INTERVIEW 014 | SATIS

変わっていくことを受け入れる

設計:白井宏昌+尾形嗣朗 | 建主:Hさま

1階2階ともに深い軒がこの家の特徴になっている。

1階、2階ともに深い軒がこの家の特徴になっている。宅地開発の一番奥の高台に位置し裏山に自然も残っている。落ち葉が多い為、あえて樋はつくらなかったがそのことがより軒線を強調させている。玄関は右手奥、階段を登って入る。

この家は、住宅の設計の方法としてはとても珍しく、2つの設計事務所が共同で設計を手がけています。それぞれの代表の2人は、オランダの巨匠レム・コールハース時代の先輩と後輩、気心の知れた相手だからこそ、タッグを組むことができたのかもしれません。とはいえ、単に親しいということだけでなく、そこには「変化を受け入れていく」という共通するテーマがありました。それは、チームで取り組むからこそ生まれてくる可能性や予期しない変化を楽しむことを、レム時代に学んできた2人に共通するテーマでした。

レッスン風景

レッスン風景: リビングのソファーを動かして広々と使う。この日は雨であったが深い軒の向こうに見える雨が気持ち良く見えた。できるだけ窓をあけて外の空気を感じれるようにと大きなサッシは外部との一体感を生み出している。

犬が中心の家

建主のHさんは、この場所に30年住み続けてきました。現在はお子さんも独立し、ご主人は東京でクリニックを経営するドクター、奥さまはヨガやピラティスを通して、体と心のケアを行う仕事をしています。厚木にもスタジオもかまえて多忙な日々を過ごしています。大の愛犬家であり、友達の犬が何匹集まってもいいようにと、「家に関するすべてのことは、愛犬を中心に決めた」と話します。また長年住みつづけたこのまちで、地域になにか貢献できることとして、「料理教室など、自宅を地域の人の集いの場所にできればいいなとも考えた」のだそうです。取材の日も、奥さまの友人たちが駆けつけてくれて、ピラティスを披露してくれたり、前日には料理教室を行ったりと、人が集まっている様子がうかがえました。30年前にこの地域に住み始めた人たちの中には、今では一人暮らしになったり、以前に比べると体の具合が優れないという人もいますが、奥さまは、自宅をそうした人たちとも交流できる場にしたいと思っているそうです。また自身の専門の知見を多くの方に共有したいという想いから、スタジオでのクライアントワークとは別に、月に一度、地元の公民館を使って、心と体をケアするためのボディーワークを教えています。誰でも気軽に参加できるようにと、1回の参加費はワンコインと良心的です。スタジオでの仕事が終わるのは、夜の10時というハードな毎日を送っている奥さま。「毎日を精一杯生きたい」という言葉が印象的でした。
そんな奥さまの設計の要望は、機能的であること。シンプルであること。そしてデザイン的には「和風モダン」というテイスト。「明るすぎず、それでいて光を感じられる家」など、それぞれの言葉に明確なコンセプトが理解できました。

ソファーをリビングの真ん中に置いて外の風景を眺める。

ソファーをリビングの真ん中に置いて外の風景を眺める。いつも愛犬が隣にいる。

2つの軒の水平線

設計案に関しては、相当数の違う提案をしたそうです。さまざまな提案から、最終的に採用された案へとつながっていくのですが、当初から「2つの軒の水平線」というのが、全員の共通のイメージとしてあったそうです。このまちに暮らすメリットである自然を最大限に感じられるように、軒を深く張り出し、窓を開けて暮らせるように考えました。雨をしのいだり、暑い日差しをさえぎったりしながら、風を入れるのにも最適だからです。また、機能的であるだけでなく、軒のある造りは、窓からの景色を美しく切り取ることも可能にしました。自然との一体感を高めるために、この2つの水平線は重要なコンセプトへと昇華していきました。外観も、日本の家の典型的な軒という記号が、街並みにも溶け込んでいくことへと繋がったようです。しかし、このコンセプトを除くその他のディテールなどについては、次から次へとアイデアが変化していったそうです。

1階リビング前、道路側からの眺め。

1階リビング前、道路側からの眺め。奥の左側が玄関になっている。道路から一段上がったところが玄関になっている。

1階

1階(クリックで拡大)

2階

2階(クリックで拡大)

カスタマイズということ

白井さんは、とりわけ「カスタマイズ」という建築への考え方を以前より提唱しています。「家は、出来上がった時が完成ではなく、そこから変わっていく様が面白い」と言います。自身の研究でも、人々が既存のものをどのように変更していくのかなどを調査したりしていますが、この家の設計において特筆すべきことは、設計の途中段階からさまざまな変化をあえてつくっていることです。そのため設計の期間は、とても長かったそうです。はじめの提案から着工まで、約2年間をかけています。施工期間中ですら、変更を取り入れていきました。この変更を認めるということに関して、白井さんは、「自分と違う意見を受け入れること、許容すること」だと言います。この言葉からは、単に受け入れるというよりは、積極的に受け入れるというような意味合いがありそうです。自分とは違う意見を受け入れたうえで、自分のデザインをしていくというような姿勢ともいえます。しかし、どうしても「もの」を作るというのは、明確なイメージに向かって形を崩さないというのが慣れ親しんだ方法ですから、概念として理解できても、なかなか実感が湧きづらいというのも正直な気持ちです。そこをあえて突破していくこの設計の方法にこそ、彼らのチャレンジがありそうです。
白井さんが、レム時代に学んだことのひとつに「それはないな」というような切り捨てることをしないこと、それもあり得るかもしれないという姿勢があったそうです。

白井さん

「変化を受け入れていく」ことを語る白井さん。

尾形さん

「動きのあるシーンを想像して設計する」と語る尾形さん。

空間と移動の関係

一方、尾形さんは、「空間と人の移動に興味がある」と言っています。同じものを見るのでも、エレベーターに乗っている時と、止まった時には違って見えます。それは移動するスピードから生じるものです。住宅の場合、そういったスピードの違いは極端にはないのですが、それでも、この家に向かって坂を歩いて登ってくる時、車で戻ってくる時、目の前の道路から見上げる時、あるいは、家の中でも、2階の廊下を歩きながら1階を見下ろす時、犬が走っている様子など、「動く」ということに意識を向けることで建築のつくりかたが変わるそうです。たしかに、建築は静止した状態で設計するのが常ですが、生活は、大半の時間は動いている状態といえます。そうした動きのあるシーンを想像して設計をするというのは、面白い視点です。

2階から1階のダイニングを見下ろす。

2階から1階のダイニングを見下ろす。

階段室から1階の廊下を見下ろす。

階段室から1階の廊下を見下ろす。

このコラムの関連キーワード

公開日:2019年09月30日