パブリック・スペースを見に行く 1

ストリート・公園・公開空地

浅子佳英(建築家、タカバンスタジオ) ゲスト:泉山塁威(都市戦術家、東京大学先端科学技術研究センター助教、一般社団法人ソトノバ共同代表理事・編集長)

左:泉山塁威氏 右:浅子佳英氏

左:泉山塁威氏 右:浅子佳英氏

ビジネス街の課題とポテンシャル──池袋東口グリーン大通り

池袋東口グリーン大通り
池袋駅東口から東西に延びる幅員約40-50mの道路(歩道幅員は約19-28m)。社会実験を経て、2016年4月より国家戦略特区による道路占用許可の特例を受けられるようになり、道路空間の活用が可能になった。

池袋東口グリーン大通り北側。駅前と豊島区役所をつなぐメインストリート

池袋東口グリーン大通り北側。駅前と豊島区役所をつなぐメインストリート

泉山

民間主導で開発が進む虎ノ門と対称的に、池袋は豊島区が力を入れてパブリック・スペースを整備しているのが特徴です。この契機となったのは2014年に豊島区が消滅可能性都市に指定されたころ、池袋が国家戦略特区から外れたことでした。これ以外にも豊島区役所移転にともなう東口エリアの都市再生など、いくつかのプロジェクトが動いていたなか、そのうちの1つとなるグリーン大通りのオープンカフェプロジェクトが立ち上がりました。私たちもこのグリーン大通りでのオープンカフェの社会実験を2年で3回行ないました。こうした活動が実を結び、池袋は国家戦略特区に指定され、社会実験を行なうことなく、道路空間活用ができるような環境が整っています。

浅子

通りでは今、ちょうど街路灯の付け替え工事が進んでいますね。もともと歩道の中央に立っているせいで壁のように見えていた街路灯が、道路側に寄せられたことで道が広くなったように感じられます。街路樹も高く、ここも腰かけられる場所がもう少し増えれば、日常的に人が集まる空間になるポテンシャルがあると思います。

グリーン大通りでのオープンカフェの社会実験「GREEN BLVD MARKET」の様子(2015年)<br>写真=泉山塁威

グリーン大通りでのオープンカフェの社会実験「GREEN BLVD MARKET」の様子(2015年)
写真=泉山塁威

街路灯の付替えが進むグリーン大通りの歩道

街路灯の付替えが進むグリーン大通りの歩道

泉山

グリーン大通りの沿道は銀行やオフィスが多く、繁華街とは雰囲気が異なるんですよね。今、「リビングループ」と銘打ったイベントが開催されていて、キッチンカーを乗り入れたり、マルシェを開いたりしてイベント時はにぎわっています。ただ、期間限定のイベントなので、まだ日常化には至っていません。日常化するには毎日現地にいる必要があるので、沿道店舗やワーカーなどとの協力が不可欠です。グリーン大通りはもともと沿道に店舗が少ないので、オープンカフェ化するにも限界があります。

浅子

なるほど、そうすると銀行のような建物はとくに難しいですよね。考えてみれば、銀行は駅前の超一等地を占めているのに、15時には閉まるので平日夕方や週末は建物の周辺が閑散としてしまう。いまやATMはコンビニでも使えるし、キャッシュレス化も進むなかで、パブリック・スペースの視点から銀行を新たにリノベーションすることができたなら日本中のストリートが変わるかもしれません。

泉山

ストリートというのは沿道の建物も含めた一体的なものですよね。行政が直接関与できるのは道路だけなので、全体をよくするにはオーナーやテナントも一緒になって機運を高めていかなければ難しい面があります。

人が集まるからこそさらに集まる──南池袋公園

南池袋公園
2016年4月オープンの都市公園。池袋東口グリーン大通りに近接するアクセスの至便性から、都市の新たなオアシスとなっている。園内は開放的なカフェや広々とした芝生広場、子ども向け遊具などが整備され、平日、週末問わず、幅広い層に憩いの場を提供している。

南池袋公園全景。芝生広場からカフェを望む

南池袋公園全景。芝生広場からカフェを望む

浅子

南池袋公園はジュンク堂書店本店に来るついでにときどき立ち寄るのですが、いつ来てもにぎわっていますよね。子ども連れのお母さんから学生やワーカー、さらには現場の労働者まで、さまざまな来園者が集まるのは日本の公園でなかなか見られない光景です。芝生もあれば、カフェもあり、限られたスペースを行政と民間のベストミックスで上手く活用している。

