インタビュー 7

3Dでかたちにする、衣服と建築の可能性の中心

長見佳祐(HATRAデザイナー) 聞き手:浅子佳英(建築家、プリントアンドビルド)

3Dは天才パタンナーの脳内のよう?

浅子

長見さんは、数年前からゲームキャラクターの衣服をデザインするための3Dソフトを使用されていると聞きました。冒頭でもお話ししたように、建築設計においても、最近はBIMという3Dで造形を決定していく設計手法に注目が集まっています。こうしたツールを使い始めたのはいつからですか。また、どんなきっかけで使い始めたのでしょうか。

長見

本格的に3Dソフトを使い始めたのは、2017年の初めからです。世間的な盛り上がりに後押しされたのもありますが、フィギュアなどの造形物の分野からの影響が大きいと思います。2012年から毎年、僕は「ワンダーフェスティバル」(ワンフェス)というガレージキットの同人販売イベントに通っていました。メカやクリーチャー等を除いて、やはり出展されている作品のほとんどが、人間が衣服を纏ったものです。だからかたちは違えど、行為自体は普段僕がやっているファッションデザインと共通するものを感じていました。

2015年頃から、ワンフェスや造形師のタイムラインで「ZBrush」(ズィーブラシ)という3Dスカルプトソフトウェアの名前を聞くようになりました。簡単にいえば、粘土細工のように立体造形を画面上でつくっていくようなソフトウェアです。すぐに試してみたもののとても難しくて、服づくりへの応用もイメージが湧かなかったのですぐに使わなくなってしまいました。一方で3Dバーチャル衣服作成ソフト「Marvelous Designer」(マーベラスデザイナー)というソフトがありこちらはスカルプトとは違うアプローチで、実物の服作りに近いかたちでモデリングができるとのこと。いよいよ僕もできるようにならなければまずい、という状況に追い込まれて(笑)。ちょうどVR対応のパソコンも、手が届く価格帯になってきた時期だったこともあり、導入に踏み切りました。その後、アパレル向けの3Dモデリングソフト「CLO」(クロ)を本格的に導入して使用し始めました。

浅子

僕も初めてVRを導入したのは、2017年頃です。西澤徹夫と森純平とともに設計した《八戸市美術館》で使用しましたが、実際の体験に近いかたちで空間を感じられ、僕たちはとても気に入りました。だからいろいろな人にVRを奨めて試してもらったのですが、その反応はあまりよくありませんでした。ほとんどの人が、僕たちが思ったよりも空間をリアルに感じられなかった。原因を考えてみると、やはりVRだけで空間を理解するのがまだ難しいためだと思います。建築家は基本的に平面図で設計を行うので、平面図さえ見れば、空間がだいたい想像できるように訓練されています。だから、VRでは説明が不十分だったり捉えにくい箇所も、無意識に情報を補完してリアルに感じることができるようになっているのだと、後々気がつきました。長見さん自身は、初めてソフトを使用したとき、どのような印象でしたか。

長見

従来衣服のパターン(設計図)のつくり方には、平面裁断と立体裁断という2つの方法があります。紙の上で一定のルールに基づいて裁断していくのが平面裁断、立体的なトルソーに直接布をあてながら行う彫刻的なアプローチが立体裁断です。どちらにも利点はあり、また現場レベルではどちらも必要な技術です。立体裁断は、文字通り複雑な立体形状をつくることができる利点はありますが、手法としては感覚に頼る部分が多く、数を重ねて体得するよりほかないんです。つまり、自由度が高すぎるために言語化しづらい技術といえます。平面裁断のように数値化したりして、人に説明し型紙に落とし込むのが難しい。一方、平面裁断は再現性が高く、体系的に学べばある程度の形にすることはできるようになります。

僕が「CLO」を使って最初に驚いたのは、この平面裁断と立体裁断を同時に進行しているような状態を感じられたことです。僕の主観ですが、まるで天才パタンナーの脳内が可視化されているようだと思いました。優れたパタンナーは、まさに先ほどの浅子さんのお話と同様に、無意識に平面と立体の変換を行なっているし、それはこんなふうに見えているんだろうと。

