リモート時代のイメージ世界 1

「虚構の空間」を探す旅──SNS・デジタルコラージュをめぐる想像力

寺田慎平(ムトカ建築事務所)

はじめに

「これからの社会、これからの住まい」というテーマの連載を依頼いただいてから、自分にどんなことが書けるかなと、考えてみました。自己紹介を兼ねて、まずは自分のバックグラウンドをお話しします。

わたしは現在、建築事務所にて設計をしていますが、大学院では都市史を専攻していましたので、設計をずっと専門にしてきたわけではありません。それでも研究室のプロジェクトに参加して、ヨーロッパのさまざまな地域に滞在しながら調査できたことは自分にとって重要な体験であり、それからデザインの勉強をしようと決めて向かったスイスでの経験が、現在の設計のベースになっています。

異国の地に訪れていつも考えるのは、文化も風土も異なって、そこに立ち現れる建築や都市の空間ももちろんそれぞれ異なるはずなのに、どうして、どこか共感できるところがあるのだろうか、ということです。ヨーロッパを周遊して、最後に訪れた都市ウィーンにはなぜか東京らしさを不思議と感じましたし、長く滞在することができたおかげで、スイスらしさは隣国のドイツ・フランス・イタリアと比較しながら感じとることができました。

あるいはこれまで自分が触れてこなかった都市・建築文化に突如出会ったときの強烈な印象も忘れることができません。イランの古都や、アメリカの砂漠の景観は自分がそれまで体験してきたアジアの都市ともヨーロッパの都市ともまったく異なるもので、強く記憶に残っています。そうやって、いろいろな場所に実際行ってみて考えることができる機会というのは貴重なものです。

スィー・オ・セ橋

スィー・オ・セ橋(イラン、イスファハーン、16世紀)、2016年3月14日、筆者撮影

名もない建物

アメリカ、テキサス州マーファ近郊の風景、2017年11月3日、筆者撮影


何かわたしに書けることがあるとすれば、こうした体験に基づいたものなのかなと、はじめは思ったのですが、気軽に旅行へ出かけることに躊躇いを持つようになってしまっているいま、旅行記のようなものを綴ってみても、なんだかリアリティがありません。そこで、家にいながら、都市や建築から感じ取っていた空間的な刺激を得る機会がないかと思い、本やインターネットのなかへ空間を探す旅に出かけてみてはどうかと考えてみました。

今回は2021年7月号、10月号、2022年1月号の3回の連載のイントロダクションとして、実空間以外のいわば「虚構の空間」がいま、どこに、どのようにたち現れているのか、紹介していければと思います。

イメージは向こうからやってくる

まずはインターネットの世界を覗いてみます。デジタルコミュニケーションの発達は、世界各所で行われている出来事をリアルタイムに享受することを可能にしています。そしてこの状況は建築にとっても同様で、一度SNSを開いて建築家のアカウントをフォローすれば、国内国外を問わず、さまざまなプロジェクトの進捗状況を確認することができます。個人的に興味深いのは、こうしたメディアにおいて、竣工の前と後にヒエラルキーが存在しないことです。従来のメディアであれば、もちろん計画中のプロジェクトを特集したり、現場写真が掲載されたりすることもありますが、基本は竣工写真と竣工図によって完成した実空間に思いを巡らすことになります。それが今では建築家が計画段階のものも気軽にポストできるようになったことで、あらゆる段階のイメージが等価に扱われ、その区別は曖昧になりました。

《天井の楕円》

ムトカ建築事務所《天井の楕円》(2018)、設計検討時のイメージ、2018年10月7日(ムトカ建築事務所提供)

《CEILING AND ELLIPSE》

同、現場写真、2018年10月16日(ムトカ建築事務所提供)


計画中のプロジェクトも、竣工したプロジェクトも分け隔てなくチェックできるようになったこと。このことは何を意味するのでしょう。乱暴な言い方をすれば、「建築が竣工する」という出来事が相対的にその重要性を弱めていると言えるのかもしれません。すると竣工以前に現れる設計検討の手段としての図面や模型写真、レンダリングといったものが、これまで以上に身近なものになっていきます。それから、写真も竣工直後のものだけでなく、継続的な撮影が試みられるなどして、クライアントの生活の様子が以前よりも伝わりやすくなっているかもしれません。

実空間での移動が困難になり、オンライン空間でのイメージの流通が充実した結果、わたしたちは虚構空間から実空間で行われている出来事をさまざまな側面から知ることができるようになりました。現代では、演出された「虚構の空間」は向こうからやってきてくれます。こちらから赴くまでもなく、計画中のプロジェクトも、海外のプロジェクトも、時差なく楽しめるようになりました。

デジタルコラージュの見る夢

オンライン空間でのイメージの演出方法にもさまざまな潮流が現れています。たとえば近年では実際の写真と見紛うようなフォトリアリスティックなレンダリングが可能になっています。それに対して、二次元性の強い、コラージュのような表現もまた、流行しています。"Post-digital drawing(ポスト・デジタル・ドローイング)"と検索すると、そうしたイメージがオンライン上でもたくさん確認できます★1。

こうした雰囲気の表現の出現には、いくつか背景がありそうです。フォトリアルなレンダリングが可能になって、限りなく現実に近いイメージを生み出せるようになったのは設計検討やプレゼンテーションの手段として素晴らしいことですが、高品質なイメージをつくるにはそれなりに高価なソフトや、十分な時間が必要になります。そこで、もっとインスタグラムに気軽にポストできるような、短時間で作成できるイメージが設計検討上有効だったのでしょう。

