「建築とまちのぐるぐる資本論」取材8

DIY可能物件日本一の不動産屋による社会実験

殿塚建吾(聞き手:連勇太朗)

空き家問題が注視されるなか、修繕が前提となる空き家をDIY可能な賃貸物件として読み替えて、全国最多のDIY可能な賃貸物件を取り扱う不動産屋が千葉県松戸市にある。「omusubi不動産」の代表の殿塚建吾さんは2014年に地元松戸で起業し、250以上の老朽化した物件と自分の生活や仕事にこだわりをもつ使用者のマッチングに成功している。下北沢の「BONUS TRACK」の運営参加を皮切りに、守備範囲を拡大した殿塚さんに、まちの耕し方を伺った。

Fig.1:omusubi不動産の本店が入居している「あかぎハイツ」。

稲穂実る豊かな土壌を目指して

連勇太朗(以下、連):

まず、「omusubi不動産」の名前の由来を教えてください。

殿塚建吾(以下、殿塚):

おこめをつくる不動産屋なので「omusubi不動産」と名乗っています。稲作はおたがいさまの関係を築きながら、コミュニティを生むきっかけづくりとして2012年から取り組んでいます。農家さんに手伝ってもらいながら、毎年2~3月にかけて整地、5月に田植え、夏場に草取りをして、9月に収穫をします。千葉県の北西部、白井市神々廻ししばにある約一反(1,000㎡)の田んぼで、機械を入れればたった数時間ほどで刈り取れる規模ですが、スタッフや入居者さん、約70人が半日かけて手刈りをします。
今は入居者数も増えて、入居者全員と田んぼでお会いできるわけでもありませんが、不動産屋と顧客という関係を結びつつも、他の不動産屋さんよりは少し友だちのような距離感を心がけ、入居者さん同士の接点も生まれるような試みを続けています。田んぼの他にも、ワークショップやomusubi不動産主催の飲み会「omusuBEER」を定期的に開催しています。2018年から松戸市とアルスエレクトロニカの共同キュレーションで開催している国際芸術祭「科学と芸術の丘」ではomusubi不動産が運営に関わっていることから、表現活動が得意な入居者さんに積極的に出展してもらい、フェスティバルに関心のある人には運営を手伝ってもらっています。
田んぼを耕す感覚は僕たちの仕事に通じるものがあり、入居者さんは稲、僕らは土壌と言えるかもしれません。稲は水と土があれば育つので、土壌を豊かにする環境整備が僕らの役割です。いつか阪神甲子園球場のグラウンド整備をしている阪神園芸みたいな存在になれたらいいなと思っています。

Fig.2・3・4・5:松戸市稔台で40年以上続く賃貸マンション「あかぎハイツ」。1階にはテナントとしてomusubi不動産の本店や、古書を中心に新刊や生活雑貨なども扱う「smokebooks」、カラオケ喫茶、人気の農家レストラン「亀吉農園 別館」(設計・施工:つみき設計施工社)などが入居している。2階以上の賃貸物件は、オーナー自らがDIYで修繕に関わっている部屋も少なくない。Fig.5の撮影:Yusuke Kono

DIY可能な賃貸物件の取り扱い数ナンバーワン

連:

事業の全体像をご紹介いただけますか。

殿塚:

不動産を通じて自分らしい暮らしの機会を提供する会社として2014年4月に創業しました。現在スタッフは20名、主要な事業は売買、賃貸、コミュニティマネジメント、エリアリノベーションの四つです。取り扱いエリアは新京成線八柱駅から車で1時間圏内、千葉県松戸市や市川市、船橋市と東京が中心です。
シェアキッチンやレンタルスペースに取り組むようになったのは2016年からで、事業に挑戦する方々に練習の場を提供したいという思いです。松戸には曜日で店主が代わるカフェ「One Table」や大正時代の古民家をリノベーションしたレンタルスペース「隠居屋」、昭和53年に建てられた社宅を改装したクリエイティブ・スペース「せんぱく工舎」などがあります。
大きな収益源は販売です。なかでも買取再販事業が大半を占めており、僕らが空き家を購入しリノベーションして住みたい方に販売するパターンと、空き家のインスペクションをして、内装は手を付けずにDIY可能な賃貸物件として投資家さんに売るパターンがあります。最近はDIY可能な賃貸用物件のオーナーになりたいという投資家さんも増えて、盛り上がりを感じています。
また、テンポラリーな商売から一歩先へ踏み出そうとしている方々にDIY可能物件を紹介し、開店のサポートをしています。賃貸は現在およそ300の契約があり、そのうちDIY可能な賃貸の取引は256件、日本で最多です。

