海外トイレ取材 2

消えたパブリック・トイレのゆくえ

浅子佳英(建築家、タカバンスタジオ)

今回はニューヨークにおけるパブリック・トイレについてのレポートである。
ただ、結論から先に言うと、マンハッタンにはほぼパブリック・トイレがない。日本のような無料の公衆トイレはもとより、ヨーロッパの路上にあるような有料のものも含めて、道路にも、公園にも、駅にさえもパブリック・トイレはほぼ存在しない。ともかく、街を歩いていてもトイレが見つからないのである。以前は地下鉄にはトイレがあったようなのだが(個人的にもそう記憶している)2001年のアメリカ同時多発テロ事件以降、セキュリティやテロ対策もあって撤去されたようだ。

例えば、廃線となった鉄道の高架を転用してつくられた、話題のハイライン自体にもトイレはない。といっても、トイレがまったく使えないわけではなく、16th Streetにあるハイラインに隣接するビルと、ハイラインの最南部に建つホイットニー美術館の中の2カ所に、ハイラインに面するかたちでトイレがあり、それらの建物のトイレを半ば拝借するカタチになっている。ただ、面白いのは、それらの建物はトイレだけをハイラインに半ば貸し出しているだけで、建物とハイラインは完全に切れていることだ。

ハイラインは基本的に建物への接続を許容していない。ハイラインに隣接する建物も高架のレベルからは直接入ることはできず、一旦階段でグラウンドレベルに降りないとアクセスできない。回りくどい言い方になってしまったが、要は公園からは直接入れないので、一旦公園から出て道路から入ることになる。一見、閉鎖的なようで、このルールは現状のハイラインの雰囲気を維持するためにはとても重要である。商業的な施設や、特定の企業のオフィスが直接面していると、公園が商業施設的な場所や特定のブランディングのための場所に変容してしまうことは容易に想像できるからだ。幅の狭いこの公園では、特にその影響が強く出てしまうだろう。

そして、このことはセキュリティとも関連している。ハイラインは公園とはいっても24時間開放された場所ではない。道路からは閉ざされた空中にある公園だということもあって、夜間は施錠されて入れなくなる。公園が24時間開放されているべきかどうかは、渋谷の宮下公園でも問題になったが、どの辺りで線を引くのが妥当なのかということに関しては、議論があるところだろう。しかしながら、安全で、快適な場所を提供するという目的に立った場合、そして現実的に可能な方法を考えた場合、夜間閉鎖自体は、個人的にはそこまで悪くない方法ではないかとも思う。路上生活者たちを排除するのは人権的に問題だということは一方では理解できるものの、安全で清潔だからこそ行くという人も少なくないだろうからだ。

もうひとつ、ハイラインで重要だと思われるのが、本当にたくさんの人々がこの場所を維持するために労苦を惜しまずに動いていることである。早朝6時過ぎに行ってみたが、水を撒く人、清掃をする人、植物のメインテナンスをする人など、数多くの人々が働いていた。ボランティアも多いとのことで、まさに、公園を育てるようにして運用している。

日中のハイライン
鎖状されたハイライン
植栽を管理するスタッフ

日中のハイラインと施錠されたハイライン。植栽を管理するスタッフ。

ところで、東京と比べ、逆に目立ったのがゴミ箱である。地下鉄の構内にも、ハイラインにも、公園にも、路上にもゴミ箱は存在する。逆に東京では、地下鉄サリン事件以降、街中でゴミ箱を見かけることはほぼなくなった。現在街中で捨てられる場所はそれこそコンビニぐらいだろう。一口に安全と公共と言っても、その対策に答えがあるわけではなく、どちらの街も過去に起きた事件に対応している。ここからわかることは、未来に起こるかもしれない事件に対して対応するのがいかに難しいかということだろう。

ニューヨークの路上のゴミ箱

ハイラインに置かれたゴミ箱。

また、最初に書いたように、基本的にマンハッタン内の地下鉄の駅にはトイレがないのだが、唯一見つけたのが、ワールドトレードセンター駅の中にあるパブリック・トイレである。しかし、このトイレが幾重にも捻れており、パブリック・トイレのあり方について改めて考えさせられた。

