住宅をエレメントから考える

セイナルベンジョ──便所のこれからを思考する(前編)

須崎文代(神奈川大学特別助教/日本常民文化研究所所員)

『新建築住宅特集』2021年7月号 掲載

便所の「閾」:自然に帰す

ふたたび谷崎の著述をみると、興味深い一文がある。
「要するに、厠はなるたけ土に近く、自然に親しみ深い場所に置かれてあるのがよいようである。」
谷崎は、主屋から渡り廊下などで連続され、樹木に囲まれたような別棟の厠は、「臭気などはたちまち四方のすがすがしい空気の中へ発散してしまうから、四阿あずまやにでも憩っているような心地がして、不浄な感じがしない」のだと述べている*6。いまだ汲み取りが主流で、機械換気もほとんどなかった戦前期の状況を考えれば、清らかさを自然の中に求めるのは順当だろう。しかし谷崎には、生命としての身体が自然へ帰す境界空間として、便所をとらえていたようにも思われる。身体の排泄物が、やがて土へ戻り、作物の栄養となり、また身体へと戻る。こうした循環性を慣習的にとらえていたために、近代以前の日本人は糞尿への忌避感が強くなかったのだという*7。古くから便所には神仏が祀られ、出産(安産)や闘病といった生命に直結する祈りがささげられてきた(図16)*8。自らの身体と外界(あるいは此の世と彼の世)の境界として、民間信仰では位置づけられてきたのである。そのため、自然界との間の境界空間を「聖なる『閾』」と位置付け、そこに便所が設けられていたことが自ずと理解されよう。
同じく「便所が瞑想に適する場所である」という谷崎の指摘は、こうした便所空間の特質にも関係するものかもしれない。ひとりになれる便所は、想いに耽ることのできる貴重な空間だという意味では、現代でも変わらない。しかし、そこで展開される思考の連鎖は、便所空間の形態と同じく、近現代的理論に補助線が引かれたものなのかとも思われるのだ。
以上のように、便所は元来、「生」と「聖」の境界空間という意味性を有していた。いわば、生命に直結する祈りや自然としての身体に回帰する「聖なる」空間として位置付けられていたのだ。しかし、衛生改革と水洗化によって、自然から切り離し配管系統に連結された。水回り空間を合理的に集約させる考え方によって、特に集合住宅の計画では台所と共に便所も平面の中心付近へ位置付けることになった。そう考えると、そもそも「便所」という名称が「トイレ」と呼ばれるようになった頃から、こうした排泄行為と排泄物を人間生活の循環から切り分けようとする機能重視の空間へと変質したのかもしれない。昨今、改めて地球環境と人間の行為をひとつの循環系として再構築しようとする人新世のリデザインが検討されている。便所空間も、また新しい姿へ変貌するだろう(図17)。

図16:正月、便所の外に祀られたオヒナサマの飾り(お札)(『図説:厠まんだら』INAX出版、1984)

図16:正月、便所の外に祀られたオヒナサマの飾り(お札)(『図説:厠まんだら』INAX出版、1984)

図17:「Fountain(泉)」、マルセル・デュシャン、1917年( 出典『The BlindMan』)

図17:「Fountain(泉)」、マルセル・デュシャン、1917年( 出典『The BlindMan』)便器をひっくり返した芸術作品。異なる視点から便所を検討する作業が、創造的行為に繋がるだろう

  • *6:そして「叢の中で、青天井を仰ぎながら野糞をたれるのとあまり違わない程度の、素朴な、原始的なものほど気持がよいと云うことになる。」と述べている。
  • *7:『日本トイレ博物誌』、谷直樹他、INAX出版、1990年
  • *8: 『竈神と厠神 異界と此の世の境』、飯島良晴、講談社、2007年

追記:日本常民文化研究所では基幹共同研究「便所の歴史・民俗にする総合的研究」(研究代表 須崎文代)を推進している。心をお持ちの方は広く参加いただければ幸いである。

トイレを「ケ」から「ハレ」の空間へ
INAXタンクレストイレ「SATIS Stype」

株式会社LIXILは、INAXタンクレストイレ「SATIS Stype」を5年ぶりにフルモデルチェンジ、2021年6月1日より全国で発売開始した。「世界最小・満足最大」をキャッチコピーにしたタンクレストイレ「サティス」初代モデルが発売されたのは2001年。今年で誕生20周年という節目を迎えての変革となった。(*2001年発売当時)
特徴は、初代から継承している前出寸法650mmの奥行きである。発売当時、従来のタンク付きトイレより140mmも短いこのコンパクトサイズは、トイレ空間に革新を与えた。奥行き1,200mmの空間であれば、自由に動けるスペースが約35%も広がるのだ。日本の住環境に多い狭小空間にも設置しやすく、別途で手洗器を設けたり、子供と一緒にトイレに入っても世話ができたりと、トイレ空間でできることが増えた。現代では、もてなしの空間としてトイレを位置付けているものも多く、それまで「汚い、臭い、怖い」の3Kとして隅に追いやられていたトイレを、居心地のよいプライベート空間として昇華させたのである。
今回のモデルチェンジでは、便器陶器部をLIXIL初となる直線を基調とし、横からの見た目、便フタ接合部分など、どの角度から見ても建築空間にすっきりと溶け込むシンプルなデザインとした。新型コロナウイルス感染症の影響により在宅時間が増加する中、トイレは考えごとをしたり、気持ちを落ち着かせたりと、個人の貴重な居場所になっている。今、世界中で住環境をさらに豊かにする動きは加速している。トイレに留まらず、これまで陰に隠されていた場所やエレメントを再考することで、新たな住環境の創造に繋がるだろう。「SATIS Stype」のシンプルかつコンパクトな佇まいは、今後さらに多様化するトイレ空間の進化に必要不可欠なプロダクトになるかもしれない。

雑誌記事転載
『新建築住宅特集』2021年07月 掲載
https://japan-architect.co.jp/shop/jutakutokushu/jt-202107/

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公開日:2022年02月22日