「建築とまちのぐるぐる資本論」鼎談2

マテリアリティの再発見と新しい建築的ラグジュアリー

吉良森子(moriko kira architect主宰、九州大学教授、明治大学特別招聘教授、神戸芸術工科大学客員教授)+加藤耕一(東京大学工学系研究科建築学専攻教授)+連勇太朗(明治大学専任講師、NPO法人CHAr代表理事、株式会社@カマタ取締役)

Fig. 1: 左から連勇太朗氏、吉良森子氏、加藤耕一氏。

連:

「建築とまちのぐるぐる資本論」は2023年5月末にスタートした特集連載です。大きなシステムで駆動する金融資本主義などと違った、人、物、空間を含んだ様々な社会資本がぐるぐると循環する経済モデルについて考え、そうしたモデルの実現に寄与する建築やまちづくりのあり方を見出していくというのが大まかな主旨です。あえて経済モデルに着目するのは、もっと言えばお金の問題について考えるのは、それが現代の「創造性」や「創作」を成立させている条件、あるいは基本的枠組みになってしまっているからです。経済的次元に踏み込んでデザインや建築について考えないと本質的な議論ができないと思っています。
特集では、様々な場所へ足を運んで生の声を実践者から聞いている取材とは別に、相対的にかつアカデミックに、あるいは歴史的視座からこれらの状況を俯瞰して見るために鼎談も行っています。2回目である今回の鼎談は、オランダを拠点にされている建築家の吉良森子さんと、建築史家の加藤耕一さんをお迎えしました。ヨーロッパ圏の話題も含んだ水平的な議論、そして長い時間のなかから見る垂直的な議論、その両方ができればと思っています。まずは簡単な自己紹介からお願いします。

吉良:

私は1992年からオランダに住んでいます。ベン・ファン・ベルケルの事務所(現・UNスタジオ)に5年ほど勤めてから、無謀にもオランダで自分の事務所を始めました。オランダに残って仕事をしようと思った大きな理由は、都市計画のなかでの建築の役割が求められていたからです。私は建築のデザインも好きですが、独立した形をつくるよりも都市と建築の関係を考えていく方が自分に向いていると思いました。色々な機会をいただいたなかで、オランダ政府の住宅・国土開発・環境省建築局で働いたり、アムステルダム市の17世紀のエリアの美観委員を務めたりもしました。
しかし、2008年のリーマン・ショック以降状況が変わり、私がおもしろいと思っていた建築の役割が消えてしまいました。新自由主義的に、市場がすべて解決するだろうという発想になり、きめ細かくつくられた都市政策の仕組みがなくなっていくのも見てきました。現在の建築家は、投資家やオーナーに対して高い経済的価値を生み出していく建築をやるか、あるいは公共建築をやるかという状況です。私は商業的な才覚がなかったですし、ディベロッパー側の人たちも違うと思ったのでしょう。そうしたなかで出会ったのがボトムアップ的なアプローチでした。
ですから「建築とまちのぐるぐる資本論」の内容にはすごく共感します。20世紀を引きずっている私たちの世代は、どうしても現状のシステムで何とか生き延びられると思っているところがあるので、これまで明言してきていませんが、この21世紀は100年前のモダニズムの時代とは明らかに異なるテーマがあり、それを考えなければ未来はありません。

加藤:

吉良さんにとても大事なことを言っていただいたと思います。私も共感します。
私は西洋建築史、特にフランスのゴシック建築が専門で、現代の社会とは縁がないような研究をずっとやっていたなかで、2017年に『時がつくる建築:リノベーションの西洋建築史』(東京大学出版会)という本を出しました。実は西洋建築史で扱われる建築物は、建てられてそのまま保存されてきたのではなく、やはり時間のなかで使われ方や形が変わりながら現在まで残ってきたものです。特に2000年以降、現代の建築家たちによるリノベーションの実践が増えてくるなかで、リノベーションという問題を長い歴史のなかで捉え直したいと思ったのがこの本の試みでした。リノベーションの視点から建築史を見ると見え方が変わるという意味では建築史学を再構築する試みであり、同時に、リノベーションを実践している現代の建築家に対するメッセージとして書いたところがありました。多くの反応があり、こうした議論にも呼んでいただけるようにもなりました。
今なお建築産業においては、20世紀型のスクラップ・アンド・ビルドが力をもち続けています。特に東京では、タワーマンションが林立し、至るところで再開発があり、それらによって経済が動いています。この「ぐるぐる資本論」で紹介されている事例のようにボトムアップ的な小さな枠組みによる豊かさが生まれつつありますが、再開発やスクラップ・アンド・ビルドが主流である建築産業との間にある大きな溝を埋めていく必要があると思います。

