「パブリック・トイレのゆくえ」後半をふりかえって

浅子佳英(建築家、タカバンスタジオ)

1年が過ぎ、とうとうこの企画も最終回を迎えることとなった。ただ第1期を終えてさらにやることが見えてきたこともあり、もう1年継続することが決まっている。詳細は後で触れるとして、まずはざっと後半をふりかえってみよう。

まず、「海外トイレ事情」では、前半で希望していたにもかかわらず叶わなかったアフリカのレポートを3本、掲載することができたことが大きい。

トイレ環境が悪く、新たな施設では清潔に保つための手段として外から鍵が閉められているというエチオピアの大学トイレ(清水信宏「エチオピア、メケレ──問われる、ローカルなトイレ観」)。

クラン(Clan)という血縁関係に基づく地縁組織によって、いわば住民たちの手でパブリック・トイレが設置から維持管理まで行なわれているというガーナのトイレ(小竹輝彰「ガーナ、アクラ──パブリック・トイレから地域自治を問う」)。

また、ルワンダ(庄ゆた夏「ルワンダ、ルリンド郡マソロ村──トイレから考える国際開発協力」)では、水不足の地域で水洗トイレを普及させる難しさ、そして国際開発協力において、海外からの寄付は集まるものの、その多くが一時的なそして目に見えるものに集中し過ぎるがために、維持管理の問題が引き起こされたり、田舎の低所得者にとってはより困難な状況に陥ってしまうという問題を丁寧にレポートしてくれている。どれも日本にいてはなかなか実感できない、本質的な問題について書かれており、この連載だけでもこの企画をやった意義はあったように思う。

ほかにも、トリノ(平木利帆子「イタリア、トリノ──バールとともにあるイタリアン・パブリック・トイレ」)ではバール(カフェのような形態の小さな飲食店)がパブリック・トイレの役割を果たしているという、これまでも何度か議論してきている商業施設とパブリック・トイレの関係についてのレポートが掲載されている。ニューヨークではスターバックスが、日本ではコンビニが同様にパブリック・トイレの役割を果たしており、これは世界的な傾向だろう。さらにいえば、トイレに限らず、小さな分散型の商業施設がある種の公共性を担保するというのが21世紀における公共空間のひとつの在り方なのかもしれない。

とはいえ、バルセロナのレポート(鈴木瑛貴「スペイン、バルセロナ──観光都市におけるトイレの苦悩」)にあるように、観光地化に成功しすぎたがゆえに起こる弊害も当然ある。いくらサービスの一環とはいえ、何も買わない大量の人々に無料でトイレを使わせるのは商店側にデメリットが大きすぎるからだ。だからといって、これまでのように市や国が公衆トイレを用意して維持管理する形態に戻るのもまた違うだろう。

世界中で進行している、商業とパブリック・トイレの融合は、徴収した税金で公衆トイレをつくり、皆で使うという今までのモデルではなく、使用する人がトイレを貸してくれた商店に直接受け取ったサービスの対価を支払うという、小さくも新しい公共経済圏モデルだと捉えることもできる。本当は観光客への啓蒙なども含め、考えていくべき問題だろうと思う。

メインの対談企画の後半は「パブリック・トイレ」というテーマとは少し離れた部分はあったが、いくつかの重要な論点が浮かび上がった。

吉里裕也氏×中村治之氏は、「超福祉展」というイベントの公開での対談(「LIXIL Presents: パブリック・トイレから考える都市の未来──オフィス、サービス、そして福祉的視点から」)ではあったが、近年急速に拡大し昨年日本にも進出したWEWORKの話を皮切りに、シェアスペース内の、まさにこの企画のなかで定義している意味でのパブリック・トイレの在り方から、福祉の話に繋がり、最終的には寛容的な都市の雰囲気をつくることこそが重要だと結論づけている。施設や器具だけでは解決できない部分はどうしても残る以上、これは重要な論点だろう。

仲俊治氏×金野千恵氏の対談(「施設から住まいへ──半パブリック空間のトイレ考」)では、乾久美子氏×家成俊勝氏の対談(「福祉の現場から考える──多様性を包摂する空間」)を引き継ぐようなかたちで、福祉施設を大きな住宅として捉え、2人が実際に設計した建築を中心とする実践的な話になった。個人的に最も印象的だったのは、「家がふつうとは少し違った機能や用途──この場合は仕事場ですが──を持ち始めると、途端にトイレのあり方が大きく変わってしまう」という仲氏の発言である。その後出版された山本理顕氏との共著『脱住宅──「小さな経済圏」を設計する』(平凡社、2018)のなかでも、核家族を基本とした従来型の住宅のあり方の限界について書かれていたが、このあたりの議論はとても現代的かつ重要だろう。

そして、この対談の最後に少し触れているように、第2期の企画ではパブリック・キッチンのリサーチを新たに加えようと考えている。上述の書籍『脱住宅』だけでなく、南後由和氏の『ひとり空間の都市論』(ちくま新書、2018)など、近年、核家族を中心としない住宅や都市のあり方についての議論は成熟してきている。さらにシェア・オフィスやシェア・ハウスなども加えると、核家族用の台所でもレストランでもない「パブリック・キッチン」と呼ぶのが相応しい場所が重要になりつつあるからである。

もうひとつ、「国内トイレ・サーベイ」については、TSUBU氏や中川エリカ氏によるエッセイや論考が素晴らしく、建築家が書き手の中心である以上、やはり提案型の企画のほうが向いているだろうということで、第2期はパブリック・トイレとパブリック・キッチンの双方で提案型の企画も考えている。

ともかく、第2期はパブリック・トイレとパブリック・キッチンの2本立てになり、公共のキッチンとトイレ、いわば食と排泄という人間の入口と出口の両方を扱うことになるわけで、より厚みのある企画になっていくはずである。ぜひ楽しみにしていただきたい。

浅子佳英(あさこ・よしひで)

1972年生まれ。建築家、デザイナー。2010年東浩紀とともにコンテクスチュアズ設立、2012年退社。作品=《gray》(2015)、「八戸市新美術館設計案」(共同設計=西澤徹夫)ほか。著書=『TOKYOインテリアツアー』(共著、LIXIL出版、2016)、『B面がA面にかわるとき[増補版]』(共著、鹿島出版会、2016)ほか。