浅子

なるほど、やはり似た経験をしているんですね。次にソフトの具体的な使い方を教えてください。どのような手順で衣服を設計していくのでしょうか。また、3Dに移行する際に苦労した部分があれば教えてください。

長見

CLOに特徴的なのは左右2つの画面です。左側に3Dモデル、右側には2Dの型紙データが表示されます。両画面どちらでも服の形を変えられるわけではなく、原則として右側の2D画面でしか形の編集ができません。つまり、変形操作自体はすでに普及している2DCADと同じということです。では3D画面で何をしているのかというと、2Dの編集結果をリアルタイムで描画します。料理に置き換えるとつねに出来上がりの味見を先取りしながら食材を選んだり下ごしらえができるイメージでしょうか。これを大勢でできることがポイントです。

「CLO」導入後のパターン制作の流れ

「CLO」導入後のパターン制作の流れ
提供=HATRA

「CLO」を使ったデザインプロセス

「CLO」を使ったデザインプロセス
提供=HATRA


おおまかな流れとしてはラフな型紙を製図、その後どの線同士が縫い合わされるか、パーツの接合線を設定します。本来平面的なパーツは、縫い合わされてはじめて3Dアバターの着用が可能になります。この操作を経て初めて「3Dの服」となるわけですが、本格的にシェイプやディティールの精度を高めていくのはこの後で、つねに完成像を更新しながらマスターとなる型紙データを編集していきます。

このソフトの機能自体に要望はないのですが、VRや3Dに変換する際の互換性は課題といえそうです。「CLO」上で見えているものを別のソフト上でも同様に見えるように書き出すには、一定の手続きが必要です。こうしたソフト・サービス間の連携がシームレスになると良いですね。

浅子

互換性については建築のCADが抱えている問題と同じですね。例えばテクスチャの設定はソフトによってまったくバラバラなので、その都度設定し直す必要があります。また、建築と違うのは動きのシミュレーションの部分ですね。基本的に動かない建築物とは違って、布はそもそも一定の形状にとどまっていることのない素材だし、人間の所作や環境の複雑な影響を受けるものです。

とても淡々と語られていますが、それはあまり違和感を持つことなくシームレスに移行できた、ということなのでしょうか。

長見

そうですね。僕は特に苦もなくスムーズに移行できました。これまでの服づくりが大きく変わったという感覚もなく、逆に制作で欠けていたものがきれいに補われたような感じがしました。使い方は企画によって異なりますが、導入後はすべての衣服の制作過程で「CLO」を使用しています。

一番大きかったのは、「Command+Z」を獲得したことだと思います。一度布を裁断してしまうと後戻りはできないけれど、それが3D上では無制限にできてしまいます。これはとても大きな変化でした。例えば、白いシャツの襟だけを赤くしてみよう、といったエスキースが躊躇なくできるようになりました。従来は、“考えればわかる”イメージの確認のために縫製の時間や生地を割くなんて、とうていコスパが合わないと思っていました。しかし、画面上ではすぐに検証ができるし、やってみると意外な発見をすることがあるんです。時間やコストを奪われることを恐れて、潜んでいる可能性から目を背けて半年ごとのリリースサイクルに合わせていたわけですが、そんな必要がなくなった。アーカイブの型紙のように、自分の手癖がベースにあるのはもちろんだけど、失敗のハードルが大幅に下がったことによって、そこから離れた新しいクリエイションを実験できるようになった気がします。

分業と共有──コミュニケーションの円滑化

浅子

長見さんご自身は、3D設計ソフトから得るものがとても大きかったようですが、ほかの人にもソフトの使用を奨めますか。

長見

はい、僕はみんなに使えるようになってほしいと思います。1から10まで、3Dで服のデザインをしてほしいわけではなく、例えば素材の色を変えて検討するくらいだったら誰でも簡単にできます。それぞれの立場にあわせて最低限の機能を知っていれば、十分にその恩恵は得られると思います。なによりチームが同じプラットフォームと共通の言語で意見をキャッチボールすることができれば、ものづくりにおいて最も理想的なコミュニケーションになると思います。デジタルモデリングの利便性はコロナ禍でさらに高まりました。

