これからのパブリックのトイレを考える──オルタナティブ・トイレが可能にする豊かさ

永山祐子(建築家)×門脇耕三(建築家)×南後由和(社会学者)

『新建築』2020年3月号 掲載

プライベートとパブリックの共存

──永山さんは、前回企画での「ラバトリーのすゝめ」の設計にあたり、どのようなことをお考えになったのですか?

永山

本企画が始まった当初、世の中のトイレがすベてオールジェンダートイレになるということがあまりピンときませんでした。見ず知らずの男性とトイレを共有すること、また女性はトイレで化粧直しなどもするので、その姿を見られることにも抵抗がありました。しかし、よく考えてみると飛行機や新幹線のトイレは男女別ではなく、みんなが同じものを使っています。つまり、シチュエーションが変わればトイレに対する意識も変わることに気付きました。飛行機のトイレは狭小ですが、性別を越えた使い手の多様なニーズに応えることが求められており、「lavatory(=ラバトリー)」であると考えたのです。そのラバトリーが並ぶトイレをつくることで、オフィスにおけるダイバーシティに対応するパブリックトイレになるのではないかと考え、ラバトリーのすゝめを提案しました。トイレ内で人とすれ違い、顔を合わせることは気まずいので、入口と出口を分けて1ウェイとしています。さらに、意図的に死角を発生させて個室に入る姿が見られないようにしたり、入室システムを導入することでどの個室が空いているかが瞬時に把握でき、人と極力顔を合わせずに済むようなトイレ空間を考えました。男女共用のトイレとすることで、器具数算定により必要な便器の個数を減らすことができ、面積に余裕が生まれたので、余剰スペースには自由に集まって使えるパブリックな場所「ほっとスペース」を設けました。プライベートな個室とパブリックなスペースが共存するような提案でしたね。

ラバトリーのすゝめ 平面
ラバトリーのすゝめ 平面
展示会で提案したコンセプトモデルの模型。今回完成したオルタナティブ・トイレに通じるプランとなっている。
展示会で提案したコンセプトモデルの模型。今回完成したオルタナティブ・トイレに通じるプランとなっている。

──その後、2017年11月より開催されたLIXILの設備・建材の新商品展示会にて、これを発展させたトイレのブースを考察され、コンセプトモデルも制作されました。

永山

ラバトリーのすゝめを考えた後、LIXILがこの提案に対するアンケートを取ったのですが、多くの女性から「共用トイレは本能的にイヤ」という回答がありました。では、なぜ男女共用である飛行機や新幹線などのトイレや、小さなカフェやレストランのトイレは心理的に問題ないのでしょうか。それはきっと、トイレがパブリックなスペースに直接面しているから許されるのではないでしょうか。ラバトリーのすゝめでは、トイレ内を1ウェイとして、また個室に入る姿を見られないようにするために、あえて死角を持つ廊下を設定していましたが、きっと多くの女性は死角を持つ周囲から遮断された空間を誰かと共有している状況に、本能的に違和感や危機感を感じてしまうのかもしれないと思いました。
新商品展示会にて、これからのパブリックトイレのあり方を示唆するコンセプトモデルの制作のお話しをいただいた時、思い切ってもう一度考え直すことにしたのです。男女共用という根本的な方針は踏襲しつつも、アンケートの意見も踏まえ、緩やかに男女を分けることができないかと考えました。オールジェンダーなトイレを突きつめていくと、最終的には個人の問題となります。男女共用を受け入れられる人もいれば、そうではない人もいるでしょう。
「今はこういう社会なのだから、みんな一緒に使いなさい」と強制するのも乱暴なので、選択肢がたくさんある中から自分の状況に応じてトイレを選ぶようにすることができればよいと考えました。新商品展示会は三大都市を巡回したのですが、同時にトークイベントも開催し、門脇さんと私が「これからのパブリックトイレのあり方」について対談を行いました。ある会場ではオーディエンスから、「こういう、小便器のないトイレにすると男性の尊厳が失われる」と力説されたこともありましたね。

