循環する社会、変わる暮らし

これからの都市での暮らしを、自分たちの手で作っていくために

石川由佳子+杉田真理子(一般社団法人for Cities)

2022年7月、エジプト・カイロ。砂漠地帯のど真ん中でナイル川にへばりつくような形で広がる人口2,200万人のこの街を、私たち2人は1カ月間、夢中になって歩いていた。朝だけストリートに出現し、勤務前のワーカーで群がる立ち食い朝ごはん屋台。カラフルな衣装に、手作り感のある手押し車で水やジュースを売りさばく男性たち。ラジオから爆音で音楽を流しながら、通りに椅子を出して、のんびり店番をする人たち。そこらじゅうをウロウロする、野生の猫と犬。

都市化に伴う西洋化の流れはもちろんここにもあって、新しくできたばかりの大きなマクドナルドやH&Mが大通りを占領し始めているのも事実だ。けれど1本裏道に入れば、昔から続く、人々の生活の風景がある。

私たちが好きなのは、そんな多様で混沌とした人々の日々の営みだ。

2050年に世界総人口の3分の2が都市に暮らすと言われている。私たちがワークショップと展覧会開催のために訪れたカイロも、エジプトの総人口の約9割が集まると言われる大都市だ。人口過密に伴い首都機能も飽和状態になり、新首都の構築が進んでもいる。人口減少が進み、徐々に地方への移住者が増えつつある日本とはまったく違う現実がそこにはある。そこで生き生きと日々をサバイブしている人々の姿を見ながら、私たちの「都市」に対する考え方が、徐々に更新された気がした。

カイロ市内のインフォーマルエリア
カイロ市内のインフォーマルエリア

農地だったエリアに人々が自分たちで建物を建て暮らしを支えあっている、カイロ市内のインフォーマルエリア
撮影=石川由佳子

ダウンタウン

ダウンタウンも車がひしめきあい、歩行者の道は車によって分断されている。建物も所狭しとひしめき合って立ち並んでいる
撮影=石川由佳子

国内外の実践者たちと、コレクティブに

都会の生活は好きだけれど、なんだか誰かに「与えられた空間」に、無理に自分を合わせて住んでいる気がしなくもない。もっと自由に、街を使いこなせたら。そんな想いで私たちが一般社団法人for Citiesを立ち上げたのは、2021年初頭のことだ。

東京・京都を拠点とした都市体験のデザインスタジオとして、建築やまちづくり分野でのリサーチや企画・編集、キュレーション、空間プロデュース、教育プログラムの開発まで、さまざまな活動を展開している。

また、オープン・プラットフォームとして立ち上げた「forcities.org」 では、国内外で活動する実践者がプロジェクトアイデアを登録し、プロフィールを作成することで、実践知をシェアすることができる。すでに33か国、200名以上のアーバニストがコミュニティメンバーとして参画してくれている。

forcities.org

オープンプラットフォーム「forcities.org」

forcities.org

アーバニストのためのプラットフォーム「forcities.org」は立ち上げて1年半で現在33カ国以上のメンバーが登録し、プロジェクトナレッジを共有しあっている

冒頭で触れたカイロ訪問も、この「forcities.org」を通した出会いをきっかけに実現した。

大切にしているのは、ローカルに眠っている活動の方法論やナレッジをグローバルに可視化し、国や専門分野を超えて学びあうこと。そして、新しいスキルと態度を持ち合わせる国内外の“アーバニスト”たちがコレクティブ的に集まり、プロジェクトに合わせて柔軟にチームを組みながら協業する未来だ。

Sonic Fiction

2022年5月に開催したナイロビでのワークショップの様子。「Sonic Fiction」をテーマに、ナイロビの街中にある音を録音するフィールドレコーディングとディスカッションを行った
撮影=Julien

Good News for Cities

毎週火曜に配信するポッドキャスト「Good News for Cities」では、国内外のさまざまな都市にまつわるグッドニュースをゲストを交えながら発信している
撮影=松永篤

都市は、1人1人に介入の余地がある「作品」であって欲しい

for Citiesにとって「都市」とは何か? そう聞かれることがよくある。私たちはいつも、人々の暮らしと活動の総体としての「作品」が都市である、と答えるようにしている。

