海外トイレ取材 4

ナイロビに見る未来を占う存在としてのスラム

浅子佳英(建築家、タカバンスタジオ)

  • facebook
  • twitter

ムクル・クワ・ンジェンガ

その後、冒頭で紹介した小野さんの友人で現地に住むジョセフに案内してもらい、ムクル・クワ・ンジェンガとパイプラインという2つのスラムを訪問した。とくに初めて見たムクル・クワ・ンジェンガの光景は強烈であった。

ムクル・クワ・ンジェンガの様子

当日は雨が降っていたために、道路はまともに歩けないぐらいぬかるんでおり、水没している住宅もある。上下水道が整備されていないので、雨が降るとつねに道路には水たまりができてしまうのだ。ただ、スラムを歩いていると、表通りは基本的に商店が面しているということもあるだろうが、なんとも言えない活気というか熱気があり、スラム全体が生きていると感じられる。歩く人のスピードも速く、時折バイクも通り過ぎるのでもたもたしているとぶつかってしまう。もちろん、けっして治安がいいとは言えないのだが、不謹慎であることを承知で言うと、その生き生きとしたさまに個人的にはとても惹きつけられた。

当日は雨が続いていたので地面は歩けないぐらいぬかるんでいた

当日は雨が続いていたので地面は歩けないぐらいぬかるんでいた。

水没した住宅

水没した住宅。

メインの通りには店舗が並ぶ

メインの通りには店舗が並ぶ。電柱が並んでいることからもわかるように電気は来ており携帯電話も普及している。

ムクル・クワ・ンジェンガは1層もしくは2層の低層のスラムである。また、スラム全体は独立した住宅が並んでいるのではなく、基本的に集合住宅が密集して建っている。ただ、上述のように表通りのユニットは店舗になっていて、雑貨店、飲食店、洋品店などが商店街のように軒を連ねている。ムクル・クワ・ンジェンガにおける一般的なユニットは11戸。いわゆる中廊下型の集合住宅だが、ユニット同士が道路以外の三面を接するかたちでぎゅうぎゅう詰めに建っているので、外部に向けての窓はなく、廊下に面して窓と玄関ドアが並んで取り付いている。個室ひとつのサイズは3×3m=約9?Fとかなり狭く、そこに多い場合は家族7?8人が暮らしている場合もあるようなので、極限まで過密な状態だと言っていいだろう。トイレは共同で、道路側に3つの個室が並び、そのうちのひとつが水浴び場になっている場合もある。道路側にはドアがあり、防犯のため夜は施錠する。独立した部屋としてのキッチンはなく、水はタンクで購入し、七輪を使用して調理する。ただ、何度も繰り返しているように、上下水道が整備されていないので、水浴びの水も料理に使った水もみな道路に捨ててしまう。さらに治安が悪いことと、雨の日にトイレに行くには一旦外に出なければならないことから、一部の人々はスーパーなどのビニール袋に排泄して屋外に投げ捨ててしまうという。これらはフライング・トイレットなどと呼ばれている。

2階建てタイプの集合住宅

2階建てタイプの集合住宅。

一般的なユニットの平面

一般的なユニットの平面。

ユニットのアプローチ部分

ユニットのアプローチ部分。

ユニットの外観。左が店舗、右側はトイレ部分

ユニットの外観。左が店舗、右側はトイレ部分。各ユニットは道路側に門があり施錠できるようになっている。

トイレ外観

トイレ外観。

トイレ内部

トイレ内部。

パイプライン ── 高層のスラム

パイプランというのは地名であり、その名の通り以前その下にパイプラインが通っていたことからそう呼ばれている。前述のムクルに隣接した場所だ。パイプラインで訪問したのは、現在ジョセフが暮らしている8階建ての高層のスラムである。パイプラインのほうは各住戸内部にトイレとキッチンがついているので設備としてはムクルと比べかなり充実している。住戸のサイズは約20?F。やはりつくりとしては中廊下型で、廊下に面して片側4戸ずつ1フロアに計8戸の住戸が並ぶ。廊下の中央は穴が空いており、8層の巨大な吹き抜けになっている。というのも、この高層のスラムも隣の建物と完全にくっついて建っているので、道路側の住戸以外はこの廊下にしか外気には面しておらず直接外部に面した窓がない。中央の吹き抜けは、これらの住戸に光と風を届けるためのものだ。とはいえ、やはり住戸内部はかなり暗い。

