国内トイレ・サーベイ 1

21世紀のトイレを考えるリサーチ

ツバメアーキテクツ(建築家ユニット)

住まいの設計≒トイレの設計?

今、人間の住まいを設計することは、ほとんど水回りの設計をすることなのではないだろうか。例えば、集合住宅の設計などをしていても、極論すれば、躯体と水回りの配置を検討しているだけとも言えなくもない。インターネットは無線だし、照明の配線も自由にレイアウトできる。スピーカーはスマホからBluetoothで鳴らす、なんてことも当たり前になってきている。内装の壁は数年後にはリノベーションされ、移動されるかもしれない。50年後に残るのは躯体と排水の水勾配に拘束される水回りの配置だけかもしれない。
そして、水回りのなかでもキッチンは、オープン・キッチン、アイランド・キッチンなんていう方法で居室のなかへと領域を拡大しつつある。一方、オープン・トイレ、アイランド・トイレなんてものは、ない。近代化した住まいのなかで、トイレだけが尾骶骨のように残っている。トイレに対する設計者としての実感を大袈裟に書けば、このようになるだろうか。

この気づきは、地球の裏側、南米チリの設計事務所エレメンタルで働いていた時だった。スラム復興のためのソーシャル・ハウジングを得意とする事務所である。この事務所が得意とする手法は、最初に住まいの半分(躯体とインフラ)だけをつくり、残り半分は住民がセルフビルドで拡張するというものだ。もともとDIYが得意な住人であるからなせる技である。イニシャルコストの倍の社会的インパクトを導く画期的な建築の提案である。もちろんこういった問題の組み立て方自体に目を奪われがちであるが、ここでも設計の要は、躯体の配置と水回りをどう引くかと言える。

Social Housing in Quinta Monroy Social

Social Housing in Quinta Monroy Social by ELEMENTAL
(筆者撮影)

そういった視点で日本の集合住宅や南米のソーシャル・ハウジングを比較すると、「世界中どこだって住まいの設計≒トイレの設計?」などという問いかけは、あながち間違っていないと思えてくる。

一方、建築メディアにおけるトイレのイシューはどのようなものがあるだろうか。そのほとんどがジェンダーや外国人利用者についてなど、“社会”空間における問題を扱っている。それらはもちろん非常に重要な問題だが、上述した物理的な条件としてのトイレの可能性や、プロダクトとしてのトイレの進化に切り込むイシューは意外に少ないように思える。

では、21世紀のトイレのゆくえを考えるためにどのようなテーマがありえるか、ここではまずトイレの系譜を追っていくことにする。

トイレの系譜

日本において、人々は最初川で用を足していた。貝塚の近く、川が流れていたとされるエリアから糞石が出土したことからこのように推測されている。奈良時代にこの習慣が建築化したものが「厠(カワヤ)」である。川で便をするための小屋がカワヤとなった。
また平安時代には、貴族が住む寝殿造りの家のなかには、場所に固定されたトイレはなかった。「樋箱」というオマルがあり、使用人が屎尿をゴミとして都度外に捨てていた。
鎌倉時代、幕府が米と麦の二毛作を奨励してから、屎尿は貴重な肥料として江戸時代に至るまで売買されるようになり、都市と農村のあいだにネットワークができあがった。この時用いられていたのは、ポットン便所と呼ばれる屎尿を溜めるトイレである。
明治時代になると腰掛け式の洋風トイレがつくられるようになり、陶器の便器をつくる国産メーカーも現われた。また、1923年の関東大震災以降、衛生陶器の需要が高まるなかで産業化が始まると同時に、都市における下水道の整備のため、陶管(土管)などの建設用陶器の生産が本格化した。この頃になると、化学肥料も普及し、屎尿は肥料として使われなくなり、海へ捨てられるようになった。
そして第二次世界大戦以降、都市部への人口集中が進むとともに下水道の整備が進み、今日ではトイレは配管され屎尿は汚水として処理されるものとなった★1。

伊奈製陶株式会社による数々の建設用陶器

伊奈製陶株式会社による数々の建設用陶器。
提供=株式会社LIXIL

21世紀のトイレを考える転回点

都市空間におけるトイレの歴史は、トイレが配管されていく歴史と読み替えることができる。都市に住む大量の人間の大量の屎尿を、確実に清潔に処理するためにトイレが配管されてきた歴史である。つまりその過程で、配管される以外のトイレタイプは、普段のわれわれの生活からはほとんど姿を消していった。
この歴史を系譜的に捉え直すことで、消えていったトイレのタイプをこれからのトイレの進化のために呼び戻すことはできないだろうか。例えば、貴族のオマルのようなあり方をモバイル・トイレとして呼び戻す。ポットン便所にみられた肥料としての屎尿利用をコンポスト・トイレとして呼び戻す。もちろんモバイル・トイレやコンポスト・トイレのなかには特殊な用途に向けて独自の進化を遂げているものもある。そういったことも考慮しつつ、試しに以下のようにテーマを設定しようと思う。

(1)動かす
配管・固定化していったトイレを再び動かすことを考える。建設現場におけるモバイル・トイレや、ポンプなどの問題を通して検討する。

(2)開く
次第に個人の空間として閉じていったトイレを、社会に対して開いてみることを考える。公営のパブリック・トイレだけでなく、ソーシャル・トイレともいうべき民間企業による公共的なトイレ、複合的な機能を持つトイレを通して検討する。

(3)循環させる
処理される屎尿をかつての肥料のように循環させてみることを考える。震災以降、土いじりから地方移住まで、さまざまなロハスな生活が再考されている今、コンポスト・トイレなどを通して検討する。

このようなテーマ設定を予定し、すでにあるプロダクトや現代の技術をリサーチして、その問題を検証していきながら、トイレをどのように進化させられるか、問いかけをしていく。当然、“社会”空間におけるパブリック・トイレの位置づけも再検討しながら、議論を進めていく。
さらに、われわれの連載とともに、ゲスト建築家によるリサーチを掲載しながら、より多様で広がりのある視点を展開していくことを考えている。
(山道拓人)

参考文献
★1──屎尿・下水研究会監修、こどもくらぶ編『トイレの自由研究〈1〉』(フレーベル館、2016)、屎尿・下水研究会監修『トイレ──排泄の空間から見る日本の文化と歴史』(ミネルヴァ書房、2016)、永井義男『江戸の糞尿学』(作品社、2016)

ツバメアーキテクツ

2013年に山道拓人、千葉元生、西川日満里によって設立された建築家ユニット。2015年に石榑督和が参画。空間の設計をする「デザイン」部門と、研究開発やリサーチを行なう「ラボ」部門で活動をしている。2016年度「グッドデザイン賞」受賞。主なプロジェクト=《阿蘇草原情報館》(2015)、《荻窪家族プロジェクト》(2015)、《八潮の保育所》(2017)ほか。主な編著=『シェア空間の設計手法』(共編著、学芸出版、2016)ほか。