門脇

そうですね。中には「男性は立って用を足すべきである」と考える人はまだ多くいるのです。しかし、今時のモテる男子は座って用を足しているそうです(笑)。若い世代には一般的な開放型の小便器に心理的な抵抗感を持つ人もいるようです。常識をかたちづくるのは私たちが生きる環境そのものです。今回実現されたオルタナティブ・トイレが認知されれば、これまで常識であったことも徐々に変わっていくように思います。

永山

トイレには個人の切実な問題が現れるので、素の意見がたくさん出て議論も面白いものでした。新商品展示会で原寸のコンセプトモデルの前で「このトイレ、どうでしょうか?」と多くの人に意見を聞きました。女性の4分の1くらいは「ちょっと……」という微妙な反応をしていましたね。パブリックな空間における共用トイレは全然認知されておらず、乗り越えるべきハードルは高いようにも感じましたが、門脇さんの仰る通り慣れもあると思います。最初は抵抗があっても、個室の利点を感じて使い始めるようになれば、徐々に気にならなくなっていくものなのかもしれません。

選択できるトイレ環境

──今回完成したオルタナティブ・トイレの特徴を簡単にご説明いただけますか?

永山

オルタナティブ・トイレは、男性、女性、大人、子ども、健常者、障がい者という枠をなくし、誰もが用途に合わせて自由に場所を選べるトイレです。新商品展示会での案を発展させたもので、男女別、男女共用とも違うパブリックトイレの新しいかたちを模索しました。全体としてひとつの空間となっており、中央部分は死角がないパブリックな空間として廊下から視線が通り、そこに面してさまざまな機能を付随した共用トイレが3つ並んでいます。その先には窓があり視線が外へと抜けます。窓の前で通路が左右二手に別れ、両側の奥まった場所には身なりを整えたり化粧直しができる洗面コーナーを男女別で設けています。そこには男女専用のトイレがそれぞれ並び、ぐるっと回遊できる動線としました。一部、男女共用のトイレを設けることで、器具数算定により便器の数を減らすことができたので、余剰空間として入口にコミュニケーションスペースを設けました。そこにはソファベンチ、洗面、プロジェクタースクリーンを設け、トイレのついでに会話ができるような場所となっています。入口横には、空室を表示するモニターを設け、個室が埋まっている時にはコミュニケーションスペースのベンチに座って待つこともできます。

コミュニティスペースより見る。ベンチや洗面、プロジェクタースクリーンを設け、トイレを待ったり、トイレに来たついでに会話などができるしつらえとした。
トイレ奥より多機能トイレを見る。トイレ中央部は共用トイレが並ぶ。左奥には女性用洗面コーナーが見える。
トイレ奥より多機能トイレを見る。トイレ中央部は共用トイレが並ぶ。左奥には女性用洗面コーナーが見える。
女性用洗面コーナー。鏡左側は中央の通路からの視線を遮るため、グラデーションの曇りガラスフィルム仕上げとした。
女性用洗面コーナー。鏡左側は中央の通路からの視線を遮るため、グラデーションの曇りガラスフィルム仕上げとした。
男性用洗面コーナーより見る。男性用洗面コーナーより見る。

──門脇さん、南後さんにはオルタナティブ・トイレを見学いただきましたが、ご感想をお伺いしたいと思います。

門脇

私は好んで中央の共用トイレを使いたいと思いました。やはり広い個室は豊かだと思います。中央の共用トイレゾーンは、ジェンダーで二分化された従来のトイレと、完全に「ひとり空間」化されたトイレの中間的な存在で、それらの架け橋となるような役割が期待されており、巧みなつくりだと思いました。従来のトイレと大きな違和感があるわけでもありませんし、ジェンダーで区分しないトイレとして、これからの時代を示唆するトイレだと思いました。

