海外トイレ事情 11

スイス、チューリッヒ ── パブリック・エレメントに見る要素の再構成・統合

伊藤維(建築家、tamotsu ito architecture office)

チューリッヒの街並み

チューリッヒの街並み。

チューリッヒには2年前に旅行で数日訪れたことがあるが、その時は「なんて隅々までデザインや手入れの行き届いた綺麗な街なんだろう」という漠然とした印象とともに、次の行き先に向かった覚えがある。先月いきなりチューリッヒに越してきて、にわか生活者の目線で街を歩いてみているが、上記の印象はより一層強くなった。そんな第一印象がまだ残る眼差しで、パブリック・トイレをはじめとしたチューリッヒの公共空間を改めて眺めてみると、そのデザインにおいて新鮮な発見がいくつかあり、楽しかった。

兼ねるデザイン──多機能もしくは統合

チューリッヒ市街地の公共空間には視覚的な要素が少ない。サインや信号が少ないことに加えて、どうやらさまざまなオブジェクトが統合されて存在しているようである。この街の人は、スイス・アーミーナイフのように複数のものを組み合わせてひとつのオブジェクトにしてしまうのが得意らしい。街にあふれるアノニマスなパブリック・エレメントは、そんな工夫に溢れている。

トラム停留所のベンチ

トラム停留所のベンチは、停留所の屋根を支える支柱と(日本のそれよりも)しばしば一体となっている。チューリッヒは坂の多い街で、斜面地への対応を考えると、一般的なベンチを置くために基礎を段違いにするよりも、取付け高さを変えて対応できるこの方法がより一層発達したのかもしれない。

灰皿スタンド

喫煙者の多いスイスだが、街でよく見る灰皿スタンドはゴミ箱と2段式になったステンレス製で、2つの投入口の形状に統一感がある(そしておそらく上に缶瓶やクズが放置されないよう頂部が斜めになっている)。

工事現場の鉄製ポール
工事現場の鉄製ポール

工事現場で多用されている仮設の鉄製ポールは、木製のバーや工事灯等との組み合わせによって、地下ガス工事のサインにも、工事フェンスにも、おそらく手すりにも使える。

Paradeplatzのトラム停留所

20世紀前半からある独特の建築タイポロジーとして、キオスクやその他の機能とトラム停留所の屋根が一体となった美しい建築物が街路の中心に据えられている。Paradeplatzのトラム停留所では、キャンティレバーの屋根を支える構造が機能をもった空間を兼ねている。

チューリッヒのパブリック・トイレを実際に見に行ってみると、これもほかの何かと組み合わされていることが多い。Paradeplatzにあるトラム停留所には、じつは地下に管理人常駐の有料公衆トイレが埋め込まれている(2003年に改修された際にインテグレートされたようである)。 ほかにも、河辺のレストランの地下部分にさりげなくトイレが組み込まれていたり、また坂の多いチューリッヒらしく、擁壁と一体になっているトイレも見られた。
これらのトイレは驚くほどにサインが控えめである。しかしトラムのベンチ・キオスクのすぐ隣であったり、レストランのすぐ脇に入り口があったりと、「トイレそのものとしては目立たないが、目立つ都市の構築物と一緒にある」という、パブリック・トイレそのものを目立たせるのとは異なった戦略でトイレの視認性が獲得されている。