ワールドトレードセンター駅はいうまでもなく、アメリカ同時多発テロ事件によって崩壊したツインタワー(ワールドトレードセンター・ビル)に隣接する駅であり、駅舎自体もこの影響で機能不全に陥ったために、大規模な再建工事のうえ、2016年にオープンしたものだ。設計は表現的な構造を用いることで有名なスペイン人建築家のサンティアゴ・カラトラバ。駅舎のデザインは、白亜の宮殿、もしくはカテドラルといった雰囲気で、いつものカラトラバのデザインだといえばそれまでだが、非常に美しいとは思うものの、近年の日本の地味な建築に慣らされた目からすると驚かされる。基本的に機能はすべて地下に埋まっているので、上部の翼のような部分は、いわば巨大なトップライトなのだからなおさらだ。

また、駅内部にはいわばJRの駅ビルにあるルミネのような存在のショッピングモールが備え付けられているだけでなく、傍らには、ワールドトレードセンターの建っていた場所に穴を掘ってつくられた慰霊碑がある。一方で白亜の宮殿のようなショッピングモールがあり、他方でそこに隣接するかたちで静かで黒く巨大な穴=鎮魂のための慰霊碑がある。まずこの時点で捻れていると言えるだろう。

ワールドトレードセンター駅構内
ワールドトレードセンター駅と旧ワールドトレードセンター跡地に建設された慰霊碑

ワールドトレードセンター駅構内(左)。ワールドトレードセンター駅と旧ワールドトレードセンター跡地に建設された慰霊碑(右)。

そして、トイレはこのショッピングモールの中にある。メインの吹抜けから少し入った場所に、共用廊下からはガラスで区切られた細い通路が見える。トイレ自体はこのガラス張りの廊下に面していて、男女それぞれのブースへの入り口となるドアと、みんなのトイレへの入り口のドアが計3枚ついている。廊下を共用廊下に面してガラス張りにしているのは、セキュリティのためだろう。しかし驚いたのは、この細い廊下に迷彩柄の軍服を着た男性が2人(見た目から察するに軍の人間だろう)、機関銃を手に立っていたことだ。これもセキュリティもしくはテロ対策であろうことは容易に想像がつく。

鎮魂のための場所は用意しなければならない。ただ、そうであるからこそ集まってくる観光客のための商業的な場所も確保しなければならない。また、悲劇的な事件が起こった場所なのだからセキュリティに対してはより過敏になる。ただ、だからこそやはり集まってくる観光客のためにトイレは必用である。ワールドトレードセンター駅は、安全でありながらオープンな場所を用意するということの困難と捻れが凝縮されているように思えた場所であった。

ワールドトレードセンター駅ショッピングモール内のトイレ
ワールドトレードセンター駅ショッピングモール内のトイレ

ワールドトレードセンター駅ショッピングモール内のトイレ。迷彩服を着た男性が立つ。

しかしながら、ここまでパブリック・トイレが街中に存在しないとなると、心配になって皆どうしているのかと何人かに聞いてみたところ、誰もが口を揃えて「困った時はスターバックスに行く」と言っていた。たしかに、そういう目で改めて街を見てみると、マンハッタンには異様な数のスターバックスがある。それこそ場所によっては1ブロックごとに現われるような状態で、これらがすべてパブリック・トイレでもあると思えば、街中にはすでに十分な数のパブリック・トイレが存在していることになる。ただ、スターバックスも完全にパブリックかというとそうではなく、基本的にトイレには鍵がかかっており、そこでコーヒーを買った人だけしか使用することはできない。やり方はこうだ。レジで注文する際に、トレイを使用したい旨を伝えると、レシートに数桁の番号(パスコード)をスタンプしてくれる。トイレのドアにはそれぞれ番号式の鍵がかかったおり、レシートに印字された番号を入力してようやくトイレとご対面となる。これもまさにセキュリティとパブリックのせめぎ合いのなかでのひとつの回答であろう。

