住宅をエレメントから考える

〈塀〉再考──現代において塀は必要か

増田信吾(建築家)×齋藤直紀(慶應義塾大学助教)

『新建築住宅特集』2018年9月号 掲載

『新建築住宅特集』ではLIXILとの共同で、住宅のエレメントやユーティリティを考え直す企画を掲載してきました。「玄関」(JT1509&1510)、「床」(JT1603)、「間仕切り」(JT1604)、「水回り」(JT1608&1609)、「窓」(JT1612)と、さまざまなエレメントを取り上げ、機能の側面だけではなく、それぞれのエレメントがどのように空間に影響をもたらしてきたのかを探りました。
今回は住宅の「塀」を取り上げます。分析と編集は建築家の増田信吾氏と慶應義塾大学助教の齋藤直紀氏にお願いしました。多くの塀は敷地の周囲に巡らされ、安全やプライバシーを守る役割を担っています。しかし敷地境界を担う塀は、安全やプライバシーだけでなく、風景をつくり、街と建築と塀の関係を構築するなどさまざまな視点から思考する必要があります。その分析と共に今回は、塀について示唆的な住宅をピックアップして架空の街並みを描いていただきました。街、建築と塀の関係を、このイラストからも読み取っていただきたいと思います。

※文章中の(ex JT1603)は、雑誌名と年号(ex 新建築住宅特集2016年 3月号)を表しています。(SK)は新建築です。

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〈塀〉の風景

ちょうどこの企画を練っている最中、大阪北部地震が発生し、住宅は全壊、半壊、一部破損を含め2万件を超え、子供達を守るために道路と敷地の間に施されたブロック塀が倒壊し悲惨な事故を起こした。国土交通省は8月3日、自治体が指定する避難路沿いのブロック塀の所有者に対し、耐震診断の義務化を検討する方針を明らかにしたが、各自治体も大規模な災害を契機に補助金制度などを通して、道路に面する塀の見直しは都心部を中心に進んでいる。今までなんとなく存在していた都市の塀を考え直す必要に迫られ、超高齢化や子どもの見守り方、地域コミュニティなど時代の社会を背景に、塀だけでなく敷地境界への価値観も転換する時期にきている。その可能性について考えるべく、この記事では都市を構成する主軸である住宅の塀に着目した。建築家による過去の作品や、身近な都市の風景から改めてこのエレメントを見直し、この先の風景を創造する一助としたいと考えた。

そもそも塀とは、敵陣の侵入を防ぐための堀や城郭、城壁などと同様に、敷地の囲いとして設ける障壁、平原や海沿いの風が強い場所での防風対策、沖縄地方のヒンプンは魔除けの意味をもち、全国的に農村部に見られるきっちりと四角く刈り込まれた生垣は主人の権威と自負がうかがえる象徴でもある。塀がシークエンスの重要な要素として敷地の外から家の中にまで及ぶ書院建築や武家屋敷では、庭園の風景を構成する工作物としても塀は重要な役割を持っていた。その中でも塀のいちばん基本的な役割は、敷地をぐるっと取り囲みトリミングすることだろう。しかし現代では、一般的にはそういった敷地をトリミングするための塀の存在と役割は薄くなっている。都市の敷地はますます細分化され、その小さな敷地で目一杯の内部空間を確保しようとするため、境界と建物の間は当然狭くなる。住宅の外壁が塀の機能を担うため、外壁は必要分の窓以外は強く閉ざされて、それぞれの敷地で完結した家が並んだ風景となる。郊外では駐車場が前面を占拠し、塞ぐことで生活が見えない移動中心の街並みが目立つ。
しかし、戦後から脈々と新陳代謝してきた都市の風景は、ひとつひとつの敷地とその外が分割されながらも、密度を上げながら多様化し、ひとりひとりが無意識に参加して生まれた総体としての風景だ。そこに大きく作用した敷地境界にある塀は、個々が所有しながら、同時に共有される都市の資源ではないだろうか。
敷地境界に施される塀の必要性が明確でない今、そこにはどんな可能性が残されているのか。都市の風景に多大な影響を与える住宅の塀に着目し、今まで建築家が敷地境界にいかに対峙してきたか、2000年~2018年までの本誌および『新建築』に掲載された住宅から、敷地と道路の境界付近にある塀や擁壁にあたる構造物で、敷地の外側との関係性に積極的な思考を持った事例を採取した。

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公開日:2019年10月30日