住宅をエレメントから考える

〈キッチン〉再考──料理家と考えるこれからのキッチンのあり方(前編)

樋口直哉(料理家/作家)×浅子佳英(建築家)×榊原充大(建築家/リサーチャー)

『新建築住宅特集』2019年9月号 掲載

コミュニケーションハブとしてのキッチン

写真8:多機能調理器「バリオクッキングセンター」(フジマック)。すべての熱系調理が1台でこなせる。自動調理も可能。 提供:フジマック写真8:多機能調理器「バリオクッキングセンター」(フジマック)。すべての熱系調理が1台でこなせる。自動調理も可能。 提供:フジマック

樋口

僕は調理ツールとしての鍋はなくなっていくんじゃないかと思っています。先ほど話題に出たInstant Potしかり、プロの厨房にも茹でる・焼く・炒める・煮る・揚げる、圧力調理など、鍋やフライパンの役割を1台に集約し、かつ温度も1度単位で調節できるような多機能調理器が進出しています(写真8)。一方でレトルト派の人は湯沸かし器や電子レンジがあればよく、鍋でなければいけない理由はない。面白いことに、【個×ミニマル】でも【個×充実】でも、個の軸を突き詰めていった先には鍋がなくなり、キッチンの設計はガラッと変わるのでは。一方で、コミュニケーションを誘発させたい場面には、皆で囲める存在として鍋が必要になる。

榊原

なるほど。求心性のある信仰の対象としてのみ、鍋が残るのではないかということですね。

樋口

そうです。そういう意味では、鍋が最も求心性を発揮するのが被災地かもしれません。皆がコミュニティを一時的に欲する特殊な状況下だからこそ、皆でひとつの鍋を囲むというユートピア的な行為が成り立つ。
ただ、キッチンをきっかけとしてコミュニケーションをとろうとする機運は日常的に生まれつつあると思います。このマトリクスで言うと【コミュニケーション×充実】に当てはまりそうですが、マンションの共有部にシェアキッチンがついていることも増えましたよね。あれもひとつの「これからのキッチン」のかたちかもしれません。普段からパブリックなキッチンをシェアするような状況があれば、災害時にも生きてくるのではないでしょうか。

榊原

とはいえ、ただキッチンがあるだけでは、なかなかコミュニケーションは生まれないですよね。「青豆ハウス」(SK1408、写真10)というシェアハウスを運営する青木純さんが、住民同士のコミュニケーションのためにはピザ窯が必須だという話をされていたそうです。もしかすると【コミュニケーション×充実】においては、機能よりも、歓びや官能性を誘発する装置としてのキッチンが必要になってくるとも考えられます。

写真10:手づくりのピザ窯をもつシェアハウス「青豆ハウス」(SK1408、設計:ブルースタジオ)。1階に設けられた共用庭にピザ窯が設えられており、イベントなども催せるアウトドアダイニングとなる。 撮影:新建築社写真部
写真10:手づくりのピザ窯をもつシェアハウス「青豆ハウス」(SK1408、設計:ブルースタジオ)。1階に設けられた共用庭にピザ窯が設えられており、イベントなども催せるアウトドアダイニングとなる。 撮影:新建築社写真部
写真11:HAGI STUDIOが運営する、「まちの教室 KLASS」のキッチン(設計:HAGI STUDIO)。手前が教室部分、棚で仕切られた奥に事務所が設けられており、その共有の動線上にキッチンがある。 提供:HAGI STUDIO
写真11:HAGI STUDIOが運営する、「まちの教室 KLASS」のキッチン(設計:HAGI STUDIO)。手前が教室部分、棚で仕切られた奥に事務所が設けられており、その共有の動線上にキッチンがある。 提供:HAGI STUDIO

浅子

ピザ窯やBBQセットなど、普通の各家庭のキッチンの中には持ち得ない象徴的なものを数世帯、またはマンション単位でシェアするというかたちは現実的にあり得そうです。そうすると家の配置や間取りも変わっていく可能性はありますね。

樋口

それから複数人で使うという観点では、収納の問題も大きいです。製品としてのシステムキッチンは、いかにきめ細かに収納を充実させられるかという方向に傾きがちですが、それによって使う人を限定する「個」の方向性に向かっているとも言えます。シェアキッチンではオープンじゃないとどこに何があるのかひと目で分からず使い勝手が悪い。収納をどう捉えるかというのは意外と大きな問題だと思います。複数人が調理することが前提でつくられているキッチンはあまりありませんから、それを前提につくられているプロの厨房やシェアキッチンから学べることも多いかもしれないですね。

榊原

住宅ではありませんが、HAGI STUDIOが運営する「まちの教室KLASS」(写真11)のように複数人で利用するキッチンを見ていくと、興味深い使われ方が見えてくるかもしれません。

超高齢社会/地方とキッチン

浅子

「食」「キッチン」というキーワードから、核家族、DINKS、ひとり暮らしといった枠組みを超えた多様な生活スタイルが見えてきました。これまでは、外で働き稼ぐサラリーマン/家を守る主婦というように、家の外と内で社会が二極化されてきましたが、個人と個人が直接繋がるSNS時代となり、多様な働き方や出会いの選択肢も出てきています。ただ、これらは基本的に若い人と都市部中心の話なので、超高齢社会や地方の衰退といった課題に対して、キッチンがどう応えられるのかということも考えてみたいですね。

