住宅をエレメントから考える

蘇える身体──風呂と入浴のこれからを思考する(前編)

須崎文代(神奈川大学特別助教/日本常民文化研究所所員)

『新建築住宅特集』2021年2月号 掲載

風呂と入浴の3つの条件

図14:風呂と入浴の3条件

図14:風呂と入浴の3条件

以上の、風呂と入浴の意味的側面を理解するため、〈野性〉〈感性〉〈理性〉の3条件を設定してみたい(図14)。すなわち、〈野性〉は生き物の本性としての身体そのものや自然との関係性についての側面、〈感性〉は古代ローマやイスラム文化の公衆浴場に見られるようなコミュニケーションや娯楽としての精神的側面、あるいは皮膚感覚への集中と快楽から得られる感性的側面も含まれよう。〈理性〉は社会的ふるまいや、衛生・医療、あるいは技術的なシステムを主眼とした側面に関する条件である。宗教や儀礼に伴う沐浴は、いずれの条件も含むものと位置づけられるだろう。そして3つの条件に共通する目的が、「身体を蘇生する」ことなのである。ギーディオンが指摘するとおり、古来人間は蘇生するために入浴という行為をさまざまなかたちで繰り返してきた。日常的に、肉体や精神を蘇生するためでもあり、湯治や薬浴のように入浴を積極的に医療行為として用いる場合もあった。いずれにせよ、その目的が現代まで受け継がれていることは事実である。

ところで、オルダス・ハクスリーは『すばらしい新世界』(講談社文庫、1974年)で、現代の通念となる衛生思想を見抜いたディストピアを描いている。同書では、臭いや菌は忌み嫌われる対象であり、卑俗なものの象徴なのである。ヒロインのレーニナは、「振動真空マッサージ器」を使って入念に入浴した後、身体にパウダーを吹き付け、洗面台に並んだ8種類の香水やオーデコロンを選んで振りかける。そして「ほんのり桜色に輝いて、まるで内側に光をひそめた真珠さながら」になるという、身体の理想像を豊かな筆致で著した。新世界では、「清潔は、神々しさ(フォードらしさ)に次ぐもの」、「文明は消毒にほかならないもの」として幼い頃から教育されたのである。ハクスリーは、現代の潔癖文化に通じる社会規範を見事に指摘して見せたのだといえる。
このように近現代が〈理性〉的に目指した清潔志向も、再検討される対象となるかもしれない。病原となる菌やウィルスから身を守る必要性の一方で、菌が身体維持に有効であり、過度の潔癖は身体を弱体化する側面が考えられることからも看過できないだろう。

動き続ける風呂と共同性

最後に、風呂の利用形態と共同性について考えてみたい。
それぞれの住宅に風呂がない時代、入浴は共同性によって担保されていた。都市では共同浴場が発達し、社会基盤のひとつに位置づけられていた(図15)。パブリックな路上空間を利用した簡易的な風呂まで出現した例も見られる(図16)。村落では、「もらい風呂」や「まわし風呂」といった風呂の共同利用を介在した生活共同体の組があった。こうした共同利用を伴う風呂は、「裸の付き合い」による地域住民のコミュニケーションや、集団免疫のような生理的強化の側面にも役立ったと推察される。共同利用における羞恥心については、幕末・明治に来日した外国人たちがその様子を記し(図17)、混浴の破廉恥さが指摘されたり、エドワード・シルヴェスター・モースのように利用の様相を丁寧に観察し「道徳的で礼儀正しい態度は、目のあたりに見るまで、外国人には想像もつかない」と評されることもあった。しかし、結果的に日本の混浴文化は近代化のなかで廃止されることとなった。

図15:明治の銭湯のサロン「二階座敷」。(『東京風俗誌』平出鏗二郎、1899年)

図15:明治の銭湯のサロン「二階座敷」。(『東京風俗誌』平出鏗二郎、1899年)

図16:路上の移動式風呂屋「辻風呂」。(『夫従以来記 中』、竹杖為軽、米山堂、1928年)

図16:路上の移動式風呂屋「辻風呂」。(『夫従以来記 中』、竹杖為軽、米山堂、1928年)

