働く環境を整えて人材を育てる

〈ウェルネス空間〉としてのトイレ

永山祐子(永山祐子建築設計)

『商店建築』2020年10月号 掲載

水圧と寸法の問題を解決する器具選定

永山さんが独立して18年、プロジェクト規模も大きくなり、現在は14人の所員が在籍している。これまでは子育てと仕事を両立するため、保育園と自宅が近い荻窪に事務所を構えていた。スタッフ数が増えて前事務所が手狭になったこともあり、契約更新のタイミングで東京・四ツ谷に移転した。
「打ち合わせの移動時間を考えると、荻窪はロスが多いということに最近気付きました。子供たちが小学生に上がって時間の余裕が生まれたこともあり、スタッフの通勤時間や働きやすさを考慮して、交通の利便性から今のオフィスを決めました」
物件は、永山さんが実際に見た中で、3駅利用できる利便性と眺望の良さから決定。細長い間取りがシンプルでプランしやすい点も決め手となった。
しかし問題となったのがトイレだ。「私は物件をとても気に入ったのですが、スタッフからはトイレへのクレームが出たんです。元は広い個室トイレが1カ所だったため、『10人以上で個室ひとつは少ない』『男女を分けてほしい』という声が挙がりました」。そこで、ひとつの個室トイレを二室に分けるという大胆な改装がされた。しかし、一室のスペースが狭いこと、ビルが古く上層階で水圧が低いことから機器の選定が課題となった。
「洋便器を2台に増やし、排水管を横引きするため床をふかしました。結果、個室の奥行きと天井の高さがギリギリの寸法に。フラッシュバルブ式の便器を使うには水圧が足りない可能性があり、タンク式はサイズが大きくなってしまいます。そこで、タンク式でありながらコンパクトなINAXの『パブリック向けクイックタンク式床置便器』を採用しました。タンクの存在感が心配でしたが、厚さ85㎜と薄いためまったく気になりませんでした。洗浄間隔も早く、スタッフからの評判も高いです」
タンク式というと陶製で蓋を載せた姿を思い浮かべるが、同製品のタンクは薄いパネルのようなミニマルなデザイン。このタンク部を兼ねた薄型パネルの内側に壁面の給水管やコンセントなどが納まるので、トイレ空間をすっきりと見せてくれる。また、フラッシュバルブ式と同じ間隔で連続使用できる点も、オフィスで使うには嬉しい機能だ。
「カラーバリエーションも豊富でしたが、今回は壁面と合わせて白で統一しました。壁面とトイレが同じ色だと、トイレだけ浮かずに空間になじみます。最近はトイレにも災害時の対応が求められるため、電気や水道が止まっても水を足して使えるタンク式が見直されています」

東京・四ツ谷にあるビルのワンフロアを改修した永山祐子建築設計。トイレはひとつだった個室を二つに増設し、奥行きがコンパクトでリフォームに適した「パブリック向けクイックタンク式床置便器」が採用された。壁とタンクの色を白にして統一感を出している

トイレ個室前の通路。壁面から突き出るように扉と枠部分を設け、個室内部の奥行きを最大限確保している

DIYのオフィスづくりが経験値となる

引っ越し期間はコロナ禍での自粛期間と重なっていたので、スタッフはテレワークしつつ、出社日に移転準備を進めていった。トイレ内部のつくり付けのカウンターは、スタッフが設計し大工さんにベースをつくってもらい、DIYで塗装したものだ。カウンターには薄型の手洗いやペーパータオルホルダー、ゴミ箱などを収めている。「トイレはオフィスにおいてリフレッシュのきっかけとなるウェルネス空間なので、すっきりとした気分になる使い勝手の良いデザインが大切ですね」と永山さん。
「荻窪の前事務所もそうでしたが、オフィスのデスクや収納など必要な家具は、スタッフによるDIYでそろえていきました。引っ越しをひとつのプロジェクトとして、棚や倉庫、トイレなど担当を決めています。例えば棚は、3×6板の針葉樹合板から効率的にパーツを切り出し、短期間で施工できて見た目も綺麗な家具を考えてもらいました。自分たちの居場所をつくっていくことは、空間設計の勉強になります」

永山さんの事務所を会議室から見通す。左手の棚などは、DIYを採り入れながら、針葉樹合板で制作。執務スペースの机なども自分たちが使いやすいように設計していった

永山さんの事務所を会議室から見通す。左手の棚などは、DIYを採り入れながら、針葉樹合板で制作。執務スペースの机なども自分たちが使いやすいように設計していった

また事務所運営にあたり、永山さんはスタッフを今以上増やすつもりはないと言う。スタッフは数年で独立することを前提に、なるべく多様なプロジェクトを経験できるよう担当を割り振っている。
「自分が進行を直にチェックできてコミュニケーションを取れるのは、15名ほどが限界だと考えています。それ以上になると管理職的なポジションが必要になる。事務所の規模を大きくするよりも、プロジェクトごとに他の分野の専門家と協働したり、卒業生と一緒に仕事したいですね。スタッフは高いモチベーションを持って設計に取り組んでくれますし、卒業生の評判を聞くと嬉しいです」
トイレの衛生環境を整えることは、スタッフの健康を保つだけでなく、モチベーションを引き出す役目を担っていると言える。

ながやま・ゆうこ/建築家。1975年生まれ。青木淳建築計画事務所を経て、永山祐子建築設計を設立。住宅設計の他、ブティックやカフェ、ホテル、商業ビルなど幅広く設計を手掛ける。最近の主な仕事に、「tonarie 大和高田」(商店建築19年3月号)、「玉川髙島屋S・C本館 グランパティオ」(商店建築20年10月号 P.117)など。

Product

タンクに見えない、新世代のクイックタンク式

パブリック向けクイックタンク式床置便器

パブリック向けクイックタンク式床置便器

フラッシュバルブ式トイレの交換にも適した、コンパクトで高性能なトイレ空間をグレードアップするクイックタンク式トイレ。タンク式でありながら奥行きが675㎜と、世界最小のタンクレストイレとほぼ変わらず、多くのフラッシュバルブ式より小さい。
リフォーム用は排水栓可変式で柔軟に対応する。また、フラッシュバルブ式から交換する際は、薄型タンクが止水栓やコンセント、給水ホースなどを隠してくれる。便器はホワイトとオフホワイトの2色、タンクはシルバーやグレーベージュなど5色を用意し、便器とタンクのツートンカラーのコーディネートも楽しめる。

お問い合わせ/株式会社LIXIL お客様相談センター 0120-179-400
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雑誌記事転載
『商店建築』2020年10月 掲載
https://www.shotenkenchiku.com/products/detail.php?product_id=372