フランスの社会思想家、アンリ・ルフェーヴルは、著書『都市への権利』(ちくま学芸文庫、2011/原著=1968)のなかで、都市は投資家や技術者のためにあるのではなく、私たち“利用者”のためにあるのだと説いた。

現代の産業化社会では、ディベロッパーや外資、行政などの大きな資本や権力が形づくる都市、つまり私たちにとって誰かに「与えられた空間」に、無理に自分を合わせて住んでいる気がする。消費社会に従属してしまった市民に人間の主体性を取り戻し、遊びやアートへの参加を通して“作品”としての都市を創ることを提唱したのがルフェーヴルで、私たちの考えの核はここにある。

アジアやアフリカなど、欧米社会以外の都市に注目しているのも、従来のまちづくり・建築系の活動と私たちとの違いだ。ヨーロッパでの生活が長く、教育も欧米の影響を色濃く受けてきた私たちだが、ニューヨークやロンドンなど、欧米都市の事例をせっせとコピー&ペーストする日本の街のトレンドにはすっかり飽きてしまった。これから経済や文化の中心になるのは、発展を続けるアジアやアフリカだ。国境を超えた都市間・実践者間のネットワークがまだ少ないアジアに、for Citiesとしても今後注力していきたいと思っている。

Sipat Lawin Ensemble

マニラにて、フィリピンのアーティスト集団Sipat Lawin Ensembleのメンバーとともに、「路上の偶然性」をテーマにアートプロジェクトを実施
提供=石川由佳子

台北

台北市にて、現地で活動する建築家、デザイナー、コミュニティプランナーなどを交えたディスカッションの様子。地図インスタレーションを作成する2日間のワークショップを開催した
撮影=Paritosh Goel

「活動」をつくり、国や分野を超えてアーバニストを増やしていく

活動を実際にしていくにあたり、私たちとして大事にしているアプローチ方法が3つある。

1──遊び心のあるアクションと介入

長期間に渡る壮大な都市計画を考えるのではなく、目の前の状況を更新するためのアクションを軽やかに起こすことで、都市へ介入をしていく。その小さなアクションを通じて、中長期的な変化の兆しを今ここで作っていくことを、私たちは大切にしている。アムステルダムでCascoland(アムステルダムを拠点に活動する、都市空間で芸術活動を行う団体)と行ったプロジェクトもそのひとつだ。3カ月という短期間で、「見えないケア(Invsible Care)」をテーマに地域の課題とニーズを汲み取り、アウトプットを制作した。作ったのは、移民が多く居住する地区の商店街再開発計画にあたって、取り残されている住民の声を可視化し行政に提言するための、コレクティブマップだ。「Invisible Care Map」と称し、この地域で大切にしている場所や関係性を誰でも投稿できる仕組みを提供した。

invisible care map
invisible care map
invisible care map

アムステルダムのプロジェクト「invisible care map」のリサーチの様子。対話を促すモジュールを街の中に運び出して市民の人から聞き取り調査を行った。Web上で誰でも気軽に地図上に声をマッピングできる
撮影=石川由佳子

2──グローバルだけどローカル

国外で活動をするなかで、社会状況や文化の違いはあるものの、共有できる共通の課題を持っていたり、よそ者だからこそ見出せる地域の価値があることに気付かされた。だからこそ、歴史やアイデンティティなど、ローカルの文脈やユニークさを大切にしながらも、グローバルな視点でローカルの課題やこれからを考える実践を作っていきたい。そして、それを加速させるための、アーバニストのコミュニティを育んでいきたいと考えている。2022年の7月に実施した、エジプト・カイロでの展覧会「for Cities Week 2022」では、カイロのアーバンデザインスタジオであるCLUSTERと共同で、地域の価値をサウンドスケープの視点から掘り起こす活動を行なった。立体や建築物を作ることが得意な彼らと、目に見えない感覚的なデータをまちづくりに活用する視点を持ちこんだ私たち。それらをうまく掛け合わせて、これまで見えてこなかったローカルの魅力や関係性を可視化することができた。

