住宅をエレメントから考える

おふろを建てる──風呂と入浴のこれからを思考する(後編)

髙橋一平(建築家)

『新建築住宅特集』2021年8月号 掲載

3. エレメントの自律化

次に、〈図0-b〉の具体例を示す。はじめに〈図4:ウォーキング風呂庭園〉 は、住宅に匹敵する存在感のおふろを住宅の横に併置する提案である。ハーフユニット・バス(床から60cm程度までをユニット化したタイプ)の技術を応用し、U字型(上面開放型)断面のカーブしたユニットを連結させ、鉄道玩具のレール部品のように庭で自由なかたちに組み立て湯を溜めるものである。もっともシンプルに連結するとドーナツ型になる。このほか、樹木がランダムに生えた庭であっても、縦横無尽に駆け抜けることができ、ウォーキングをしながら庭と入浴を同時に楽しむ。ここで1日を過ごすことができれば、おふろも住宅と同等であるといえる。
〈図5:高架下浴場〉 は、浴室を単独で町に発生させた例である。いわゆる銭湯に近いが、住宅と同じ手法で計画された銭湯よりも、街歩きから入浴までの経験がスムーズとなるものを考えた。すなわち、入口→下駄箱→番頭→脱衣所→浴室の仕切をなくす。細長い洞窟状のワンルーム建築を高架下に建て、入口から歩きながら服を脱ぎ、プールサイドでのようにシャワーを潜り、次第に床が下がり波打ち際から湯に浸かる、というコンテニュアスな計画によって、入浴までの各行為で毎度仕切り直さず自然に入浴できる。

図4:ウォーキング風呂庭園
図5:高架下浴場

同じく町を対象とした提案として、〈図6:池とふろ〉 は、日本全国に16万もの数が存在するといわれ、維持管理が社会問題化しつつある溜め池をきれいに清掃し公衆浴場化させ、それを単位に町を蘇らせるイメージである。人間以外の動物と池で一緒に戯れる暮らしも思い切って始めてはいかがか。
〈図7:ふろでんしゃ〉 は、通勤時間に入浴を重ねるものである。〈図7-1〉 は都市を走る環状線の最後尾に、おふろを連結するものである。進行方向が変わらないため最後尾のまま走り続ける。入浴したい乗客は、プラットホーム最端の券売機でカードに登録し、スムーズに乗車する。1周多めに廻り、最寄駅で下車する。〈図7-2〉 は、新幹線に連結した場合。2000年に廃止された食堂車も併せて復活させると、移動時間も豊かになる。東京駅を出発し、おふろでひと息つくころ、かつて銭湯の壁面に描かれていたように、窓から本物の富士山を拝む。

図6:池とふろ
図7-1:ふろでんしゃ
図7-2:ふろでんしゃ

4.「部分」を再生し、「エレメント」に読み替える

次の2題は、既成のユニットバス技術を応用するものである。既存の住宅や団地のストックを活用し、場所を問わず新しいおふろを設えることが可能な方法を考えた。〈図8:巨大ユニットバス・ルーム〉は、現在多く流通する、12-10や12-18といったユニットのサイズを、54-36(20㎡)や72-54(40㎡)のように拡張し、団地の一部屋をそのままユニットバス化する試みである。浴槽が小さなままの〈図8-1〉と、浴槽も拡大させた〈図8-2〉を考えた。いずれも玄関を開けるとおふろである。防水性能を活かし、〈図8-1〉では、これまで特に集合住宅では不可能だった植物園のような部屋や、丸ごと水洗いできる家を可能にする。濡れたまま食事をしても気にならない家具、部屋着を整え、おふろを軸とした家ができる。〈図8-2〉は、大きな浴槽で家族や同居人と入浴しながら交流する。防水性能の高い家電も近年は多く登場したため、浸かりながらの飲食や仕事も難しくない。〈図9:コンバーチブル・ユニットバス〉 は、ハーフユニットに開閉式の幌屋根を架けたものである。たとえば車を運転しなくなった高齢者が、自宅の空いた駐車場や庭先に設置し、外で入浴を楽しむ。基礎と配管工事のうえ、コンバーチブル型ユニットを設置するだけで、簡単にできあがる。

