「認知症になってもやさしいスーパープロジェクト」

マイヤ仙北店(岩手県)における、認知症の方に配慮した男女共用トイレの実現

認知症の方の行動を知ること

──認知症の方の公共トイレの利用実態を調査されている野口氏に、調査結果からみえてきた認知症の方の困りごとなどをお話いただけますか

野口祐子氏(日本工業大学建築学部建築学科 教授)
野口祐子氏(日本工業大学建築学部建築学科 教授)

野口氏:私が認知症の方のトイレについて研究を始めたのは、母がアルツハイマー型認知症と診断され、トイレの介助に困った経験があったからです。母は足が不自由だったため、外出するときはいつも腕を組んで歩くようにしていました。トイレの中に入れば別行動、母はひとりでトイレを済ませていましたが、認知症が進行してからは、トイレの鍵が閉められなくなる、洗浄ボタンがわからなくなる、などさまざまな問題が出てきました。これまで車椅子使用者など身体に不自由がある方ためのバリアフリートイレに関わってきたのですが、認知症の方には使いにくい、別の問題があるのだと、とても反省させられました。
2025年には65歳以上の5人に1人が認知症になると言われています。これはもう急がなくてはいけないと思い、都内の高齢者施設の一角にトイレの実物大模型をつくり認知症の方に実際に使っていただき、何が問題なのかを検証しました。そうすると、扉の鍵の開閉に困る、洗浄ボタンではなく非常呼出しボタンを押してしまう、といった問題があることがわかりました。非常呼出しボタンを押すと警備員さんがやってきて大事になり、ご本人も怖い思いをしますし、家族は一人で外出することを制限し、ご本人も外出を諦めてしまうことになりかねません。
アンケートで、外出時にトイレを使用する施設をたずねたところ、1位は病院・診療所、2位がデパートやスーパーなどの商業施設でした。外出時に利用するトイレとして商業施設をあげた方に、特に困ることを聞いたところ、トイレを出て道に迷う、介助者とはぐれてしまうが1位でした。例えば夫が認知症であるご夫婦が、男女別のトイレに入られたときに、たいてい男性が先に出てきます。そして、売り場まで妻を探しに出て、行方不明となるケースが少なくありません。また、外に認知症の方を待たせて介助者がトイレを利用する場合、混んでいると認知症の方を長時間一人で待たせることになり心配だ、などのお話をうかがいました。このことから、トイレの配置や出入口周りのデザインに工夫が必要だと感じました。
ほかにも、トイレの場所がわかりにくい、おむつ(紙パンツ、以下おむつ)を捨てるゴミ箱がない、などの困りごとが続きますが、どれも重要な問題です。

【打掛鍵の検証】
内掛畳鍵の検証
(出典:公共トイレハンドブック 認知症編/日本工業大学、社会福祉法人横浜市リハビリテーション事業団)
【操作ボタンの検証】
操作ボタンの検証
(出典:公共トイレハンドブック 認知症編/日本工業大学、社会福祉法人横浜市リハビリテーション事業団)
【外出時にトイレを利用する施設】
外出時にトイレを利用する施設
外出先でトイレを利用する施設の順位は、病院・診療所が多いが、次いでデパート、スーパー、レストランなどの商業施設となり、高齢者・認知症の方の利用を念頭においた工夫が求められる
(出典:認知症高齢者の公共トイレの利用実態に関する調査研究/日本工業大学)
【外出時のトイレ利用に介助者の有無】
外出時のトイレ利用に介助者の有無
認知症の方が外出時にトイレを利用する際に介助者が付き添う割合は77%にのぼり、トイレを設計する際には介助者も一緒に入ることを考慮する必要があることがわかる
(出典:認知症高齢者の公共トイレの利用実態に関する調査研究/日本工業大学)

──野口氏のこれまでの調査・研究をふまえ、マイヤ仙北店の新設トイレではどんなアドバイスされたのかお聞かせください

野口氏:まずは、トイレの入口をわかりやすくすること。サインもわかりやすいものにしてもらいました。また、トイレブースの外にベンチを設けました。介助者がトイレを利用するときに認知症の方がそこで待つこともできます。また、認知症の方が鍵をかけると開けられなくなる不安がある場合は、鍵をかけなくてもドアの前で介助者が待てるので安心です。認知症の方が外で一人で待つのが不安な場合や、介助者がトイレ内でサポートする必要がある場合は、トイレ空間内に丸椅子を置いているので、一緒に入ってそこで座っていることもできます。
操作ボタンは一人でも操作しやすいわかりやすいボタンを選びました。扉の鍵に関しては、検証実験の結果オーソドックスなスライド式の鍵が一番使いやすいことがわかりました。構造的に動きが想像できる鍵の形状がわかりやすいようです。
他にも、おむつを捨てる場所というのがすごく重要で、今回は試作中のおむつ専用ゴミ箱を置きました。認知症のご家族を介助されている方にお聞きすると、使用済みのおむつはバレーボールほどの大きさになるといいます。臭いの心配もありますから、公共交通機関を利用して、あるいは自家用車でも持って帰るのは現実的には難しく、捨てる場所がなければ、外出を諦めざるを得ないことになります。おむつ専用ゴミ箱はこれからの必須アイテムになるはずです。

「マイヤテラス」のトイレ入口
「マイヤテラス」のトイレ入口。サインの視認性を高めるため、コントラストをつけたサンドカラーの壁面
トイレの案内板
トイレの案内板には、トイレ内部がわかる平面図が表示されている
「マイヤテラス」のトイレ入口前
「マイヤテラス」のトイレ入口前には座って待てるベンチがある(左)。トイレ内からドアを全開するとベンチが見え、お互いを確認しながら利用できる(右)
トイレ
幅80cmのトイレ開き扉を開けた正面外にベンチを設置。車椅子の有効回転寸法110cmを確保するため、おむつ専用ごみ箱を右側に配置した。トイレ空間内には丸椅子を置く
トイレ開き扉の施錠
トイレ開き扉の施錠

トイレ開き扉の施錠は構造がわかりやすいタイプのものが良く(左)、使用中のサインも視認性に配慮した(右)
(現場対応試作品/株式会社ユニオン ※完成品は大きさやデザインが異なる)

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公開日:2022年10月20日