土地の魅力を引き出し、観光拠点の多様なユーザーを受け入れる空間づくり

レストランにおけるトイレ空間の在り方

隈研吾(建築家、隈研吾建築都市設計事務所)

『商店建築』2019年12月号 掲載

飲食店のなかでも観光地にある店舗は、不特定多数の人が利用する可能性が特に高くなる。それと同時に、店舗のインテリアデザインは、意匠性だけでなく設備の機能性や耐久性が問われ、バリアフリーを始めとするユーザビリティー、更に観光地のブランドを保つための全体的なクオリティーが求められる。2019年10月にオープンした「ミクニ伊豆高原」は、絶好のロケーションと最高の料理、そして建築としての高度な技術と空間デザインによって、通常の飲食店の枠組みを越えた地域観光のゲートウェイとなるべく誕生した。その施設づくりのプロセスと設計や設備へのこだわりをプロジェクトメンバーに聞く。

隈 研吾

隈 研吾

1954年生まれ。東京大学建築学科大学院修了。コロンビア大学客員研究員を経て、隈研吾建築都市設計事務所を主宰。現在、東京大学大学院教授(建築)。多様な素材を巧みに取り入れた建築、自然や土地の文化を汲み取った空間づくりが世界中で高い評価を受ける

三國 清三

札幌グランドホテルや帝国ホテルで修業後、1974年に駐スイス日本大使館料理長就任。名だたる三ツ星レストランで修業を重ね、1982年帰国。1985年東京・四ツ谷にオテル・ドゥ・ミクニ開店。2007年「現代の名工」として表彰。2010年フランス共和国農事功労章オフィシエを受勲

店内客席からテラスとオープンキッチン方向を見る。壁面のほとんどがガラス張りになっており、海や緑に囲まれた空間で食事できる

伊豆の魅力を発信する場所

2019年10月5日、静岡県伊東市にある伊豆急行線伊豆高原駅前にレストラン「ミクニ伊豆高原」がオープンした。同レストランは、交通事業関連や不動産、ホテル・リゾート、サービス事業など多岐にわたる事業を展開する東急グループが開発を手掛け、東急株式会社が施設を所有、株式会社東急ホテルズが運営を行う。東急グループの各社では、これまで伊豆エリアでさまざまな事業を展開しており、同レストランを通じて、地域やグループ各社とのシナジー効果を発揮し、新たな賑わいを生み出すことや、地域観光の回遊性の向上、地域活性化が目指されている。
同レストランの設計を手掛けたのは、建築家の隈研吾氏(隈研吾建築都市設計事務所)。また、レストランの料理は「オテル・ドゥ・ミクニ」オーナーシェフである三國清三氏がプロデュースし、ミクニでシェフを務めた佐々木章太氏が料理長を務める。建築と料理界の日本を代表する巨匠が携わり、この場所でしか体験できないレストラン空間が立ち上がった。

レストランが建つのは、伊豆高原駅を出るとすぐに目に飛び込んでくる崖地の頂。ガラスのボックスの上に存在感のある木組みの構造体が載ったような、浮遊感のある外観が印象的だ。レストランのある丘のような敷地は、元々、東急グループの持つ敷地であったが、樹木が生い茂る林のようになっていた場所だった。伊豆エリアの活性化に取り組む東急グループが、伊豆高原駅を同エリアのゲートウェイとして開発するにあたり、プロジェクトを推進する東急グループ代表の野本弘文氏が同地を訪れ、相模湾を望む絶好のロケーションを体感して、レストラン開発がスタートしたという。

外観を見上げる。伊豆高原駅からすぐの場所にある小さな崖のような立地に、せり出すような建築が建てられた

外観を見上げる。伊豆高原駅からすぐの場所にある小さな崖のような立地に、せり出すような建築が建てられた

「設計のポイントは大きく二つ。一つは、海が見えるだけでなく、その先に見える伊豆大島を正面に捉えるような、内側からの眺望を生かした建築の配置。もう一つは、伊豆半島全体の観光の起点となるための、発信力を感じさせる外観でした」と隈研吾建築都市設計事務所は話す。建築内は、木組みの構造体が覆う力強い印象の空間でありながら、建物外周は3面がガラス張りになっており、海や施設周辺の緑を存分に感じることができる。高さ7m程の崖地からせり出すように建つ外観は、日本の伝統的な建築工法である懸造(かけづくり)から着想を得て、スリムな鉄骨柱と、それに支えられるように広がるボリュームのある木の構造体によって存在感が強調されている。伊豆高原駅から歩いてくる時に見上げる位置に、天井面の個性的な木組みの構造体を設けることで、施設のアイキャッチとなることを企図しているという。また、この木組みは、意匠としてだけでなく屋根全体の構造として機能する。最大で7.6mのスパンを木材だけで渡すため、素材には耐久性があり長いサイズで取ることができるアラスカヒノキの無垢材が用いられた。隈研吾氏は、「集成材でもつくることは可能だったが、テラスを始めとする屋外でも耐える耐久性、そしてミクニの素材を生かした料理に呼応する建材としてアラスカヒノキの無垢材を採用した」と話す。その言葉通り、客席では木目を感じられるようにあえてテーブルクロスを用いない点や、屋外テラスの中心を突き抜けるように伸びる1本の松の木、和紙で囲まれた個室など、自然や素材と調和するような空間づくりがなされている。