連:

ありがとうございます。まさしく「ぐるぐる資本論」の問題意識を言語化していただきました。巨大資本による再開発と建築家のローカルかつ小さな実践との溝を埋める戦略が必要だというのはまさにその通りだと思います。前回の鼎談では、開発が延々と続いていくスプロール的状況と、空き家の再生をはじめとしたローカルな小さな実践を生み出している背景となっているスポンジ化という現象が同時進行しているという図式で議論しました。

建築の実験場としての日本──インフォーマルな建築家と私有地

Fig. 2: 吉良森子氏。

吉良:

日本で可能性を感じるのは、ことさらにお金儲けをするのは浅ましいという感覚がまだ結構あるところです。オランダは資本主義を生み出したような国なので、お金が示すものは真実であるという前提があって、人間関係は合理的ですし、契約を尊重する社会です。他方、日本は資本主義の歴史が浅く、人と人とのつながりや、関係性に配慮する思いやりがあります。だからこそ、共にどういう場所に住みたいのか、という根源的なところから考えることができる可能性があると思います。それは同調圧力になってしまうリスクもありますが、ヨーロッパから見るとうらやましく思う側面でもあります。今の世界的な超資本主義の状況下では、そうした日本の強みを改めて意識して、そこからどんなまち、そして社会にしたいのかを考えて、とりあえず身近なところから自らやってみることが21世紀の幸せな社会につながっていく可能性があるのではないかと思います。
日本では、大資本のプロジェクトは組織設計事務所やゼネコンが手掛け、それ以外を建築家が頑張るという住み分けがあります。その結果、グローバルな資本や権力が集まる東京都心ではなくて、地価がもう少し安い近郊や地方で小さなおもしろい活動が起こっている。経済的には厳しいですが、自分自身が心からやりたいことへと振り切ることができます。オランダは、良くも悪くもこのような住み分けはなく、小さな設計事務所でも利潤追求を目的とするプロジェクトと関わっているので、そこまで振り切れない。鼎談1でも議題になっていた空き家問題も、ある種の自由や豊かさを生み出す可能性があるとも言えます。例えばアムステルダムの場合、学校の先生や看護師さんなど、市民社会を支える仕事をしている人が住める価格の住宅が市場にほとんどなく、空き家率も4%と低い状況なので、何か建てる場合には利益を最優先にせざるを得ません。
なおかつ、日本では土地所有者の自由が大きく、良くも悪くも自由でダイナミックな更新をすることが可能です。ヨーロッパのボトムアップなプロジェクトは補助金に頼るしかなく、その枠組みでできることをやるしかないのですが、日本では自分たちのプロジェクトとしてお金を出すことが可能です。
レム・コールハースが1990年代に日本でレクチャーをした際に、「東京はラボラトリー(実験場)だ」と言っていましたが、いまだにそうあり続けていると思います。

連:

地価の問題や土地所有の仕組みから考えると、今や日本全体が新たな建築的実践のラボラトリーになっているのかもしれませんね。2022年に、スイス・バーゼルのスイス建築博物館(S AM)で行われた展覧会「MAKE DO WITH NOW: NEW DIRECTIONS IN JAPANESE ARCHITECTURE」に参加したのですが(既存の空間を限られたリソースで創造的に「やりくり」する日本の若い建築家を紹介するものでした)、現地での展示やレクチャーを通してスイスの建築家や大学生とディスカッションして思ったのは、日本のボトムアップ的でインフォーマルな建築的実践は彼らにとって非常に異質なものであるということです。スイスのような制度や仕組みがカチッとした文脈では、なぜ日本でそういったことが起きているのか、どういった意義があるのかといったことが想像しづらい部分が多々あるのだろうと思います。一方で、逆説的に建築家が自由に振る舞えるという意味で、憧れの眼差しで活動を見ている人もいると感じました。制度から外れたところで建築家がサバイブしていること自体が新鮮に映るのかもしれません。他方で、日本からスイスを見ると、建築家の存在が社会的にしっかり認められていて良いなと思いますが、それはそれで辛いこともたくさんあるようです(笑)。いずれにせよ、ぐるぐる資本論的世界観で起きている様々な建築的実践は、世界においても先進的な実験のバリエーションであるということは、同世代を生きる私たちとしてもっておくと良い認識だと思いました。

