「建築とまちのぐるぐる資本論」取材 6

予算から自由になるための創意

長坂常(聞き手:連勇太朗)

Fig1:武蔵野美術大学16号館1階。学生や職員が自分たちで使い方を考え、什器や間仕切りを制作していた。撮影協力:武蔵野美術大学

「建築とまちのぐるぐる資本論」の取材第6回はスキーマ建築計画を主宰し、ローコストの小さな立ち飲み屋から世界的なブランドの店舗まで一貫して手掛けている長坂常さんにお話を伺った。また、尾道の「LLOVE HOUSE ONOMICHI」や「イソップ吉祥寺店」、「武蔵野美術大学16号館」などいくつかの建築をめぐった。建築が使われ、変化していくことを積極的に捉えるそのデザイン手法から事務所の運営まで、オープンに語ってくださった。

コストとデザイン──人工にんくから考える

連勇太朗(以下、連):

僕は2010年学部卒なのですが、世代的に長坂さんから大きな影響を受けています。長坂さんの作品、インタビュー、記事は既に様々なメディアで紹介されていますし、書籍も出版されていますが、今日はこの特集の中心テーマのひとつである「お金」という切り口から建築家・長坂常に迫ってみたいと思います。よろしくお願いします。

長坂常(以下、長坂):

僕は大学を出てすぐに独立したため、建築家として知っておかなければならないことを学ばずに世に出ました。できることを何でもこなしていく必要があり、その都度お金について考えてきました。家具から仕事が始まったこともあって、スケールにかかわらず僕の仕事やデザインとお金は密接に関係しています。
「SAYAMA FLAT」(2008年)は、築29年の社宅を集合住宅へとコンバージョンしたプロジェクトですが、提示された予算は一部屋100万円でした。最初は驚きましたが、その仕事を断ったところで次に仕事があるわけでもなかったので、とにかくやってみようと思いチャレンジしました。どうやったら仕事になるかを考え、まずは四部屋だけやらせてくださいとクライアントに伝えました。設計料は一部屋あたり30万円で、見積りや図面は提出せず、予算の範囲内でやるから完成したところで見に来てくださいと。
設計料の計算方法も他の事務所とは違って独特だと思います。一般的に設計料は施工費からの割合で決まりますが、僕らは仕事の分量、つまり人工にんくで計算しています。きっかけは、水野薬局というプロジェクトで、プライバシーを守る「薬局カウンター」(2003年)を1,000万円でつくった時です。小さなプロジェクトの割にかなり時間をかけたので、正直10%の設計料では安すぎると思いました。クライアントの水野善郎さんも、100万円では君たちやっていけないでしょと理解を示してくださり、どれだけ働いたかを提示してくれたらその分を支払うことを提案してくれました。それ以降、人工にんくの考え方を取り入れています。
同じクライアントの別邸、「はなれ」(2011年)は初めての新築プロジェクトで、別のアプローチからお金のことを考えました。クライアントが工程を見たいということで分離発注を希望され、職人に直接現金を手渡していくので安くできますが、工程管理を僕ら自身がやらなくてはいけないことは問題でした。みんなが工程を理解し管理しやすくするため、建具や間仕切り壁、家具、照明や設備配管を木部スケルトンにし、それぞれ一対一の関係で取り付けるシンプルな計画にしました。建築のつくり方がそのまま表れていると、住む人も後から手を入れることを想像しやすくなります。一般的な住宅は設備を裏に隠しているので、リノベーションの時にお風呂を移動できるかなどは壁や床を剥がすまでわかりませんが、「はなれ」では一目瞭然です。建築は使う人に理解されやすく将来的な変更の自由度が担保され、動き続けていくべきだとこの時に確信しました。

Fig2:分離発注でつくられた「はなれ」の建設現場。上階は木構造、下階は鉄骨造の混構造。写真提供:Schemata Architects

Fig3:「はなれ」リビングルーム。千葉県いすみ市の山間に建つ急傾斜の山、地上22m上に建つ。撮影:太田拓実

連:

「はなれ」の場合も設計料は人工で計算したのですか。

長坂:

