コミュニケーションの核となるオフィスキッチン

馬場正尊(OpenA)× 若原強(KOKUYO)× 石原雄太(LIXIL)

『商店建築』2019年4月号 掲載

コミュニケーションの核となるオフィスキッチン

ワーキングのための空間から発想の場へとオフィスの役割が大きく変わる中、キッチンが注目される。商店建築2018年4月号の鼎談「オフィスにおけるキッチンの可能性を考える」をきっかけに、LIXIL、若原強さん、オープン・エーによる三者共同研究がスタート。キッチンを導入しているオフィスへの取材、検証・分析から、コンセプト提案がなされた。そこから見えてきたオフィスキッチンの可能性をレポートする。

なぜ、今オフィスキッチンが注目されるのだろう。その背景にはリモートワーク化やイノベーショナルな発想の重要性など、オフィスに求められる役割の変化がある。従来は整然とデスクを並べ、事務作業を効率良く進めることがオフィスの目的だった。しかし最近は、事務作業だけならばリモートワークや外注の方が効率的である。多彩な人々が柔軟にコミュニケーションをとり、社会の変化を機敏に感じながら、新たなビジネスのアイデアを紡ぎ出していく。そんな活力にあふれる場としてのオフィスが必要とされている。

対話を促すキッチン

長年、働き方を研究してきた若原強さん(コクヨ ワークスタイル研究所所長)は、インフォーマルな対話を促すキッチンの機能に着目している。「オフィスでのコミュニケーションは、会議や打ち合わせなど予定されたフォーマルなものと、廊下やエレベーター、給湯室、社食、トイレなどで発生する偶発的なコミュニケーションに分かれ、今、このインフォーマルな対話が注目されています。上下関係にとらわれず、創造性や柔軟性を高め、イノベーションを生むきっかけとなる可能性が高い。こうした対話の場として喫煙室や仕事後の飲み会がありましたが、今はどちらも減っています。それらに変わる存在として、オフィスキッチンがクローズアップされているのです」と語る。

オフィスキッチンが偶発的な出会いを促す理由には、「飲食」という本質的な欲求が深く関わっている。若原さんはさまざまな企業での社内キッチンの有効活用例を挙げ、 健康的でおいしく、写真映えもするような料理を社員に無償提供することが、優秀人材の確保のみならず、場合によっては営業活動の効率化にもつながりうると語る。「素敵なキッチンやランチが話題となり、営業相手が会社に来てくれる。出かける手間を減らし、ホームグラウンドでの接客に成功した企業もあります。また、IT企業を中心に推奨されてきた在宅勤務も見直しが進んでいます。企業という組織の柔軟性や創造性を保つには、誰が何に取り組んでいるか、誰が何を得意としているか、というトランザクティブ・メモリーの浸透が重要。リモート化によって人が集まらなくなると、こうした組織知が薄れていきます。イノベーティブな発想は、既存のものの組み合わせから生まれることも少なくありません。そのためには偶発的かつ対面での出会いがますます重要になってきているのです」(若原さん)。

リモートワークやコワーキングスペース、テレビ会議など、オフィスに行かなくても仕事ができる環境は日々進化している。若原さんは、社内から人を引き離す社外への「遠心力」は、ますます強くなると考えている。とはいえ「なるべく会社に来て積極的にコミュニケーションをとりなさい」と呼びかけても、実際はなかなかできるものではない。そこで人の本能に訴えるキッチンには、会社への「求心力」を高める効果が期待されているのだ。

馬場正尊さん(オープン・エー)

馬場正尊さん(オープン・エー)

若原強さん(コクヨ)

若原強さん(コクヨ)

石原雄太さん(LIXIL)

石原雄太さん(LIXIL)

キッチンは配置が重要

コミュニケーションの場としてオフィスキッチンをつくったものの、なかなか人が寄り付かないケースもある。その要因は「キッチンの配置」にあることが、見えてきた。「キッチンに期待される役割やオフィスプランとの関係、会社の規模などによって、適切なキッチンの配置は大きく変わってきます。キッチン本体の機能だけでなく、オフィスのどの位置にあるかが重要」(若原さん)。オフィス内の「余った場所」に設置されたキッチンの問題点は、わざわざそこへ行く感覚が強いことだ。ともすればサボっていると見られてしまい、インフォーマルな対話は生まれにくい。そこでLIXILと二者は、実際にキッチンを導入しているオフィスへの取材を行い、執務室とキッチンの関係を整理し、キッチンの配置を4種類のタイポロジーに仮説立てた(P120参照)。オフィスの結束点、部署間を移動する通路、外部にひらかれた共有スペース、トイレへの動線など、通路や共有スペースなど、自然と人が行き来する場所にキッチンを配置することを提案している。

