海外トイレ取材 10
Mister Loo(ミスター・ルー)── バンコクの有料トイレ
浅子佳英(建築家、プリントアンドビルド)
Mister Loo(ミスター・ルー)とは?
ミスター・ルーは、Andreas WannerとDominik Schulerという二人のスイスの元銀行家によって設立されたアジアを中心とする有料のパブリックトイレだ。現在、インドネシア、フィリピン、タイ、ベトナムの4カ国に90箇所設置されており、月に110万人が利用している。チューリッヒで銀行員をしていた彼らがアジアに目を向けた理由は、まずアジア旅行が好きだったこと、そして世界人口の半分がアジアに住んでいるという数字上の事実からだ。二人はアジアを旅行中にきれいなトイレを見つけるのがいかに困難かということに気がついたという。さらにビーチや駅、マーケットなどの混雑な場所にある有料トイレでさえも悲惨な状態になっていることから、質の高い有料のパブリックトイレのネットワークを設置することで、サービスを改善させるチャンスがあると考えたようだ。(★1)
バンコクの4つのミスター・ルー
どういうサービスなのか興味があり、今回、設置箇所の多いバンコクに行き実際に使用してきた。ミスター・ルーのWEBサイトに設置場所がプロットされた地図があるので、見てみるとどうも駅から離れた場所が多い。その時点では気がつかなかったのだが、実際に訪れてみるといわゆる公衆トイレのように道路に面して設置されているのではなく、マーケットや商業施設の中に設置されていた。(★2)
まずひとつ目に訪れたのは、Phloen
Chitというスカイトレイン(高架鉄道)の駅の傍にあるトイレで、こちらは高速道路の高架下につくられたマーケットの一角に設置されていた。グーグルマップに営業時間が書かれているのでそれを信じて午前中に訪れたのだが、市場がオープンしていなかったせいか、残念ながら営業していなかった。木製の外壁とピンクとブルーの照明による遠くからでも目を引く派手なデザインが印象的だった。
次に訪れたのは、チャイナタウンの真ん中にあるトイレで、Wat Mangkonという地下鉄駅から5~6分ほど歩いた先にあった。「Lotus’s」というタイと中国に展開するスーパーマーケットが入ったビルの一角にあり、設置場所だけをみればいわゆる商業施設の中にあるトイレのように見える。ただ、ビルの外部にもミスター・ルーのバナーが掲げられており、外からでもその存在が分かるので知っていればトイレを目当てに利用する人もいるだろう。とはいえ、最初に訪れた際は単独で設置されているものと思い込んでいたので、バナーが目に入らず周囲を何度もウロウロと探し回ってしまった。
ダンキンドーナツなどのあるフードエリアを抜け、ガチャガチャ(カプセルトイマシン)が並ぶ廊下の突き当りにお目当てのミスター・ルーはあった。入口にはゲートがあり、10バーツをいれると中に入れるようになっている。入口の脇にはスタッフ用の部屋もあり、スタッフが常駐していた。トイレ内部は清掃が行き届いており、日本の公衆トイレよりははるかに綺麗で、清掃が行き届いた百貨店やショッピングモールと同程度だと想像してもらえれば、実際の姿に近いと思う。廊下にはベンチもあり家族やカップルなどで入れば少し待つこともできる。エアコンも設置されていて、涼しいということも快適さに貢献していた。有料なので、利用頻度が気になって少しの間滞在してみたところ、地元の人と思われる人たちがひっきりなしに利用していた。
その次に訪れたのは、ワット・マハタート・ユワラートランサリットという巨大な寺院の裏にある。今回訪れた中で唯一プレミアムタイプのトイレだ。ミスター・ルーには、「プレミアム」と「レギュラー」という2つのタイプのトイレが用意されており、それぞれサービスや金額が異なる。そんなこともあり、てっきり寺院に訪れる観光客目当てのトイレなのかと思っていたが、実際には「Tha Maharaj」(ター・マハラート)という船着き場を改装してできた商業施設の中にあった。中といっても「Tha Maharaj」はいわゆるアウトモールなので、外部から直接アクセスするかたちだ。こちらもチャイナタウンにあったミスター・ルーと同様に入口で10バーツを入れるとゲートが開いて中に入ることができる。内部はチャイナタウンにあったものをほとんど同じ。エントランスの脇には従業員の個室があって清掃も行き届いており、エアコンもあるので非常に快適であった。