そうです。「薬局カウンター」のときには仏のようだった水野さんとの戦いでしたが(笑)。テーブルの四角い角はぶつかると嫌だからだめ、と組み立ててきたデザインについてもやり取りしていくうちに、おおらかな空間を考えられるようになりました。僕はそうした包容力の高い関係性を「抜き差しなる関係」と呼び、それによってできる空間を「キメ顔のない建築」と言っています。
「キメ顔のない建築」をつくりたいということに気づいたのは、中目黒の保井ビルを僕らとなかむらしゅうへいさん、「青山|目黒」の三社でシェアし「HAPPA」をつくった時です。青山|目黒はギャラリーなので、当然白い壁が必要だと思い、ギャラリストの青山秀樹さんに仕上げについて聞くと、「なんで白く塗るの?お金かかるじゃない、大丈夫?」と言われました。白く塗らないことに決めると、表と裏がなくなり、何が意図されて展示されている作品なのかわからない状態が浮かび上がってきました。実際に青山さんは色々な場所に作品を置くので、極端な話、作品なのかごみなのかさえわからない境界のないギャラリーが出来上がりました。

ハイブランドから立ち飲み屋まで手掛けるためのデザイン手法

連:

大手のブランドから仕事を依頼されるようになって、仕事の単価や要望は変わりましたか。

長坂:

予算が少ないと僕らが関われる時間が短くなるということはありますが、予算によって僕らの取り分単価を変えるつもりはありません。そもそも、ステータスを上げるような高級な場をつくりたい人たちは、僕らに寄ってきません。バジェットが青天井というプロジェクトもこれまでなかったと思います。
アメリカのファッションブランド、3.1フィリップリムの仕事はそれなりに潤沢な予算があると期待していましたが、蓋を開けるとそうでもありませんでした。でも、このまま状況を受け入れたくないと思い、普通とは逆の構造、材料費が一番安く、工事費が二番、設計料が一番高い見積りを提案したらとても喜んでもらえました。お金を材料として捉えれば、クライアントとぐっと近づける気がするので、僕はさほどお金のことを考えるのがしんどいと思ったことはないです。
倉敷の美観地区について相談を受けた時は、まずどうやったら予算範囲内で誰も損せず実現できるかを考え、美観地区の外堀に立ち飲み屋をつくることから提案しました。ここでは予算をかけないために、図面は必要最低限にして現場で即興的に判断してつくっています。

Fig4:「3.1 Phillip Lim Pop-up Store」(2013年)。表参道ヒルズでのポップアップの様子。「材料費0円」というコンセプトを掲げ、凸凹や荒っぽい素材感むき出しの素材で什器を設計。撮影:太田拓実

Fig5:立ち飲み居酒屋「ura」内観見上げ。構造的な懸念やオペレーションによる負荷を軽減させるため、既存2階床を取り払い吹き抜けとした。撮影:伊丹豪

連:

クライアントとの相性みたいなものも判断に関係しますか。

長坂:

うちのクライアントには幸いクライアント風を吹かすような人はほぼいないので、僕らもプロジェクトをおもしろくするためならば、お金の使い方から、こういうスタッフがいた方がいいのではないかということまで、踏み込んだ提案をします。
たとえば表参道のGYREにあるセレクトショップCIBONEの店舗は短期間のプロジェクトでしたが、元々、エポキシ樹脂を流し込んだ「Flat Table」などで関わりがあり、普段CIBONEで働く方がどういう動き方をお店でしているのか知っていましたから、什器のシステムさえつくれば後は自分たちでなんとかするだろうと思いました。
「武蔵野美術大学16号館」(2020年)も、工芸工業デザイン学科のインテリアデザイン専攻が入居するということで、道具を使える人たちがいるからこそ、その人たちが最大限使える空間を考えて設計しました。もし同じ大学の学生でも学芸員志望の学生だったら、成立しない建築だと思います。

Fig6:武蔵野美術大学16号館1階。天井に規則的穴の空いたレースウェイが吊られ、配線ダクトとオンオフ可能なスマートライトが取り付けられている。手前にはスタッキング可能な作業台が設置され、窓側は収納がついた可動壁で個室が設けられていた。撮影協力:武蔵野美術大学

Fig7:同1階の講評会や展示をするためのスペース。壁はその都度パテ埋めされ、白く塗り直される。撮影協力:武蔵野美術大学

Fig8:同2階の研究室。レースウェイの穴に立てたポール同士をつなぎ、壁を建て、マガジンラックが新設された。ポールが垂直に建てられるように、穴に合わせて床面にも目地が残されている。撮影協力:武蔵野美術大学

