建築家メール・アンケート 2

ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツ

生活者として考える「パブリック・トイレ」について、お聞かせください。

ベトナムにおいて、パブリック・トイレは必ずしもポジティブな場所ではありません。東南アジア発展途上国全般に共通するイメージかもしれませんが、見た目の不衛生さ、暗くジメジメした雰囲気が最初に思い浮かぶのではないでしょうか。もともとホーチミンのような中心都市では、パブリック・トイレの設置数自体がとても少なく、外国人観光客が使えるような清潔なパブリック・トイレとなるとほとんど見当たりません。
近年は、ホーチミン中心エリアの公園緑地において、ローカルの銀行が無料で提供している「5つ星公衆トイレ」が設置されるなど、状況は改善されつつあります。ただし、こうしたトイレは衛生面の確保のために特別な設計がなされているわけではありません。したがって、清潔さを保つためには清掃員が常駐しなければならず、彼らが働かない夜中や休日は利用できないといった問題もあります。

五つ星公衆トイレ

ホーチミンの「五つ星公衆トイレ」。

設計者として考える「パブリック・トイレ」について、お聞かせください。

清潔さの問題をクリアするために、東南アジアの湿潤な気候のなかで最も気をつけなければならないのが水の問題です。ベトナムは典型的な熱帯気候です。一年を通して湿度が高いことから、床に落ちた水は自然乾燥せず、水が溜まりやすくなっています。
くわえて、利用者側のマナーの問題があります。公共のトイレを清潔に保とうという意識が非常に薄く、例えば洗面台で手を洗った水が落ちても誰も気にしません。その上を未舗装の道路を歩いて汚れた靴で歩くため、床がさらに汚れて見た目にも不快になります。
こうしたことから、利用の仕方や利用者のマナーに依らない、自浄作用を持つようなトイレを設計することが大切だと思います。水の流れやすい床勾配、掃除のしやすい素材の選定、自然換気の確保など、建築家はより注意して設計しなければならないでしょう。

生活者として、また設計者として、未来の「パブリック・トイレ」はどうあるべきでしょうか。

日本では、トイレは排泄をする以上の場所、すなわち快適性を求められる居場所として進化していると思います。パウダールームのある公衆トイレなども珍しくありませんね。しかし人間も動物ですから、清潔に保つように努力しなくてはすぐに不潔になってしまいます。このことを、東南アジアを訪れる日本の皆さんは目の当たりにするのではないでしょうか。
私は、その人間の動物性を残した、自分の汚さを自覚できるようなパブリック・トイレがあってもよいのではないかと考えています。そのことにより、私たち人間が持つ偏ったプライドを抑えることができるようなデザインのアプローチはどうでしょう。極端な話ですが、排泄されたものが可視化されても良いかもしれません。
私たちの事務所では瞑想を仕事と生活に取り入れるため、定期的に瞑想センターへ修行に行く機会をもうけています。その瞑想センターには鏡が一切ありません。自分のことを知るために、外見ではなく内面と向き合うためです。そんな、自分と向き合うことのできるトイレのあり方があっても良いかもしれませんね 。

風通しの良い解放的な竹の建築を多数手がけていますが、そのなかでトイレや水まわりのデザインについてはどのようにお考えでしょうか。

私たちが最初にパブリック・トイレについて考えたのは《Bamboo Wing》(2009)のプロジェクトにおいてでした。ハノイから50キロメートルほど離れた森の中に立地する郊外リゾートの最初となる施設で、レストラン兼クラブハウスとして計画しました。

《Bamboo Wing》

《Bamboo Wing》(撮影=HIROYUKI OKI)

