瀬戸内国際芸術祭アートトイレプロジェクト「石の島の石」レポート

パブリックトイレを表舞台に出す ── 衛生陶器をLIXILがサポート

中山英之(建築家)

『新建築』2016年11月号 掲載

ワークショップ風景。コンクリートの壁を斫る「小叩きワークショップ」と植物を植える「苗植えワークショップ」が行われた。

敷地を読み込む

スタディはまず、トイレの並べ方を考えることから始めました。敷地は駐車場の一角で、周囲には石碑や祠、案内板などがいろいろな方向を向いて置かれています。そこに建築が新しいルールを持ち込むと、さらにゴチャゴチャしてしまう。そこでまずは平面図に、駐車場の配列に倣いトイレを並べてみることにしました。車とトイレ、機能の違いを忘れればどちらも座って使う道具です。車のシートと衛生陶器の空間上の配列を一列に揃えれば、人とモノの関係が統一されて、結果として風景をスッキリと編集することができると考えました。
配列が決まったら、次は衛生陶器をどのように固定するかです。通常は配管を内包したライニングを介して壁と衛生陶器を接続しますが、すべてをコンクリート壁で直接支持しライニングを省きました。結果として配管は建物の外側に露出されます。同様に通常は二次部材でつくられる各トイレブースの間仕切りもコンクリートとしました。必要な要素すべてが建物の主体構造を兼ねた、「小豆島石の建築」としてこれ以上ないくらい単純な構成になりました。
こうして導かれた配置と構造を、できるだけ自然エネルギーを使って快適な場所にするため、建物は家型を縦に引き伸ばしたような、少し変わった断面形状となりました。南側の大きなコンリート屋根は直射日光を遮る働きもありますが、それ自体が熱を帯びることで発生する上昇気流によって上部スリットから空気を抜く、煙突効果による自然換気を期待した形になっています。一方北側は、全面に半透明のETFE(熱可塑性フッ素樹脂)膜を張ることで採光し、夜間は駐車場に置かれた行灯のように働きます。結果として背の高い建物となり、要望されていたフェリーからの視認性に応えるトイレになりました。南北の庇はそれぞれ、利用者と配管を守ります。

配置
平面
断面

はつ ることで小豆島の石を表現する

この建物では小叩きと研ぎ出しという昔ながらの技法を使い表面に小豆島の石を露出さていますが、この骨材に苦労しました。建築に用いる骨材の大きさは通常20mm程度ですが、島にはもっと大きなふるいしかありませんでした。骨材が大きい方が、斫った際により深い陰影が生まれてよいのですが、鉄筋と型枠の距離を大きく取る必要があり、壁厚がかさみます。今回はブース壁もコンクリートでつくるため、構造的に許される最低壁厚でも圧迫感を心配していたのに、大きな骨材では壁厚はもっと厚くなります。島にあるふるいのサイズを調べ、石材屋さんや生コンプラント、工務店と何度も話し合い、 最終的に33mmのふるいを使い、 壁厚15cmとすることで落ち着きました。
通常生コンはスペック発注で現場に届けられ、そういう意味でコンクリートというのは匿名性の強い部材ですが、今回はすべてのスペックに関わった全員の署名が入ったコンクリート、とでも言うべき、不思議なものができたと思います。

小叩きワークショップ

どんな建築もそうですが、パブリックトイレは特に建ってからがたいへんな建物だと思います。日々の手入れは不可欠で、そのことがこの場所になかなかパブリックトイレを実現できなかった理由のひとつではないかとも思います。公共建築と言っても、突き詰めればそれは、自分達のお金で自分達の欲しいものを買うことに違いありません。これは自分達のトイレなのだという実感を持つことで、自分の持ち物を大切にするような気持ちが自然に広がるといいなと考え、建物を一緒に完成させるワークショップをぜひやらせてほしいとお願いしました。石が持っている何万年という時間の中に身を置いてほしいという思いもありました。

「小叩きワークショップ」の模様。
南側全景。南側は緑の広がる芝生に面している。
西面の一部を利用して「小叩きワークショップ」が行われた。
「苗植えワークショップ」の模様。

ワークショップはふたつあり、コンクリートの壁を斫る「小叩きワークショップ」と、植物を植える「苗植えワークショップ」です。とは言っても、コンクリートをハンマーで斫る仕事は職人でも簡単ではありません。ワークショップとして成立するか、当日までとても心配でした。実際、想定していた面積の半分も斫れませんでしたが、結果としてワークショップは大成功でした。小さい子も、大人でも、コンクリートはなかなか斫れない。そのことでむしろ、コンクリートや石の固さが実感された。そういう実感を持つことのほうが、想定された面積を達成することより大事なことだったんだと、一緒にやってはじめて気づかされました。

裏を消す建築

ETFEで覆われた北側が目立ちますが、南側には違った顔があります。この面にはトイレの入口と並んで、通常隠される清掃道具が見えるように吊るされています。消耗品や雑巾等を隠す最低限の扉はありますが、こういう道具で日々誰かが綺麗にしてくれているということが伝わる場所にしたかった。その気になれば誰でも掃除できるトイレにしたかったのです。
換気や安全性を考えると、トイレの入口も開放的なほうが好ましいけれど、お化粧を直す姿や掃除道具などがあまりにもダイレクトに晒されるのは好ましくありません。そこで、南側の公園とそれらの間に、緑のカーテンを考えました。トイレ清掃のための道具は、植物に水をやることにも使えます。そういうふたつの行為が重なることで、毎日この場所を手入れすることの意味が広がるのではないかと考えました。先程石と時間のことに触れましたが、植物を育てることもまた少し先の未来を想像することです。そういう気持ちを込めて「苗植えワークショップ」を計画しました。
公共建築は、利用する方はもちろん、議員の方、役所の方、管理する方など、さまざまな人が関係しています。そして、その全員が施主です。その中の誰のためのものなのか、ということがはっきりしてしまうのは好ましくない、とよく思います。師匠である伊東豊雄さんは「裏のない建築」ということをよく言っていました。はじめは形態的なことかと思っていましたが、今そのことの意味がなんとなく分かるような気がしています。関わるすべての人にとって建築が固有の顔を同時に持つことが、建築における「裏のない」ことであると考えたなら、清掃道具も表の顔だと思います。実際空港などでも、よく工夫された掃除カートを押して働いているおばちゃんは、建築作品と同じくらいかっこいい。
小さいけれど、僕にとってはじめての公共建築で、そのことはとても大事なことでした。
最後に、今回のトイレは、僕達の思いに共感してくださったLIXILのサポートなしには実現しませんでした。LIXIL中四国支社では、中四国地域で観光名所のトイレを一斉清掃する「LIXIL DAY」というイベントを行っており、竣工式があった日がその「LIXIL DAY」と重なる偶然もありました。町や住民を巻き込むこうした活動の背後にあるLIXILのアイデンティティがプロジェクトと分かちがたく結びついたと思います。

(2016年9月11日、「石の島の石」にて)

南側に置かれた清掃用具。
北側低層部にある配管。
男子トイレ。

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公開日:2017年06月30日