社会と住まいを考える(国内)14

住まいのセミパブリック考

岸本千佳(不動産プランナー、アッドスパイス)

昨今、新型コロナウイルスの影響によって、コミュニケーションの取り方や、生活のスタイルを見直さざるを得なくなった。こと住宅に関しても、新たな住まいのあり方について考える局面を迎えているのではないだろうか。

筆者が主宰するアッドスパイスは建物と街のプロデュースを業とし、企画段階から建物完成後の運営まで一貫して担っている。これまで社会にこぼれている課題や需要を計画に落としこみ、プロジェクト化してきた。そのため、昨今の新型コロナウイルスの影響はもちろん、リーマンショックや東日本大震災など社会の動きにつねに左右され、いち早く生活の変化に気づくことが求められている。そこで、コロナ禍の環境変化と近年の弊社の案件を元に、2020年4月に、「アフターコロナの住まい予想図」を書いた。その解説を含め、今後の住まいの展望を示していきたい。

fig.1──新型コロナウイルスの影響がまだ不確定であった2020年4月に作成したアフターコロナの住まい予想図。筆者作成

職住一体の選択肢

住まいが、生存するためだけの箱から、豊かに暮らすための居場所へと変わるためには、設計のみならず、運営や事業計画など、随所に工夫し改善する余地が残されているはずである。住まいのバリエーションをつくることは、生き方のバリエーションをつくることにつながる。住まいと働き方を別々に考えることなく、並行して考える時代にすでに突入しているのではないだろうか。

弊社は、店舗や事務所等と住居を兼ねて使える物件の不動産メディア「shokuju」を、2020年6月に運用し始めた。不動産の紹介だけでなく、すでに職住一体の暮らしをされている方々のインタビューや、お役立ちコラムなど読みものもあり、職住一体からライフスタイルを考えるメディアである。固定費を抑えながら仕事に没頭できる、子育てを諦めずに働ける、介護をしながら店ができる。このような住まいと仕事場をひとつにするという職住一体の暮らし方は、現代の暮らしの下支えであり、積極的に選ばれていく選択肢のひとつといえるだろう。

fig.2──店舗や事務所等と住居を兼ねて使える物件の不動産メディア「shokuju」。筆者運営

ダイニングキッチンの拡充

近年、テレビを所有しないという家庭は増え、テレビからデジタル動画へ視聴対象が転換している。受動的な環境から、好みのものだけを見に行く個人の能動的な環境へと変化している。つまり、家族全員で視聴するリビングはもはや不要で、リビング的な機能は個室で充足するのかもしれない。一方で、今日のコロナ禍で、外食や旅行を自粛せざるを得ないなか、在宅の機会が増えると、これまで以上に家での食卓の時間を充実させたくなるだろう。そこで、リビングを縮小し、ダイニングキッチンを充実させた住まいが求められると考える。そもそも、家「いへ(え)」という言葉の「へ」の語源は、「へっつい」(窯)に由来するという説がある。家とは古くから、食を介在する空間として認識されていたことがよくわかる。

実例として、私たちが企画・運営する京都・西陣のシェアハウス「PATHTO」は、リビングがない代わりに、広いキッチン・ダイニングを共用部のメインとしている。デザインはキッチンとダイニングを一体にし、意匠性が高く使いやすいオリジナルだ。実際、このキッチンを気に入り、高級ホテルのシェフも入居している。シェアハウスの入居者が集ってご飯会、中庭まで広げてBBQ、併設の大家が店主の喫茶店で一息。食が介在した居心地の良い場が、意図を伝えなくても使い手によって拡張されていく。

fig.3──シェアハウス「PATHTO」のダイニングキッチン。
撮影=表恒匡

無目的な部屋が、家にセミパブリック的要素をもたらす

前述のように個室がリビングの機能を満たす代わりに、家の中に無目的な部屋をつくることに需要があるのではないかと考えている。用途を○○室と固定するのではなく、使い方によって自由に部屋名を変えることができる。ある日は、家族でシェアする漫画部屋。母親が好きなクラシックのレコードを子どもと聞いてみるのもよし。現代を生きる子どもたちが、Web配信に使うかもしれない。つまり、家族の住まいの中にシェアの概念を取り入れるということだ。