連:

原状回復にはどのようなルールを設けていますか。

殿塚:

申請すれば、借主は自己負担で内装を変更でき、許可を得た部分については原状回復が不要です。大家さんは、屋根や躯体、インフラの改修費用を負担することにはなりますが、普通に使えれば機能が最新である必要はないとお話ししています。すると、イニシャルコストの出費から空き家を賃貸に出すことを躊躇していた大家さんと、家を購入するほどではないけれど自由に内装を設えたい借主がマッチしやすくなります。

Fig.6・7:曜日ごとに店主が変わるカフェ「One Table」(設計:大畠稜司建築設計事務所)。新京成線八柱駅・JR武蔵野線新八柱駅近くの八柱さくら通りに面する。

Fig.8・9・10:「せんぱく工舎」は八柱霊園に続く石材屋通りに建つ。1960年に建てられた船舶などの内装整備会社の社宅をリノベーション。2階は中廊下形式で、アーティストや作家のアトリエとして使われている。1階は飲食などのショップや、omusubi不動産の運営業務にも関わる演出家・岩澤哲野さんのアトリエが入居。いずれも改装自由で原状回復の必要がない。

DIY可能物件は一点もののヴィンテージ古着に近い

連:

どのような経緯で、DIY可能な賃貸を取り扱い始めたのでしょうか。

殿塚:

omusubi不動産を起業する前に勤めていた株式会社まちづクリエイティブでDIY可能な賃貸物件を扱っていました。今や有名となったアーティストなど、様々な方々がDIY可能物件を借りて、そこを拠点に活動の幅を広げていく姿を間近で見ました。松戸にはアーティスト・イン・レジデンス「パラダイスエア」もあります。まちづクリエイティブが立ち上げ、現在は一般社団法人PAIRが運営しています。当初、まちづクリエイティブで僕が担当者だったこともあり、omusubi不動産が管理のお手伝いをしています。
omusubi不動産を訪ねてくれる方には「自分で何かをしたい方」が多いです。アーティストやデザイナー、フードユニットなど、入居者のうちおよそ90組が個人で表現活動されている方で、次に多いのは個人商店を営む方々で約80店舗との契約があります。

連:

DIYのための道具や情報は提供していますか。

殿塚:

今はDIYワークショップをたまに開催するくらいです。サービス開始当初は色々な紹介をしましたが、最近はあまりしていません。こちらから情報提供するというより、YouTubeなどを見て自主的に情報を手に入れる方が多いです。近隣にもDIYが得意な人が増えたので、手伝ってもらったりという動きもあるようですね。つみき設計施工社さんなど3社くらい親しい工務店さんや設計者さんも近くにいます。僕らの扱う物件の水回りや下地をいつも手伝ってくれてるので、細かいことを言わなくても塩梅を理解してくれます。そういった環境は比較的整っているかもしれません。
デザイナーさんを紹介する場合は、デザイナーさんがつながっている工務店さんと一緒にお店をつくりますし、全部DIYで仕上げようというのは美大生やごく一部の慣れている人だけですから、逆にお任せした方がいいです(笑)。
実はきれいな物件を借りたい人とDIY可能な古い物件を使いたい人の割合は、洋服を買う時にユニクロに行く人と古着屋に行く人と同じような比率なのではないかと思います。味わいのある一点もののヴィンテージを探し求める人は後を絶ちません。DIY可能な物件は、ニッチではありますが、マーケットとして十分成立すると身をもって感じています。

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公開日:2024年02月28日