レストルームにおけるホスピタリティーで空間に付加価値を生む

野地春香(ぴあ)、井上愛之(ドイルコレクション)

『商店建築』2020年8月号 掲載

野地春香氏(ぴあ)・井上愛之氏(ドイルコレクション)

神奈川・横浜のみなとみらいに完成した「ぴあアリーナMM」は、レストランやホスピタリティーラウンジを備える、音楽コンサートに最適化したエンターテインメント施設だ。同施設を開発・運営するのは、音楽やスポーツ、演劇、映画などのチケット販売を中心にエンターテインメント関連の事業を展開する「ぴあ株式会社」。同社が初めて手掛ける大規模なアリーナの経緯と目的、そこに求められたラウンジやレストルームを始めとするホスピタリティー空間のポイントについて、ぴあ アリーナ事業創造部の野地春香氏、ダイニングやラウンジのインテリアデザインを手掛けたドイルコレクション井上愛之氏に聞いた。

施設外観(写真提供/ぴあ)

民間企業ならではのアリーナプロジェクト

横浜・みなとみらい駅と桜木町駅の間に立つ「ぴあアリーナMM」。音楽コンサートを始め、各種イベントに対応可能な収容人数最大1万2141人規模を誇るアリーナを有し、カフェダイニングやホスピタリティーラウンジを備えたエンターテインメント施設として計画された。開発・運営を手掛けるぴあ アリーナ事業創造部の野地春香氏は、プロジェクトについて次のように話す。
「民間企業が1社でこれだけの規模のアリーナ施設をつくることは、弊社だけでなく国内においても初めての試みです。このプロジェクトがスタートした経緯には、市場のニーズと弊社が掲げるミッションの二つの側面があります。近年、音楽業界において、ライブイベント需要に対して会場が不足しているという問題がありました。既存のアリーナ施設において改修や立て直しを行う時期が重なってきたため、大規模な会場のニーズが高まることを見越して、約5年前に計画がスタートしました。また、弊社ではチケット販売や媒体による情報発信を長年行ってきた実績があり、それに加えてイベント関連事業のスタートからゴールまで一貫して携われる場所をつくるという目的もありました」(野地氏)
「ぴあアリーナMM」は、商業施設やオフィスが集まるみなとみらい駅周辺の再開発エリアに位置する。敷地面積は1万2000㎡、地下1階、地上4階建てで、延床面積は2万3139.81㎡。施設内には、同じく同社が初めて手掛けるカフェダイニングが設けられた他、アリーナの目玉のひとつとしてイベント来場者専用のホスピタリティーラウンジ、更にイベント関係者用のVIPラウンジが併設されている。これらの付帯施設の空間をデザインするにあたり、井上愛之氏(ドイルコレクション)は「それらの施設に何が求められているかを明確にしていきました」という。
「私がプロジェクトに参画した段階では、ダイニングやラウンジのコンセプトはまだ固まっていませんでした。そこで各エリアで提供するサービスの差別化を図りつつ、施設内で競合しないような空間づくりを提案していきました」(井上氏)

明るく開放的なオールデイカフェ&ダイニング「The Blue Bell」。トイレは男女ひとつずつ個室を設けている。アメリカ西海外をほうふつとさせる壁紙やタイルがあしらわれ、デザインを損なわないシンプルなタンクレストイレのサティス〈Sタイプ〉が採用された

イベントの空間体験を拡張する施設

2階の「The Blue Bell」は、本格的な窯焼きピザやパンケーキを提供する他、テイクアウトメニューもそろえるオールデイカフェダイニングだ。屋外のデッキに面して大きな開口部のある開放的な空間が特徴。「『The Blue Bell』は、限定的でない使われ方をを想定し、開放的で居心地の良い空間としました」と井上氏。路面から直接店舗のエントランスにアクセスできる階段も設けられ、公演の無い日にも周辺のオフィスワーカーや近隣住民が利用することを想定している。
対して、3階の「CLUB 38」は、イベント時に来場者が事前予約することで利用できる、有料のホスピタリティーラウンジだ。ゆったりとしたホール空間に、ビュッフェやバーカウンターを設け、当日公演予定のアーティストに関連したコンテンツを提供する。ヘッドホンの貸し出しサービスなどもあり、イベント前の高揚感を、更に盛り上げる仕掛けがなされている。一方、4階のVIPラウンジは、イベントを主催する関係者だけが利用できる場所として計画され、バーカウンターやブース席、アリーナに直結する個室などが広がる。
「3階の『CLUB 38』における空間のテーマは『ビスポーク』です。『ぴあアリーナMM』ではさまざまなアーティストが公演します。イベントの内容によって変化する利用者の属性をフレキシブルに受け入れながらも、来場者の気持ちを盛り上げる特別感のある空間デザインを目指しました。また、4階のVIPラウンジは『アチーブメント』をテーマに、主催者の方々に“またここでイベントをやりたい”と思っていただけるような上質な雰囲気を演出しています」(井上氏)
 野地氏はこれらの付帯施設を設けた狙いについて、「日本のライブイベント業界では、飲食をしながらイベントを楽しむという文化があまり浸透していません。それは運営面でのリスクを避けるためでもあります。『ぴあアリーナMM』のダイニングやラウンジでの体験により、ライブイベントの体験が単独で存在するのではなく、飲食やその他のコンテンツとつながることで、より魅力的なものになっていけばという思いもあります」と話す。