図8-1:巨大ユニットバス・ルーム
図8-2:巨大ユニットバス・ルーム
図9:コンバーチブル・ユニットバス

5. 生活環境のパラダイムシフト

図10:タワーマンションの最上階

そのほか、〈図0-a〉〈図0-b〉を複合させ、都市や自然環境のさまざまなシーンでおふろを定義し、住宅や建築にまつわるパラダイム転換を試みる。〈図10:タワーマンションの最上階〉 は、最上階の外壁をすべて外し、約200m上空の気流に身を委ね入浴するものである。もっともプライバシーが高く、大地のエネルギーからほど遠い高層ビルの最上階を、ふたたび自然界へ解放する手立てのひとつとして気に留めておきたい。その応用として、〈図11:おふろシティ〉 は想像しやすい。東南アジアの都市部では不法占拠によるものが多いが、都市でポテンシャルが高くかつ盲点となっている場所のひとつに日本でもビルの屋上がある。これによって、商業地域で無表情なビル街が少しずつ生気を取り戻す。かつては百貨店の屋上に遊園地があったが、そこがおふろによる楽園となる。水回りが充実していない古いオフィスビルでは、屋上にお風呂を据えることで生き返る。古さを活かしビル全体をラフに使い倒せば、生活行為も少しずつ大胆になるだろう。果ては小さなビルの住宅化も可能で、空洞化する都心の再生も視野に入れられる。新しく建てられたものだけに価値があるのではなく、使い方の工夫によって近代の産物を新しい価値へ向け再構築すればよいのだ。そこで同様に、工業地域の場合を考えた。〈図12:埋立地のおふろ〉 では、物流形態の変化で使用頻度が下がった臨海部の無機質なランドスケープに、再び自然観を取り戻す。広大なロットの敷地におふろを設え、ネット状の建築物でなるべく簡易に広く覆う。

図11:おふろシティ
図12:埋立地のおふろ

そこへ色とりどりのインコを集め楽園のムードをつくり、海のカモメと一緒に入浴する。着陸態勢のジェット機が間近の頭上を越え、轟音に包まれ瞑想する。市街地から離れた工場地帯へバスや車で通う会社員、仕事をして汗をかいた人びとのオアシスとなる。
一方、住宅地では、空き家率が10%を越え*3、単身暮らしの高齢者も増加している。そこで、〈図15:空き家の共同浴場サロン〉 のように、うち1軒をそのままバス・ハウスとし、付近の近隣住民で運営していくことを考えた。時間にゆとりのある高齢者が当番で清掃をし、会費を集めて維持する。帰宅の遅い若い人も自身の生活リズムに合わせて参加することができる。おふろ自体は、空き家に残された浴室を少し綺麗にする程度のものでよい。居間は休憩の場所であり、キッチンで飲食もできる。2階にサロンをもち、喋り足りない単身者間の交流が盛んとなる。お酒を飲んでそのまま泊まることもできる。銭湯が減りつつある今、高齢者の健康を維持するほか入浴中の事故発見率を高め、互助の暮らしが始まる。古い木造住宅街が、大きな家になっていく。

