街を体感する滞在型ホテルで、空間体験を最大化するトイレ

長谷川豪(長谷川豪建築設計事務所)

『商店建築』2020年3月号 掲載

街を少しずつ異化していくホテル

岡山市の中心部の街中に新築されたホテル「A&A ジョナサンハセガワ」と連続する出石ギャラリー。周辺の街に溶け込むよう日本家屋の雰囲気を取り込んだ外観

岡山市の中心部の街中に新築されたホテル「A&A ジョナサンハセガワ」と連続する出石ギャラリー。周辺の街に溶け込むよう日本家屋の雰囲気を取り込んだ外観

長谷川豪  HASEGAWA GO

長谷川豪 HASEGAWA GO
長谷川豪建築設計事務所

東京工業大学大学院修士課程修了後、西沢大良建築設計事務所を経て、2005年長谷川豪建築設計事務所設立。2015年東京工業大学大学院博士課程修了 (工学博士)。現在ハーバード大学デザイン大学院(GSD)客員教授

2019年10月、岡山県岡山市の中心部、岡山城や旭川周辺の歴史的、文化的な背景を持つエリアにホテル「A&A ジョナサンハセガワ」(以下、ジョナサンハセガワ)が開業した。同ホテルは、公益財団法人石川文化振興財団が中心となって取り組んでいる、世界的に活躍する現代美術アーティストと建築家が岡山で一つの建築作品をつくる「A&A」プロジェクトの一環として計画されたもの。同時期に、もう一つのホテル「A&A リアムフジ」も開業し、今後20年をかけて棟数を増やしていく長期のプロジェクトだ。プロジェクトメンバーは、ディレクターをギャラリストの那須太郎氏(TARO NASU 代表)、アドバイザーを建築家の青木淳氏(青木淳建築計画事務所)、プロデューサーを財団理事長の石川康晴氏が務め、岡山が芸術への理解を深め、芸術を楽しめる滞在型都市へと発展させていくことを企図しているという。
「ジョナサンハセガワ」は、ベルリンを拠点に制作活動を行っているアーティスト、ジョナサン・モンク氏とアイデアやコンセプトを共有する形で、国内外で活躍する建築家の長谷川豪氏(長谷川豪建築設計事務所)が設計を手掛けた。長谷川氏はプロジェクトの経緯について次のように語る。
「ホテルと言っても普通の宿泊施設の計画ではなく、アーティストと建築家がコラボレーションすることで生まれた住宅スケールの建物を10棟以上建てて、10年以上の時間をかけて岡山の街に侵食させていくプロジェクトです。話題になるような立派な建物を建ててお客さんを呼ぶのではなく、岡山の人も気づかないくらいのスピードで少しずつ街を異化していく考え方が良いなと思いました」

2階の細長いフロアにバスルームや洗面カウンターを配置。建物全体が周辺の建物よりも少し高くつくられ、岡山後楽園などの景観を望む

2階の細長いフロアにバスルームや洗面カウンターを配置。建物全体が周辺の建物よりも少し高くつくられ、岡山後楽園などの景観を望む

変形のW型の構造が見せる巨大なスケールと、ホテルのヒューマンスケールが対照的に存在し落ち着く雰囲気の中に非日常的な体験を生む

以前にローマで行われた「日本の家 1945年以降の建築と暮らし」展で、長谷川氏の展示を見て興味を持っていたというモンク氏が指名する形で、両者のコラボレーションが決まったという。
「ジョナサンは、新しいものをつくるよりも、既存の偉大なアート作品や考え方を時に皮肉ったり、今の視点で再解釈するような活動をしています。そして、私も新しいものをつくるより、その場所で共有されている建築の共通言語を読み解いて、引き受けながら建築をつくっていくことが多く、互いに共感しながら計画をしていった。一般的にアートホテルと呼ばれるような、あっと驚かせるような空間ではなく、宿泊する人が、街の中に滞在している感覚を楽しめる空間にしたいと考えました」
ホテルの敷地に隣接する建物に、元々あった建物の形跡が残っていたことを手がかりとして、元の建物と空間を、もう一度再現するようなつもりで建築を計画していったという長谷川氏。更に、青木氏がホテルに隣接する敷地でギャラリーとカフェを計画することになったことで、モンク氏と長谷川氏がホテル部分、青木氏がギャラリー部分の設計を担当しながら、全体のコンセプトを三者で構築していった。

日本家屋のつくりと巨大な構造の融合

建物は平屋建てと2階建て部分が一体になっており、2階から渡り廊下のように別の建物へつながるつくり。1、2階をつなぐ階段を兼ねた変形のW型の構造が建物全体を支えている。2階に上がると、周辺の建物よりも少し高い位置から岡山後楽園を始めとする趣のある街並みを望むことができる。また、公共建築のような大きな構造が日本家屋のスケールの中に現れることで、落ち着ける日常的な空間と、非日常的な雰囲気の間で宿泊者は気持ちを揺さぶられるような体験をすることができる。

ホテルのトイレは、建物の構造である柱の中に配された。扉は天井高さ5.5mまである。トイレ内の天井には鏡が貼られ、縦に長く伸びるような空間に、サティス〈Gタイプ〉のシンプルなデザインがマッチする

ホテル棟の1階にあるトイレは、W型の構造の中に設けられている。三面の壁がコンクリート打ち放し、一面がラワン合板の塗装仕上げで、その半分が天井と同じ高さの5.5mの木製ドアになっている。床は三和土とし、天井には鏡が貼られているため、鏡の反射によりトイレの中が10m以上の高さに感じられる。一方、2階にあるバスルームや洗面カウンターは、この建物で一番見晴らしの良い場所にあり、水まわりが印象的なスペースとしてレイアウトされている。
「普通であれば、見晴らしの良い場所に寝室をつくるのかもしれませんが、寝ている時よりも、滞在中のくつろいでいる時間に特別な空間体験があると良いなと思いました。トイレの便器は、鏡によって縦に伸びる空間の印象を損なうことのない、シンプルかつ優雅でおおらかなデザインのサティス〈Gタイプ〉を採用しています。特にホテルでのトイレや入浴の時間は、私自身も究極的にリラックスしたいと思っていて、素材感やデザインにはこだわりたいところです。そのためバスタブや洗面カウンターは、2階の細長い空間に合わせて特注しました。水周り設備は、ある意味ではほとんど記号化されているけれど、空間のスケールや目的に合った形をつくっていくことも大事なのではないかと思います」
同ホテルプロジェクトの街や土地に溶け込みながらも、新しい要素を挿し込んでいくような手法には、水周りを始めとする日常的に使う空間の在り方を、少し違った視点から見ることでより最適化し、より心地良いものにしていくためのヒントが散りばめられている。

ギャラリーカフェ側のトイレは、天井高2.1m、壁仕上げがコンクリート打ち放しにクリア塗装と、ホテルと同じラワン合板の塗装仕上げ、床は縞鋼板の亜鉛メッキになっている。ホテルよりも多くの人が利用することを想定し、パブリック向けのタンクレストイレとメンテナンスフリーの発電式リモコンが採用された

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雑誌記事転載
『商店建築』2020年3月号 掲載
https://www.shotenkenchiku.com/products/detail.php?product_id=357