オフィス内に本格的なキッチンを配置することは、給排水管や排気ダクトの設置、工事コスト、メンテナンスなど難しい課題も多いが、給排水を省略したドライキッチンという選択もある。調理などの機能に増して、どこにあるのかが重視されるのも、オフィスキッチンの特性だろう。

オフィスキッチンを実践する

設計事務所オープン・エーを主宰する馬場正尊さんは、賃貸オフィスビルを企画する際、積極的にキッチンを取り入れてきた。またオープン・エーの自社オフィス兼シェアオフィス「Under Construction/Un.C.(アンク)」には、オープン型の大型キッチンを導入している。「オフィスキッチンによって、今のオフィスが抱えるさまざまな問題を解決できると考えています。実際に我々のオフィスでも、キッチンでの対話から多様なプロジェクトが生まれました。家庭用のキッチンが大きく変化したのは1964年東京オリンピックの頃、ステンレス流し台によって今の原型が整い、50年経って家庭の中心となりました。そして次の50年は、キッチンがオフィスの中心となる時代と予測しています」(馬場さん)。

オープン・エーのキッチンはエントランスの目の前にあり、執務室との境がない「リニア型」。初めてオフィスを訪れるゲストはその存在感に驚き、キッチンの話題から対話が始まる。キッチンの周りには常に誰かがいて、コーヒーを淹れたり、ノートパソコンを操作したり、その光景自体が従来のオフィスにはないワクワク感、何か新しいものが生まれそうな予感を抱かせる。

「最も目立つ場所にキッチンがあり、社員やシェアオフィス利用者、ゲストなど、さまざまな人々の集う姿が会社のブランディングにもつながっています。キッチンは床から一段高くなっていて、流しの前に立つとオフィスがよく見渡せます。自然な形で全体の雰囲気を把握するのにとても良い場所です。デスクで作業している時よりも、キッチンに居る時の方が話しかけやすい効果もあります。こうしたオンとオフの中間領域をつくり出すことが、今のオフィスでは重要になっています」と馬場さん。コーヒーを淹れている最中に仕事の進行状況や健康状態を聞くなど、現場を把握するために大切な場所であり、時には新人が高い所に立って先輩にコーヒーをすすめたり、ヒエラルキーの逆転がオフィスを活性化する。また、各自が自発的に昼ごはんをつくったり、皆で分けたり、食事会を開いたりと、会社組織や立場を越えたつながりや共同作業が生まれている。

「一緒に食事をつくったり、皿洗いをすることで社員同士の距離が近くなると、プロジェクトを進める上でも一体感、スピード感が全く違います。また健康管理の点でも、コンビニ弁当をやめて、きちんとした食事をとる機会が増え、健康増進にも役に立つ。これからのオフィスの生産性を左右するのは、キッチンだと考えます」と馬場さんは力説する。

オフィスキッチンの新提案

リサーチを元に提案されたのが、エントランス、会議室などがあるパブリックエリアに設置され、社内外のコミュニケーションのハブとなるオフィスキッチン。面積1000㎡、100人程の中規模オフィスを想定し、外部に開かれた共用スペースの「コモン型」が計画された。カウンターのサイズは幅4000㎜、奥行き1250㎜(下図参照)。この大きさが大切と馬場さんは考える。特に奥行きについては、シンクのある調理側とスツールを置いたカウンター側の距離感を保つことで、カウンター側でパソコンなどの操作をしていてもキッチンの作業が気にならない。130㎜のキッチンの段差にも、目線をずらすという大切な意味があり、皿洗いを一緒に行うことを促すためシンクには水栓を2本設けた。こうしたオフィスでのコミュニケーションに特化したキッチンの必要性は、ますます高まっていくだろう。

Office Kitchen Concept Model

コモン型のモデル模型

コモン型のモデル模型

原寸のコンセプトモデル

原寸のコンセプトモデル

平面図

平面図

立面図

立面図

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公開日:2019年09月26日