最後に訪れたのは、「Tha Maharaj」の対岸にある「Wang Lang Market」(ワンランマーケット)の中にあった。観光客向けというよりも地元の人が訪れる古くからあるマーケットで、マーケットの一部は2階建ての新しい建物の中にあり、その新しい建物の1階と2階の計2か所にミスター・ルーは設置されていた。あいにく1階はちょうどクローズしたところだったので使用することはできなかったが、スタッフが入念に清掃を行っていた。2階は今回訪れた中では最もコンパクトで、料金も7バーツと最も安価であった。写真ではなかなか伝わらないかもしれないが、ここも清掃が行き届いておりとても綺麗だったのが印象に残っている。
ミスター・ルーと有料トイレの違い
ところで、有料のトイレということだけでいえば、本人たちもインタビューで言っているように、アジアを含めこれまでにも存在したし、目新しいものではない。ただ、実際にミスター・ルーを使用してみた感想としては、ミスター・ルーの特色はまずその清潔さにある。各トイレには専門のトレーニングを受けたスタッフが常駐しており、常に清掃を行っている。筆者が訪れたトイレは実際にどこも清掃が行き届いていた。また、スタッフが常駐している事実は、綺麗に使うように促すというユーザー側の心理的な側面に働いている部分もあると思われる。
もうひとつの特色はブランド化しているところだろう。各トイレの外観にはピンクとブルーの大きなロゴが掲げられており、ひと目でミスター・ルーだと分かるようになっている。一度使用してみたことがある人なら、他の場所で見かけた際にも清潔なトイレがあると思って利用する可能性があるし、さらに設置場所が増えていけば、あらかじめサイトでトイレの場所をみつけておいて、旅行中の散策ルートに取り込むかもしれない。
また、バンコクを中心にアジアに目を向けたところも興味深い。その前にまず、バンコクのトイレ事情について少し説明しておこう。バンコクは外食文化が非常に盛んで、マーケットや屋台をはじめ街の様々な場所で食事をしている光景を見かけることができる。そして屋台は非常に安価で下手に自炊するよりも安いほどだ。その一方で、バンコクはミシュランガイドの上位国であり、人気のレストランは数万円でも予約が取れない。
また、バンコクは現在空前のカフェブームでもある。ちょうど前回バンコクに取材に行ったのが2020年の1月でパンデミックが拡がり始める前だったのだか、その際には、バンコクは気温と湿度が高く、街歩きをするのはあまり向いていないので、駅直結のショッピングモールが都心部に競うように建てられていると書いてしまっていた。それは一方で事実なのだが、ちょうどその頃からチャイナタウンなどの旧市街には若い世代による斬新な店舗が徐々にでき始め、インスタグラムや口コミで拡がっていたようだ。今回、現地のチュラロンコン大学で教えている建築家の中村航さんに案内してもらい、チャイナタウンを回ってみたところ、古い街の中の様々な場所に、既存の建物をリノベーションしたお洒落なカフェやスイーツを売る店が続々とオープンしており、人気店は連日のように行列ができていた。
このように、バンコクには一方で高級レストランやショッピングモールがあり、そこではもちろん清潔なトイレが存在する。その一方で屋台やリノベーションしたカフェが街の中には無数に存在し、それらの中にはトイレがそもそもないものもあるし、あったとしても、どうしても古い建物をリノベーションしているので高級レストランやショッピングモールと同じサービスと受けることは難しい。そして、そのどちらにも観光客は訪れるし、地元の人もまた、どちらも利用するのだ。
「観光客と地元民」、「ショッピングモールと屋台」、それらふたつの間にミスター・ルーは存在しているのだと思えば、確かにアジアでこれから反映するサービスなのかもしれない。また、現在「ミスター」という名前は不適切な部分はあるとのことで、記事によると新しい名前が発表させる予定だという。今後、彼らが目指しているように、ミスター・ルーがスターバックスのような国際的に認められるブランドになるのかどうか、注目していきたい。
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公開日:2024年12月24日