事前予約制の有料ホスピタリティーラウンジ「CLUB 38」(利用料3500円~)。女性用トイレは、コンサート前の気分を盛り上げることを意図して彩度の高いピンクを採用。写真撮影を意識したアーチ型照明が鏡に施された。サティス〈Sタイプ〉を採用した男性用トイレの個室は、シックなデザイン

イベントに向けて気持ちを盛り上げていくためのトイレ空間

「ぴあアリーナMM」は、「多様な属性の利用者が訪れる場所」であることを踏まえつつ、各エリアのレストルームでは機能に合わせた空間づくりがなされている。3階「CLUB 38」では、女性用のレストルームの壁面全体を深みのあるピンクで構成した。化粧台側に広がるミラー張りの壁面には、アーチ状のライン照明が内蔵され、華美な中にも高級感のある雰囲気を感じさせる。
「イベント前の高揚感を演出すると共に、写真映えする場所としても使ってもらうことを考えました。背景となる壁と天井の色を統一した他、トイレブースの扉が常時閉じた状態になるようにするなど、この場所だからこそのディテールを取り入れています」と井上氏。更に野地氏は「ライブイベント時、アーティストのグッズTシャツに着替えたり、メイクを直すなど、トイレがイベントに向けて気持ちを盛り上げていくための場所でもあります」と話す。アリーナのホワイエにあるレストルームでは、イベントの前後に多くの来場者が素早く利用できるよう、数と機能性が重視されているのに対し、ラウンジ内のトイレブースはゆったりとしたつくりになっているのも付加価値につながる。
一方、4階のVIPラウンジのレストルームは、ラウンジの印象と連続する落ち着いた照明や木質の仕上げによる大人の雰囲気が演出されている。
「VIPラウンジは、基本的には大人がメインで利用することを想定しているため、空間の雰囲気だけでなく、トイレ設備のデザインや機能も上質なものを選定しました。個室に導入したSATIS〈Gタイプ〉は、タンクレストイレとしての機能性や丸みを帯びたおおらかなフォルムに加えて、ノーブルトープやノーブルブラックのカラーとマットな質感が、内装の木や石調の仕上げ、アッパーな印象のインテリアとマッチします。また、男性用トイレには、大人の利用者をターゲットとしてミニマルで高級感のある小便器(参考商品)を採用しました。利用する人の属性を理解し、そこへ向けたデザインをすることで、空間体験の質が高まると思います」(井上氏)
ハイエンドなレストランなどの設計も多く手掛ける井上氏は、店舗空間に導入するトイレ設備は、機能性に加えて空間演出につながるデザイン性も重視するという。また、社会におけるライフスタイルや人の行動様式が見直されている今、「トイレ空間のデザインの考え方も変容する可能性があります。例えば、人やモノとの距離感の感じ方が変われば、トイレブースはもっと広くなるかもしれないし、男女共用にして面積を確保したり、衛生面を意識して内装の仕上げや機器のサイズ感なども変化していくかもしれない。私達デザイナーは、スタッフやお客さまなど空間の利用者のことを常に考えて、ホスピタリティーの高いデザインを心掛けていく必要があります」と話す。トイレ周りの設備は、まさにその空間体験を左右する重要な要素。高い付加価値を生み出すことができるプロダクトとして、今後ますます注目されていくはずだ。

関係者専用のVIPラウンジは、上質な素材を多様したきらびやかな空間。トイレも洗面空間から個室まで高級感を感じさせるデザインが施され、女性用トイレの個室は曲線を描くサティス〈Gタイプ〉のノーブルトープ色を採用。男性用トイレには、ターゲット層とリンクする上質さを持つコンパクトタイプの小便器(参考商品)を配した

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雑誌記事転載
『商店建築』2020年8月号 掲載
https://shotenkenchiku.com/products/detail.php?product_id=367

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公開日:2022年09月22日