マンハッタンに点在するスターバックス
トイレの使い方を示す貼り紙
トイレの使い方を示す貼り紙

マンハッタンに点在するスターバックスとトイレの使い方を示す貼り紙。

これらから推察できるひとつの仮説としては、都市部ではいわゆる、古くからイメージされている公衆トイレ=パブリック・トイレは消えていくのではないか。マンハッタンではスターバックス、東京ではコンビニのように民間のサービスのなかに溶け込むようなかたちになるのではないだろうか。ただ、地方ではそれほど多数の民間サービスが用意されているわけではないので、一口にパブリック・トイレといっても、都市部と地方では別個の動きをしていくことになるだろう。

そして、今後の都市を考えるうえで安全と公共の問題は、グローバリズムが進行し、観光客が増加している現在の世界の状況を考えると、ますます重要になってくるだろう。パブリック・トイレにはまさにこの問題が凝縮している。現在研究すべきテーマだと改めて思った次第である。

最後に余談だが、トランジットで立ち寄ったポートランド(オレゴン州)の話で終わりにしたい。なぜなら、ここにも安全と公共に関連する重要なことが表われているように感じたからである。それは寛容性についての問題である。

先程も述べたように、ポートランドにはトランジットの時間(夜中の12時から昼の10時まで)のわずか10時間だけの滞在であった。しかも、ポートランドは基本的に朝方の街なので、夜中に空いている店はほぼない。閉店の2時まで飲んだあとは、折角なので街中を延々と歩くことした。コンパクトな街なので、歩いてもなんとか見て回れるのだ。ただ、実際に歩いて見た街は写真や記事で見た印象とは随分と異なったものであった。

パールディストリクトといわれる場所は、公園や歩道も整備され、LRT(軽量軌道交通)も走り、古い工場などをリノベーションした建物がある一方で、新しいコンドミニアムもあり、たしかにとてもいいバランスで街がつくられているのがわかる。いや、正確には街を育てていると言うほうが正確だろう。ここが住みたい街に選ばれるのは理解できる。しかしながら、このエリアを少し離れると、とりたててなんの特徴もない、地方の、もしくは郊外の街が現われる。そして驚いたのが、そこにいる路上生活者の多さである。道路にテントをはっている人はいるし、店の軒下も格好の睡眠場所になっていた。しかしながら難しいのは、この状況をいいとも悪いとも言えないと思ったことである(今回は観光客の出歩かない夜中にだけ歩いたので、かなり偏った見方ではあるだろうが)。

ポートランド、パールディストリクトの路上生活者

ポートランド、パールディストリクト近辺で野宿する人々。(以上、筆者撮影)

見た目で判断することに問題があるということを括弧に入れて書くが、ポートランドではいわゆるゲイやレズビアンの人を多く見かけた。それこそ、ボーイ・ジョージのような風貌の男性や、スキンヘッドでボンテージ・ファッションに身を包んだ女性など、ニューヨークでもそうそう会わないような人を数多く見た。そして、このことと先程の路上生活者たちの存在は、街が寛容であるということと無関係ではないだろうと感じたのだ。わずか半日程度の滞在ではあったが、夜中に飲んでいても、朝方コーヒーを飲んでいても店員もお客さんも気軽に話しかけてくる。街に寛容な雰囲気があるのだろうなということは、ひしひしと感じた。

ハイラインのように閉めてしまえば、たしかに路上生活者がそこで寝ることはない。ただ、それは少なくとも彼らにとって寛容であるとは言いがたいだろう。安全と公共に加え、寛容性までをも両立させるにはどうすればいいのか。パブリック・トイレが民間のサービスに溶けてしまった時、路上生活者たちはどこでトイレを使用すればいいのか。その意味でトイレの問題は寛容性とも深く関わっているだろう。

浅子佳英(あさこ・よしひで)

1972年生まれ。建築家、デザイナー。2010年、東浩紀とともにコンテクスチュアズ設立、2012年退社。作品=《gray》(2015)、「八戸市新美術館設計案」(共同設計=西澤徹夫)ほか。著書=『TOKYOインテリアツアー』(共著、LIXIL出版、2016)、『B面がA面にかわるとき[増補版]』(共著、鹿島出版会、2016)ほか。