中小オフィスビルのトイレとこれからの働く環境

トイレ・水回りから働く場を豊かにつくりかえる

神本豊秋×金野千恵(建築家)×門脇耕三(建築学者)×石原雄太(LIXIL)

『新建築』2023年11月号 掲載

これからの働き方と水回りのアクティビティ

門脇:

おふたりの提案はそれぞれ対照的なアプローチでした。神本さんは、設備の壁という一種のインフラによって、中小規模のオフィスビルが抱える課題を劇的に変えようという提案でした。更新時の初期コストは、不動産価値を高めることで回収するという経済合理性も示していただきました。水回りのアクティビティをワークプレイスにちりばめることで、多様化する働き方をサポートするという点がユニークだったと思います。
金野さんの提案は、中小規模のビルの利点を水回りの改修によって最大化するというアプローチでした。現代のトイレや水回りは、そこでの体験が豊かではないという気づきから、トイレに行く過程やそこで過ごす時間を、設えや周辺環境を読み解きながら計画しています。トイレのあり方によっては街との繋がりをもたらす公共的な役割をになったり、テナント同士のメンバーシップを築くきっかけにもなるという提案は発見的だったと思います。神本さんはトップダウンによる改修、金野さんはボトムアップテナントによる改修という違いもあると思います。
一方で、それぞれに共通していたのは、ワークプレイスのあり方や働き方を豊かにしていくためには水回りが重要である、という視点だったと思います。それぞれの提案についての感想や気づきがあれば教えていただけますか。

金野:

トイレの改修でどこまで手を加えるかという点について、PSの場所を変更すると建築全体の構造に手を加えることになり、改修コストが嵩みます。神本さんの提案はPSをそのままにしながらもインフラとなる設備の壁を設けることで大規模な水回りの改修を実現していて、新しい選択肢を示していると思いました。

神本:

そうですね。改修がビル全体の不動産価値を高める、ということがセットになってはじめて成立する提案だと思います。金野さんのトイレの設えを各階で変えていく提案の場合、一度に改修するのではなく、空室になったフロアから徐々に改修していくということも可能な提案だと思います。お気に入りのフロアのトイレに行くというのは楽しそうですよね。テナントは1棟貸しよりも、フロア貸しの方が、各階での交流から新しいことが生まれそうです。従来のフロア貸しでも、こうしたトイレがあれば上下階で移動したくなると思いました。

門脇:

これからの働き方がどのように変わっていくのか、その時に水回りやトイレはどのような存在なのか、おふたりの意見を教えてください。

金野:

トイレに行くことが思考を切り替えるきっかけとなったり、余白を生み出す存在、場所になってほしいと思います。各階の設えが異なることに加えて、たとえば階段の蹴上はどのくらいにするか、トイレまでの経路はどんな風景かなど、ちょっとした余白を見直していくことが、働く環境や時間を豊かにする上では必要不可欠だと思いました。

神本:

「余白」はトイレとその周りのアクティビティを考える上で重要なキーワードになると思います。設備の壁のひだ状のプランは一見すると効率がよくないように見えますが、こもって作業するスペースや屋外のワークプレイス、設備の壁も一部はテーブルにもなっています。気持ちを切り替える、余白を生み出す時に水回りのスペースが活用できると思います。

門脇:

水回りにさまざまなアクティビティを期待する新しいワークプレイスですね。

神本:

そうですね。この提案におけるテナントの最大のメリットです。中小規模のオフィスでは、テナントの要望で共用部にある水回りを変更することは難しいと思います。ですがオールジェンダーのトイレやシャワーブース、キッチンがワークプレイスにあった方がよいと考えるテナントも少なくありません。テナントの価値観を体現できるワークプレイスになるのではないかと思います。

金野:

トランスジェンダーや障がいのある方、高齢者が分け隔てなく利用できる水回りの計画に正解はないと思います。運営者によって考え方が違いますし、誰を利用者としてイメージするのか、またパブリックなのか限られたメンバーシップの利用かでも異なります。運営方法や利用者の価値観が大切です。また、個別のトイレ空間に関しても、最初からフルスペックで用意するのではなく、必要な場合にはフルスペックにも対応できる空間を用意しておく、ということも大事だと思います。トイレの機能性だけでなく、運用によってはその体験や、意味合いが変わる部分も大きいと感じています。特に中小規模のオフィスビルでは、テナント内の顔の見える働き手の中で水回りへの価値観をいかに育てていくのかが重要だと思います。

門脇:

築年数の経った中小規模のオフィスビルも、水回りの改修を通して、現代的な働き方にも応える魅力的な空間になる、その可能性をおふたりに示していただきました。建て替え時期を迎えているストックも多い中、建て替えや大規模なリノベーションだけではない選択肢があることを教えていただきました。おふたりの提案を通じて、中小のオフィスビルのストックは豊かな可能性の塊だと感じはじめています。

(2023年9月11日、オンラインにて。文責:新建築編集部)

座談会後記

2017年での企画(SK1705)ではジェンダーに着目してオフィストイレの新しい考え方をご提案いただき、その後の考察も経て、皮相的なオールジェンダートイレではなく、使用する側に選択性のあるトイレ空間がこれからのオフィスには必要なのではないかと議論してきました。
オフィスワーカーがトイレに求める選択肢は、一様ではありません。たとえば、トランスジェンダーには男女共用トイレを使いたい人もいれば、男女別トイレを使いたい人もいますし、車椅子ユーザーには多機能トイレを使いたい人もいれば、一般トイレを使いたい人もいます。それらのニーズに応えるトイレ・水回りは、これまでのオフィスビルにあるような基準階で完結するプランではなく、今回のおふたりからいただいたご提案のように、ワークプレイスに広げたり上下階に分散して共有することで、小規模なオフィスビルでも多様で豊かな選択性が実現する可能性が見えてまいりました。
オフィスの役割が多様化する中で、トイレ・水回りは、排泄などの生理的欲求を満たすだけでなくリフレッシュやコミュニケーションの場として、ますます重要な役割となることが期待されます。それゆえにこそ、人それぞれに異なる価値観や感覚に配慮して、ウェルネス空間にしていく必要があるのだと思います。

(石原雄太/LIXIL)

  • ※トイレに関する法令、条例について
  •  トイレに関する法令や条例により、男女区別や必要器具数などが定められていますが、今回は架空のオフィスとして企画しているためそれらを考慮しておりません。

「正しい手洗い」がしやすいパブリック向け洗面器 ── ラウンドデッキボウル

株式会社LIXILは、しっかり手を清潔にするための「正しい手洗い」がしやすい、パブリック向け洗面器ラウンドデッキボウルを発売しました。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)感染拡大以降、衛生意識の高まりによって、手を清潔にするための「正しい手洗い」が広く認識されるようになりました。正しい手の洗い方として、手のひらや手の甲だけではなく、指・爪の間や手首までこすり洗った後、15〜20秒くらいかけて水で洗い流すことが重要とされています(首相官邸HPより)。
そこで、本商品は、手洗い時の手の動作領域を検証し、ボウルに触れにくく、手首までしっかり洗いやすい形状を実現し、「正しい手洗い」を無理なくラクにできるよう設計しました。
ボウル手前、両サイド、物置スペースにいたるまで、水ハネをしっかりガードして、ボウル回りがぬれにくく清潔を維持しやすいほか、ボウル天面にラウンドデッキを設置することで、スマートフォンや手帳など小物を置くのに便利な形状になっています。

ラウンドデッキボウルは、中小規模のオフィスや店舗の手洗いスペースや、福祉施設などのエントランスにお役立ていただけます。ボウルは新しく開発した人造大理石製で、重量がわずか8kgととても軽く、作業員ひとりでも運搬・搬入・設置が可能です。

LIXIL ラウンドデッキボウル
https://www.lixil.co.jp/lineup/lavatory/round-deck/

雑誌記事転載
『新建築』2023年11月号 掲載
https://japan-architect.co.jp/shop/shinkenchiku/sk-202311/

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公開日:2024年02月27日