図17:『ペリー日本遠征記』に描かれた伊豆・下田の混浴公衆浴場。(『日本遠征記』、マシュー・ペリー、1857年)

図17:『ペリー日本遠征記』に描かれた伊豆・下田の混浴公衆浴場。(『日本遠征記』、マシュー・ペリー、1857年)

やがて上中流住宅から庶民の住宅へも、風呂場が普及する。日本の住宅近代化の動向をみれば、間取り的には北側に配置されることが一般的であった風呂場も、戦後の小住宅提案におけるコアシステムの採用(写真8、図18)や集合住宅の計画で縦配管系統の集約が重視されたことで、住宅の中心部分へと平面的に移動した。それは、換気性能など技術的な改良を後ろ盾にした動きでもある。しかし他方では、近世までの移動可能な道具(盥や浴槽)による沐浴や上記のような移動性を有する風呂に比べ、住宅の設備配管に関連付けられたことで、風呂の位置は固定化され自由度を失ったという側面も指摘できる。
バックミンスター・フラーが提案した「メカニカル・コア」(1943年・図19)は、こうした移動性に関するフレキシビリティをいち早く察知した提案であったかもしれない。浴室、台所、洗面所、トイレという光熱・水回り設備を一体化した提案は、生活環境の基幹の機械化と移動性を実現するための装置だったのである。

写真8:増沢洵「コアのあるH氏の住まい」(1953年)。水回りをまとめたコアとキッチンが背面合わせに配置される。

写真8:増沢洵「コアのあるH氏の住まい」(1953年)。水回りをまとめたコアとキッチンが背面合わせに配置される。 撮影:新建築社写真部

図18:池辺陽「住宅No.28」(1955年)の平面図(『新建築』5511)。

図18:池辺陽「住宅No.28」(1955年)の平面図(『新建築』5511)。

図19:バックミンスター・フラー「機械コア」(1943年)。(『機械化の文化史』、ジークフリート・ギーディオン、鹿島出版会、2008年)

図19:バックミンスター・フラー「機械コア」(1943年)。(『機械化の文化史』、ジークフリート・ギーディオン、鹿島出版会、2008年)

これからの風呂を考える時、健康と便利さと快楽への希求は、人間の生来的性質を考えればなくなることはないだろう。しかし〈理性〉に特化されている現代の風呂が、より豊かになる可能性は残されていそうである。機械技術が成熟した一方、自然資源への意識が問題視される今、改めて生活技術の見直しが問われている。火や水を無秩序に使える風呂は、20世紀後半に限られた所産なのかもしれない。あるいは寛容さを欠いた現代社会において、風呂や入浴のもつ役割は、心身の維持や生活の豊かさのためにより重視されるべきともいえる。そのような課題を包含しつつ、清潔さだけではない蘇生のための空間が提案されていくことを期待したい。来るべき未来、風呂はどこへ向かうのだろうか。

  1. *1:民俗学者の柳田国男(1875~1962年)は日本における「風呂」の語源や入浴の起源についての論考を残している。(『郷土研究』第3巻第3号内「風呂の起原」〈柳田国男、1915年5月〉)
  2. *2:『風呂の文化誌』(山内昶・彰、文化科学高騰研究院出版局、2011年)
  3. *3:古代ギリシア、ローマのことを指すと思われる。
  4. *4:『温泉と健康』(阿岸祐幸、岩波新書、2009年)
  5. *5:『清潔(きれい)になる「私」―身体管理の文化誌』(ジョルジュ・ヴィガレロ、同文館、1994年)、『においの歴史』(アラン・コルバン、藤原書店、1990年)など。
  6. *6:『地軸変更計画』(ジュール・ヴェルヌ、榊原晃三訳、創元SF文庫、2005年)
  7. *7:柳田は、日本の風呂の起源について仏教の作法から風呂(入浴)が発達したと考えられると述べている。
  8. *8:日本の外へ目を向ければ、管見の限り現場施工のものがほとんどではないかと思われ、大変興味深い傾向といえる。

主要参考文献:

  • 『物語ものの建築史 風呂のはなし』(大場修、鹿島出版会、1986年)
  • 『風呂と日本人』(筒井功、文藝春秋、2008年)
  • 『風呂とエクスタシー:入浴の文化人類学』(吉田集而、平凡社、1995年)
  • 『みっともない身体』(バーナード・ルドフスキー、鹿島出版会、1979年)
  • 『日本のすまい―内と外』(エドワード・シルヴェスター・モース 、鹿島出版会、1982年)
  • 『図説 不潔の歴史』(キャスリン・アシェンバーグ、原書房、
  • 『機械化の文化史―ものいわぬものの歴史』(ジークフリート・ギーディオン、鹿島出版会、2008年)
  • 『歴博』第142号「特集:湯屋・風呂屋」(国立歴史民俗博物館編、2007年)
  • 「大江スミのイギリス留学による明治期の住居衛生論の導入と国内での展開に関する研究」(須崎文代、科学研究費助成若手研究(B) 16K18222、2016~20年)
  • 『これからの社会、これからの住まい』「住むための衛生の軌跡」(須崎文代、LIXILウェブサイト、2020年6月)https://www.biz-lixil.com/column/urban_development/sh_review001
  • "Baths and bathing in classical antiquity", Fikret Yeg?l, Architectural History Foundation, MIT Press, 1995
  • "Sweat : the illustrated history and description of the Finnish sauna, Russian bania, Islamic hammam, Japanese mushi-buro, Mexican temescal and American Indian & Eskimo sweat lodge", Mikkel Aaland, Capra Press, 1978
INAXライブミュージアム「世界のタイル博物館」6点画像提供:LIXIL

INAXライブミュージアム「世界のタイル博物館」

株式会社LIXILが運営する、土とやきものの魅力を伝える文化施設「INAXライブミュージアム」(愛知県常滑市)の一角に、タイルの魅力と歴史を紹介する「世界のタイル博物館」がある。
タイル研究家の山本正之氏が、約6,000点のタイルを1991年に常滑市に寄贈し、LIXIL (当時のINAX)が常滑市からその管理・研究と一般公開の委託を受けて、1997年に「世界のタイル博物館」が建設され、山本コレクションと館独自の資料による装飾タイルを展示している。
オリエント、イスラーム、スペイン、オランダ、イギリス、中国、日本など地域別に展示されていて、エジプトのピラミッド内部を飾った世界最古の施釉タイル、記録用としての粘土板文書、中近東のモスクを飾ったタイル、スペインのタイル絵、中国の染付磁器にあこがれたオランダタイル、古代中国の墓に用いられたやきものの柱、茶道具に転用された敷瓦など、タイルを通して人類の歴史が垣間見える。また、5,500年前のクレイペグ、4,650年前の世界最古のエジプトタイル、イスラームのドーム天井などのタイル空間を再現。タイルの美しさ、華やかさが感じられ、時間と空間を飛び越えて楽しむことができる。
この博物館でもうひとつ興味を引くのは古便器コレクションだ。木製から衛生的で耐久性のある陶磁器製に変わり、青や緑の釉薬や染付が施されたものなど、トイレを清らかな空間に設えた工夫が見られる。

イスラームのタイル張りドーム天井の再現。

イスラームのタイル張りドーム天井の再現。

メソポタミアのクレイペグによる壁空間の再現。

メソポタミアのクレイペグによる壁空間の再現。

常設展示室風景。

常設展示室風景。

古便器コレクション。

古便器コレクション。

陶楽工房では多様なタイルを使ってインテリアづくりが楽しめる体験教室を開催(要予約)。

陶楽工房では多様なタイルを使ってインテリアづくりが楽しめる体験教室を開催(要予約)。

世界のタイル博物館

所在地:愛知県常滑市奥栄町1-130
tel:0569-34-8282
営業時間:10:00 ~ 17:00(入館は16:30まで)
休廊日:水曜日(祝日の場合は開館)、年末年始
入館料: 一般700円、高・大学生500円、小・中学生250円(税込、ライブミュージアム内共通)
※その他、各種割引あり
web:https://livingculture.lixil.com/ilm/

雑誌記事転載
『新建築住宅特集』2021年02月 掲載
https://japan-architect.co.jp/shop/jutakutokushu/jt-202102/

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公開日:2021年08月25日