図15:空き家の共同浴場サロン
  1. *3:総務省、2018年

6. ラフな生活様式、新しい天国

2022年以降、郊外の貴重な自然であった生産緑地が指定解除される。すでに生産緑地周辺では建売り住宅化が蔓延る気配もあるが、自然環境から隔絶した機械のような住宅ではなく、ここは生産緑地をそのまま家に変えてはどうか。〈図13:農地で暮らす〉 では、ビニルハウスや倉庫が転がる農地を、半人工・半自然のバランスに富んだ居住環境ととらえ直し、分譲住宅とは異なる豊かさを得る。具体的には、ビニルハウス内におふろと一体化した生活空間を設える。冬も薄着で暮らす。おふろの脇で果物や野菜を育て、摘んで食べながら入浴する。コンテナや倉庫を改造し隣接させ寝室を用意すれば、たちまち暮らしは成立する。〈図14:温室群住宅〉では、これを新築でモデル化した例である。温室を複数棟建て、それぞれサウナ、バス、トロピカルフルーツを育てて食べるダイニングなどを割り当てる。温室のサイズやプロポーションが室内の熱環境に影響するため、それぞれに相応しい天井高さや気積を設定する。寒冷地であってもできるだけ南国に近い、ラフな暮らしの提案である。人間の自由意志を取り戻すには、生活環境をラフなものへ解き放つことである。
このように、住宅という枠組みや既成概念に縛られるのではなく、エレメントの飛躍により新しい暮らしの像が萌芽する可能性を提示することができる。世界の見方を変えることで、私たちの身の回りを天国のように変えられるのではないか。それは過去の価値観を転換することであると同時に、過去につくられたものを読み替え肯定し、新しい価値観へ救い出すことである。

図13:農地で暮らす
図14:温室群住宅

7. 実践

これらの提案は、少しの知恵と行動力によって比較的容易く実践することができる。そのことを信じられないとすれば、既成の価値観に身の回りを塗り固められ、自身が未来へ向け閉塞しているという現実を見直したほうがよい。夢を描かずにただ面倒臭がり、恥ずかしがり躊躇うことは、自身の過去をただ肯定するだけのつまらない欺瞞である。本論に掲げる多くの提案は空想のようでいて、実はどの提案も、いくばくかの度胸があれば実現できることを確認してほしい。本誌読者の中でこれらのアイデアを活用し、何らかの機会を得て実現された場合には、私との共作として収録し、本論の実例検証例としてアーカイブ化したい。「住めば都」という言葉があるように、実践してみれば必ず次第に身体に馴染み、次第にパラダイムシフトが起こるものである。一度しかない人生を変化によって切り開き、豊かなものへ向かうことは、社会の充実にも繋がるものと考える。

トイレを「ケ」から「ハレ」の空間へ
INAXタンクレストイレ「SATIS Stype」

株式会社LIXILは、INAXタンクレストイレ「SATIS Stype」を5年ぶりにフルモデルチェンジ、2021年6月1日より全国で発売開始した。「世界最小*・満足最大」をキャッチコピーにしたタンクレストイレ「サティス」初代モデルが発売されたのは2001年。今年で誕生20周年という節目を迎えての変革となった。(*2001年発売当時)
特徴は、初代から継承している前出寸法650mmの奥行きである。発売当時、従来のタンク付きトイレより140mmも短いこのコンパクトサイズは、トイレ空間に革新を与えた。奥行き1,200mmの空間であれば、自由に動けるスペースが約35%も広がるのだ。日本の住環境に多い狭小空間にも設置しやすく、別途で手洗器を設けたり、子供と一緒にトイレに入っても世話ができたりと、トイレ空間でできることが増えた。現代では、もてなしの空間としてトイレを位置付けているものも多く、それまで「汚い、臭い、怖い」の3Kとして隅に追いやられていたトイレを、居心地のよいプライベート空間として昇華させたのである。
今回のモデルチェンジでは、便器陶器部をLIXIL初となる直線を基調とし、横からの見た目、便フタ接合部分など、どの角度から見ても建築空間にすっきりと溶け込むシンプルなデザインとした。新型コロナウイルス感染症の影響により在宅時間が増加する中、トイレは考えごとをしたり、気持ちを落ち着かせたりと、個人の貴重な居場所になっている。今、世界中で住環境をさらに豊かにする動きは加速している。トイレに留まらず、これまで陰に隠されていた場所やエレメントを再考することで、新たな住環境の創造に繋がるだろう。「SATIS Stype」のシンプルかつコンパクトな佇まいは、今後さらに多様化するトイレ空間の進化に必要不可欠なプロダクトになるかもしれない。

雑誌記事転載
『新建築住宅特集』2021年8月 掲載
https://japan-architect.co.jp/shop/jutakutokushu/jt-202108/

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公開日:2022年01月26日