泉山

芝生でくつろぎながらお酒を飲めて、子どもも遊べる公園は、これまでの行政になかった発想です。これが実現したのは、公園整備に先立って近隣住民に綿密なヒアリングを行なったことが背景にあります。とくにF1層と呼ばれる20-34歳の女性の声を聞いたところ、ビールを飲みながら、子どもを遊ばせる場所がほしいという要望があったことがヒントになったと聞いています。都心商業地の都市型公園に観光客やワーカー向けにカフェが入る例はありますが、日常的に使われる公園にするためには、近隣住民に配慮した構成にしたことがここでのベースになっていると思います。それにともない、来街者や観光客も外から遊びに訪れ、いろんな世代の人たちが楽しめる場所になっているところが素晴らしい点です。

浅子

なるほど、そのような背景があったのですね。どうしてもカフェや芝生広場ばかりに目が行きがちなのですが、公園全体で見ても、場所の特性を生かしたとても気配りの利いた設計になっています。例えば、入口を3カ所に設けることで、低層の建物に囲まれたこの場所に入りやすい雰囲気を生み出している。芝生広場に面して少し段差を設けた「サクラテラス」など、必ずしもエッジの効いたランドスケープ・デザインではないけれど、いろんなクラスターの人たちが日常的に使える工夫がこらされていますよね。

3カ所に設けられた公園の入口

泉山

僕はときどき、南池袋公園のモデルになったニューヨークのブライアント・パークを引き合いにして、「パブリック・ライフ」の概念を説明することがあります。あの公園が優れているのは「日常的に多様な目的と行動を持つ人たちの受け皿」になっていることなんですよ。つまり、飲食や子育て、あるいはちょっと休憩するだけの人も受け入れられる素地があるかどうか。その点で南池袋公園も同じ状態になっていると思います。

浅子

顧客購買行動の調査・分析・コンサルティングを行なうエンバイロセルのCEO、パコ・アンダーヒルは『なぜ人はショッピングモールが大好きなのか』(早川書房、2004)のなかで、ショッピングモールのメインコンテンツは店やサービスではなく、人なのだと結論づけています。そもそも人を集める施設なのでトートロジーのようでもあるのですが、ショッピングモールは人が集まる場所だからこそ、さらにその人を目当てに人がやってくる構造がある。南池袋公園は中央の芝生がまさに劇場の舞台のように機能していて、芝生のなかに人がいることによって、そのまわりのベンチで芝生のなかの人を見ながら佇む人も現われる。ある種の無目的なイベント性と言えるかもしれませんが、そういうユーザー間の関係性がこのにぎわいをかたちづくっているような気がします。

泉山

ここはほかの公園に比べても利用者の滞在時間が長いのではないかと思います。芝生目的で来る人もおそらく一定数いるのでしょうね。もちろん公園=芝生ではないので、例えばオフィス街などで公園を計画する場合、別の指標で最適な設計手法を考える必要がある。スタートアップ系のなかには公園で仕事するのを好む人たちもいるでしょうから、公園内にコワーキングスペースを設けたり、フリーアドレスにしたりといったパターンも今後考えてみたいところです。

南池袋公園でのひとコマ。芝生広場からサクラテラスを望む

南池袋公園でのひとコマ。芝生広場からサクラテラスを望む

種を撒き育てること

浅子

今日は2つのエリアを通じて公園、道路、公開空地をひととおり見て回りましたが、新虎通りもグリーン大通りも、ストリートを成熟したパブリック・スペースへと昇華させるのは一筋縄ではいかないことを実感しました。やはりそこには種を撒いて育てるプロセスが必要になる。表参道や丸の内中通りのようにストリートそのもののビジョンが見えるまでには、20年、30年と手をかけ続けるしかないのでしょうね。これは建築の設計にも言えることですが、完成したものを合理的に提供するのが20世紀型の思考だとすると、時間をかけてじっくり育てる21世紀型の思考へとシフトしつつあるように思います。