パイプラインを俯瞰で見る

パイプラインを俯瞰で見る。

パイプラインの街の様子。

パイプラインの街の様子。

パイプラインの街の様子。牛とヤギが歩いている

パイプラインの街の様子。牛とヤギが歩いている。

ジョセフ家族が暮らす集合住宅の平面

ジョセフ家族が暮らす集合住宅の平面。

最上階の共用スペース

最上階の共用スペース。半透明の屋根で覆われており明るい。

中間階の共用スペース

中間階の共用スペース。中央の吹き抜けから光が入ってくる。

ジョセフの家のリビングスペース

ジョセフの家のリビング。カーテンの裏側が就寝スペースとなっている。

ジョセフの家のキッチン

ジョセフの家のキッチン。

ジョセフの家のトイレ

ジョセフの家のトイレ。

また、パイプラインでは工事中の建物も数多くあったが、見ている限り、大きな重機を使用せず、手作業で8階建てを施工していた。ただ、なかには構造的に問題があるものも存在するようで、時折崩壊するとのことだった。そもそも高層のスラムというのが驚きだが、1階には商店が並び、住戸が高密度で隣接しているので、たしかに印象としてはムクルと近いものがある。

工事中の建物の様子

工事中の建物の様子。

工事中の建物の様子

工事中の建物の様子。重機を使わずに施工している。

不在によって現われるインフラ

さて今回は、ナイロビにおけるいくつかのトイレを紹介したが、そもそも「パブリック・トイレのゆくえ」というこの企画は、人が人である限り誰もが使わざるをえない最小限の空間から、現代の公共性について改めて考えてみようというところから出発したのだった。そして、その解答のひとつは、現代のパブリック・トイレは資本主義的なものと切っても切り離せないものになっているというものであった。ショッピング・モールや商業施設では、集客のために競争原理が働くので、最も先進的な試みが行なわれ、コンビニはすでに街のインフラと化し、交通というインフラである駅も、現在はエキナカなどの商業施設と密接な関係にある。しかもそれは日本だけで起こっているのではなく、コンビニがスターバックスに変わっていたりと差異はあるものの、海外でもやはり商業的なものと切り離せないという意味で、基本的に似たような流れのなかにある。

しかしながら、ナイロビにおけるパブリック・トイレを見て改めて気づかされたのは、そもそも上下水道という――あらゆる道路と建築に配管を張り巡らせ、浄水場と下水処理場をつくり、蛇口をひねれば綺麗な水がどこでも出て、さらには捨てられる――、巨大なインフラが整備されたうえに、これらのパブリック・トイレは成立しているという当たり前の事実であった。逆にいえば、これらはすべてインフラがなければ成立しない。

とくに、下水がないと排水ができないという事実には、筆者の想像力の欠如が原因とはいえ、驚かされてしまった。下水が整備されていないと、雨が降れば道路は巨大な水たまりになり、低い建物はすぐに浸水してしまう。日本の都市部では道路に降る雨水も地下の配管に排水されているという事実を想像できなくなっていた。

さらにインフラについて言えば、ナイロビでは治安が悪いので裕福な人々はどこに行くにも車で移動するほかなく、おまけに多くの人々が利用できる公共交通機関はバスしかないので道路はつねに渋滞している。都市計画としてはとてもうまくいっているとはいえない。そういう意味で公共のインフラストラクチャーは重要である。そう、重要ではあるのだが、それを敷設する際の手法は前世紀的なままではなく、新たな方法が必用なのではないか。

