成果が出ていることで、手法が切り替わっていると実際に講師をしている友人から聞いたことがあります。教え方のうまい有名講師は人数が限られるため、その授業をビデオに録画して全国に配信した方が効率的だと。それに加えて、やはりリアルな授業も大切だから、その有名講師が全国の予備校を授業行脚している。リアル授業のときは集中講座にするなどして、限られたリソースを全国で分配すれば、たしかに効率的です。そうなると大学教員も減らしていこうという話になるかもしれませんが。

田村

そのとおりですね。インターネット空間に入った瞬間に、競争が生まれます。検索機能と同じことで、需要の高いものしかヒットしなくなる。教員も人気度が可視化されれば、競争になるのは当然ですよね。それに、今まで50人の教室に対してひとりの教員だったのが、オンライン授業で100人、200人を教えることができるとなれば、相対的に教員の数が減ります。教員数以外にも、いろいろな変化が起きるのではないか、と感じています。社会もいろいろなところで変わるんじゃないでしょうか。

浅子

うーん。とはいえですね、僕には、社会全体が極端に変わるとも思えないんですよ。3.11のときもあれだけ変わる変わると言われていたにもかかわらず、ほぼ何も変わらなかった。僕はあのときの少し暗くてエアコンの弱い街が好きだったけれど、それも続かなかった。ただ、教育と働き方については、大きく変わる可能性があるとも思っています。

田村

実際、大学では教員もざわついています。もちろん、オンライン反対派もいます。実際にリモート化をはじめてみると、当然、教員間の格差がすぐに明るみに出て、危機意識が持たれるようになりました。今まさにそれを目の当たりにしていますね。数カ月前に、「4月の終わりには、COVID-19は終息するだろう」なんてほとんどの人が話していたのが嘘のようです。社会全体の考え方が2、3日おきに変わるなんて、あらためて恐ろしい時間を過ごしていると思います。

渋谷の「遊び」の要素にヒントがある

浅子

最後に、渋谷についてもう一度触れてまとめにしたいと思います。というのも、ポストコロナの社会や都市はどうあるべきか、そのヒントが渋谷に見出せると思うからです。

例えば、渋谷はまぎれもない大都市ではありますが、新宿や品川、東京といった駅周辺のオフィス街とは雰囲気が違います。新宿、品川、東京には生活する人がほとんどいないのに対して、渋谷はそもそも職住近接というか、働いている人や住んでいる人、商売している人が混在している。そういうカオティックなところが渋谷の魅力でもある。2駅先の中目黒にも似たような雰囲気があります。しかし、この数年の再開発で、渋谷にも超高層ビルが次々に建ち、オフィスワーカーが急激に増えつつあります。渋谷はこのまま進んでよいのでしょうか。

同日のハチ公前

非常事態宣言発令後のハチ公前(2020年4月22日11時撮影)
提供=昭和女子大学田村研究室

同日のJR-京王井の頭線連絡通路

同日12時のJR-京王井の頭線連絡通路
提供=昭和女子大学田村研究室

田村

これは僕の予想ですが、渋谷が進みうる方向性のひとつが、“快楽都市”ではないかと思います。つまり、身体の欲求のためだけに空間が実装化されるような都市です。僕らはかつて、情報を得るために渋谷に出かけていたけれど、それがインターネットで事足りるようになってしまえば、わざわざ出向く必要はない。それでも渋谷に行くとすれば、それは身体を楽しませるためだと思います。極端に言えば、渋谷は遊園地化していってしまうのではないでしょうか。渋谷はかつて「エンタテイメントシティ」と呼ばれましたが、それがいっそう加速されるのではないか、と。ワールドカップやハロウィンのような、センター街にわざわざ出かけて楽しむことがより大きな目的になっていく。そうなると今後、ソーシャルディスタンスは必ずや大きな課題になると思います。