Fig9:同2階学生個人デスクスペース。学生がそれぞれのテーブルや収納をアレンジしている。撮影協力:武蔵野美術大学

Fig10:同階段室。ラフな仕上げで改変を積極的に受け入れる。撮影協力:武蔵野美術大学

長坂:

僕は、完成している作品なのだから一切手を触れないでくださいというような建築をつくるつもりはありません。すると、その建築を舞台とする役者がとても大事になってきます。どんな役者がいて、その人たちだからできることを予め考えながらデザインしていく必要があります。逆に、そのデザインを求めるならこういう人がいないと成立しませんよ、とクライアントに助言することもあります。

マテリアルの移動による価値転換

連:

どのようにしてデザインスキームを発展させていったのでしょうか。

長坂:

やってきたことに変わりはありません。25年くらい前から、僕らはセルフビルドで手を動かしながらつくってきました。当初はベニヤの内装仕上げは大工さんにさえ説得が必要でしたし、今やポピュラーな天井むき出しも、何度となくクレームをくらいました。それでも変わらずチープなものが好きです。海岸に転がっているような、削られて乾ききった素材が好きなのです。
建築家はだんだん有名になってくると、設計料を上げるために大理石などキラキラした素材を多用しがちですが、僕らは設計料を人工からはじき出すので、高級素材を使用して全体の予算を膨らませる必要がありません。その発想をもたずにやってこられたことが、自分たちのデザインを守る根源だと思います。
よく工事をお願いしているTANKと一緒に円安の状況下で外貨を稼ぐべく、DEKASEGI(出稼ぎ)というプロジェクトをやっています。古材は日本だとごみでしかありませんが、他の国に持っていくとその価値が変わります。アメリカに持っていけば、目を輝かせて「KYOTO!」などと歓声を上げる人もいるほどです。日本では価値のないものを海外に持ち出して値段を付けて、その差額で職人さんを連れて行く費用を埋めることで、海外で日本の技術を使ったものづくりができます。
2023年8月、吉祥寺にオープンしたオーストラリア発のスキンケアブランド、イソップの新店舗ではサステナビリティをテーマにしました。SNSで取り壊しが予定されている家屋を募集したところ、敷地から約3キロメートルの場所に築60年の木造家屋民家が見つかりました。使えそうな古材を選んでひとつひとつ手作業で解体し、その古材を積んだリヤカーでまち中を通って、すべて人力でお店に運び込みました。資材の輸送による環境負荷を考えながら古材の可能性を多くの人に知ってもらえたらと思い、そうしたプロセスを企画しました。

Fig11:解体現場で イソップ吉祥寺店で使用する古材を選び出す。写真提供:Schemata Architects

Fig12:解体現場からイソップ吉祥寺店へ、リヤカーで古材を運び出す。写真提供:Schemata Architects

プロジェクトのスケールとチームビルディング

連:

お金勘定と結びつきつつ長坂さんの個人的なフェティシズムや経験から創造されるデザインは、事務所が拡大していくことと合わせていかにクオリティを担保しているのでしょうか。

長坂:

事務所の運営においても普通とはだいぶ違うことを試しているつもりです。最初に大きな変化を感じたのは「ブルーボトルコーヒー 清澄白河ロースタリー&カフェ」(2014年)を手掛けたことを皮切りにブルーボトルコーヒージャパンから立て続けに仕事を依頼された頃です。積極的に採用活動をして、スタッフを一気に増やしましたが、僕自身は人のさばき方を知らないし、職場に慣れていないスタッフは無理をしてしまうし、様々な条件が重なってすぐに辞めていく人たちが出てきました。所員が5人だった時には、同じテーブルを囲みながら話し合い、意思疎通もちゃんと取れてデザインもコントロールできていましたが、10人、15人となると、僕がすべてを一対一で説明することができなくなっていました。そこでチーム制を採用し、同時に複数つくっていくことにしました。
当時は、その先どうなるかわからない事務所の門を叩くのは、この名もなき事務所をどうにかしてやろうと闘志溢れる人たちが多かったのですが、事務所が大きくなると、まったく体質の違う人が入ってきて、教育についても考えるようになりました。先のチーム制も中間管理職を生んでしまうので、責任のなすりつけ合いが起きかねないことに悩みました。
25名以上のスタッフが在籍している現在、設計スタッフを入社2年目以内のルーキーとメジャーに分け、僕はルーキーの育成に徹しようと思っています。プロのビジネスプレイヤーとしてメジャーを押さえる必要はあります。でも、彼らはある意味でアーティストなので管理するチームや足りない部分をサポートするチームがいれば十分です。僕が直接関与しなくても、きちんとした評価方法があれば、それを糧にそれぞれ自立してやってもらうことができるのではないかと考えています。これまでは週に1回、僕が全部目を通していたのですが、それをやめた代わりにルーキーにマンツーマンで基礎を叩き込み、ものづくりの喜びを伝えたいです。
働き手が世の中からどんどん減っていく時代に、色々な立場の人たちが働ける環境をつくらなくてはいけないとも思います。昔はひとり一件というように割り振るのが一般的でしたが、今は60%の人と30%の人が一緒にプロジェクトを回すことができる仕組みづくりが肝心で、それはきっと武器になっていくと思っています。

Fig13:スキーマ建築計画事務所にて、長坂常(左)、連勇太朗(右)。

連:

2020年10月に千駄ヶ谷の事務所に引っ越されましたが、組織の編成とは関連があるのでしょうか。

長坂:

「HAPPA」では借り入れスペースをどんどん増やしたのですが、三層にもなると全容が把握できなくなり、まずいと思いました。目も行き届き、声もかけやすかったワンフロアの時代を懐かしく思いつつも、それはそれでひとつのドアを介して、いつ帰っていつ来たのか管理しているような緊迫感があまり良くありませんでした。そのため今回は地面を優先することにしました。ただ地面を取ると、東京でワンフロアは無理なので、結局三層になり、やはり全体の動きを把握できません。それでも、屋外でご飯を食べたり自由に地域と関係していくことが良い結果に結びつくのではないかと思っています。
当初はここでものをつくることも想定していましたが、手を動かしたい時には桜新町にあるTANKを訪ねることが多いです。そこで担当スタッフと一緒に手を動かして、根源的なものづくりの楽しみや建築が変わる瞬間を知ってもらいます。今も塩化ビニールのトイにサンドブラストをかけるという逆転一発ホームランを狙って実験中です(笑)。

連:

適切な事務所の規模についてはどう考えていますか。

長坂:

まさに今、悩んでいることです。スケールが大きなおもしろいプロジェクトは事務所のキャパシティに応じて入ってきます。最終的にはブレーンだけを集める状態もなくはないと思いますが、まずは、体力があるうちに事務所を大きくしてみようと思います。
僕らは最初、青山・原宿・渋谷を拠点とするクリエーターを紹介するポータルサイトも運営していて、その時の仲間のひとり倉島陽一がIT業に専念し成功しました。ちょうど最近、「LLOVE HOUSE ONOMICHI」(2021年〜)をやり始めた頃に、彼と再会し合流して、そこに東京藝術大学建築科同級生の増田啓介も加わり、僕も含めたほぼ同級生のメンバー3人と、メジャーをマネージするチームで会社の方向性を考えています。

Fig14:「LLOVE HOUSE ONOMICHI」。

連:

尾道の「LLOVE HOUSE ONOMICHI」はご自身で築110年以上の木造家屋を購入したそうですが、どういうモチベーションなのでしょうか。

長坂:

偶然出会って買ったので、理由は後づけです。僕は最初からクリアに物事を捉えゴールに向かって積み重ねていくのではなく、何となく全体を捏ね回しながら進めていくうちにどうこれを人に伝えるべきなのかを整理して自分がやろうとしていたことに気付きます。当初は尾道の山手地区での建築のつくり方を方法論化したいと思っていたのですが、実はなかなかうまくできていません。

連:

方法論化するというのはどういったイメージなのでしょうか。

長坂:

四六時中働いてパリやニューヨークに上り詰めていくような建築家像は前時代的になり、私生活と建築をクロスさせるようなあり方を模索したいという人たちが増えています。そういうことを元スタッフの中田雅美・松井納都子夫婦も話し合っていたので、この尾道のプロジェクトを伝えました。時間をかけて地域とつながりながら、おもしろい機会やビジネスを編み出してくことを期待し、サポートを続けたいです。
僕らも「LLOVE HOUSE ONOMICHI」がきっかけで、小豆島や豊島、淡路島など、瀬戸内の仕事が増えました。それらも彼らに手伝ってもらいながらやっていますが、そのうちに彼らがもう仕事を振らないでいいようになって、地域に根付けば、別の場所でまたこういうことをやってみても良さそうです。僕ら自身、オープンマインドで、人工による見積りもわかりやすいから、関わり方も想像しやすいでしょうし、外部からも仲間入りしやすいと思います。

自然環境のなかで循環を考える

連:

現在どのようなプロジェクトが動いていますか。

長坂:

環境に関連する仕事も増えていますし、環境について考えることが多いです。ひとつは、アイルランドの仕事で、森を維持管理しながら昔の素敵な風景を守るお手伝いをしています。事業に成功したクライアントが最後に自分の育った故郷で環境に配慮したプロジェクトをやりたいと広大な森を購入しましたが、長い間森を守るにはやはり少しばかりでも経済循環が必要なので、収益源としてのリトリートセンターを計画しています。
豊島では、オフグリッドのようなプロジェクトが動いています。豊島は「豊かな島」と書きますが、基盤となる花崗岩を通して島に降る雨が浄化され、島の中央にそびえる標高約330メートルの山に水が豊富に蓄えられています。その豊富な水を利用して古くから稲作が盛んで、それによって水が肥え、肥えた水が海に行くと海藻が茂り、豊な漁場が育まれています。今は70〜80代の高齢者たちがギリギリ農業を営んでいますが、あと10年もして農業が衰退すれば、その循環も途絶えてしまうでしょう。そこで、豊島に保養所を所有している芸能事務所のアミューズが島に築かれてきたこの仕組みを後世につなごうと動き始めています。
アミューズの会長大里洋吉さんは栃木県の市役所で企画を担当していた佐藤大地さんをプロジェクトの中核メンバーに大抜擢し、そこに大学で農業を勉強した若い人たちが合流しています。彼らがつくった農作物を提供するホテルを重松象平さんたちが設計し、重松さんに紹介してもらった僕らは、港の入江に町の人たちが集まるような場所をつくる予定です。

連:

ローコストの改修から始まってハイブランドの店舗まで、一貫して経済やマテリアルの循環を捉えてこられたと思います。今は、自然環境と直接対峙しながら、そうした問題に取り組まれているのですね。

長坂:

そうですね。日本には自然サイクルを昔からうまく利用している場所が実はたくさんあります。何百、何千年と人が住みつないできた場所の方がオフグリッドに近い状況にありそうだと最近気がつきました。時間はかかると思いますが、うまく気持ちを支え合い、回していきたいです。

文責:服部真吏 富井雄太郎(millegraph)
撮影(特記なし):富井雄太郎
サムネイル画像イラスト:荒牧悠
[2023年10月5日 スキーマ建築計画事務所にて]

長坂常(ながさか・じょう)

スキーマ建築計画代表。1998年東京藝術大学卒業後にスタジオを立ち上げ、現在は千駄ヶ谷にオフィスを構える。家具から建築、そしてまちづくりまでスケールも様々、そしてジャンルも幅広く、住宅からカフェ、ショップ、ホテル、銭湯などなどを手掛ける。どのサイズにおいても1/1を意識し、素材から探求し設計を行い、国内外で活動の場を広げる。日常にあるもの、既存の環境のなかから新しい視点や価値観を見出し「引き算」「誤用」「知の更新」「見えない開発」「半建築」など独特な考え方を提示し、独自の建築家像を打ち立てる。
http://schemata.jp

連勇太朗(むらじ・ゆうたろう)

1987年生まれ。明治大学専任講師、NPO法人CHAr(旧モクチン企画)代表理事、株式会社@カマタ取締役。主なプロジェクト=《モクチンレシピ》(CHAr、2012)、《梅森プラットフォーム》(@カマタ、2019)など。主な作品=《2020/はねとくも》(CHAr、2020)、《KOCA》(@カマタ、2019)など。主な著書=『モクチンメソッド──都市を変える木賃アパート改修戦略』(学芸出版、2017)。
http://studiochar.jp

公開日:2023年11月29日