未来を占うスラム

少なくとも、この都市の人口の流入を受け止めているのは、都市計画ではなくインフォーマルなスラムである。スラムはまた、ある側面では資本主義的な産物でもある。スラムが建つ土地の多くは、政治家やその関係者が所有していると言われているが、彼らは所有しているだけで、そこから家賃を得ているわけでも、ましてや住んでいるわけでもない。ストラクチャー・オーナーと呼ばれる、スラムに建つ建物を所有している民間の人々がいて、実質的には彼らが運営している。そして、ストラクチャー・オーナーの多くもそこに住んでいるわけではなく、家賃収入を得るために建物を所有している。彼らにとっては当然家賃収入は多ければ多いほどいいので、人口の流入が過剰になると、より多くの人を受け入れるために高層化していく。興味深いのは、まずは3?4層程度の中層の建物を建てた後、段階的に上に積んでいくという手法が取られていることだ。最初はイニシャルコストを抑えて建設して家賃収入を得たのち、上部に増築していくという、いわば需要に応じて住戸を用意していく成長的な手法が取られている。そして、近隣で低層のスラムから高層のスラムまで存在しているという状況は、住人たちも段階的に住まいを変えていけるということでもある。実際、パイプラインの住居の中まで案内してくれたジョセフは、以前はムクルの1層のスラムに住んでいたが、近年引っ越している。

もちろん、あまりに過密な現状のスラムを肯定することは難しい。とはいえ、ナイロビ全体でおよそ150万人というすでにかなりの数の住人がスラムに暮らし、いまなお増え続けている状況である以上、従来型の都市計画的な施策で簡単に解決するとも思えない。実際、NGOなどがスラムの近隣に集合住宅を整備し、移住を進めていたりもするが、スラムの中に仕事があるので多くの人がまたスラムに帰ってきてしまう。

ここでいきなり解決策を含めた結論など言えるわけはないが、少なくともトイレとキッチンが整備されたパイプラインのスラムはムクルに比べ、インフラという意味ではかなり改善されていると言っていいだろう(もちろん崩壊の危険は避けなければならないが)。
また、近年ナイロビでは携帯電話が爆発的に普及しており、スマートフォンではなく、いわゆるガラケーでの送金システムが完備され、そのシステムを利用した新たな雇用が生まれてもいる。結局のところ、大規模な都市計画ではなく、これらのそれぞれは小さな経済を媒介にした試みを通してしか、改善されないのかもしれない。まったく状況は違うのだが、やはり商業的なものとは切り離せないという意味では世界中が似てきているとも言える。
そして、ムクルの一部の地区では、住人が自分たちの手で道路の脇に排水溝をつくり、道路に雨水が溢れないように工夫していた。いわば、住人自身によるある種の公共的な取り組み=インフラ整備がなされていた。極めて楽観的な見方だが、仮に今後、中央によるインフラ整備ではなく、住人やストラクチャー・オーナーたちの取り組みが、道路の排水溝を掘り、住戸を高層化する際に上下水道も整備するというかたちで結果的にインフラ整備に繋がってしまうということになるなら、スラムは未来の都市計画のモデルのひとつにさえなるのかもしれない。少なくとも先進諸国の人口が減り続けるなか、結果的にスラムが人口の増加を受け止めている以上、未来を占う存在ではあるだろう。

住人たちがつくった排水溝

ムクルの住人たちがつくった排水溝。(すべて筆者撮影、筆者作成)

参考文献
小野悠+城所哲夫「インフォーマル市街地における開発形態の特質──ナイロビのインフォーマル市街地における空間マネジメントに関する研究(1)」『日本建築学会計画系論文集』第83巻第743号(日本建築学会、2018、83?91頁)。

浅子佳英(あさこ・よしひで)

1972年生まれ。建築家、デザイナー。2010年東浩紀とともにコンテクスチュアズ設立、2012年退社。作品=《gray》(2015)、「八戸市新美術館設計案」(共同設計=西澤徹夫)ほか。共著=『TOKYOインテリアツアー』(LIXIL出版、2016)、『B面がA面にかわるとき[増補版]』(鹿島出版会、2016)ほか。

このコラムの関連キーワード

公開日:2018年04月25日

  • facebook
  • twitter