冗長性のあるパブリックスペース

上田孝明(日建設計NAD室)×西田司(オンデザインパートナーズ)×三浦詩乃(横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院助教)

『新建築』2019年10月号 掲載

これまでLIXILと新建築社では、姉妹誌『新建築住宅特集』にて玄関、床、間仕切り、水回り、窓、塀、キッチンなどについて企画を立て考察してきました。また本誌2017年5月号では、3名の建築家にテナントオフィスビルのこれからのトイレを提案いだだき、それを元に座談会を行い、パブリックトイレのあり方について考えました。今回は、上田孝明氏、西田司氏、三浦詩乃氏の3名に、これからのパブリックスペースのあり方について議論いただきました。

撮影:新建築社写真部(特記を除く)

座談会風景。左から三浦詩乃氏、上田孝明氏、西田司氏。

公共空間における実践、そこから得た発見

──これまでに関わってきたパブリックスペースのデザインやマネジメントについてお伺いできますか。また、その実践を通して得た課題などを教えていただけますか?

上田孝明(以下、上田)

私は大学を卒業後、GK設計でプロダクトデザイナーとして活動し、現在は日建設計NAD室(NIKKEN ACTIVITY DESIGN lab、以下NAD)に所属しています。NADは、建築のビルディングタイプにかかわらず、人のアクティビティデザインを起点として、建築の設計やまちづくりをしており、私はストリートファニチュアなどのプロダクトデザインの経験を活かして主にパブリックスペースのデザインを担当しています。
東京都調布市、トリエ京王調布の「てつみち」は、2012年に地下化した京王線の線路跡地を活用したパブリックスペースです。線路跡地に約2kmの商業施設をつくる上で生まれた約100mの空地に対し、市に移管するまでの2年間の暫定的な活用が求められたので、NADはアクティビティデザインの一環としてワークショップを行い市民と徹底的に議論を重ね、何が調布の街に求められているのかを考えながら計画とデザインを行いました。最終的に、階段にもベンチにも見える、家具のような遊具のようなファニチュアを考案し、利用者が思い思いに気兼ねなく自由に使える場をつくりました。
また、2018年10月にTokyo Midtown DESIGN TOUCHで生まれた「PARK PACK(パーク パック)」は、東京ミッドタウンの依頼のもと、ULTRA PUBLIC PROJECTの一員として、NADほか日建設計メンバーも参画し企画・運営した未来の公園を考えるプロジェクトです。通常、公園ではボール遊びをしてはいけないとか、大声を出してはいけないというように禁止行為がたくさんありますが、それって本当に公園なのか? ということから考え直し、みんなのやりたいことができる公園をつくろうというコンセプトでプロジェクトがスタートしました。四角いコンテナに組み立て式のテーブルや椅子などのツールが収納され、多彩なツールをベースにアイデア次第で公園が映画館やライブ会場などさまざまな場に変わるような仕組みをつくりました。期間中、芝生広場にはいくつもの異なる遊び場が登場し、楽しみながら公園のあり方について考えるイベントとなりました。私はそのような実践を通してパブリックスペースに関わっています。

上田孝明氏によるパブリックスペースの実践

上田孝明(うえだ・たかあき)

上田孝明(うえだ・たかあき)

1981年兵庫県生まれ/2006年東京藝術大学美術学部デザイン科卒業/2006~2017年GK設計/2017年~日建設計NAD室/2019年~東京藝術大学非常勤講師

四角いコンテナ「PARK PACK(パーク パック)」に、ユニークでフレキシブルな組み立て式のテーブルや椅子などのツールが収納され、これらの多彩なツールをベースに、アイデア次第で、公園が映画館やライブ会場、カフェなどさまざまな「場」に変身する。
提供:上田孝明

京王線の線路跡地につくられた「てつみち」。ここは子どもたちの遊び場やちょっとした時間を過ごせる木製の大きな椅子、サイクルポートなどが置かれている。京王電鉄や行政、市民の方などを交えワークショップを行い、この場所にあるべきパブリックスペースを実現した。
2点撮影:Satoshi Nagare

西田司(以下、西田)

日本都市計画家協会が主催する「まちづくりカレッジ」という社会人向けセミナーの講師を上田さんが担当されていて、私はそのセミナーに参加しました。セミナーでは世界のパブリックスペースを紹介していたのですが、リサーチや運営団体へのヒアリングなど、なかなか気付かないところを上田さん特有のマニアックな視点で紹介されていました。

上田

世界のパブリックスペースの調査を目的に、ベルリン、アムステルダム、サンフランシスコ、ニューヨーク、ロサンゼルスなどの事例を見て回ったのです。その直後に「まちづくりカレッジ」の講師としてお声がけいただき、現地で得た情報を通してお話させていただきました。