テラス越しに相模湾を望む。テラスの中央には松が床を突き抜けるように伸び、格子状の構造体からは木漏れ日のような光が落ちる、自然を感じる開放的な場が広がる

心地良い空間体験を実現するトイレ空間

レストラン内では、客席に隣接するようにオープンキッチンが広がる。天井や床の木の素材感や、窓の外の景色を際立たせるように、落ち着いたトーンでカラーリングされたこのキッチンは、オリジナルで制作されたものだ。また、レストラン内の開放的な雰囲気に合わせるようにオープンキッチン部分が広くつくられているため、空調と除菌システムについては、三國氏のこだわりのシステムが導入されている。
一方、トイレまわりでも、デザイン性と機能を考慮した計画がなされている。トイレは、客席約50席に対して、男女それぞれ1室ずつが設けられた。法的に多目的トイレの設置義務はなかったが、多様な人を受け入れる観光拠点として、いずれのトイレも車イスでの利用が可能な広さを確保している。トイレ内は、白を貴重としたなかに、アラスカヒノキのカウンターと、長くスマートな手すりが優しい空間をつくっている。そして、手洗い越しのミラーに仕込んだ間接光が浮かび上がり空間のアクセントになっている。便器は、ゆったりとしたフォルムに最新の機能がつめ込まれたINAXのタンクレストイレ「サティス Gタイプ」を採用。「トイレ内も客席と同じく、必要な機能と条件を満たしながら空間づくりに妥協しないオリジナルのデザインで仕上げたかった。ミラーやカウンターは必要最低限の大きさにしつつ、車イスの方も健常者の方も利用しやすい幅や高さを設定しました」と隈事務所は話す。ゆとりのある空間ながら、シャープな印象のミラーと、無垢材のカウンターの存在感がやさしくアクセントとなっている。機能的でありながら、丸みをおびた陶器があたたかな「サティス Gタイプ」。そして「ミクニ伊豆高原」の素材を生かした料理に呼応する建材やディテールへのこだわりは、建築の構造を始め施設全体で感じられるものだ。
伊豆の海と自然に囲まれたロケーションを生かすことをメインテーマとして計画された建築や設備が、ここだけでしか味わえない時間を支えつつ、付加価値のある空間体験を実現している好例と言えるだろう。

トイレはゆとりのあるスペースを確保し、カウンターや手すりにも腐食に強いアラスカヒノキが使われている

男女1室ずつ(左:女性用、右:男性用)で、それぞれ車イスでの利用が可能な設計になっている

東急グループの伊豆エリアでの取り組み

写真左から東急の市川岳志さん、中曽根翼さん、杉浦竜太さん

静岡・伊豆エリアには伊豆急行や東急グループで運営するホテルなどがあり、東急グループとして以前からこのエリアを活性化していく取り組みを続けてきました。その軸となるプロジェクトとして、2017年に運行し始めた伊豆観光列車「THE ROYAL EXPRESS」や、今年の寝姿山・下田ロープウェイのリニューアル、寝姿山の山頂にオープンした観光交流施設「THE ROYAL HOUSE」などがあり、そのなかでも「ミクニ伊豆高原」は目玉の一つとなる存在です。この施設自体が人々を惹きつける場所となるだけでなく、伊豆エリアのゲートウェイとして、ここを起点に多くの観光客が伊豆の魅力を感じるきっかけになってほしいという東急グループの思いがあります。「ミクニ伊豆高原」の周辺にオリーブを植樹するプロジェクトもその一環です。オリーブが増えていくことで、地場の産業の一つになり、美しい海を始めとする自然を生かしながら、地中海の沿岸のような観光地としての魅力を高めていくことにつながると考えています。
2019年12月には東急が、JR東日本やジェイアール東日本企画と共に、伊豆エリアの観光拠点間のシームレスな移動を実現する二次交通統合型サービス「観光型Maas」の実証実験のフェーズ2も予定されていて、今後も伊豆エリアの活性化に積極的に取り組んでいくところです。

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雑誌記事転載
『商店建築』2019年12月号 掲載
https://www.shotenkenchiku.com/products/detail.php?product_id=351

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公開日:2020年09月30日