パブリック・フロントランナーズ 8

「おおらかさ」と「したたかさ」──海の家からパブリック・スペースを考える

岩元真明(建築家、ICADA共同主宰)

東南アジアで考えた「おおらかさ」と「したたかさ」

私は2011年から2015年の4年弱、ベトナムのホーチミン市で建築の設計に携わっていました。その当時、「東南アジアの建築はおおらかでいい」といった話をよく聞き、私自身もはじめはそう思っていましたが、いつからか「おおらかさ」だけを強調することに違和感を感じるようになりました。

たとえば、ホーチミン市では木陰に屋台とテーブルをおいた飲食店や、路地に椅子と鏡をおいた簡易な床屋など、日本なら室内に閉じ込められた活動が外部に表出していることがよくあります。はたから見るとこれらは「おおらか」なのですが、実際には、建物を借りるお金がないから外で仕事をするという「したたかさ」をあわせもっています。言ってしまえば、彼らは公共スペースを私有化し、横領しているのです。

哲学者のミシェル・ド・セルトーは国家や大企業などの権力が行使する「戦略」に対して、弱者が生き延びる処世術を「戦術」や「横領」と呼びました。セルトーによる「戦術」の定義は、ホーチミン市で木陰や路地を生業の場とする人々の描写のようです──「そこにあるのは、『強者』のうちたてた秩序のなかで『弱者』のみせる巧みな業であり、他者の領域で事をやってのける技、狩猟家の策略、自在な機動力、詩的でもあれば戦闘的でもあるような、意気はずむ独創なのである」★1。

横領する戦術、あるいは、当世風に言えば「ハック」。東南アジアの建築の「おおらかさ」の背景には「したたかさ」があり、両者は表裏一体に結びついているのではないでしょうか。このような「おおらかさ」と「したたかさ」の問題は、外部空間の利用だけにとどまりません。東南アジアでは、端材を利用したり、建築用ではない材料を転用してつくられた建物を見かけますが、そのような「したたかさ」もまた、つくられた空間の「おおらかさ」に結びついているように感じられます。

《TRIAXIS須磨海岸》の実践

近年、神戸市須磨海岸の「海の家」の設計を通じて、このような「おおらかさ」と「したたかさ」について実地で考える機会を得ました。

《TRIAXIS須磨海岸》(2018)設計=ICADA/岩元真明+千種成顕 構造=荒木美香 家具=メイクエンズミート、グラフィック=三宅宇太郎 写真=表恒匡

《TRIAXIS須磨海岸》(2018)設計=ICADA/岩元真明+千種成顕 構造=荒木美香 家具=メイクエンズミート グラフィック=三宅宇太郎
写真=表恒匡

同上、内観 写真=表恒匡

同上、内観
写真=表恒匡

日本の浜辺は基本的に国有地なので、海の家の多くは期間限定の土地占用権に立脚する仮設建築物です。土地占有権は海水浴場ごとに組合が管理するのが通例で、ゆえに外部からの介入が少ない世界であり、楽観的に見ればおおらかで野趣に溢れた、批判的に見れば安普請で適法性すら怪しげな「ひと夏の建築」が建てられてきました。

海洋建築の専門家である畔柳昭雄氏によれば、19世紀末に日本で初めて建てられた海の家はきわめて簡素で、柱は掘っ建て、骨組みは丸太、外にはよしずが張られ、内部には縁台が設けられて赤いカーペットが敷かれていたそうです(これは東南アジアの農家の描写のようです)。その後、大正と昭和にかけて海の家の娯楽化・巨大化が進み、1980年代には企業とタイアップした宣伝塔的な海の家が増え始めました。畔柳氏は、この時期の浜辺の変化を石原裕次郎的な海からサザンオールスターズ的な海へ、と巧みな比喩で説明しています★2。

しかし、浜辺と若者文化の接合は風紀の乱れ、騒音、ポイ捨てといった問題を表面化させ、2010年代には「海の家のクラブ化」と揶揄される社会問題に発展しました。結果、現代の浜辺には「健全化」の波が押し寄せています。大音量の音楽や花火の禁止。バーベキュー、入れ墨、喫煙、アルコールに関する制限や指導、等々。各地で増え続ける迷惑防止条例は、夏の浜辺の風景を変えつつあります。神戸市の須磨海岸もその例外ではなく、2008年に「須磨海岸を守り育てる条例」を施行してマナーとモラルの向上に努め、2019年にはビーチとマリーナの国際環境認証「ブルーフラッグ」を関西で初めて取得しました。健全化の方針は建築、すなわち海の家にも及んでおり、2015年には行政主導による営業者公募が開始され、建築確認申請が厳格化されました。