南後

選択的に使うことができると説明をされていましたが、このトイレは時間の使い方も選択可能にしています。過渡期の試行錯誤として、男性用立式小便器も個室に設置されていますが、少しゆっくりしながらリラックスして用を足したい時と、やんごとなき事情で急いで用を済ませたい時など、その両方に対応できるトイレだと思いました。機能が複合されると時間消費のニーズは増え、トイレはさまざまな「ついでの連鎖」を生むことになると思います。手を洗う、会話をする、打ち合わせをする、休むなど、これまでのトイレ空間は効率よく回転させることに特化していたものが多かったのですが、ここでは時間の使い方も選択することができ、魅力的だと思いました。実は見学前に平面図を見ていたのですが、このプランではさまざまな用途に対応したフレキシビリティを持つ共用トイレが「ある」ことが外から分かってしまい、LGBTや障がい者や子育て中の方にとっては「そのトイレに入るところを外から見られてしまう」ことをネガティブに捉えてしまうのではないかと思っていました。しかし、むしろ「共用」とはLGBTや障がい者などの方がたに特化した「専用」ではないことを意味するので、門脇さんが共用トイレのヘビーユーザーになるかもと仰ったように、さまざまな人たちが混ざりながらそこを使っている状況が、安心感に繋がり、セキュリティ的効果も生むように思いました。

オルタナティブ・トイレ平面オルタナティブ・トイレ平面
扉には、個室内に設置された機能を表示。
扉には、個室内に設置された機能を表示。
共用トイレの個室内。
共用トイレの個室内。

永山

今回、共用トイレを設けたことで女性用トイレの数は減っていますが、共用トイレは機能も充実していますし、ユーザーの女性は「無理して女性用にこだわる必要もないかな」と考えるようになるのではないでしょうか。

門脇

この個室を使わなくてはならないという強制感もないので、ジェンダー問題を抱える方でも抵抗感なく利用できるでしょう。今日はこっちを使おうと状況や気分で選択できることがよいですよね。
最近では、健康管理をするようなIoT型トイレが徐々に普及しつつあります。オルタナティブ・トイレの個室にも、例えば体重計を設置し、体重を測ったら自分のスマホにデータを転送することだってできるでしょう。そのようにトイレをサービス化することも可能ではないでしょうか。そうすればトイレの可能性がもっと広がりそうだなと思いました。

永山

健康バロメーターの測定器を入口に設置すれば、そこを通る度に自分の健康情報がスマホに蓄積されていくということはできるかもしれません。

門脇

トイレをコンピュータに接続すれば、そこから先のさまざまな展開をすることができるように思います。オルタナティブ・トイレはその布石としても機能するのではないかと思います。

永山

しかし、そうすることで管理されていると感じる人もいるはずで、そのあたりはせめぎ合いになると思いますが可能性はありますよね。

南後

オルタナティブ・トイレは、HOSHI棟1階のゲストも使える場所につくられましたが、その意味は大きいと思います。最近の高校生は、大学を選ぶ基準のひとつとして「トイレがどれだけ綺麗で快適か」ということも考えるようで、若い世代の人たちもトイレ空間に関心があるみたいです。会社や学校の1階のトイレは、不特定多数の人の利用が想定されるもので、それぞれの会社や学校という組織がジェンダーなどの課題をどのように捉えているか、そのスタンスを映し出す鏡になっていると思います。オルタナティブ・トイレは、LIXILが考えるダイバーシティへの意識やこれからの社会に対するメッセージを発信する場でもありますね。

永山

最近の商業施設における女性用トイレの充実はすごいですよ。女性トイレのインテリアデザインの仕事が来たこともあります。商業施設では女性顧客を獲得する道具として魅力的なトイレになっています。オルタナティブ・トイレを設計している時も、ここをウェルネス空間として捉え、働く人がリフレッシュする場になってほしいと考えて設計しました。その中には、もちろん従来からの排泄などの行為も含まれますが、オルタナティブ・トイレがちょっと席を立つきっかけになったり、あそこへいけば誰かと会えるかもというように感じてほしいと思っています。