浅子

たしかにそうですね。建築業界におけるBIMが画期的な理由も、まさにプラットフォームの共通化やコミュニケーションの円滑化、互換性のシームレス化にあると思います。

建築設計の分野では、3Dモデルから二次元の平面図を書き出すこと自体はすでに容易になりました。しかし、意匠設計、構造設計、設備設計をはじめ、外構やランドスケープ、照明デザインなど、規模によって違えどさまざまな職能が集まって建築は成立しているのに、各自が使用する設計ソフトはバラバラで統合されていなかった。それは長年問題だと認識されてきました。意匠、構造、設備など各部門を抱えている大規模組織事務所であれば、社内言語の共通化がもう少し容易かもしれません。しかし、僕たちのような小さなアトリエと、個人の構造設計事務所、設備設計事務所や積算事務所が協働する際に、それを束ね、かつ同じ図面データ上でやりとりをすることは、まだできなかった。みんなが扱うデータが少しずつ違うため、おのずと使用するソフトが違ってしまうのです。

こうしたジレンマを解消する可能性を秘めているのが、建築業界におけるBIMなんですね。これまで建築において、デザインが決まり、その実現のために構造を定め、そこに実際に必要な設備を埋め込む、というプロセスが一般的でしたが、最後に配管がうまく通らず、結果的にデザインを変更するということをほとんどの建築家は一度は経験しているはずです。しかし、同じソフトを使用していれば、設備が最初から入っているチームづくりが可能かもしれない。そうなれば、長見さんのお話と同じく、今までなら諦めていた建築の形態や美しい仕上がりが容易に可能になるかもしれない。

長見

たしかに、共通する問題や構造を感じます。服飾の分野も、おそらくぼくが想像している以上に各工程が分断されているのだと思います。同じ形の衣服をユーザーに届けるにも、そこに至るルートは無数にあるし、当然それぞれが大事にするポイントは異なってきます。僕たちは優先させたい要素を理解してもらうために、あえてほかのこだわりをデチューンすることもあります。現時点では難しいですが、もし同じ言語で共通理解ができると、別の再現性を獲得できるのかもしれません。

3Dとリアル、違和感から生まれるアイデア

長見

3Dの利点は失敗ができることだとお話ししましたが、それでもやはり実物をつくって試す、という工程はなくなりません。長く使っていると、これは3D上のシミュレーションでわかるタイプの問題なのか、実際布でないとわからないのかが、感覚的に見分けられるようになります。この見極めもメタな暗黙知のようなもので、言語化は難しいんですが。だから、やはり選択肢が増えたと捉えるのがいいのかもしれません。ここから先は実際に生地を縫ってみるほうが早いか、もっとCG上で詰められるかは、各人の技術力や得手・不得手によっても変わってきます。好きなほうを選べばいいんですよね。大事なのは、現実に近づけようと3D上の絵作りに腐心することではなく、良い作品を作るための適切な手段を選べることなんだと思います。

浅子

とても重要な指摘ですね。完全に建築のデザインと同じだと思いました。美しいCGを描くことが僕たちの目的ではないし、ツールでクリエイションそのものが生まれ変わるのではなく、ツールによって別の可能性に出会う可能性が増すという点が重要ですね。

長見

ほかにも、例えば現実世界には着脱ができない服はありません。ぼくたちが店頭で見かける衣服はどれも着脱可能なので、そんなことを意識したことはないかもしれません。しかし、人間の体の構造に入念に配慮しないと、着脱や排泄ができない服ができてしまう。そうした必須条件を装飾したり隠したりして現代服は成り立っています。他方で3Dアバターは着脱の制限はありませんが、重ね着の難しさであったりポリゴン表現特有の制限があります。こうした現実のルールの外にある服は、一見違和感を感じさせますが、この違和感が次のクリエイティブに結びつく余地は多分にあるし、新しい感性の鉱脈にだってなりえると思います。

今はその裏返しのことが起きているように感じます。つまり、アバターは寒さを感じないのに、ビッグシルエットのアウターが流行し、そこではボタンやファスナーといった必要のない「条件」が強調されています。アバターではなく衣装にリアリティを預けることで間接的に実在性が湧いてくるというおもしろさのほうが、今は先行しているのでしょうね。僕のような古いデザイナーは当たり前に衣服にアキを用意してしまうけれど、そのせいで見えなくなっている可能性が、現実に着られない服を考えることで見つかるかもしれない。そういうありえたかもしれない別の服飾史が立ち現れつつある状況には非常に興味がありますね。

