「建築とまちのぐるぐる資本論」鼎談1

住宅過剰社会から脱却するための戦略

野澤千絵(明治大学政治経済学部教授)+高橋寿太郎(創造系不動産代表取締役、神奈川大学建築学部教授)+連勇太朗(明治大学専任講師、NPO法人CHAr代表理事、株式会社@カマタ取締役)

左から高橋寿太郎氏、野澤千絵氏、連勇太朗氏。

住宅過剰社会──スプロールは衰えていない

連:

全国で同時多発的に「ぐるぐる資本論」的発想による場づくり、拠点づくり、まちづくりが行われている状況ですが、そうしたグッドプラクティスはどのような社会的状況のなかで行われているのか、視野を広げて考えてみたいと思います。ぐるぐる資本論を発想するに至った背景や問題意識は 「本特集への招待」 としてまとめましたので是非読んでください。ぐるぐる資本論にはまだ厳密な理論や定義があるわけではないので、議論をドライブさせるためのキーワードとして新しい発想やコミュニケーションのきっかけになれば良いなと思っています。特集におけるひとつひとつのインタビューや記事はもちろんですが、今回の鼎談を通してぐるぐる資本論をより深めていければと思います。2023年5月からこれまで3回の取材を行ってきましたが、この鼎談では具体的な実践から一歩引いて、人口減少時代・低成長期の建築やまちについて、アカデミックな観点はもちろん、不動産市場の現実から議論してみたいと思います。まずは簡単に自己紹介をお願いします。

野澤:

私は『老いる家 崩れる街 住宅過剰社会の末路』(講談社、2015年)と『老いた家 衰えぬ街 住まいを終活する』(講談社、2018年)という2冊の都市・住宅の問題についての著書がありますが、研究者としては都市計画、特に土地利用のコントロールが専門です。
日本は既に人口減少社会になって久しく、そろそろ世帯数も減少に転じる状況にもかかわらず、依然として住宅をつくり続け、その一方で空き家は右肩上がりに増えています。高度経済成長期の1968年に制定された都市計画法、そこで定められた開発許可の制度や土地利用規制のあり方がこの時代にそぐわなくなっているなかで、みんなが暮らしやすいまちをいかに維持・更新できるかということに問題意識をもって研究しています。
例えば、自治体が郊外に広がる農地エリア等でのスプロールを制限したり、シャッター街と空き家が増えた既成市街地のストックを活用したくても、代替わりで権利関係が複雑になっていたり、相続人に連絡がとれないなどで、動かしたくても動かせない状況に陥っています。その結果、人口獲得のために、郊外の田畑をつぶす開発を許容する方向に流れてしまっています。これまで税金を投じながらつくってきた既存のまちを世代交代させていくには、空き家問題にも目を向けていかなければなりません。新書として書いたのは、やはり専門家だけではなく一般の方々の関心が深まらなければ解けない問いだからです。

高橋:

私は、「建築と不動産のあいだを追究する」を旗印に創造系不動産という会社を経営しています。元々は建築家になりたくて設計実務をやっていたのですが、不動産業界に転職する機会があり、こちらの方が肌に合っていることがわかって方向転換をしました。ただ、不動産を右から左に流すのではなく、建築家の皆さんをお手伝いしたいという思いで仕事をしています。建築家はオーケストラの指揮者のように、構造や機械、電気のエンジニア、ランドスケープデザイナーなど様々な専門家を取りまとめますが、そこに不動産の専門家もいた方が良いと思って会社を立ち上げました。
5年ほど前から、様々な地方の行政の方から空き家対策の相談をいただくことが増えました。当初は空き家問題や地方創生にそれほど関心をもっていなかったのですが、お誘いをきっかけに今は千葉県いすみ市を拠点にして月に一度は現地で仕事をしています。
2022年からは神奈川大学で教職にも就いたので、若い方々に何を教えていくべきかを考え、空き家の研究を始めています。

連:

この鼎談でおふたりと議論したいと思った理由のひとつは、不動産の観点から現在地を俯瞰して考えてみたかったからです。私は大学院を修了したのが2012年で、その年にNPO法人CHAr(旧モクチン企画)を起業しました。当時はまだ空き家問題もそれほどメディアで顕在化されていませんでしたし、地域の再生や地方創生を扱った卒業設計や修士設計も少ない時代でした。今、卒業設計や修士設計では必ずと言っていいほど地域再生や空き家問題を扱ったプロジェクトがありますね。この10年で学生や若い世代の関心が急激に変わったのだと思います。建築家が空き家や遊休不動産の再生に取り組むのも珍しいことではなくなってきました。この連載で取材した須藤剛さん能作淳平さんはまさにそうした好例ですね。東日本大震災も認識の変化に大きく影響を与えているのは言うまでもありません。
さて、そうした流れは歓迎するべきことですが、一方で冷静に状況を捉える必要があるとも思っています。まちづくりや地域再生を標榜した建築家によるプロジェクトは計画論や方法論のレベルで局所的な最適化や解決に陥りがちな傾向にあるからです。例えば、斎藤幸平さんの著書は建築やまちづくりの領域でも多くの読者を獲得しましたが、「脱資本主義」や「脱成長」といったフレーズには注意する必要があると思います。理念としてもよくわかるのですが、不動産市場の現実はそうした動きにまったくなっていません。次世代のモデルになるようなグッドプラクティスばかりに注目していると、あたかも「脱○○」が進行しているかのように錯覚してしまいますが、実際はそうなっていないのです。まずはこのギャップを正確に認識する必要があるのではないかと思っています。野澤さんの提唱されている「住宅過剰社会」は、まさしくそういう状況を考えるうえでぴったりの概念です。

野澤:

大前提として、まちはいまだ無秩序に拡大していて、土地が安いという理由だけで、浸水などの災害リスクが高い農地などを宅地化する開発が続いています。今後、相当な速度で人口と世帯数が減り住宅需要もなくなっていくなかで、30〜40年後にはこうしたスプロールでつくられた住宅が空き家になるのは確実で、そうした「負動産」を相続する人はにっちもさっちもいかなくなります。道路などのインフラ維持費も人口減少で分母が減るので、ひとりあたりの負担が大きくなっていくことが明らかなのに、現在のスプロールを止められていません。買う人がいるのだからつくって何が悪い、つくれば売れるという発想はまさに「ガチガチ資本論」であり、「住宅過剰社会」を助長しているのです。
このように、空き家を再生産しているのは現在の住宅政策と都市計画によるところも大きいですが、加えてとても重要なのは税制です。住宅政策や都市計画は普通の人々にとっては縁遠い感じがしてしまいますが、税金はひとりひとりの意識や生活に深く関わっているので、住宅ローン減税や固定資産税・相続税などの制度設計が変われば、人々の考え方や行動が変わると考えています。ただ、特に税制はそんなに簡単に設計変更できるものでもないのが悩ましいところです。

連:

今日は政策論を深掘りすることが目的ではないのですが、「住宅過剰社会」を解決する制度としては、土地利用を扱う都市計画、住宅政策、そして税政の3つが重要だということですね。
饗庭伸さんの『都市をたたむ 人口減少時代をデザインする都市計画』(花伝社、2015年)では、日本の都市開発の線引きが失敗したスプロールと、都市がランダムに縮小していく「スポンジ化」の違いが比較されていましたが、野澤さん流に言えば、スプロールとスポンジ化が同時進行しているというのが現在の状況なわけですね。高橋さんは不動産を扱うお仕事をされているなかでこうした状況を感じることはありますか。

高橋:

まさに住宅過剰社会は現在進行形で、スプロールとスポンジ化が同時に起こっていて、率直に良くない状況です。
郊外の宅地開発の問題とも通じますが、タワーマンションが建設されて購入される第一の要因は、住みやすさなどではなく相続税対策で、ディベロッパーも当然そのことをよくわかっているので営業の謳い文句にしています。そうした投資は日本独自の税制上で動いているゲームに過ぎません。そのルールが間違っているので、それによって生まれる人々の欲求や需要もずれているわけです。例えば宇都宮など、全国にある歴史性と経済性が両立するような地方都市の中心駅近くにタワーマンションを建てる再開発は、規制が必要だと思います。2024年以降、タワーマンションの相続税評価額の算出ルール改正が予定されていますが、もっと根本的な規制です。タワーマンションが建った結果起きているのは、周辺地域の不動産価値低下です。その地域に住むためではなく、相続対策としての所有自体が主目的なので、周囲に空き家が増えたりと悪影響があります。需要が奪われ、賃貸の借り手がつかなくなっていくので、不動産仲介会社さん同士が見るチラシにはAD(広告料)数百%と書いてあります。つまり、大家さんは家賃の数倍を仲介手数料として払うからなんとか決めてくれという状況ですが、それはまちの人々には見えない情報です。
他方で自由経済において規制はダメだ、市場経済に任せるべきで、空き家が発生しようが商店が倒産しようが、それが正しい自然淘汰であるという主張もあります。

終末期問題──建築の最期のコスト

連:

不動産市場では住まいは利回りなど数字に表れるファクターのみで見られていて、目の前にある実体としてのまちや生活のことが想像されていません。2008年のリーマン・ショックの前に、サブプライムローンの破綻を予測したトレーダーが逆張りをして大儲けする『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(2015年)というノンフィクションがもとになった映画がありますが、実際にヘッジファンドのマネージャーがフロリダの空き家だらけのまちをまわって、住宅市場がバブルだという状況を確信するシーンがとても印象的でした。実体として存在するものが、バーチャルな数字として扱われ、そうした判断の集積が実際の都市空間や地域社会に実体として影響を与えているという状況は皮肉です。

野澤:

不動産業者の関心は建物単体の利回りや顧客個人の税制優遇のことだけで、周辺のまちや将来世代への悪影響には責任をもたなくてもよい構造になっています。最近は特に東京都心の住宅価格がどんどん上がっていて、その弊害はそれらを買えなくなった中間所得者層の方々に表れています。結果、都市周縁に広がる地価が安い農地エリアでの新築購入や、都心エリアの極少に細分化されたミニ開発物件へと流れています。安かろう悪かろうで新築しても、長期的に見ると売りたくても売りにくい空き家になることは確実で、最終的に、今つくっている建物の解体費の負担を次世代に強いることになります。これが「終末期問題」です。2022年に解体された兵庫県淡路市の「世界平和大観音像」は、その費用約9億円が国の税金によって負担されたことも話題になりましたが、タワーマンションもいずれは解体する時が来ます。開発業者はつくって売れば、その後は区分所有者が管理することになります。また、建物をつくる時、販売する時には、終末期問題のことは何も考えられていません。本来は開発者も製造者責任として、建てる〜維持管理〜解体するまでのサイクルに関与する仕組みがあるべきで、解体、事業継承、相続といった終末期のコストまで考えると実はそれほど儲からないはずです。
開発による弊害としてのスプロールや終末期問題までも踏まえたトータルの経済循環を考えるべきだと思います。

連:

私も仕事で、ディベロッパーや不動産会社から普通の賃貸住宅とは違うものをつくりたいという依頼をいただきますが、利回りを考えると、駐車場やワンルームマンションが数字には圧倒的に良いです。そこからプログラムや建築を工夫して、中期的に価値を生む事業スキームをつくろうとすると、数字にはなかなか現れにくい複数の不確実な要素を組み込む必要があります。そうした不確実性や時間的な持続を理解できる事業者もいますが、例えば会社の投資基準に合致しないなど組織の構造的問題が原因で、中期的価値を事業スキームに内部化できないことも多々あります。

高橋:

土地を買って新築する場合に、リーマン・ショック直後の頃は利回り8%でしたが、今は3〜4%という時代ですから、みんながそこに向き合って価値観を変える必要があります。不動産コンサルタントの立場から言えば、フレームワークを変えるのが有効な方法だと思います。2011年にハーバード大学マイケル・ポーター教授がCSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)モデルを提唱しました。CSVが最初に提唱されたのは食品メーカーのネスレのレポートで、自分たちが取り組むべきバリューチェーン、つまり原材料のサプライヤーである農家や社員の幸福や健康、さらに社会貢献を目指すものです。
不動産に適応すると、例えば本社ビルの新築は、普通は外部に賃料を払わなくてもよくなるなど利回りとして考えますが、実は社員の採用に役立ったり、帰属意識が高まって業績が伸びる可能性も考えられます。そういった価値は普通の不動産の考え方にはないもので、地主さんがアパートを建て替えるような小さな事業においても、単に利回りだけではない新しい価値を見出すことで枠組み自体を変えられるはずです。
不動産業界の短期的な思考に対して、一歩引いて考える建築家の発想は必要条件としてすごく重要です。あと十分条件としてクリティカルなのは地主さんで、収益と同等に地域の魅力を考えています。ただし、数字優先の銀行営業マンに不動産収支計算ソフトの利回り比較などを持ってこられると、数字にコンプレックスがある地主さんはわかっているふりをしてしまうこともあります。

野澤:

ガチガチ資本論で相続税対策や利回りの話をされて、不要なアパートを建ててしまって後々困るというのはよくあるパターンですね。
やはり建築業界が、利回りだけではないぐるぐる資本論的な価値を社会にアピールすべきです。長期的に見れば、安易な新築ではなく、地域の価値を高め事業譲渡や賃貸などの持続可能性も担保した将来世代に負荷のかからないものにすべきで、そうした建築によってまちも変わるはずです。
建築家は空間を見事に蘇らせる想像力があります。一般の人が古くさくて価値がないと思っているものこそ味わい深く、磨けばより光る可能性があります。

手触りのある資本

連:

今まで議論した問題意識を踏まえ、どのようにしたらぐるぐる資本論的不動産活用の取り組みが増えていくと思いますか。個々の実践を超えて、これが集合的な動きとして展開していくためにはどのようにしたら良いでしょうか。いくつか考慮するべき視点があるような気がします。
ひとつは設計事務所の経営に関してです。事務所の運営は、設計プロジェクトをひとつの単位とし、それらを組み合わせながら経営をすることになりますが、これでは財務モデルとして冗長性が低くリスクが高いうえに、時間的な持続による地域やプレイヤーとの関係性を育てにくいモデルです。例えば、別軸として運営やメンテナンスなど、時間的に持続していくような事業モデルをもっておくと財務モデルの組み立て方にバリエーションが生まれ、展開可能性が高まるのではないかと思います。これは切実な課題のひとつですね。
もうひとつ、経済的利潤だけでなく、社会貢献や社会課題解決に関心がある企業や大家さんも増えてきている状況があると思いますが、こうした人々とどのように出会い、コラボレーションしていくのか考えなければいけません。

高橋:

今、ぐるぐる資本論としては必要なトライアル期間で、各地に蛮勇やファーストペンギンがいるようなフェーズですね。それらがだんだん形式化していって、後進たちがやりやすくなっていくと思います。
そういう意味では、みんなが実際に不動産をひとつ買ってみると良いのではないでしょうか。小さなアパートでもワンルームの一住戸でもなんでも良いですが、例えば都会が好きな人であれば地方の物件など、自分自身の関心からは遠い方がおもしろいと思います。儲けるためでもなく、作品にするためでもなく、お金の回り方を体感する基礎教養としてです。将来自分たちはどういうまちにしたいか、どう暮らしたらいいかという思想を育む経験になり、それがつくるものにフィードバックされていくと思います。

連:

物件を買って建物単体と長く付き合うことで、資産運用を超えて、地域との関係性をつくっていくこともできますね。試行錯誤のサイクルを回しながら学びやノウハウを蓄積していくこともできそうです。ガチガチ資本論では無価値だと思われているものも、建築を学んでいれば異なる価値を見出すこともできますから、それが不動産ビジネスとしても、安く仕入れて価値を上げるということが自然にできるようになれば相性が良いですね。不動産投資を通して、お金の循環を手触りのあるものとして感じられる身体感覚や思考方法を身につけられればとてもいいですね。

高橋:

負という設計業に閉じたビジネスモデルのみだと人口減少時代・低成長期では厳しくなってきますから、様々ななりわいの経験が問われてきます。若い世代はそういった多面的な活動をナチュラルに受け入れていると思います。運営しているビジネススクール「建築と経営のあいだ研究所」や「いすみラーニングセンター」でも、事務所を地域に開くことや、設計・施工の前後の企画や運営への参加については特に活発な議論が交わされています。

野澤:

建築家は基本的に依頼や相談が来るのを待っているので、中心市街地の商店街の方々の集まりなどに参加していません。自治体でも空き家に関する相談窓口がありますが、そこにいるのは地元の宅建業者、司法書士、弁護士、遺品整理の専門家、不動産仲介の人などで、建築の専門家はほとんどいません。建築家が商店街の会合に参加したり、無料相談窓口を週1日担当するなど、地域の問題に身を投じると空き家・有休不動産の状況も変わってくると思います。事務所の看板として「空き家相談始めました」と出しておくだけでも、地域の不動産オーナーや地主さんから相談が来るかもしれません。
かつて東洋大学の建築学科で、伊藤暁先生と共に埼玉県の毛呂山町を題材に設計演習をやって、学生の提案を現地に貼り出したことがあります。まちの人たちは空き家を所有していても、それがどう生まれ変わって活用されるのかという空間的なイメージをもっていませんから、パースや模型で示すことは効果的です。事業採算を計算するところまでやってみると、学生は減築の提案をしがちですが、実はかなりお金がかかりますし、貸せる床が減るのでなかなか実現は難しいことなどがよくわかります。

連:

最近、若い建築家で事務所を開いたり、設計事務所とは別に地域密着型の商いを始めたりという活動が増えてきていますが、地域との付き合いをつくっていくうえでおもしろい戦略だと思います。地域と持続的な関係を取り結び、メンテナンスし続けていくような事業がひとつの武器になりそうです。そのなかで、特定の地域内で関係性を醸成することでしか関わることのできない仕事が生まれたり、相乗効果が生まれていきます。

高橋:

あらゆるものが貨幣で勘定されていくなかで、ぐるぐる資本論として重要性がはっきり見えてきているのは人的ネットワーク、まちで一緒に暮らしていく仲間の価値ですね。

部分最適と全体最適のバランス

連:

改めて大きな枠組みについてお伺いしたいのですが、住宅過剰社会やスプロールといった問題に対しては、やはり制度設計や政策がとても重要だと思います。野澤さんの2冊の著書が2015年と2018年で、そうした危機感が訴えられていましたが、以降の数年でどのような変化があったのでしょうか。

野澤:

国の政策は、少しずつ変化も出てきており、土地利用にメリハリを付けたり、住宅政策の見直しに動いているように感じています。例えば、以前は市街地再開発事業においても、東京だと住宅を入れた方が「都心居住の促進」ということでかなりの容積率のボーナスがあったのですが、東京都の改定された都市開発諸制度では容積率ボーナスがやや少なくなるなど、見直されています。
また、災害リスクが高い市街化調整区域での開発許可制度も見直され、浸水深さが概ね3m以上のハザードエリアでは原則として、規制緩和区域から除外するように転換されています。住宅政策のなかでも、長期優良住宅やサ高住など、以前は「立地」の要件がほとんどなかったのですが、今はその視点が多少盛り込まれるようになっています。
2023年6月に改正・施行されたばかりの空家等対策の推進に関する特別措置法でも、「空家等活用促進区域」制度が創設され、区域を限って接道や用途の規制を緩和できるようになりました。住宅政策に、以前よりは、地域・立地という概念が盛り込まれるようになってきたという印象をもっています。
しかし、残念なことに、地方分権のなかで、都市計画権限をもつ市町村がとにかく人口を少しでも取り込みたいからと、移住・定住政策という名のもとに国の政策転換に従わないという事態も生じ始めています。

連:

今、建築家はどのような戦略をもつ必要があると思いますか。

高橋:

「建築」という領域を定める他分野との境界線を再定義し、自身の設計事務所の業務範囲を広げたり縮小したりすることでしょうか。つまり、建築設計とはこういう業務であると決めつけず、自らのやりたいことやスキルを活かせる、そして収益性が高い新たな領域をデザインすることです。今、多くの若者がトライアルしている最中だと思います。

野澤:

既成市街地を建築の力で蘇らせていくというのは、ガチガチ資本論ではない楽しさがあると思いますし、そこは個別に部分最適でやっていくしかないのですが、近年、より大きな経済循環の全体最適化や、長期的な時間を踏まえた政策、それらについての議論やマインドが低下しているように感じます。古民家再生やエリアマネジメントなど、楽しそうな方に目が向いてしまって、そこでは良い絵が生まれますが、建築や都市計画の専門家であれば、多少痛みや圧力があっても全体の船(=まち)のことに向き合わなければ将来が大変なことになります。部分最適と全体最適の両輪で動かしていくというバランスが今すごく欠けていて、その傾向はコロナ禍を経てますます助長されているように感じています。スプロール抑制のために何ができるのか、そうした議論にどうやって加わるのか、都市計画の分野だけでなく、みんなで考えていかなければなりません。

連:

部分最適解としてのグッドプラクティスはあるものの、それらと土地利用などの制度設計をどう連携させられるか、あるいは、個別の実践を何らかのかたちでスケールさせられるのかという問いですね。それはまだこの世に術として存在していないので、今後の10年の実践と理論において重要な主題と言えそうですね。

野澤:

安心できる住みやすい家に誰もが住みたいはずです。昔からある市街地は安全なところが多いですから、部分最適でリノベーションができておもしろい住宅の事例が沢山生まれれば、みんながそれを選択すると思います。今は、個別の事例は出てきていますが、その周辺の住宅地の再生というスケールで見るとまだまだという状況です。そうした広い視野をもって、個別解をどう波及させていくか、そのスキームが大事だと思います。

文責:富井雄太郎(millegraph) 服部真吏
撮影:富井雄太郎
サムネイル画像イラスト:荒牧悠
(2023年7月31日 「明治大学駿河台キャンパス アカデミーコモン カフェパンセ」にて)

プロフィール

野澤千絵(のざわ・ちえ)

1971年兵庫県生まれ。明治大学政治経済学部政治学科教授。大阪大学大学院工学研究科修士課程修了後、ゼネコンにて開発計画業務等に従事。その後、東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻博士課程入学、2002年博士(工学)取得。東京大学先端科学技術研究センター先端まちづくり研究特任助手等を経て、2007年東洋大学理工学部建築学科准教授。2015年同教授。2020年より現職。
主な著書=『老いる家 崩れる街 住宅過剰社会の末路』(講談社、2015年)、『老いた家 衰えぬ街 住まいを終活する』(講談社、2018年)、日本都市計画学会編著『都市計画の構造転換 整・開・保からマネジメントまで』(鹿島出版会、2021年)

高橋寿太郎(たかはし・じゅたろう)

1975年大阪府生まれ。創造系不動産株式会社代表取締役、神奈川大学建築学部教授。2000年京都工芸繊維大学大学院岸和郎研究室修了後、古市徹雄都市建築研究所勤務を経て、東京の不動産会社で分譲開発・売買仲介・賃貸管理・コンサルティングなどに携わる。2011年創造系不動産設立。一級建築士、宅地建物取引士、ファイナンシャルプランナー。
主な著書=『建築と不動産のあいだ』(学芸出版社、2015年)、『建築と経営のあいだ』(学芸出版社、2020年)。

連勇太朗(むらじ・ゆうたろう)

1987年生まれ。明治大学専任講師、NPO法人CHAr(旧モクチン企画)代表理事、株式会社@カマタ取締役。主なプロジェクト=《モクチンレシピ》(CHAr、2012)、《梅森プラットフォーム》(@カマタ、2019)など。主な作品=《2020/はねとくも》(CHAr、2020)、《KOCA》(@カマタ、2019)など。
主な著書=『モクチンメソッド──都市を変える木賃アパート改修戦略』(学芸出版、2017)。
http://studiochar.jp

公開日:2023年08月31日