シェアハウスやカーシェアリングに代表されるように、シェアすることの良さは、金銭的・合理的な利点もあるが、それだけではない。他者と共有することで他者と向き合い、そして自分と向き合えることにあると、私は思う。 住まいの中で無目的な一部屋があることで、どういう効能があるだろうか。家族でシェアする漫画部屋で、子どもたちが、父親の好きな漫画を読むことで、自分の漫画の嗜好を発見することができるかもしれない。一方で、父親が、今子どもたちの間で人気の漫画を読むことで、子たちの嗜好だけでなく、現代の世相を知ることができる場合もあると思う。知っているようで知らなかった家族の一面を垣間見る機会にもなり得るだろう。昔のように共同でひとつのテレビを観て、時空間を共有するのではなく、互いの時間を尊重しながらも、無目的な空間を共有することで、家族の絆を深める方法があってもいいと思う。

家の中で、個室がプライベート、リビング・ダイニングがパブリックと定義すると、無目的部屋は、「セミパブリック」と言える。家でもひとりで居られる場所を保ちつつ、他者(他の家族)との関係を分断しない。そのおかげで、生活内外のバランスを再構築することができるかもしれない。居住空間に居場所のグラデーションを、もっとつくるべきではないだろうか。

fig.4──住まいにも都市にも、セミパブリックな空間が少ない。筆者作成

また、セミパブリックは住宅だけでなく、都市にも不足しており、必要とされていると考える。アッドスパイスでは、アパート一棟や長屋複数の一帯など、中規模で複合用途となるプロジェクトが多いため、意識的にセミパブリックな空間づくりを実践している。例えば、クラフト作家のための共同アトリエ住宅「tede」の中にある共用ラウンジは、食事会に使うことができ、また生活感を消すと展示会場にも使えるよう工夫している。自社ビル内に街と相性の良い店舗を賃貸してみて、小さくても確かで豊かな関係の循環が、不透明な時代を救うと体感している。特定少数のためのセミパブリックな空間がエリア内に点在している都市こそ、時代に必要とされ、魅力的なのではないだろうか。

fig.5──年始に完成予定の共同アトリエ住宅「tede」の共用部分のパース

fig.6──入居者選定から外装まで、ビル全体をブランディングした「アッドスパイスビル」。筆者撮影

住宅の課題を都市で解決する

ただし、すべてが住宅など一建物の中で解決できるわけではない。コロナ禍が落ち着いた後の社会でも、リモートワークはある程度維持されるだろうと予測されるが、子どものいる家庭での仕事環境は、部屋数の限られた家の中だけでは解決が難しい。そこで2021年10月、「現代の市中の山居」をコンセプトに、都市の喧騒の中で精神を整えるという茶室に見立て、籠って仕事にグッと集中できるシェアオフィスを京都市中心部につくった。これは、けっしてオフィスの提案ではなく、暮らし方の提案である。クライアントが住宅産業に関わってきた企業だったからこそ、この視点をもって一緒につくってみたかったという想いもあった。住宅の課題を、都市ぐるみで解決できる未来であってほしい。

fig.7──静と質にこだわったシェアオフィス「閑居」ラウンジ。筆者撮影

岸本千佳(きしもと・ちか)

1985年京都生まれ。2009年滋賀県立大学環境建築デザイン学科卒業後、東京の不動産ベンチャーで遊休不動産の企画・運営に従事。2014年京都でアッドスパイスを設立。不動産の企画・仲介・管理を一括で受け、建物と街のプロデュースを業とする。暮らしや都市にまつわる執筆も行う。2021年より京都芸術大学 非常勤講師。主な著作に『もし京都が東京だったらマップ』(イースト新書Q、2016)、『不動産プランナー流建築リノベーション』(学芸出版社、2019)

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公開日:2021年09月22日