西田

セミナーではさまざまな発見があり、とても勉強になりました。一方、三浦さんは横浜国立大学で助教を務められているほか、パブリックスペースに特化したメディアプラットフォーム「ソトノバ(https://sotonoba.place/)」という活動もされています。そこでは、世界各地におけるパブリックスペースの事例をわかりやすい記事と写真で紹介しています。例えば、ニューヨークのブライアントパークなど、そのパブリックスペースの考え方、手法、政策などさまざまな切り口から分析を進めており、実践的なパブリックスペースを考えている人たちにとって指南書のような役割を果たしています。

三浦詩乃(以下、三浦)

私は公共空間のデザインやマネジメントについて研究を行う一方、研究者の立場からソトノバのようなメディア媒体の活動にも少し関わっています。公共空間といってもさまざまあるのですが、私の専門はストリート(街路)です。幹線道路は、交通がより安全により円滑になることを目指してつくられたものですが、1960年代に提唱されたブキャナンレポートが未だに教科書とされているように、基本的な考え方は昔と大きく変わりません。しかし、最近では市街地内にはゆっくり滞在できるような道・ストリートが求められるようになってきています。これまでそこは幹線道路のように交通が優先された空間として、車と人を移動体として捉え、さらに隣接する建物は道と切り離して考えられがちでしたが、グランドレベルをまとめて考えることで人のアクティビティを創出し、地域コミュニティを生み出すなどの取り組みが行われています。
日本各地のストリートのデザインやマネジメントを調査しているのですが、実践者には道路法や道路交通法など専門的な知識が必要ですし、道路管理者に道路占用許可を取り、交通管理者である警察に道路使用許可を取る必要があるなどやりとりも複雑で、どこも同じような悩みを抱えている印象があります。最近、『ストリートデザイン・マネジメント 公共空間を活用する制度・組織・プロセス』(学芸出版社、2019年)を出版しました。これからのストリートのあり方を考え、既存交通ネットワークについて現在の法体系での実践を数多く紹介し、未来志向で次のルールづくりを提言しています。実践を広く共有することで、各地での公共空間の改善や都市環境を改善していくことに繋がると考えています。2020年の東京オリンピック・パラリンピック以降、東京でも街路空間を積極的に利用していくという話がいくつか進むでしょうから、よりストリートについての議論が活発になっていくと思っています。

上田

人口減少が予想されるこれからの日本社会において道路交通量を断面的に見ると、通過のためのスペースはそんなに要らなくなり、不要になったスペースをどう活用していくのかが問われているように思います。極端な話、道路は移動をするための装置なので、道路交通法に沿って考えると、立ち止まっている人は法に違反しているとも言えます。そのため人の滞留を促すベンチを置くということも、わざわざ場所を確保して置かせてもらっているという状況と言えます。歩くという行為の中には、座って休憩することも含まれると思うのですが、そもそもの道路空間が、人に寄り添うような発想に基づいてつくられていないので、三浦さんが仰ったようにグランドレベルをまとめて考えて、アクティビティを促進する提言は素晴らしいと思います。

西田

そうですね。私がパブリックスペースに興味を持つようになったのは、デンマークの建築家ヤン・ゲール氏が提唱しているパブリックライフという概念に共感したことに始まります。住宅を設計する際、敷地の中だけでクライアントの生活を考えてしまいがちなのですが、人の生活というのは本来敷地外でのことも含めてのものです。例えば、親と喧嘩した子どもが部屋に閉じこもってしまうように、家の中だけで居場所を考えると、どうしても内向きになりがちで関係も悪くなってしまいます。アメリカの社会学者であるレイ・オルデンバーグ氏は、『サードプレイス−コミュニティの核になる「とびきり居心地よい場所」』(みすず書房、2013年)で、家でもなく学校でもない場所が都市には必要だと指摘していますが、人の生活の中には、住宅やオフィスなどをはじめとする建築空間では受け止められないものもあり、それらを受け止めるため、道路や公園などのパブリックスペースが第3の場所となり得るのではないかと思っています。しかし今の日本では、日中公園のベンチにサラリーマンが座っている光景を見ると、サボっているのかクビになった人なんじゃないかと心配してしまいますよね(笑)。昨今、働き方改革やライフシフトが謳われていますが、自分の時間を上手に使うということが人生の豊かさに繋がるという考えがより一般的になれば、オフィスで仕事をするのではなく、公園で緑に囲まれて仕事をする方が生産効率も上がって豊かだと思うようになり、昼間公園のベンチにサラリーマンがいることが不思議ではなくなるのではないでしょうか。
また、公園や道路をある時間帯だけ普段とは異なる使い方をしたり、部分的に借りたりなど、空間利用のあり方を時間軸で考えることができるのではないかと思っています。オンデザインでは、横浜スタジアムに隣接する横浜公園の利用促進を行うプロジェクトに5年ほど関わっています。公園の便益生を高めるために公園でドリンクを提供したり、スタジアムに大きな窓を設けて練習している選手を見ることができるようにするなど、公園のエンターテイメント性を増やそうとしたものです。一時的に公園内に仕切りを設けてビアガーデンを開催したり、パブリックビューイングなどをしているのですが、恒常的に利用するのではなく、一時的に空間を利用していくことに可能性を感じています。

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公開日:2020年11月26日