Fig. 3:「MAKE DO WITH NOW: NEW DIRECTIONS IN JAPANESE ARCHITECTURE」展。連勇太朗氏が代表を務めるCHArによる展示。© Tom Bisig

エステティックの問題──質素倹約の美学が正しいのか

Fig. 4: 加藤耕一氏。

加藤:

ローカルな小さな実践はとてもおもしろいですし、僕自身も色々と学ばせてもらっています。例えば「リノベーションスクール」によって、建築の専門家と街の人たちがつながり、商店街が活性化されるとか、新しい建築のあり方を見せてくれていると思います。ただ、そうした建築家の実践を物として見ると、合板がむき出しの仕上げなど、どうしてもピューリタン的というか、質素倹約が唯一の正解とされているように思えます。ローコストでこんなにシンプルな空間をつくっています、と。そこにはモダニズム的な価値観が強く残っているのではないでしょうか。モダニズム以降の建築家は、例えば装飾的な壁紙を嫌うと思いますが、一般の人にとっては壁紙に包まれた空間の方が馴染みや安心感があります。壁紙は建築とユーザーとの距離感を縮めることができる要素でもあって、後から壁紙を自由に選び張り替えることで空間をリフレッシュすることもできます。ユーザーが建築に介入することができて、長持ちさせる仕組みでもあります。

連:

それは建築における美学をどのように扱い議論するかという問題ですね。これからの建築家の役割にも関係する大きな話だと思います。建築家が良いと思うものを一方的に押し付けるような構図では、いくら表面的なスタイルが変わったとしても、いつまでもモダニズムの本質的な限界を乗り越えることができません。ユーザーの感知する価値と、建築家の感知する価値がどのように関係し合って、あるいは折り合って、ひとつの人工物を構成するようになるのか、非常に重要なテーマです。だからこそ、ぐるぐる資本論の探求でも美学については真正面から扱う必要があるのだと思います。ちなみに2023年11月の記事で取材した長坂常さんがまさにベニヤの内装仕上げについて言及していましたが、先駆者として長坂さんがリノベーションの時代に与えた影響力は大きいですね。実際、そこにはピューリタン的な美学もあれば、既存の壁紙を愛でるようなキッチュな目線も両方含まれているように感じます。

加藤:

産業革命以後、大量生産が始まった19世紀のインテリアを見ると、壁紙や絨毯、カーテンなどの布地が室内に一気に増えていく時代であったことがわかります。それ以前は王侯貴族しか使えなかった布製品を、産業革命とともに一般市民が使えるようになり、住宅の内部や家具が布地で覆われていくのです。そうした流れを全否定して、壁は白ペンキで塗ればいいと強く主張したのが20世紀のル・コルビュジエで、モダニズムの登場とともにインテリアも建築のあり方も革命的に変わりました。ただ、できた瞬間はかっこいいけれど、ペンキ塗装のメンテナンスを怠ればどんどん薄汚れていくというあり方は、20世紀に起きた建築の短命化の一因かもしれません。現代のリノベーションが、歴史を大事にして建築を再生して使い続けることを目的とするならば、短命ではないものを目指してほしいと思います。

Fig. 5: 19世紀パリのヴィクトル・ユゴーのアパルトマンのインテリア。撮影:加藤耕一

吉良:

確かに、21世紀の新しい感覚に対応して、建築家が変わっていくべきです。私自身もモダニズムの束縛から解放された経験があります。オランダの建築局に勤めていた時の最初のプロジェクトが「シーボルトハウス」で、16世紀につくられた部分、17世紀の庭側のファサード、18世紀の表の運河側のファサードというように異なる時代様式が混在した大きな建物のリノベーションでした。昔からある部屋は各時代にマッチした空間に戻しながら、博物館として新たに必要になる階段や部屋の内装をどうすべきか、歴史的建築物の修復を専門とする建築家にアドバイスを求めると「近代建築の教育から離れなさい」「材料、質感、色はあなたの表現なのだから恐れないで」と勇気づけられ、様々な色を使ったり、ビロードや絹、壁紙なども使いました。歴史的な建築物の時間や様々な様式、そしてそれ以前には思ってもみなかった色の問題と向き合い、自分ではない他者性をもったデザインができました。

Fig. 6・7: シーボルトハウス。内部には様々な色や素材が使われている。写真撮影:Luuk Kramer

Fig. 8: シーボルトハウス。異なる時代のレンガが現しにされている階段室。写真撮影:Luuk Kramer

公開日:2023年12月26日