ハノイの喧騒から離れて、週末を過ごすためのエリアにふさわしい場所の公共のトイレとして、訪れる人が好ましく思うような、トイレが一番の居場所になるようなものにしましょうとクライアントに提案しました。ベトナムのパブリック・トイレは上記で述べたように、改善が見られるとはいえまだまだ不衛生で、ポジティブな場所ではありません。どんなに建物をきれいにつくっても、トイレが都市の中のものと同じように汚れていては残念です。
このプロジェクトでは、竹構造の建物に付属した丘の中の空間に、トップライトをもった中庭を介して男女のトイレが向かい合う開放的なデザインを考えました。中庭に面した部分はガラスを用い、中から外が見える開放的なデザインにしましたが、中庭は明るいので、トイレの中を見ることができません。床は勾配をしっかりとって、水が溜まらないデザインとしています。

《Bamboo Wing》平面図

《Bamboo Wing》平面図。[クリックで拡大]

五つ星公衆トイレ

右の竹構造の建物をレストランとし、左の棟にトイレやキッチンを配置。
(撮影=HIROYUKI OKI)

続けて隣の敷地に設計した、リゾートのレセプションと会議場を兼ねた施設《Dailai Conference Hall》(2012)でもトイレにはこだわりました。

《Dailai Conference Hall》

《Dailai Conference Hall》(撮影=HIROYUKI OKI)

メインのトイレには外に開いた大きな窓を取り付けました。ガラスフィルムを利用して、外からは見えないけれど、内からは緑の丘と石壁に囲まれたランドスケープと視覚的に一体となるように設計しています。
小ホールに付随した個室トイレは丘の下につくり、視線だけでなく空気も外部とつながった半屋外空間としました。トップライトは空に向かって開け放たれ、自然通風と自然光を取り込む役割を果たしています。雨の日には水が滴り落ち、プライバシーを保ちながらも、自然と一体となったトイレです。

緑の丘と石壁に向けて開いた大きな窓。

緑の丘と石壁に向けて開いた大きな窓。(撮影=HIROYUKI OKI)

半屋外空間のトイレ。

半屋外空間のトイレ。(撮影=HIROYUKI OKI)

元来ベトナム人は開放的な場所を好む国民です。家のドアを開け放し、道端に家具を放り出しながら生活しています。気候も高温多湿で緑の管理は非常に容易です。緑のある風景とセットになった開放的なパブリック・トイレこそが、ベトナムの都市において求められているのだと思います。

他方で、農村地帯においても低所得の農業生産者のための住宅プロジェクトを手がけていますね。農村部におけるパブリック・トイレの可能性はどのように考えられるでしょうか。

私たちは《S HOUSE》シリーズと呼ばれる低所得者用住宅プロジェクトを継続して提案しています。現在は世界各地域への幅広い提供を目指していますが、もともとはベトナムの農村地域であるメコン・デルタ地方の貧しい人々のために始まったプロジェクトでした。

典型的なメコンデルタ地方の住居外観

典型的なメコン・デルタ地方の住居外観。

典型的なメコンデルタ地方の住居内観

同内観。(以上、特記なきものは提供=VTN Architects / Vo Trong Nghia Architects)

《S HOUSE》では状況により柔軟に対応するため、費用や用途によって水まわり機能を脱着できるようなシステムとなっています。例えば、シリーズ2作目となる《S HOUSE 2》は、典型的なメコン・デルタ農村部の夫婦のための住宅です。彼らの場合、住宅にはトイレを設けず、農場の真ん中に以前からある共同便所を利用することで、よりローコストをめざすことになりました。排泄物は作物の肥料となるため、こうした共同便所の利用は彼ら農村部の人々にとっては自然なことなのです。食物循環の一部として位置づけられたパブリック・トイレと言えるかもしれません。このような農村部におけるローコスト・ハウスの実現とパブリック・トイレとの関係はたいへん相性が良いと言えるのではないでしょうか。

《S HOUSE 2》

《S HOUSE 2》(撮影=HIROYUKI OKI)

VTN Architects / Vo Trong Nghia Architects(ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツ)

2006年、ヴォ・チョン・ギアによってホーチミンシティに設立。2011年にハノイ支部を開設。主な作品=《Bamboo Wing》(2009)、《Dailai Conference Hall》(2012)、《S HOUSE》シリーズなど。