地下にパブリック・トイレが埋め込まれたParadeplatzのトラム停留所

地下にパブリック・トイレが埋め込まれたParadeplatzのトラム停留所。

擁壁と一体となったパブリック・トイレ

擁壁と一体となったパブリック・トイレ。

パブリック・トイレ標準仕様──要素の再構成

以上のような統合を得意とするチューリッヒの人たちが編み出した極め付けが、行政で定められ実際に数多く導入されている現在のパブリック・トイレ・ユニットの標準設計仕様である。長年にわたるパブリック・トイレ管理の経験と、市民からの声をすくい上げて、約10年の歳月をかけて現在の仕様が決められたようだが、その清潔さに対する徹底した合理性と、既存のトイレ像に捉われないデザインには、目を見張るものがある。
見た目はいわゆる日本の公衆トイレよりも飛行機か電車のトイレに近い。壁と一体成型されたステンレス製の便器をはじめ、水道、照明、紙巻器や手洗い器などがコンパクトに統合されていて、トイレに必要な要素すべてをひとつのプロダクトとしてデザイン・生産している。カプセルのようにユニットごとの交換・更新が可能であることも標準仕様に明記されている。
このトイレ・ユニットは男女兼用で、便器が便座よりも大きくゆったりしている。普通の男性用小便器よりも大きな器になっており、便座を上げた状態だと立って用を足しやすい。また、汚れの溜まりそうな入り隅を避けるようなデザインになっている。手洗い用の水はなんと壁の横についた蛇口から流れて、便器の中に水が吸い込まれる仕組み。つまり排水口は手洗いと便器とで一緒であり、排水管工事が一本で済むという合理性。もちろん洗浄ボタンを押して水を流すこともできるが、便座がスプリング式になっていて、立ち上がって便座が上がった時に自動で水が流れる。また、ドアを解錠した時にも水が流れる。こうしておけば、考えうるほとんどのケースで排泄物・トイレットペーパーを流せることになる。
おそらく、日本人の多くは便器と同じボウルに向かって手を洗うことに抵抗感を示すだろう。また、男女兼用への抵抗も含めて、このようなユニットをそのまま日本で用いるのは難しいかもしれない。しかしこのトイレを知ることで、いかに自分が「便器」「手洗い」「トイレブース」「紙巻器」「ハンドドライヤー」といった諸要素を疑うことなく、パブリック・トイレの設計について考えていたかに気付かされた。ある意味でブラックボックスになっているそれら諸要素の仕組みを理解して、分解・再構成してみると、まだまださまざまなデザインの可能性があるのだと感じた。

チューリッヒ標準仕様のパブリック・・トイレ・ユニット

チューリッヒ標準仕様のパブリック・トイレ・ユニット。ハンドドライヤーの温風も壁から出る。金網の床の下にステンレス製のトレイが設けられていて、足が汚れにくい。

チューリッヒ標準仕様のパブリック・トイレ・ユニットのスケッチ

チューリッヒ標準仕様のパブリック・トイレ・ユニットのスケッチ。(筆者作成)

市行政・市民の意識

そしてこの標準設計仕様が、チューリッヒ市の都市計画・建築計画部署の主導で検討・推進・策定されたという事実に、行政そして市民のデザイン・リテラシーの高さを痛感させられる。また運営面でも、市は第3セクター組織である「ZüriWC」にパブリック・トイレの管理を委託し、市内107カ所のトイレを1日に2回清掃させ、清潔なトイレ環境を維持している。予算としては、管理・メンテナンス・建設を合計して毎年約900万スイスフランを計上している。

チューリッヒのパブリック・トイレのあり方は、設計・デザインにおける「整理し、再構成すること」の大切さを改めて気づかせてくれる。そしてそれは誰かの突飛な思いつきではなく、市民とも行政とも共有可能な思考の積み重ねの賜物なのである。トイレの単位空間ひとつを取っても、少し立ち止まって、エレメントや行為の組み合わせについて再考する可能性もあると示してくれるし、大きなスケールで見ても、より多様で柔軟なパブリック・トイレの佇まい、ひいてはちょっとしたアイデアを積み重ねたより爽やかなパブリック・スペースのあり方に示唆を与えてくれるように思う。

チューリッヒのパブリック・トイレのロゴ

チューリッヒのパブリック・トイレのロゴ。(以上、筆者撮影)

伊藤維(いとう・たもつ)

1985年、岐阜県生まれ。建築家。東京大学建築学科卒業後、藤村龍至建築設計事務所(現RFA)、シーラカンスK&H勤務を経て、2013年に独立。2016年Harvard GSD MArch Ⅱ修了。2017年Columbia GSAPP特任助教。2017年8月よりETH ZurichにてStudio Bow-Wow助手。主なプロジェクト=《FLAT C》(2014)、《Community Art Center in Long Island》(2014)、《HOUSE KG》(2018予定) ほか。