仕事の仕方についても、もっと快楽的な働き方になるのかな、と思います。必要な仕事はインターネットを使って遠隔からできるようになってしまうわけですからね。

浅子

とても興味深い予想ですね。これからの社会では、ロボットのできる仕事がさらに増えていく。それは教育においても同じだと思います。通信講座こそ、AIやロボットで済むようになるでしょう。ただ知識を詰め込むだけであれば、インターネットで十分です。だからこそ、その分、学びやクリエイションにおいては、田村さんのおっしゃるように、快楽的な要素が強い「遊び」に比重が置かれるようになると思います。働き方も同じで、出勤して9時から17時までデスクで真面目に仕事をこなす、なんて間違っていたというか。人間を機械のように働かせるのではなく、遊びの延長で働くような考え方が必要になると思います。

しかしソーシャルディスタンスについては、僕にはやはり眉つばもののように思えるんですよね。今後トラウマのように都市に残るとしても、1年ほどであっという間に忘れられそうな気もしています。

田村

COVID-19においてはそうかもしれません。しかし、他のウイルスにおいてどうかはわかりません。今後はCOVID-19の被害が続く、あるいは別のウイルスの脅威にさらされる可能性がある、という前提で都市をつくらなければならない。駅の形態や都市間の移動の方法についても、ソーシャルディスタンスを勘案しても成り立つ方法を模索していく必要があると思います。

編集

昨年、Googleの新本社が旧東横線渋谷駅のプラットホームの跡地に建てられた「渋谷ストリーム」(2018年9月開業)内に移転しています。東急がGoogleの誘致を強く推進したようで、そこには渋谷を働く場所にしたい、という意図が感じられるように思います。開発側は遊びの場所というよりも、働く場所を目指したいのでしょうか。

田村

本当の意図はわかりませんが、僕は、Googleはこれまでとは違う新しい働き方を目指している企業だと思います。働き方がスマートだったり、つくり出すものに遊び心があったりする。日本のダークグレーのスーツを着たサラリーマン、というイメージの働き方ではないですよね。そういうイメージが渋谷に欲しいから呼び込んだのではないでしょうか。

浅子

今後、僕たちの生活はますますインターネットに依存するようになりますよね。実際のところ、GoogleやZOOMなどのサービスは利用が伸びているようです。僕はどちらかというと、もともと引きこもりで、インターネット万歳なタイプでしたが、社会の激変ぶりには驚いています。満員電車も嫌だから自宅と仕事場は絶対に近接していないと嫌だし、打ち合わせも極力したくない。そういうタイプではあったけれど、今は逆に日々リアルの空間や都市の価値に気づかされています。書店もカフェも美術館も洋服屋にも行けない生活はやはりつまらない。今日は、渋谷やポストコロナの都市を考えるなかで、遊びと学び、実空間の可能性など、これからテーマとなりうるキーワードが見えたように思います。本当はこのインタビューで、田村さんは渋谷駅の分析を通してOMAやFOAがかつて夢見た移動空間の設計を行っているのだ、という話題につなげていきたかったのですが、それはまた別の機会に譲りたいと思います。本日はありがとうございました。
[2020年4月30日、ZOOMにて収録]

浅子佳英(あさこ・よしひで)

1972年生まれ。建築家、デザイナー。2010年東浩紀とともにコンテクスチュアズ設立、2012年退社。作品=《gray》(2015)、「八戸市新美術館設計案」(共同設計=西澤徹夫)ほか。共著=『TOKYOインテリアツアー』(LIXIL出版、2016)、『B面がA面にかわるとき[増補版]』(鹿島出版会、2016)ほか。

田村圭介(たむら・けいすけ)

1970年生まれ。一級建築士、昭和女子大学生活科学部環境デザイン学科准教授。1990-2002年にFOAジャパン勤務時に横浜大さん橋国際客船ターミナルの設計・監理を担当。著書に『迷い迷って渋谷駅──日本一の「迷宮ターミナル」の謎を解く』(光文社、2013)、『新宿駅はなぜ1日364万人をさばけるのか』共著(SB新書、2016)ほか

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公開日:2020年05月29日