泉山

道路のパブリック・ライフをつくっていくのには時間がかかる反面、すでにある種のブランドとして認知されている表参道や丸の内仲通りのように、ストリートそのものの存在価値が認められるとそこを目的に訪れる人が増えるので、強いポテンシャルを秘めているんですよ。実際、新虎通りはエリアマネジメント団体などの努力によって、開通当初と比べても少しずつ沿道が育っていると感じました。

浅子

そうですね。とくに森ビルは、アークヒルズでビル単体ではなく面的な開発を手がけるようになり、今度は官民一体となって新虎通りで道路を手がけるまでになりました。さらに虎ノ門・麻布台プロジェクトでは、建物の周囲にパブリック・スペースを設けるという従来の発想を反転し、パブリック・スペースのまわりに建物を点在させて、歩くまちをデザインしようとしています。しかも、低層部のデザインはトーマス・ヘザウィック。虎ノ門ヒルズで最後に建設されるタワーはOMAがデザインしていますし、森ビルがこうしてさまざまな実験を続けてこなければ、今の東京はもう少しつまらなかっただろうなとも思います。

泉山

しゃれ街条例が六本木ヒルズをひとつの契機に制定されましたが、森ビルは汎用可能な手法をつねに開発している。行政にとってもまちづくりを牽引してくれる心強い存在でしょう。

浅子

他方で、池袋のような行政主導のまちづくりも東京にはある。池袋では南池袋公園のほかにも現在、西口公園をはじめとする3つの公園の再整備が進められています。分散した公園を整備し、街全体をかたちづくっていくやり方はほかの街であまり見られません。こうした開発手法の幅が東京らしさと言えますね。

再整備が進む池袋西口公園

再整備が進む池袋西口公園

泉山

今年の5月、元ニューヨーク市交通局長のジャネット・サディク=カーンさんが来日した際、日本の鉄道・地下鉄ネットワークにとても驚いていました。とくに東京は自家用車がなくても生活が成り立つ基盤ができている。それは言い換えれば“世界一歩ける都市”(ウォーカブル都市)なんですよ。にもかかわらず、オープンカフェなどパブリック・スペースの活用例が少ないのは、やはりパブリック・スペースの部分が遅れているからです。都市基盤はできている。

浅子

なるほど! 都市としての基盤は整っている、あとはパブリック・スペースをよくするだけでいい──、そう考えるとパブリック・スペースが弱い現状にも希望が見えてきます。今後は行政やディベロッパーだけでなく、さまざまなプレイヤーが少しずつ街やストリートに手を入れながら、パブリック・スペースが充実していけばいい。考えてみれば、日本でオープンカフェがここまで増えたのも最近ですし、ぼくたちはまだパブリック・スペースの使い方に十分慣れてはいない。そこにはユーザー側の問題もありますよね。単体のデザインとは違い、パブリック・スペースをよくするためには、公園やベンチなどの物理的なモノだけを整備しても駄目で、言ってみれば、使う人々も同時にデザインしなければならない。そのためには、先ほども言ったようにやはり、育てるという視点が重要なのだと思います。そのときに泉山さんたちがソトノバなどの活動を通して行なっている社会実験が、重要な意味を浴びてくる。

来年にはオリンピックもありますし、これを機会に普段はできない実験を行ない、日本のパブリック・スペースが豊かになっていくといいですね。今日はありがとうございました。

南池袋公園のカフェから芝生広場を望む

南池袋公園のカフェから芝生広場を望む

浅子佳英(あさこ・よしひで)

1972年生まれ。建築家、デザイナー。2010年東浩紀とともにコンテクスチュアズ設立、2012年退社。作品=《gray》(2015)、「八戸市新美術館設計案」(共同設計=西澤徹夫)ほか。共著=『TOKYOインテリアツアー』(LIXIL出版、2016)、『B面がA面にかわるとき[増補版]』(鹿島出版会、2016)ほか。

泉山塁威(いずみやま・るい)

1984年生まれ。東京大学先端科学技術研究センター助教、ソトノバ編集長、認定准都市プランナー、アーバンデザインセンター大宮(UDCO)ディレクター、全国エリアマネジメントネットワーク事務局、認定NPO法人日本都市計画家協会理事、NPO法人まちづくりデザインサポート事務局。共著=『市民が関わるパブリックスペースデザイン──姫路市における市民・行政・専門家の創造的連携』(エクスナレッジ、2015)。

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公開日:2019年10月30日