浅子

現在、日本の建築は、狭い世界で仕事の取り合いみたいになっていて、現実問題として、作品がどれも似通ってしまっています。というのも、ある規模以上の建物をつくろうとすると、公共の建物が多くなるのですが、それらはプロポーザル方式といって、設計案ではなく今までの実績とチームの体制が評価されて設計者が選ばれるんですね。発注者に信用してもらおうとすると、どうしても言うことが似てきてしまうし、建築の形自体も似てきてしまっていて、個人的にはそのことに大きなフラストレーションを感じています。たいへん小さな話で恐縮ですが(笑)、今の長見さんの話を聞いて、どこに抜け穴や未知の可能性があるのかを探す作業が、建築のクリエイションにとっても大事なことだと改めて気付かされました。

長見

服とは比べ物にならない巨大な一点物ならではのなかなか厳しい現実ですね。 クロスシミュレーションを日々使っていて気づいたことのひとつに、布の揺れと生命感の関連があります。CLOでは重力や風の影響を簡単にON/OFFすることができます。あくまで実感レベルですが、静止した衣装の中のアバターに比べ、衣装が揺れているときのほうが人モデルとして生き生きと感じられるんですね。アバターそのものは硬直しているにもかかわらず。これはトルソーや石に置き換えても程度の差はあれ感じられます。服が揺れるとき、その動きは大気の揺らぎと重力を視覚化していて、同時に環境とは別の力で自律している着用者を象ることになります。自分が着ている服に対してこうした認知の役割があるなんて思ったこともありませんでしたが、こうした観察の積み重ねは3Dアバターの実在感、さらには新しい人らしさの発見にも繋がるのだろうと思います。

浅子

なるほど、今の話は無茶苦茶おもしろいですね。たしかに、僕たちが人間を見るとき、必ずその人と衣服をセットで見ている。服はその人とは切り離された別のもの=着ているものだということは頭ではわかっているけれど、認識としては切り離すことができない。実際、親しい友人でもない限り、相手が裸だったら普通はいつものようにが会話ができないですよね。そもそも人間は社会環境的な生き物なんだから、当然なのかもしれないけれど、そこまで衣服が僕たちの主体性や個人の存在感に対して強烈に作用しているとはこれまで考えていませんでした。

以前、東浩紀さんが観光地ではアジア人か西欧人かにかかわらず世界中の人々が子どもも大人もクロックスを履いている、と指摘されたことがありました。今の長見さんのお話をお聞きすると、グローバルチェーンによって世界中の人々が衣服によって会話できるようになっているという側面もあるんでしょうね。

聞けば聞くほど、建築設計と似ている部分や、大いに参考になるお話がたくさんあり、衣服という可能性の中心を探るとても興味深いお話をお聞きすることができました。今日はありがとうございました。




[2021年12月28日、HATRAにて]



長見佳祐(ながみ・けいすけ)

1987年生まれ。ファッションデザイナー。2010年HATRA(ハトラ)設立。リミナル・ウェアを主題に、ポータブルで境界的な、空間としての衣服を提案する。現在では3Dクロスシミュレーションを始めとするデジタル技術の応用を通して新たな身体表現を試みている。主な出展に「Future Beauty──日本ファッションの未来性」(東京都現代美術館、京都近代美術館、2012)、「JAPANORAMA」(ポンピドゥー・センター・メス、フランス、2017)、「Making FASHION Sense」(HeK、スイス、2020)ほか。

浅子佳英(あさこ・よしひで)

1972年生まれ。建築家、ライター。2010年東浩紀とともにコンテクスチュアズ設立、2012年退社。2021年出版社機能を持った設計事務所PRINT&BUILD設立。作品=《gray》(2015)、《八戸市美術館》(2021)(共同設計=西澤徹夫)ほか。共著=『TOKYOインテリアツアー』(LIXIL出版、2016)ほか。

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公開日:2022年02月22日