パブリック・スペースを提案する 7

毎日のパブリック・スペース

岩瀬諒子(建築家、岩瀬諒子設計事務所)

新型コロナウイルスが日本に上陸してから約3カ月。われわれをとりまく状況が日々めまぐるしく変化し続ける混沌のなか、収束のみえない不安が世界中に広がっている。感染リスクの高い「3密」(密閉空間、密集場所、密接場面)を避けることが一定の予防効果をもつとされ、国内では、感染対策のために学校施設、公民館、図書館など、公共サービスを担っている施設が続々と臨時休業となり、都内では、開放性の高い屋外環境である公園でさえも、集密を避けるために一部封鎖されはじめている。筆者の自宅から徒歩圏内のアトリエは4mの狭隘道路に面して立地しているが、そういえば最近道路のチョークによる落書きが増え、遊ぶ声が響きわたっているのはその影響かもしれない。道路がどうも休校になった子どもたちの居場所になっているようだ。生活必需品の買い物や散歩のため、道路はきっとこれからも「通行の用」を足すために開かれているだろう。

   

パブリック・スペースのなかでも最も平等に開かれた場所のひとつが道路であるということを改めて実感している。誰もが通る道路。その総延長は全国で128万kmにもなるという。移動が極端に制限された今、交通量は減り、道路はいつになく解放されている。沿道には、小さな飲食店のランチボックス販売が、室内営業から切り替えて時々顔を出し、道路が「広場化」しているように思える瞬間もある。

日本では、昨年と今年にかけて国交省が「まちなかウォーカブル推進プログラム」「ストリートデザインガイドライン」を発表し、走行・通行を主目的とする道路の考え方を転換し、「滞留」機能の価値を再定義したばかりだ。奇しくも、「人中心のストリート」へのスタートを切ったこのタイミングで、新型コロナウィルスが上陸したのである。たとえば歩行者専用道路にする事業を実現しようとすれば、通常各関係部署への数年がかりの協議や社会実験が必要になるが、皮肉にも突如、「ウォーカブルなストリート」のような風景がもたらされたとも言えるかもしれない。こうした風景を体感した人々に日常が戻ってきたときに、その毎日に寄り添える一番身近なパブリック・スペースとして、街路のデザインを紹介したいと思う。

シンボル街路のデザイン

シンボル街路のデザイン
© studio IWASE collaborating with FUJIROLL

余白としての歩道

筆者が構想に携わっているとある地方自治体のシンボル街路は、幅員11m、延長240mの南北に走る街路で中心市街地に立地している。市街地全体の回遊性の向上に寄与することや、また南端に地域のシンボルである「主景」としての天守閣があることも計画の主たる骨子である。

整備前は歩道が片側にしかなく、「片側歩道+2車線双方向」という道路構成を、車道を一方通行化することで、「両側歩道+1車線」とするとともに、車道の線形を蛇行させるボンエルフ型の街路として提案した。ボンエルフは、車道線形をスラローム型とすることで車のスピードを減速させる歩者共存道路の型であるが、蛇行する車道線形によって生み出された余白としての歩道に着目してみると、場所によって幅員が断続的に変化する歩道が生まれていることになる。道路構造令による最低幅員の2mから、幅員の広いエリア(〜5m)が街路上に分布し、広幅員のエリアには滞留空間として使用の余地が生まれている。

現況の幅員構成「片側歩道+2車線双方向」

現況の幅員構成「片側歩道+2車線双方向」と、さまざまな歩道の幅員が分布する「両側歩道+1車線」
© studio IWASE

新しい秩序と広がる道路空間 

舗装構成を考えていたときにふと、歩道部分をアスファルト舗装にしてみたらどうかと思いついた。沿道はその大部分をアスファルト敷きの駐車場が占め、東西に交差する道路は歩道がなく、全面アスファルト敷きだったからだ。

一般的には車道部にアスファルト、歩道部はブロックや石張り舗装とすることが多いと思うが、それをあえて反転し、民地と歩道の視覚上の境界を曖昧にし、歩道空間に空間的な広がりを持たせる提案である。これにより、管理上は民地である駐車場も知らず知らずのうちに道路空間と一体で整備されたポケットパークにも見えてくるような、風景の再編集を提案した。

どこからどこまでが「道路」なのか、曖昧になっていく風景

どこからどこまでが「道路」なのか、曖昧になっていく風景
© studio IWASE

舗装パターンの「反転」によるまちの見え方の変化

舗装パターンの「反転」によるまちの見え方の変化
© studio IWASE

アスファルトに流れる時間と地面の下

まちのなかのアスファルトの存在は、とても仮設的でアドホックだ。安価であることから「暫定素材」としてブロック舗装の改修にもよく用いられているし、アスファルト敷きの道路の表面はたいていつぎはぎになっている。