樋口

今、認知症のケアとして料理療法を取り入れる介護施設やデイサービスが増えているそうです(写真12)。ケアの面でも高齢者と若い人とが同時にキッチンに立って使えるようなデザインは求められると思うのですが、若い人は調理台が高い方が使いやすく、高齢者は低い方が使いやすい。そういう構造的な課題にシステムキッチンが対応できていないのも現状です。
その上で難しいのが、高齢者用に何かを新たに設えることがかえって逆効果を生んでしまったりする問題です。料理はその人の人生の蓄積なので、消し忘れによる火事が心配だからと、家のキッチンをガスからIHに変えるだけでも、火加減が分からなくなり、うまく料理ができなくなってしまうといったケースもあるようです。

浅子

新しいものを取り入れるとしても、経験値や以前の感覚を想起させるような仕掛けが必要なのでしょうね。とはいえ、核家族から子供が巣立って高齢者だけになった時、広すぎる家をどうカスタマイズしていけるのかという課題に多くの家庭が直面しています。この場合はどうでしょう?

樋口

物質的にスペースを小さくしていくのはいちばん簡単な解決策ですが、小さくすればするほどコミュニケーションを受け入れる余地は少なくなっていく気がします。その仕組みの根本にタッチするような提案ができるとよいですよね。たとえばスープ作家の有賀薫さんが最近「ミングル」というものをつくりました(写真13)。食洗機とIHコンロ、流しが一体化した、最小限の動きで、豊かな暮らしを続けられるための超ミニマルな「ごはん装置」です。僕は基本的にミニマルな方向性には否定的なのですが、このキッチンは、彼女がこういうふうに暮らしたいという欲望があり、それを徹底的に追求している点が魅力的です。

写真12:全国で高齢者介護施設を展開するユニマット リタイアメント・コミュニティが運営する、料理特化型デイサービス「なないろクッキングスタジオ」。現在、自由が丘、成城、三軒茶屋の3拠点で展開している。 提供:ユニマット リタイアメント・コミュニティ
写真12:全国で高齢者介護施設を展開するユニマット リタイアメント・コミュニティが運営する、料理特化型デイサービス「なないろクッキングスタジオ」。現在、自由が丘、成城、三軒茶屋の3拠点で展開している。 提供:ユニマット リタイアメント・コミュニティ
写真13:最小限ごはん装置として設計された「ミングル」。IHコンロと食洗機、小さなシンクが一体になっている。換気扇は上部照明と一体型。 撮影:本誌編集部
写真13:最小限ごはん装置として設計された「ミングル」。IHコンロと食洗機、小さなシンクが一体になっている。換気扇は上部照明と一体型。 撮影:新建築社編集部

榊原

「ミングル」は【コミュニケーション×ミニマル】という軸において、とても象徴的な事例ですね。特に、高齢になってひとり暮らしをしている人は、安否確認のためにコミュニケーションが必要という切実さがあると思います。たとえば食材を届けてもらったり、料理をつくってもらう介助行為が発生する時にも、それがしやすい場所にキッチンがあることが求められますよね。それは高齢者だけでなく、子育て世代の抱える課題や、こども食堂的など、ソーシャルな課題にも応用できそうです。

浅子

地方のキッチンについては観光というテーマも重要になると思います。東浩紀の『ゲンロン0:観光客の哲学』(ゲンロン、2017年)にもあるように、実は観光という行為自体がごく最近の概念です。20世紀の観光は観光地を訪れるというステレオタイプのものが多かった。ところが近年は新興国における中間層の拡大などで観光が一般化し、よりディープな人向けの、観光地的ではないところに行くツアーも増えています。観光地では世界中どこでも同じものが食べられる一方、地場の家庭料理のように、この世界にはまだ、その場所でしか食べられないものは確かにあり、グローバル化とともに目的のニッチ化も起こり得ます。そうしたニーズに対して家庭のキッチンが応えるということも起こり得るんじゃないでしょうか。

写真14:山梨県塩山の農泊施設「もしもしの家」。食事場所として囲炉裏とダイニングテーブルを使い分けている。 撮影:樋口直哉写真14:山梨県塩山の農泊施設「もしもしの家」。食事場所として囲炉裏とダイニングテーブルを使い分けている。 撮影:樋口直哉

樋口

最近、農泊地域のコンサルティングに関わっていて、さまざまな地域を見てきましたが、土間があって、小上がりがあってという古くからの古民家の方が、昔の暮らしを体験しに来るという観光客のニーズに対応しやすいのではと思います(写真14)。徳島県にし阿波の農泊施設では、お父さんが自ら仕留めたイノシシを食べさせてくれるのですが、朝食は普段、お父さんとお母さんが使っている台所に隣接したダイニングで食べ、夕飯は土間の小上がりの客間で囲炉裏を囲んで食べる、といった使い分けがされてます。いわばハレとケの場を上手に使い分けている。

榊原

かつては【コミュニケーション×ミニマル】に当てはまった住宅のキッチンが、社会的な状況の中で価値に転換され、観光資源になっているとも言えますね。

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公開日:2020年06月30日