穴が開くほど見る
── 建築写真から読み解く暮らしとその先 (第8回)

青木淳(建築家)×鈴木理策(写真家)

『新建築住宅特集』2023年7月号 掲載

「テルメ・ヴァルス」ピーター・ズントー

「テルメ・ヴァルス」 ピーター・ズントー(1996年、スイス)撮影:HELENE BINET

鈴木:

この写真を選んだ理由は、ここに行った時の記憶が強く残っていること、それと構図が石元さんと似ていると思ったことです。建築に出会うまでのアプローチも非常にドラマチックですが、内部は迷路のようで、外光が入る部分があったり、カメラを構えるとアングルが光の線と建物の線と重なったり、切れたりといったことが起こり、見方によっては天井が緑色に見えたり、消えて見えなくなる感覚にもなる。内部の変化を感じる建築です。石積みだから直線的で重厚な建築でもあって、でもここは温浴施設だから、裸になって教会に入っていくような感覚があります。石が水に濡れ、そこに染み入るような姿、それが跡になって、やがて乾いて消えていく。そんな時間の空気も感じられます。そして、この地域で採れる石を使っているので、外観も内部も全体が風景の中のひとつの姿として馴染んでいます。「青森県立美術館」に冬に行くと、雪の風景の中で建物の存在が消えたり、白い壁が雪の中から見えてきたりする。そうしたあり様とすごく似ているんですよね。雪や石の素材の重さや質感を撮るというのはとても難しいものです。このコンクリートとは違う洞穴のような経験をどう伝えられるかと考えたことを思い出しました。

青木:

僕もこの写真の構図や重なり方が石元さんの写真に似ているなと思いました。ただ、石元さんの写真はいちばん奥行きのあるところが平面になっているけれど、この写真はどこまでも続くような奥行きをつくっている。そういう点で石元さんの逆だなと思います。左の柱のように見える部屋の壁が屋根まで伸びていて、天井には線が見えます。これはそこまで柱が立っていて、それを繰り返すように並べてつくられています。構造的に切れているところからスリットに光が入っていく。その光が印象的にしているのだと思います。岩の塊同士がどういう集合で浮いていくと、隙間が生まれるかといったつくり方だと想像ができます。

建築の魅力・写真の魅力

鈴木:

建築が好きなので自分で見に行くこともあるし、建築の撮影の依頼を受けることもありますが、どの場面でも建築に対峙すると、これをつくった建築家は、人の動き方や空気の流れ、音の聞こえ方などをどこまで想定していたのかなと思いながら、その経験を写真にできるだけ含んでいきたいと思っています。ただ、どうしてもカメラを覗いた時には、建築のフレームが最初に強く出てきます。それとの無理のない付き合い方を目指す撮り方をしようとしています。僕は建築にはつくった人の人柄が現れていると思います。思想はもちろんのこと、人の身体感覚はそれぞれ異なることが建築を見ていると分かります。その幅にはグラデーションがあって、それも写真に写ってくるといいと思うし、そういうところに建築の魅力を感じています。

青木:

今日お話ししていても、改めて写真から学ぶことはたくさんあると思いました。それは建築が、どこからどこまでが建築なのかということに関わっているからです。敷地の中、その建物の中だけととらえるのか、経験として考えるかという大きな差です。建築は孤立したものではなく、繋がった長くて広い経験の中のひとつの場所だと思います。それが写真と深く関係して感じられます。ジークフリート・ギーディオンが、『空間 時間 建築』(1941年)という本を、建築には空間と時間という要素が重要であることをテーマとして書いていますが、建築に時間という問題を取り入れるのはすごく難しい。しかし写真は静止したものだから、捕まえられる時間の間隔というものがある。そこに注視すると、写真を撮った人の眼差し、その人がつくる世界というのが見えてきて、そこから建築が教わることがあるのではないかと思います。

鈴木:

空間は時間ですからね。だから建築を撮る写真に時間を消してしまうと、記録という機能は残るけれど、失うものも多いと思います。

青木:

建築は壁や屋根といった塊なので、物として撮るという撮り方もあります。一方で空間は生きものみたいに変わっていく柔らかい存在だから、それを写真でどう撮るかという問題になる。鈴木さんの写真は、まさにそういうことをやられているのだと思います。

鈴木:

僕たちの生きている場所に流れている時間の中で、ものを理解したり、情報を手に入れる時は時間を止めていると思います。何かを見て言葉にする時も同じです。だから実際にそれを意識して、流れている時間の中の経験を思うというのは、実は結構難しいことではありますね。特に建築にはいろいろなメッセージが細部にあって、経験を積めば積むほど見え方が変わりますよね。どんな材料をなんで使っているか、どんなスケールか、すべて情報になって見えてくるから、写真でも純粋に時間を感じる経験を写すということが難しくなる。知らない方が上手くいく場合もあるし、知っていないと目がいかないところもあるし、その塩梅もあります。でもその中で何を目指していくかが、建築でも写真でも面白いところだと思います。

(2023年5月25日、堀ビルにて、文責:新建築社編集部)

東京都港区「堀ビル」で行われた対談風景。
撮影:新建築社編集部

INAXライブミュージアム「世界のタイル博物館」

「INAXライブミュージアム」

株式会社LIXILが運営する、土とやきものの魅力を伝える文化施設「INAXライブミュージアム」(愛知県常滑市)の一角に、タイルの魅力と歴史を紹介する「世界のタイル博物館」がある。
タイル研究家の山本正之氏が、約6,000点のタイルを1991年に常滑市に寄贈し、LIXIL (当時のINAX)が常滑市からその管理・研究と一般公開の委託を受けて、1997年に「世界のタイル博物館」が建設され、山本コレクションと館独自の資料による装飾タイルを展示している。
オリエント、イスラーム、スペイン、オランダ、イギリス、中国、日本など地域別に展示されていて、エジプトのピラミッド内部を飾った世界最古の施釉タイル、記録用としての粘土板文書、中近東のモスクを飾ったタイル、スペインのタイル絵、中国の染付磁器に憧れたオランダタイル、古代中国の墓に用いられたやきものの柱、茶道具に転用された敷瓦など、タイルを通して人類の歴史が垣間見える。また、5,500年前のクレイペグ、4,650年前の世界最古のエジプトタイル、イスラームのドーム天井などのタイル空間を再現。タイルの美しさ、華やかさが感じられ、時間と空間を飛び越えて楽しむことができる。

左上:イスラームのタイル貼りドーム天井の再現。右上:メソポタミアのクレイペグによる壁空間の再現。左下:常設展示室風景。右下:古便器コレクション。

左上:イスラームのタイル貼りドーム天井の再現。右上:メソポタミアのクレイペグによる壁空間の再現。左下:常設展示室風景。右下:古便器コレクション。

常設展「近代日本の建築と街を飾った、やきもの」
建築陶器のはじまり館──テラコッタパーク

大正から昭和初期、新しい時代の建物が次々と建てられ「建築陶器」と呼ばれるやきもの製のタイルとテラコッタがその外壁を飾りました。明治時代初期のものから1930年前後の全盛期に至る、日本を代表する芸術性の高いテラコッタ、帝国ホテル旧本館(ライト館)・建築会館・大阪ビル一号館など24物件を展示しています。

所在地:愛知県常滑市奥栄町1-130 tel:0569-34-8282
営業時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
休廊日:水曜日(祝日の場合は開館)、年末年始
入館料: 一般700円、高・大学生500円、小・中学生250円(税込、ライブミュージアム内共通)※その他、各種割引あり
web:https://livingculture.lixil.com/ilm/

雑誌記事転載
『新建築住宅特集』2023年7月号 掲載
https://japan-architect.co.jp/shop/jutakutokushu/jt-202307/

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公開日:2023年10月30日