それからBIMのように図面に情報そのものを埋め込むこともできるようになり、設計と施工のスムーズなコミュニケーションが探求され始めていることも影響していそうです。こうして図面に対する別種のリアリズムが追求されていくなかで、ポスト・デジタル・ドローイングは手書きのスケッチのような純粋な設計検討ツールとしての役割を与えられたように思います。

こうしてポスト・デジタル・ドローイングにおける、手触り感のあるコラージュの復興は主に2000年代から、欧米の若手建築家のスタディ、そしてプレゼンテーションのなかで現れはじめ、さらに2010年代以降には学生のあいだでも似たような表現や、それに続く現代の潮流を確認できるようになりました。コラージュの手軽さは、十分な設備のないところでその威力を発揮します★2。最近ですと、学生も十分な空間や設備のない自宅にて、設計課題を行わなければいけない状況があったと思います。オンラインにアップロードされている学生課題の最終成果物にも、その影響なのか、ポスト・デジタル・ドローイングが現れた時のような興味深い傾向を見出すことができます。

南佑樹《THE IMAGE OF THE PASSAGE》(2020) , ETH ZÜRICH, STUDIO PRATS《BUILDING COMMUNITIES (FS20)》

手書きのスケッチが、愉快な音楽にあわせて動き出すアクソメ図と、それに対応した平面図や模型写真が並置されているこのデジタルコラージュを見て、製作環境の切実さもまた新しい表現を生みだすきっかけなのだと思いました。自室に籠りながら、都市を散策する夢を見る、そんなプレゼンテーションの方法から不思議と「虚構の空間」がもつ自由さを感じとりました。

虚構の空間の想像力

「想像力、創造性、発明、これら精神生活の3つの現れ、すなわち非物質世界の日常生活に所属する3つの啓示の瞬間は、何かを刷新する過程に必然的に伴う段階であり、物質世界の存続ににとって究極的に必要不可欠なものです。(...中略...)ふたつの世界は分かち難く絡まり合い、相互依存的に存在しているのです」★3。

「これからの社会、これからの住まい」を考えてみようとしたときに、実空間での体験を共有するよりも、むしろ虚構の空間の発見を紹介してみるほうが、リアリティがあったりしないだろうか、そんなことを考えています。

しかし、それは実空間でのわたしたちの従来の営みを軽視するものではありません。外出が難しくても、「虚構の空間」を楽しむことができたり、十分な設備や空間がなくても、建築を新しい方法で表現することができたりするように、よくよく考えれば虚構の空間は普段の日常生活や設計活動と不可分なものであり、ふたつの世界が相互依存的に存在しているからこそ、虚構も本物も、わたしたちに空間的な刺激を与えてくれるのです。

このことを再び旅になぞらえるなら、虚構空間の新鮮さは、未知の世界の伝統との出会いにも近いのかもしれません。イランの古都、イスファハーンの風景を目の前にして、たとえその文化的背景を理解していなくとも、非常に魅力的に映る、そんなそれまで知らなかったものに初めて出会った時のような発見が、虚構空間内にはまだまだ眠っているように思います。極度に洗練され、純化された伝統都市・伝統建築に「"具体"を突き抜けた"虚構"」★4が存在するように、「"虚構"を突き抜けた"具体"」を、現代の虚構空間のなかに見つけてみることはできないでしょうか? デジタルコラージュの手触り感のような「虚構の具体性」をまずは手がかりのひとつに、この場を借りて、もうしばらく旅を続けてみたいと思います。

《Villa le Lac》

ル・コルビュジエ《Villa le Lac》(フランス、コルソー、1924)にまつわるデジタルコラージュ(2017年3月26日、筆者撮影の写真を元に作成)




★1──「ポスト・デジタル・ドローイング」に関しては、イギリスの建築家サム・ジェイコブによる「建築は『ポスト・デジタル・ドローイング』の時代へ」に詳しい。「この新しいドローイングの文化は、擬似的なフォトリアルを追求する代わりに、その人工性を探究し、利用することで、鑑賞者であるわれわれに、表象物というフィクションとして空間を眺めていることを気づかせてくれます。これはフィクションを『リアル』にみせようとするレンダリングとは正反対です」。Sam Jacob, Architecture Enters the Age of Post-Digital Drawing, 3. 2017.(筆者訳出)
★2──「ポスト・デジタル・ドローイング」の旗手のひとりといえる、ベルギーにてOFFICEを主宰するケルステン・ゲールズは以下のようにインタビュー内で語っています。「うちには最新のコンピュータ・プログラムもないので当然レンダリングなどできず、だからフォトショップを使ってちまちまとコラージュを作ったりした。不思議とそのほうが、ずっと自由を味わえますけど」。エマヌエル・クリスト、クリストフ・ガンテンバイン(クリスト・アンド・ガンテンバイン)、ディオゴ・ロペス(バルバス・ロペス・アルキテクトス)、ケルステン・ゲールズ(オフィス・ケルステン・ゲールズ・ダヴィッド・ファン・セーヴェレン)「ディスカッション──僕らは実例にあたる」(『a+u』2015年4月、新建築社、93頁)。
★3──ヘルツォーク&ド・ムロン「往復書簡──篠原一男×ヘルツォーク&ド・ムロン ヴァーチャル・ハウス」(『SD』鹿島出版会、1998年2月、111頁)。
★4──篠原一男「往復書簡──篠原一男×ヘルツォーク&ド・ムロン "虚構"メカニズムは運動を止めない」(『SD』鹿島出版会、1998年2月、113頁)。

寺田慎平(てらだ・しんぺい)

1990年 東京都生まれ。2015年 ETH(チューリッヒ)留学。2016年 Christ & Gantenbein(バーゼル)勤務。2018年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修了(都市史)。現在、ムトカ建築事務所に勤務。

このコラムの関連キーワード

公開日:2021年07月21日