私たちが設計した《TRIAXIS須磨海岸》はこの「公募型の海の家」であり、採択後2週間以内に確認申請が求められました。また、建設に3週間、解体に3日間というタイトな工程を遵守する必要がありました。これに加えて、海の家はひと夏限りの仮設建築ですから、安くつくらなくてはなりません。このような状況下で、私たちは最小限の材料を使って、徹底的にシンプルで、廉価で、施工と解体が容易な木造建築を模索しました。

全景。建物の前面には再利用可能なコンテナ製の子ども用プールを設けた 写真=表恒匡

全景。建物の前面には再利用可能なコンテナ製の子ども用プールを設けた
写真=表恒匡

屋根は4m x 2mの集成材パネルから構成される。床のデッキは、屋根パネルを構成する挽板(ラミナ)をスノコ張りにしたもの 写真=表恒匡

屋根は4m x 2mの集成材パネルから構成される。床のデッキは、屋根パネルを構成する挽板(ラミナ)をスノコ張りにしてつくられた
写真=表恒匡

提案の中心は厚さ3cm・スパン5mの極薄の木造屋根であり、CLT(直交集成版)の生産途上で生じる安価で巨大な木質パネルと、梱包作業などで使用されるラッシングベルトを組み合わせてつくられています。ポリエステルのラッシングベルトは一般的には構造材として認められませんが、2016年の建築基準法改正において仮設建築物の指定建築材料の条項が緩和されていました。そこで、材料の強度・変形を実験によって確認した後に、使用を決めました。このように構造を工夫し、建築要素を極限まで切り詰め、廉価な材料を駆使することによって、工期18日間、坪18万円の軽やかな建築が実現しました。

左:ラッシングベルトの引張材 右:風圧に抵抗するラッシングベルト。基礎は解体が容易な松杭とした 写真=表恒匡

ラッシングベルトの引張材
写真=表恒匡

左:ラッシングベルトの引張材 右:風圧に抵抗するラッシングベルト。基礎は解体が容易な松杭とした 写真=表恒匡

風圧に抵抗するラッシングベルト。基礎は解体が容易な松杭とした
写真=表恒匡

屋根パネルの間にスリットを設けることによって、極限まで材料を減らしている。内部の壁仕上げは養生用のメッシュシート。床の一部は砂浜 写真=表恒匡

屋根パネルの間にスリットを設けることによって、極限まで材料を減らしている。内部の壁仕上げは養生用のメッシュシート。床の一部は砂浜
写真=表恒匡

シャワー室。養生シートの外壁と屋根のスリットから光が入る 写真=表恒匡

シャワー室。養生シートの外壁と屋根のスリットから光が入る
写真=表恒匡

現代にふさわしい自由なパブリック・スペース

コンプライアンスの重視される現代社会において、パブリック・スペースの健全化には否定し難い力があります。しかし、その結果が息苦しさや不寛容につながることもあります。ルールが厳格化された須磨海岸では、半世紀以上浜辺を見守ってきた老舗の海の家が相次いで撤退しており、これは健全化の反作用といえるかもしれません。だからといって、かつてのような「おおらかさ」を求めるだけではノスタルジアと呼ばれても仕方がありません。私たちの海の家では、生産途上の材や日常的な材料を「ハック」してつくられた「したたかな」空間によって、規律に縛られない「おおらかさ」をつくることを目指しました。そして、そのために現代的な構造解析と実験を駆使しました。これはひとつの建築の実践にすぎませんが、「おおらかさ」と「したたかさ」を同居させることによって、現代にふさわしい自由なパブリック・スペースが生まれるのではないかと考えています。


★1──ミシェル・ド・セルトー『日常的実践のポイエティーク』(山田登世子訳、国文社、1987)
★2──畔柳昭雄、渡邉裕之、日本大学畔柳研究室編『海の家スタディーズ』(鹿島出版会、2005)

岩元真明(いわもと・まさあき)

1982年生まれ。建築家。ICADA共同主宰。2006年シュトゥットガルト大学ILEK研究員。2008年東京大学大学院修了後、難波和彦+界工作舎勤務。2011-15年ヴォ・チョン・ギア・アーキテクツ、パートナー兼ホーチミン事務所所長。2015年よりICADA共同主宰。2016年より九州大学芸術工学研究院助教。2018年日本建築設計学会architects of the year、2019年日本空間デザイン賞金賞ほか受賞。主な作品=《節穴の家》《TRIAXIS須磨海岸》《九州大学バイオラボ》ほか。共訳=ロベルト・ガルジャーニ『レム・コールハース|OMA──驚異の構築』(難波和彦監訳、鹿島出版会、2015)

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公開日:2020年02月27日