海外トイレ事情 15

イギリス、ロンドン ── 最上級のパブリック・トイレ・ガイド

池田茉里(インテリア・デザイン、G.A Design International勤務)

ロンドンに拠点を移して4年、ホテルのインテリア・デザインの仕事に関わりながら、これまで市内の多くのホテルを見学してきた。
東京と比較すると、ロンドンの都市中心部は小さい。しかしそのなかに100年以上の歴史を持つ世界的老舗ホテルから、新しいスタイルを模索しようとしているデザイン・ホテルまで、さまざまな顔が揃っている。
パブリック・トイレを「不特定多数の人が利用できるトイレ」と定義すると、ラグジュアリー・ホテル内のトイレは最上級のパブリック・トイレと言えるのではないだろうか。あらためて考えてみると、そうした場所は用を足す目的のみでなく、晴れやかな場から一歩距離をおいて一息つける付加価値のある空間になっているものが多い。
そこで今回は、ロンドンにおける「最上級のパブリック・トイレ・ガイド」と称して、事例を交えながらご紹介していきたい。

The Savoy(1889年オープン)

ロンドンを代表する老舗のホテルのひとつ。2010年に大改修を終えたこのホテルのトイレは、今回訪れたなかでも群を抜く広さだ。ドアを開けると、まず化粧テーブルが2台用意されたヴァニティ・エリアに入る。その隣がかなり贅沢にスペースを確保した洗面室であり、壁1面につき3台ずつ計6台の洗面器と、カウチが配置されている。そして緩衝空間としての機能を果たす絵画の飾られている小部屋を通り抜け、ようやくトイレ個室にたどり着く。

鏡に映った反対側のカウンターまでの距離から部屋の広さが伺える

鏡に映った反対側のカウンターまでの距離から部屋の広さが伺える。

それぞれ絵画が飾られているトイレ個室

それぞれ絵画が飾られているトイレ個室。

The Ritz London(1906年オープン)

Savoyと並んで100年以上の歴史を持つこのホテルのトイレは、女性用はトイレへと繋がるカーペット敷きの専用階段を下りていった先にある。大理石のカウンターを含め全体がピンクでまとめられ、ソファ・コーナーには、新聞や、ミネラルウォーターのボトルとグラスも設えられている。多少の古さは感じるが清潔に保たれた空間は、ロビーエリアのクラシックな雰囲気を引き継ぎつつ、非常にフェミニンな空間になっている。

鏡張りのソファ・コーナー

鏡張りのソファ・コーナー。

ピンク色でまとめられたヴァニティ・エリア

ピンク色でまとめられたヴァニティ・エリア。

Bulgari Hotel, London(2012年オープン)

高級ジュエリーブランドが手がけるホテルは、漆黒のカラースキームと香りの演出が、ロビーから地下のトイレ内まで続く。洗面台は手洗い器も含めて床壁材と同じ黒御影石でシームレスにつくられている。ダウンライトは少なく照度は高くないが、鏡にデザインされた照明パネルが必要な明るさを効果的に補う。

メタルメッシュのガラスパーティション(手前)と黒御影の洗面台エリア

メタルメッシュのガラスパーティション(手前)と黒御影の洗面台エリア。

ME London(2013年オープン)

同じ黒をメインカラーとしたトイレでも、こちらはダウンライトが多く明るい室内とラッカーパネルとのコンビネーションである。ノーマン・フォスター率いるFoster+Partnerが建物からインテリアまで設計を手がけたホテルだ。洗面台は一体成型で傾斜をかけてつくられていて、正面パネルとのわずかな隙間のスリットに水が落ちていくようにデザインされている。

ブラック&ホワイトでまとめられ、洗面台は宙に浮いたように見える

ブラック&ホワイトでまとめられ、洗面台は宙に浮いたように見える。

Mondrian London(2014年オープン)

テムズ川に面したサウスバンクにトム・ディクソンがデザインしたホテルである。1920年代の客船をインテリア・コンセプトにしているそうで、デザインにもコールテン鋼の壁面や船の窓を模した丸いのぞき穴などのユニークな要素が随所に伺える。

トイレへの入り口。

トイレへの入り口。

化粧カウンターと個室トイレへ続くコーナー

化粧カウンターと個室トイレへ続くコーナー。

The Mandrake Hotel(2017年オープン)

オープンして間もないブティックホテル。地下1階にあるトイレは主にホテルのレストラン・バー利用者用なので「パブリック」とは言いがたいが、デザインが特徴的だったのでご紹介する。トイレの扉を開けると、まずは化粧カウンターとソファを備える男女兼用の洗面室。天井から真鍮のセンサー式水栓と照明が吊るされ、オブジェのようになっている。床パターンの石は、黒と白が交じり合うようになっていて、黒側に男性用トイレの入り口、白側に女性用トイレの入り口が対角線上に配置されている。

照明と水栓は同じデザイン

照明と水栓は同じデザイン。

男性用トイレ内は仕上げがすべて黒(女性用はすべて白)

男性用トイレ内は仕上げがすべて黒(女性用はすべて白)。

Nobu Hotel Shoreditch(2017年オープン)

高級日本食レストランが展開するホテル。トイレはレストラン階にあるので宿泊客以外も多く訪れるため、コマーシャル要素が強い。木パネルがアーチ状に並び、両側にすべて男女共用の個室トイレが連なる。個室内にはそれぞれ「和」が意識されたであろう釉薬仕上げ風の洗面台が設置されている。

扉には男女共用のサインが施されている

扉には男女共用のサインが施されている。

ホテルのインテリア・デザインというと、客室やメインのファシリティに目が行きがちだが、こうしてトイレのみに注目してまとめてみても、それぞれのブランドのキャラクターが見えてきて面白い。
トイレ個室内をほとんど紹介しなかったのは、デザインの観点からは特徴的なものが少なかったからである。五つ星ホテルと言えども、サニタリーボックスは市販のプラスチック製のものが片隅に置かれているのみで正直興ざめしてしまう。また、今回訪れたどのホテルでも温水洗浄機能付トイレを採用しているものはなかったのも日本との大きな違いだと思う。

一方でトイレ個室外では、ロビーエリアからのコンセプトを引き継ぎつつもそれぞれ特徴をもたせている。空間に余裕のあるトイレでは、洗面台、個室トイレという必要機能のほかに、ヴァニティ・エリアや、ソファを配したコーナーを設けたりしている。ホテルのパブリック・トイレはいわゆる一般のトイレとは少し異なる状況下ではあるが、デザイン、居心地、ホスピタリティなど、学べる部分は多そうだ。また、女性用、男性用ときちんと線引きしたものから、それらがゆるやかに交わっていくものまで、これからのデザインやレイアウトの可能性についても探っていく余地がありそうである。

今回ご紹介できたのはほんの一例ではあるが、気になったトイレがあれば是非ロンドンを訪れた際に足を運んでいただけたらと思う。

池田茉里(いけだ・まり)

神奈川県出身。一級建築士、インテリアデザイナー。2008年東京藝術大学建築科卒業、2010年同大学大学院デザイン科修了。株式会社イリア勤務後、2013年渡英。G.A Design Internationalにてジョブキャプテンを務める。