for Cities Week

カイロ市の西にあるエルデルロワ地区で2022年7月に開催した「for Cities Week」の様子
撮影=杉田真理子

for Cities Week

カイロでの展示の様子。1カ月間のなかで9つのワークショップと展示を行った
撮影=石川由佳子

for Cities Week

地域の子どもたちにも、自分たちの好きな音がある場所を地図にマッピングしてもらった
撮影=石川由佳子

for Cities Week

たくさんの学生やデザイナーが集まり対話を重ねた
撮影=石川由佳子

サウンド・マーク

カイロで行った、音のランドマーク「サウンド・マーク」を採集するワークショップ。このエリアに数多く残っているクラフトマンシップの音風景を記録する様子
撮影=石川由佳子

for Cities Week 2022

2021年に東京・池袋と京都・左京区で行った都市をテーマにした展覧会「for Cities Week 2021」を開催した。日本含めて16組のアーバニストが参加した
撮影=村上大輔/音楽=Oki Mei

3──分野を横断して、都市の風景をつくる人を増やす

これからの都市を作るのは、政治家や建築家、都市デザイナーだけではない。もっと多くの人が意志を持って都市に関わっていく必要があるなかで、既存の手法や概念に囚われず、「自分たちの都市を、自分たちでつくる」個人を増やしていく機会を作っていきたいと考えている。今年始めた「Urbanist School」もそんな想いではじめた取り組みのひとつで、アーバニストに必要なスキルや実践を学べる場としてスタートした。オリジナルの「スタディ・キット」も日英で開発。個人で学べる教育ツールとして活用していきたいと考えている。今年はすでに、東京・ナイロビ・カイロの3都市でスクールを開催した。

Tokyo Rhythm Analysis

東京で行った、Urbanist Schoolの様子。テーマは「Tokyo Rhythm Analysis」でリズム分析の手法と実践を2日間のワークショップを通じて学んだ
撮影=村上大輔

スタディ・キット
スタディ・キット

サウンドスケープをテーマに、街と音風景の関係性を探るためのワークが詰め込まれたスタディ・キット
撮影=村上大輔

スタディ・キット

マリー・シェーファーのサウンドエデュケーションをベースにカイロでオリジナルで制作した、スタディ・キット
撮影=石川由佳子

おわりに

改めて、自分たちのこれまでの活動を振り返って思うのは、計画性がありそうでないところが、いいところなのかもしれないということ。自分たちがつねに動き続けることで、選択肢や可能性を力強く、かつ柔軟に開拓していくことが重要だったりする。

一方で今後は、それらをきちんと長期的な変化のなかに位置付けて活動を重ねていく目線も求められると感じている。また、今後挑戦したいのは、コレクティブな組織づくりとアーバニスト人材のさらなる育成だ。何かを実践する際に、国内外からさまざまなスキルの人を集め、ポップアップでチームを作って実行する。そんな動きを加速させ、都市ならではの豊かな風景を、さまざまな場所でかたち作っていきたいと思う。



石川由佳子(いしかわ・ゆかこ)

一般社団法人「for Cities」共同代表・理事。アーバン・エクスペリエンス・デザイナー。「自分たちの手で、都市を使いこなす」ことをモットーに、さまざまな人生背景を持った人たちと共に市民参加型の都市介入活動を行う。体験をつくることを中心に「場」のデザインプロジェクトを渋谷・池袋・アムステルダムなど国内外で手がける。学びの場づくりをテーマに、さまざまなアートプロジェクトにも携わる。



杉田真理子(すぎた・まりこ)

一般社団法人「for Cities」共同代表・理事。デンマークオーフス大学で都市社会学専攻、その後ブリュッセル自由大学大学院にて、Urban Studies修士号取得。欧州を中心に、多くの都市で参加型調査やワークショップを重ねる。都市・建築・まちづくり分野における執筆や編集、リサーチほか、文化芸術分野でのキュレーションや新規プログラムのプロデュース、ディレクション、ファシリテーションなど、幅広く表現活動を行う。

このコラムの関連キーワード

公開日:2022年08月24日