海外トイレ事情 9

インドネシア、ジャカルタ ── 成長する社会を支えるパブリック・トイレ

穴水宏明(東京大学大学院修士課程)

2017年夏、調査の付き添いでジャカルタに初めて降り立った。スカルノ・ハッタ国際空港からブルーバードタクシーに乗り、ホテルに向かう。その途中の風景は、幾度も僕の興味を惹いた。空港は市街地からさほど離れておらず、すぐに都心部に入る。まず目につくのは、熱帯の生き生きした緑環境である。次に掘建小屋のような住居群、遠くに点在して建っている高層マンション、そして緑色のモスクのドームにミナレット。これらの風景は徐々に変わるのではなく、モザイクのように混在している。ジャカルタはまだ日本の大都市のように均質ではなく、多様な環境が混在している都市なのである。

タクシーから見たジャカルタの風景

タクシーから見たジャカルタの風景。

タクシーからの風景からわかるように、ジャカルタはまだ成長途中である。こうした都市風景の背景は、おそらく次のようなものだろう。1946年の独立後、ジャカルタの人口は急激に増加する。植民地時代からジャカルタに住んでいたバタウィ(インドネシア人)たちは、カンポンと呼ばれる都市集落を形成した。また、出稼ぎのためにジャカルタに移り住んできた人たちも、畑の土地を開拓し、そこでもカンポンが生まれた。その後、カンポン内は人口の流入とともに人口密度を増していき、スラム的都市問題を抱えるようになる。そして、高層マンション群は、裕福な華僑らの開発による。街のいたる所にあるモスクは、インドネシアがイスラム教国家であり、その文化に関係する。人口の87.21%(2013年、宗教省統計)がイスラム教徒である。夕暮れ時に外を歩いていると、どこからも聞こえてくる歌のような祈りの声が、そのことを思い出させてくれる。

カンポンの様子
カンポンの様子

カンポンの様子。

MCKとモスクのトイレ

この都市の中で、今回紹介するトイレは主に2つある。1つめは、上に述べたカンポン内にある、衛生環境改善のために計画されたトイレ、MCK。2つめは、モスク内のトイレである。
1960年後半から、人口増加による衛生環境の悪化に対して、KIP(Kampong Improvement Program)によるカンポン改善計画が行なわれている。計画のひとつであるMCKと呼ばれる共同水場が、今回取り上げるパブリック・トイレだ。Mは沐浴(Mandi)、Cは洗濯(Cuci)、Kはトイレ(Kakus)を意味している。その他の計画は、道路や側溝の整備など、住民たちによって公共的に使われるものを対象としている。これらは住民主体で運営されるため、政府からの介入は最小限で行なわれる。つまりサステイナブルな計画として注目できる。実際に、KIPは1974─88年にかけて世界銀行により支援され、1980年にアガ・カーン建築賞が与えられるなど、大きな評価を受けている。

岡部明子研究室によるMCKとレンタルスペースの複合の提案

岡部明子研究室によるMCKとレンタルスペースを複合する提案。

MCKが使われている様子
MCKが使われている様子

MCKが使われている様子。

中心地の近くに位置するチキニ地区のカンポンには、このようなMCKがいくつか集落内に存在している。上の写真は東京大学(竣工当時は千葉大学)岡部明子研究室によるMCKとレンタルスペースを複合する提案である★1。MCKの周りには実際に洗濯物が干され、外で遊ぶ子どもたちがかわるがわるここで用を足し、女性が料理に使うであろう容器を洗いにくる。このような共同水場が必要となる理由は、多くの家にトイレがないからだと言う。そして、この運営がうまくいっているのは、ムスリム社会に根ざしたゴトンヨロン(相互扶助)の精神のためであると言われている。僕はこれをイスラム的公共性と訳してみた。ここでの公共とは、多くの人に支えられ、またその場所が周辺の人たちを支えている、空間と人間が支え合う関係だ。MCKはそのようなイスラム的公共性の現われであろう。

次にモスク内のトイレである。僕が訪れたのは、独立後のコンペティションによって計画された、F・シラバン設計の《Instiqlal Mosque》(1978)である。ジャカルタ近代建築のなかでも、群を抜いて質の高い建物である。首都に建つモスクということで、多くの寄付がなされて、このような素晴らしい建築が建てられたと想像する。

F.シラバン《Instiqlal Mosque》(1978)

《Instiqlal Mosque》

《Instiqlal Mosque》礼拝堂の内観

《Instiqlal Mosque》内観。

夕方6時になり礼拝の時間が近づくと、大勢の信者が礼拝の用意に集まりだす。僕もこっそりとそのなかに混ざって観察することにした。実際にここで用を足し、足を洗い、祈りの場に向かう。モスクの平面は、礼拝のために計画されている。体を洗う場と排便をする場、小便のための部屋、足を洗う場、これらが隣合って計画されている。イスラム教の教義上、トイレの存在は重要である。モスクのトイレもまた人々を支えている空間でありパブリック・トイレと言っていいのではないだろうか。僕はここにもまた、イスラム的公共性がある気がした。

モスク内のトイレ

モスク内のトイレ。

足の洗い場

足の洗い場。(以上、筆者撮影)

今回、トイレの経験を通して、私たちにとって親しみのある欧米諸国の都市とは異なる公共性があると感じた。今はイスラム教文化がその理由ではないかと考えているが、まだ定かではない。しかし、このイスラム的公共性は、間違いなく成長を続ける彼らの社会を支えている。新たな都市の公共性へのアイデアは、このような国から出てくるかもしれない。インドネシアのこれからに期待したい。


★1──詳しい計画については、村松伸+岡部明子+林憲吾+雨宮知彦編『メガシティ6──高密度化するメガシティ』(東京大学出版会、2017)を参照されたい。

穴水宏明(あなみず・ひろあき)

1993年、千葉県生まれ。千葉大学岡田哲史研究室卒業。現在、東京大学大学院村松伸研究室所属。