つぎはぎの正体は道路の下に埋設されたインフラ幹線だ。沿道の建て替え時に生じる公共桝へのつけかえやメンテナンス工事に伴い舗装が張り替えられる。この道路表面がアスファルトだと目地がなく、最小限の範囲で張り替えられていくことでアドホックなパッチワークができていく。

当該プロジェクトでは、マンホールや地下の埋設物の経路を調査、それと連動してアスファルトを事前に平面的に分節することにより、時間経過と素材の退色によって、まちの小さな修繕の履歴が地表面に一定の秩序をもってコラージュされていくことを期待している。

ブロック舗装に顔を出すアスファルトと、アスファルトのパッチワーク

ブロック舗装に顔を出すアスファルトと、アスファルトのパッチワーク(ともに筆者撮影)

標識柱という有機体

設計を通じて、これまでは身近すぎて意識の外にあった道路構造物を観察することが多くなった。そのなかでも道路標識は私にとって非常に興味深い存在だったので、ここで紹介したいと思う。

道路標識は、時に電柱に、擁壁に、信号柱にと、設置される。専用の標識柱に設置されることも多いが、必要に応じて後から追加でつけられることもあるようで、複数の標識がつけられた柱の姿たちは本当に個性豊かだ。「標識」という記号性を剥奪すると、まるでおでんのようにも思えてくる。

また、車に対して設置された道路標識は、裏側から見られる視点を想定していないため、明確な「裏」が存在する。当該プロジェクトでは、歩行者からはよく見えるこの「使われていない標識の裏面」を利用してサイン標識とすることや、掲示板や鏡のように使用することで、個性的な標識柱を愉しむことを検討している。

スタディ中の標識柱

スタディ中の標識柱
© studio IWASE

道路標識のある風景と、同一標識の「裏面」

道路標識のある風景と、同一標識の「裏面」(ともに筆者撮影)

人と車でシェアするボラード

歩道部と車道部のレベルをフラットにしたため、それらの境界を明示するための構造物を設置する必要があり、一部にボラードを採用した。じつはこのボラードという構造物の設計基準には、車がぶつかっても壊れないという設定は存在しないそうだ。つまり、車から人の安全を守るために存在するというよりは、車に境界を明示するためのサイン機能と考えたほうが正しいのかもしれない。

今回計画しているボラードは、いたってシンプルなポール型のボラードであるがその頂部にナットを仕込んでいる。カメラの三脚の頂部にボルトが仕込まれていることで多種多様なカメラを設置できるように、ナットを仕込ませたボラードが沿線にあれば、沿線に100基ほどあるボラードは小さな天板をとりつけて一人用カウンターを設置したり、チェーンや看板をとりつけたりすることもできるインフラとして機能するかもしれない。

境界部を検討中のスタディ模型1/50

境界部を検討中のスタディ模型1/50
© studio IWASE

NEW BANALITY

地震や津波等の災害と比較して、コロナ禍は目に見えないという点で実感が湧きにくく、自身と異なる社会的属性やさまざまな影響範囲へのより一層の想像力が求められているが、この「想像力」については「時間の重層性」とともに常日頃から考えているところである。

ささいなことかもしれないが、まちを手入れしていく過程や履歴そのものを風景として定着していくことで、そこで過ごす人々の意識が見えない時間の存在や人間を含む他者への想像力へつながっていくことを期待している。昨今の公共空間の設計の現場では、管理費確保の難しさから可能な限りの「メンテナンスフリー」が求められるが、さまざまな主体による創造的な手入れの介在や、変わっていくことを肯定的にとらえることによってポジティブな相互関係を構築することもその一助となるかもしれない。

すでに存在しているまちやひとのふるまいを肯定し、ほんの少しの秩序やルールを差し出すことで毎日の風景の見え方を更新していく。こうした取り組みが、毎日のパブリック・スペースにさまざまな属性の人々に出会い、さまざまな時間や環境の広がりを認識できる機会を提供し、大きなうねりとなることを願っている。

街路の鳥瞰

街路の鳥瞰
© studio IWASE collaborating with FUJIROLL

岩瀬諒子(いわせ・りょうこ)

建築家、岩瀬諒子設計事務所主宰。京都大学助教。EM2N Architects(スイス、チューリッヒ)、隈研吾建築都市設計事務所における勤務を経て、2013年大阪府主催実施コンペ「木津川遊歩空間アイディアデザインコンペ」における最優秀賞受賞を機に、岩瀬諒子設計事務所を設立。建築空間からパブリック・スペースまで、領域にとらわれない設計活動を行なう。2017年、木津川遊歩空間《トコトコダンダン》竣工。

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公開日:2020年04月30日